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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕 が含まれています。

あるばとろす

作者:清水さゆる
ボーイズラブ、全年齢対象。
知っているよ。
ここぞが決められない 優しい子だって。

   ■

さー、商売繁盛ど根性! よってらっしゃいみてらっしゃい!
古今東西・珍品名品、誰得の品ぞろえだよ!
あ、お客さんお目が高い! そのナイフは伝説の勇者クレアシオンが……ちょちょちょ。ホントだって!
クレアシオンが魔王ルキメデスの額に傷を負わせた時のナイフなんだってば!
あ、くいつきましたね?
そうですよ。おっしゃるとおり、どこにでもある安物のナイフです。
クレアシオンだって人間ですからね。
最初の武器はその辺の雑貨屋で小遣い溜めて買ったんですよ。

誰だって最初は誰も傷つけない、ただの村人なんです。
でも、武器を持てば、何者かになるものなんです。

まあ、馬鹿とハサミは使いようっていいますからね。
きっと大事なのは目的ですよ。
何のために何を斬るか。
刃物なんて大なり小なり斬るためにあるんですから、まあ、切れ味の良いほうがいいですよ。

ここぞというときに斬れないと、自分も相手も苦しむだけですから。

   ■

アルバという勇者についての第一印象はというと…

こいつ、真っ先に死にそうだ。


ずらりと並んだ75人の勇者(仮)たちの中から一番強そうなのを見つけるのは難しい。
逆に、一番危なっかしいのを見つけるのは簡単だった。
だからというわけでもないのだが、ロスはその勇者を選んだ。
案の定、覚悟の欠片もないまま初戦に挑んで、雑魚相手に苦戦している。
そうかと思えばニセパンダのような大物相手に鈍感に剣を振る。
そいつは今のアンタには荷が重い、と進言する間もないままボコられる始末。
何より、本来自分にあてがわれた戦士がばっくれたことも、
そして入れ替わったことにも、未だに気付いていないのだ。
本当に危なかしくて、迷ってしまう。
もう少しだけ面倒を見てやったほうがいいのではないか、と。

「……え?」
「何ですか勇者さん、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して」
「ごめん。つっこむところ?」
「何がですか?」
「ボクは今、そのエプロンについてどう反応していいのか全然わからない」
「まさか勇者さん、自炊もできないんですか? どこまで無能なんですか?
 今時、男だからって料理できなくてもいいなんてことないですよ。
 そんなんだとイクメンブームのこの時代、いきおくれますよ」
「違う! ボクが言いたいのはそこじゃない!」
「料理できないなら材料ぐらいやってくださいよ」
「あ、だめだ。衝撃が大きすぎてどこからどうつっこめばいいかわかんない」
「ぐだぐだ言ってないで、さっさとやってください」
「何を?」

本気できょとんとしている。
さっき怪しげな商人から買ったナイフを手渡して指し示してやると、
間抜けた表情が俄かに強張った。
昼間仕掛けた罠に鳥がかかっている。
愛玩用に生け捕ったわけではないのなら、やることは決まっている。
見るからに動揺しているその顔に、ふと、古い記憶が甦った。

――知っているよ。本当は……

「やりかた、わかります?」
「え? あ、いや……」
「まず頸椎を外すんです。暴れるようなら先に頭を落としてもいいですよ。
 逆さにして血を抜いて、腸を刳り貫きます。できますか? できますよね?」
「う、うん」
ナイフを握りしめておっかなびっくり、まだ騒いでいる鳥に近づいていくアルバの背中に一瞥くれると、
ロスはさっさと目をそむけた。
殺される鳥のほうがよほど怖いに決まっているのに。
アルバは逃がしてしまうだろうか。
逃がすことをちょっとだけ期待している自分がいる。
同じ弱さを、彼の中に見ていたから。
やがて。
「ぎゃー! わー! 戦士、戦士ーっ!! あー逃げた! わ、あわわわわ!」
全て無視して見向きもしないでいると、ついにザボンと派手な水音がした。
どうやら沼に落ちたらしい。阿呆極まりない。
溜息つきつつ様子を見に行くと、水底から泡が上がっていた。
オモシロイのでしばらく屈んで観察してたが、存外早くアルバは水面に顔をだした。
げほげほと、緑の藻を吐き出しながら岸に上がってくる。
「で? 晩飯はどうなりましたか?」
横目でみやると、意外なことに、得意顔があった。
「やった」
受け取った首なしの鳥の体は、まだ温度と柔らかさを残していた。
「あ、お前、ボクがそれを逃がすと思っていたな?」
本当に図星であったので、咄嗟に言葉がでなかった。
ふふん、と、ずぶ濡れのままアルバは勝ち誇った笑みを浮かべて腕を組む。
「見直したか!」
ロスはにっこり笑って肯いた。
「ええ。よくできましたね」
「何でそんなに上から目線なの?」
「あとは妖精さんがやってくれます。おそらくラスボスは加工済みチキンでしょう」
「意味わかんないよ。この世界の人類は衰退していないからね?」

