挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕 が含まれています。

赤い狐とニセパンダ

作者:清水さゆる
知っているよ。
ここぞが決められない 優しい子だって。

  ■

さー、商売繁盛ど根性! よってらっしゃいみてらっしゃい!
古今東西・珍品名品、誰得の品ぞろえだよ!
あ、お客さんお目が高い! 
それはこの国の王様の石像でして……。

ええ、まあ、はい。おっしゃる通り、品切れでして。
すんませんね。
いや、本当はニセパンダが手に入るはずだったんですが、
ちょっと手違いに続き、見当違いによる間違いの結果、場違いとなりまして。

え?
買うんですか? 

いえ、どうぞどうぞ。安くしときますよ。
こんなん、重いわ場所とるわで、手を焼いていたんですわ。
はいはい。毎度ありー。
玄関前に置いておくと幸運を呼び込みますよ、多分。
はーい。ではお気をつけて。またお越しくださいね。お待ちしてますよ。

  ■

レッドフォックス。
赤い襟布をベルトに結んでいたらいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。
二つ名だなんていかにも伝説の勇者っぽいのでまんざら嫌じゃない。
勇者になれ、と言われて、初めて考えた。
勇者って、何?
考えてもわからないので、とりあえず勇者っぽいことをしてそろそろ一年が経つ。
最近、ちょっとだけわかった。勇者は名乗るものでも選出されるものでもない。
人に頼られるから「勇者」なんだ、と。
ところが、これが実は厄介で……

「あなた、もしやレッドフォックス?」

はい、と答えたが最後、
北に魔族が出れば走り、南に魔族が出れば駆けつけ、
西に魔族があれば行って討伐し、東に魔族があれば賞金出なくても退治する。
勇者とはフリーランス稼業で自営業だと思い知った次第である。
この布とっちゃおうかなー、と魔が差したこともなきにしもあらずだけど、
さすがに思いとどまって今に至る。
「アルバさん、この一年でとっても頼もしくなったね!」
袖をフリフリしながらルキは言う。
「うーん。でも最近、本当にこれでいいのかなと思わなくもないんだよね」
「いいんだよ。アルバさんは、勇者なんだから!」
とても魔王とは思えない健やかな笑顔である。そしてその笑顔のまま、ルキは言う。
「困っている街の人たちのために
 普通断るよってくらいの安い報酬で請け合って
 労働法違反しまくりの長時間労働強いられて、
 確実に生命の危険にさらされるのに労災も下りず、
 完全出来高払いで保険もきかず将来の保障もない過酷な労働を
 自ら率先してやってくれるなんて、本当に勇者だよ!」
「……あれぇ? ルキちゃんどうしたかなぁ? あのドSの影響かなぁ?」

そう。安易に人助けを続けた結果、レッドフォックスのイメージだけが先行して
自らの実力が追いつかないというとっても苦しい事態に陥ったのである。
今だって補給に立ち寄った街で声を掛けられ、
レッドフォックスだと知れた途端に宿やら食事やらが値引きされ、
嘆かれ、頼まれ、おだてられ、
押しに弱いというか、あれよあれよ言う間に祭り上げられ、
モンスター退治を引き受けてしまった次第である。
「モンスターが頻出して困っているのは北の荒野だって聞いたけど……」
見渡す限り砂礫の世界。
「そうそう都合よく出てくるものじゃないよ。モンスターにも活動時間があるんだよ」
ルキは得意そうに腕組みして言う。
「だけど目撃情報だと昼にも夜にも出没しているみたいだよ?」
旅の勇者一行や商人、野盗、野良犬に至るまで無差別的に攻撃するという。
もっとも、モンスターにとってはこの世界の草の一本に至るまで敵なのだろうけれど。
と、噂をすれば何とやら。
ニセパンダがあらわれた。

「ルキ、下がって!」

咆哮を上げ、怒々と猛進する脅威を前にしても、今のアルバは揺るがない。
「またお前と戦う日がくるとはな」
ニセパンダ。
アルバはかつてこの魔物にけちょんけちょんにされたことがある。
懐かしい、と思い、そのことに胸が傷んだ。
あの敗北を懐かしむほどの時が流れたのだ。
歴戦、とまではいかなくても、種々の戦闘と勝利に裏付けられた自信が少年を戦士にする。
抜刀、アルバは跳躍する。
「気を付けてアルバさん! ニセパンダは関節可動域が広いんだよ!」
だから懐に入ると抱え込まれてぼこぼこにされるよ、とルキが懇切丁寧に教えてくれたときには、
すでに決死圏に入っていた。
「もう体験済みだよ!」
アルバ、踏み込む。
槌撃に対して、迎撃。踏み下された前肢を太刀の腹で弾き返す。
体勢を崩し、浮いたところに斬撃。
たまらず前肢を上げたニセパンダ、腹部に大きな隙ができた。
アルバは臆せず、一閃。
貫くには至らない。この巨体を両断するにはもっと重量のある剣戟でなければ足らない。
ニセパンダは呻いて四肢を折った。
雑魚モンスターは一定のダメージを与えれば魔界へ帰る。これで終撃[チェックメイト]。
アルバは太刀を引き抜き、清めの一振りをしてから鞘に収めた。
強くなったんだな、と、ふと思う。
あの頃に比べて少しは頼れるようになっただろうか。
面影を探して青い空を見上げた、その刹那。

