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魔道と天馬の国
シンシア王国の冬は長く、そして天候は荒れに荒れる。
なので雪が深々と積もる程度の日があれば、それは天馬にとって晴れ同然の当たり日である。
*
「いいですか~? 雲に騙されちゃだめですからね。風に教えてもらうのですよ~」
のんびりとした声が天馬騎士の厩舎に響く。
天馬騎士ハーティーと言えば、シンシア王国最強と言われる生ける伝説である。
それがこうも”おっとり”しているなんて想像できる人はいるのだろうか?
「イアちゃん? 手を止めてそんなに見つめられると、私もこの子も困っちゃいます」
「え、あ、すみません!」
「ほらほら、早く飛び回りたいって鼻を鳴らしてますよ。ふふ、ご主人様がおっとりしてるとあなたも大変ね」
イアの天馬サーランドにハーティーが話しかけ、サーランドもまた返事をするように鳴いた。
な、納得いかない……。
そう思いながら反論もできず、イアは出発の準備を急いだ。
天馬たちにとって十何日ぶりの運動不足を解消する機会となった今日は、厩舎は大わらわである。
特にイアたち新米騎士は、先輩たちに仕事を押し付けられる。下請けのいない新米たちは、どうにか早く仕事を終わらせて自分の天馬を飛ばせてあげるしかないのだ。
「隊長、準備終わりました!」
「はい、いってらっしゃい~」
「いってきます!」
翼を羽ばたかせながら、イアはサーランドとともに空を駆け上がった。
*
「あー! やっときたー! イアー! こっちこっちー!」
「ごめーん!」
イアを待っていたのは同期であり親友のネイだった。
次に飛べる日が来たら一緒に散歩しようね、とお互い常々言っていたのだ。
「もう待ちくたびれました。ねー? ラスカルドもそうだよねー?」
「だからごめんってばー!」
「冗談冗談。ね、湖とかはみんな行くだろうし、私たちは国境付近まで行かない?」
「それ遠くない?」
「この天気の感じなら行って帰ってくる時間はあるよラスカルドとサーランドの足ならさ。それにラスカルドが全力疾走したがってるの。おねがーい、付き合って!」
「もう、しょうがないなぁ。ていうか、もう! 私たちの前にラスカルドとサーランドが決めちゃってるみたいだし」
「ほんとだ。あはは、サーランドも今日が楽しみだったんだね」
「ネイ、どうせならさ」
「うん。競争、だよね」
二人の新米天馬騎士は手綱を使って、自分のパートナーたちに許可を出した。
走れ、飛べ、気のすむまで。
天馬にしては気性の荒い二頭は、待ってましたとばかりに駆けだした。
*
シンシア王国内で農業を営むものは極めて少ない。
薬草だったり、調合材の元として草花を育てるものは多い。なので農耕地自体はそれなりにある。
だが、食用としての純粋な農耕地はそもそも持つ意味が薄いのだ。魔道系の草花のほうが高値で取引されるし、商人も天馬を使って肥沃な他国から食料を買い付けてくるため、ひとっ飛びで食料問題は解決するのである。
なので、言ってしまえば酔狂なのだ。
それでもキルバインにとって、畑を耕すことは喜びであり、収穫する野菜は愛おしい。
王子という立場を使って鍬を握るなんて、他国の王族が聞いたら怪訝な顔し言葉に詰まるのだろう。なんて贅沢な趣味をしているのだろうか。
十分に厚着をして、キルバインは畑に向かった。
正確には畑の横に作ったログハウスである。バズーラムがめったにない息子の”おねだり”に嬉々として建てさせたそこは、別荘と言い換えてもいいほどの造りだ。
農業できない冬の間でもキルバインは暇があればログハウスに通っていた。物もどんどん増やしていき、侍女たちの目もないログハウスの居心地は、王宮の自室よりも天秤が傾く場所である。
「おーい! キルー!」
キルバインが呼びかけに振り返ると、銀髪の美少年が手を振っていた。
「また秘密基地に行くんだろ? なんで誘わないんだよー!」
「兄さん……。今は魔法の修練の時間だろ」
「いいんだよ。長くやる意味はないんだから」
王国始まって以来の天才。魔道の銀龍。シンシアの至宝。
次期シンシア王となるキルバインの異母兄、ハルストが駆け寄ってきた。
「風がないといつもに比べてかなり暖かく感じるけど、さすがに部屋着のまま外に出るのは無謀だったかな? 早く秘密基地に行こう」
「まったく秘密の要素はないけどね。兄さん、俺の足跡についてきて」
「わかった。さあ、出発だ」
「……おー」
声を弾ませるハルストとは対照的に、キルバインのテンションは下降していた。
ハルストの肩越しに見える王宮。その一室の窓から二人を見ている人影を見つけているからだ。ハルストの魔法指南である。遠目でもわかるほど怒気を孕んだ顔をしている。
……俺は悪くない。サボってる兄さんが悪い。
キルバインは自分に言い聞かせ、ハルストが追走しやすいように雪道を踏み固めながら目的地に向かった。
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