それから一時間もかからなかった。
アルバが熱を出してガタガタ震えだすまでに。

   ■

「沼って変な微生物いっぱいいそうじゃないですか。
 赤痢とかコレラとか、もしかしたら新種の病原菌かもしれませんね」
「やめて怖い」
アルバは言った直後にケンケンと咳き込んで体を丸める。
発熱の引き金となった原因そのものはすでに煮込まれており、そろそろ食べごろだ。
かいがいしく椀によそって渡してやったいうのに、ぼうっと見ているだけで手を出そうとしない。
「吐き気や腹痛がないなら食べたほうがいいですよ。
 真面目な話、根本的な原因は体力不足です」
一緒に戦ってくれないと不満をもらすのを宥めすかして今日に至る。
自覚があるのかないのか、もうずいぶん前に限界をきたしていたのは端で見ていて知っていた。
それでは困るのだ。
いつか魔王が復活したときに戦って、そして必ず倒せる勇者になってもらわねば。
「戦士、お前って……」
じっと熱に潤んだ目で見つめてくるのを、気付かないふりをする。
ずびび、と洟をすすってアルバは言った。
「お前って、家庭的だ」
「それはどうもありがとうございます。なんなら食べさせてあげましょうか?」
「や、やめっ……ぅぐ!」
まだ湯気の上がっている肉の塊をその口にねじ込んで黙らせる。
アルバはひーひー騒いでいたが、すぐに大人しくなった。
起き上がってアルバが自分で食べ始めるのを確かめてから、ロスは自らも食べ始める。
「冗談抜きにさ、お前、割と何でも一人でできるよね。父子家庭?」
「……」
時々、アルバはとんでもなく鋭い。無自覚なようなので、あんまり脅威にはならないが。
「勇者さんが何もできなさすぎるんですよ」
「なぁ、お前ってどんな子どもだったの? すっごい気になる」
「普通、ですよ」
「いつからSに目覚めたの? ……あ、ごめんなさい。そんな目で見ないで怖い」
「……」
「なぁ、戦士ー」
「何ですか?」
「ボク、お前のこと何も知らない」
「食べたらさっさと寝てください。明日になってもそんな様子なら置いていきますよ」
「ねーねー。教えてよー。ボクと組む前は何してたのー?」
「過去を詮索するのはいかがなもんですかね?」
「だって背中を預ける相手だもの。知りたいよー」
熱のせいだろうか。若干舌たらずで、普段口にしないことをどんどん喋る。
うるさいので放置して薪枝を探しに行った。
とはいえ、あの状態で長く一人にしておくわけにもいかないので、すぐに引き返す。
戻ってきてみたら、アルバは熾[ひ]に背を向けて横たわっていた。
「勇者さん?」
さすがに心配して顔を覗き込んだら……
「ひっかかった」
襟布を掴んで、熱でのぼせた顔で笑う。
関節に力が入らなくて、カタカタと小刻みに震えているその手を、振りほどくわけにもいかない。
「お前のこと教えてくれるまで、放さないぞ」
「馬鹿ですか?」
「ばかですよーだ」
べー、と出した舌を掴まえて引っ張ると、またひーひー鳴いた。
「いい加減寝てください。オレが番してますから」
「いやだー」
いよいよ熱が上がってきたのか、焦点の合わない目をして浅い呼吸を繰り返す。
上気してぐったりと四肢を投げ出すのを、こうして見ているのはまんざらでもない。
「……わかりました。千年前の話でよければ」
「せんねんって、お前」
ひゃひゃ、とアルバは笑った。
そう。笑い話だ。