「アルバさん! 後ろ!」

ルキが叫ばなかったら、きっと、それで死んでいたに違いない。
ニセパンダが轟々と唸りを上げて噛みついてきたのだ。
狙ったのか、それとも偶然か。
不意の攻撃は運よくアルバの腕ではなくて、太刀を噛んだ。
がりぼりばきん、と、歯の根の疼くような破壊音。
鋼の剣はキャンディーよろしく儚く砕けた。
ぞっと、背筋が凍る。
「アルバさん、こっち!」
ルキのゲートに転がり込んで、戦線離脱する。
土煙のはるか彼方で咆哮を上げるニセパンダを、アルバは固唾を飲んで見つめていた。


   ■

あのニセパンダは変だ、とルキは言う。
「普通はあのくらいダメージを受けたら魔界に帰るんだけどなぁ」
アルバは軋む肋骨に悶絶しながら先の戦闘を思い出す。
「油断大敵、だな。とにかく助かったよ。ありがとう、ルキ」
「アルバさん、一度街に帰ろう? 大けがする前に」
心配そうに覗き込むルキに、アルバは癖で笑った。
「そうだね。でも、あんな凶暴なニセパンダ放っておけないよ。
 それに、一度引き受けた仕事だもの。やるだけやってみるさ」
ホンモノの勇者でなくても。
勇者の子孫でなくても。
勇者であろうとするから、勇者なのだと思うから、アルバは再び剣を取る…
…が。
「あ、ボク武器壊されたんだっけ」
「だから街に戻ろうよ。ね?」
幼いルキに諭されて、アルバは今度こそ素直に帰途についた。
肋骨を抑えるために自然と前傾姿勢になり、その後ろ姿は、情けなく丸まっていた。

戻ってみると、街は妙な熱気に包まれていた。
号外、号外、と叫びながら新聞配達の少年が駆け抜ける。
落としていった新聞を取り上げて見てみれば…

【北の荒野の脅威、去る! 勇者レッドフォックス見参!】

「これ、ちょっと恥ずかしいね」
「そんなことないよ! アルバさんはもっと堂々としていいんだよ!」
「でもおかしいね。ボク、ニセパンダ倒してないんだけど?」

とにもかくにも装備がないと再戦もできないので宿に戻ると、
何故かしら主人に恨みがましい目で睨まれた。
そして開口一番。
「何がレッドフォックスだ! 偽物め、とっとと出ていけ!」
荷物ごと宿からつまみ出されてしまった。
当然のように財布や金目の物は抜かれており、見事に一文無しに転落である。
「え? 何事?」
きょとんと目を瞬くアルバに、ルキはあたふたと袖を振る。
「きっとアルバさんの偽物が現れたんだよ!
 アルバさんが闘って弱らせたニセパンダをあの後誰かが倒して
 レッドフォックスを名乗ったんじゃないのかな?」
「……ルキちゃんって結構物事をよく理解しているよね」
アルバは空笑いすると、立ち上がって荷物をまとめて始めた。
「怒らないの?」
「どうして? 安全になって、みんなが喜んでいる。他に何もいらないよ」
「お金とられちゃったよ?」
「本当はこのくらい料金がかかったんだよ。ちょっと割高だけど、そう思うことにする」
「手柄を横取りされて悔しくないの!?」
子どもらしく純粋に怒るルキに、アルバは苦笑した。
「ありがとう、ボクのために怒ってくれて。
 でも、かえって肩の荷が下りた。これでボクはレッドフォックスじゃなくて、ただのアルバに戻れる。
 この街を早く出たほうがいいね。次に盗られるとしたら、命だよ」
自分が偽物なら本物が名乗り出ることを何よりも恐れる。
ただビクビクしているだけならいいけど、攻撃的な奴なら間違いなく消しにかかるだろう。

ロスがいてくれたら。

この期に及んでうっかり頼った自分が情けない。
アルバはルキの手を引きながら、日没の荒野へと戻っていった。

   ■

荒野。月は南中。熾を枝の先で突きながらアルバは妙に緊張していた。
戦えることに慣れたせいか、戦えない今の状況がとても不安だ。
ふと、ルキが顔を上げた。
そしてそのまま、ふらふらとどこかへ歩いていく。
「ルキちゃん?」
呼びかけても返事がなかった。
「あんまり遠くにいっちゃだめだよー」
トイレかな、とアルバは首を傾げる。
と、一拍の後、「アルバさん!」とルキが叫び、
その声に頭より速く体が反応した。
刹那にして距離を埋める。
「ルキ! どうした!」
呼ぶと、丸い目をさらに丸くしてルキが振り向く。
彼女の向うにいる影に、アルバも息をのんだ。
目を疑うとはこのことだ。
「ニセパンダ……」
茫然と呟く。
岩の影からのぞく頭には見覚えがあった。が、しかし。