   ■

千年前。
その子どもはナイフを持っていた。
だけど結局使うことなく、そのままポケットに仕舞っていた。
その日、彼は晩御飯の鶏をどうしても捌けなかった。
黄色いヒヨコにトサカが生えて、白い羽毛に生え変わり、
だんだん大きくなるのをずっと見守ってきたから、
その喉を裂く瞬間に、つい、自分の手からエサを食べる姿を思い出してしまったのだ。
その子は結局、鶏を逃がしてしまった。
悪いことをしたとは、思っていなかった。
それなのに、どうしても家に帰りたくなくて、日暮の街をぷらぷら歩いていた。
「シーたん」
声を掛けられ、振り返る。
彼の親友が立っていた。その手にまだ血の滴る鶏の死骸を提げている。
それを見て子どもはただ黙って俯いた。
がっかりして、そして、ほっとした。
逃がしたことより、殺せなかったことについて後ろめたさを覚えていたから。
「シーたん、怒ってる?」
不思議な顔でその友人は微笑む。困ったような、悲しいような。それでいて、揺るがない。
信念。ぽつねんと、子どもは思った。
「誰かがやらなきゃならなかったことだから」
子どもは言い、その親友は、「うん」と肯いた。
「シーたんは優しいね」
優しいわけじゃない。弱かっただけ。
そう言ったら、こう切り返してきた。
「その涙はさ、誰のため?」
泣いてない、と強がれないほどの量の涙が、瞬きしたとたんに落ちていった。
「この鶏のためなら、シーたんは、優しいんだよ」
でも一番優しいのは、オレのかわりにそいつの喉を切ったアンタだよ。
思っても、その時の彼にはそれを言葉にする器用さがなかった。

――普段は強がっているけど、ここぞを決められない優しい子だって、知っているよ。


ぱちん、と熾[ひ]が弾けて、ロスは記憶の渦から顔を上げた。
風は信じられないほど柔らかい化石だと、誰かが言っていた。
千年の時を得ても、体に満ちる空気の重さは変わらない。
見ると、アルバは静かに寝息を立てていた。
余計なことを話した、と思っていた。
「ここぞをきめられないのは、優しいからじゃないですよ」
言うべき相手に届かない言葉を、何も知らない相手に預ける。
その卑怯さにちょっと酔っていた。
「自分の手を汚さずとも誰かがやってくれるという甘えがあるからです」
誰にも救えない。
そして誰も救われなかった物語を知っている。
そうして守った世界を、見てみたいと思った。
できればその輪に入って……
「……普通の子、だったらよかったな」
あの名はできればもう名乗りたくないのだ。
過去をなくし、名前をなくし、ついでに宿命もなくしてしまって、
そんな気楽な旅をしていたい。
勇者じゃなくて、ただの戦士として、このまま。
このまま、こいつと。
(って、オレは何をやってるんだ?)
気付くとアルバの頬に右手が触れていた。
苦し紛れに彼の額に掌を押し付けて、自分の額にも触れる。
熱を測ろうとしただけだから! と猛烈な勢いで自分に言い訳する。
顔が熱っているのは熾の火のせいだ、きっと。
(いや、本当に、何やってんだか)
何を、迷っているんだか。
でも。
少しだけ。
あと少しだけ、人の温度を感じていたい。
「オレはこれでも人間なんだよ、一応」
誰にともなく呟いた言葉は、夜の帳に紛れて消えた。

   ■

「……なんですか、その顔」
「あ、いや。お前も一応、人間だったんだなぁって」
野宿の晩を過ごした後、街で遅めの昼食をとっている時に唐突に背筋に悪寒が走った。
まずいな、と思いつつも、まぁ平気だろうと高をくくっていたところ、
夕方になっていよいよ本格的に症状が重くなってきた。
平静を装っていたが、アルバにばれた。
「言っておきますが、勇者さんにうつされたんですからね」
いい齢して熱だなんて、情けない。
ロスはベッドの上で唸った。
アルバはというと、昨晩の高熱が嘘のように回復しており、
今では血色のよい顔で冷水に浸したタオルを絞っている。
「放っておいてください。もうだいぶ下がりましたから」
「そう?」
と、いきなりアルバが上半身に覆いかぶさる。
「!?」
額と額をくっつけて「まだ熱いよ」と呟いた、その鳩尾に膝蹴りくらわす。
「……ボク、いつかお前に殺される気がする」
「心配いりませんよ。死なない程度ってやつを心得てますから」
とにかく、と、アルバはタオルをぴしゃりとロスの額にのっけた。
「急ぐことないんだからさ」
アルバは笑う。
「ボクたちの旅はまだまだ当分終わらないよ」
「……そうですね」
ふう、とロスは息を吐いた。
こういう時間が終わらなければいいと願う。
まだ、ここにいたいから。

   ■

めでたしめでたしに限りなく近い何か。

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