「ちっちゃ!」

犬くらいの大きさのミニニセパンダがこちらをじっと見上げていた。
「子どもかな?」
「ルキ、危ないよ」
無防備に近づこうとしたルキを引き戻して後ろに庇う。
「それにしも、あいかわらず何を考えているのかわからない顔だなぁ」
「アルバさん」
ふと、ルキが低い声を出した。
「斬るの?」
「いや、ボク今剣持ってないし」
すると、ルキは眉を吊り上げてアルバから離れると、ニセパンダ(小)とアルバの間に立ちはだかった。
「どうしても斬るなら、わ、わたしの屍を越えていけ!」
「なんかものすごい罪悪感!」
それにしても、ルキの小さな体でそんな剛毅なことを言われるとちょっとたじろいでしまう。
「ねえ、アルバさん。この辺りって、昼間ニセパンダが出た辺りだよね?」
「え? あ、うん」
強いモンスターが巣食っていた場所なら他のモンスターは滅多に現れないだろうと、ここに野営を張った。
ルキにじっと見つめられ、とある予感が脳裏を掠める。
「あ、ひょっとして、親だった……」
ルキの表情が複雑に歪む。
「うわぁ、やめてやめて! 重い重い重い!」
アルバは頭を抱えてしゃがみこんだ。
そんなアルバの髪の毛を引っ張る力があった。
ルキかな、と顔をあげると、ニセパンダのつぶらな目と目があった。
ニセパンダはアルバの髪をもふもふ噛みながら、「きゅう」と鳴いた。

「…………」

「アルバさん、今胸のうちに渦巻くその感情が『萌』なんだよ」
「どこでそういう言葉覚えてくるかなぁ!」
しかしルキの言うとおりで、もはやアルバにはこの小動物に対する敵対意識は完全に消え去っていた。
「ねぇねぇアルバさん。ここ」
ルキはニセパンダの頭のてっぺんを指さす。
見ると、トサカだか角だか知らないが、三本のアンテナが立っていた。

「ロスさんに似てない?」
「ぶっ!」

アルバもルキも本人不在をいいことに盛大に笑い転げる。
もはやそうとしか見えなくなってしまい、さっそくバリサンと名付けた。
「なんか、アルバさんに懐いているね」
ルキが複雑な目で小ニセパンダとアルバを見比べる。
「あはは……ボク、なんか昔から動物に好かれるんだよね」
野性の矜持と獰猛さは見る影もなく、子犬のようにアルバにじゃれる。
懐かれているというより、おもちゃにされているような気がしないでもないが。
「むー。私も!」
ルキが地団太踏んで叫ぶ。
ニセパンダを構いたい、と言い出すかと思いきや。
「私もアルバさんにじゃれる!」
かくして両手に花どころか魔性を左右の脇に抱きかかえて、勇者アルバの夜は更けるのだった。

   ■

同じく千の星の瞬く空の下。
寝静まる街の片隅。赤い髪を尻尾のように頭頂で結わえた女が人待ち顔で立っていた。
「レッドフォックスか?」
路地の奥の暗がりから声があった。
「本物じゃ、ないけどね」
赤毛の女は答える。
暗がりの中に声の主を探したが、見つからなかった。
「職業モンスターハンターか。無暗にクロスオーバーするなよ?」
「は?」
「いや、わからないならいい。ところでニセパンダは?」
女狐と呼ぶに相応しい艶笑をうかべて、女は腕を組む。
「約束通り生け捕った。ただ、ちょっと状態が悪い」
「やはり無傷というわけにはいかないか」
「無茶言うな。あれは十二の国の記によれば、ニセパンダは麒麟とも呼ばれ、そのさが仁にして民意の具現、王を選出する神獣と崇められる――」
「勝手にクロスオーバーするんじゃない。気まぐれに設定をいじると収集がつかなくなるぞ」
「いいじゃないか。ファンタジーだもの、いいじゃないか」
「よくない。……とりあえず、現物を見せてもらおうか」
来な、と、女は顎で示す。
「しかし、酔狂にもほどがあるね。ニセパンダを生け捕れなんて。
 アタシはちゃんと入金されればそれでいいんだけどね」
「好事家に限って金持ちなものだ。
 さすがは人気投票3位といったところか。珍獣は古来、乱獲で滅ぶものだよ」
「エサとかどーんの?」
「君の心配することじゃない」
ふうん、と女は頭の後ろで腕を組む。
暗夜、夜明けはまだ遠い。

   ■

翌朝。
「ルキ。わかっているとは思うけど……」
アルバは内心で萌え悶えながら、勤めて平静を装う。
小さいニセパンダの黄色い首に、ルキがきゅっと抱きついている。
ルキのピンクの髪をもぐもぐ噛みながらニセパンダはくるくる喉を鳴らす。
そして円らで初心な四つの目が一生懸命アルバを見上げているのだ。
天使だ、と無言で呟き、いや魔王と魔物だから、と同時に無言でつっこむ。
しばらく悶々としていたが、やはり言うしかないのだ。
「わかっているとは思うけど、それを連れて街には入れないよ?」
ルキが俯いて、頭に生えた黒いのがしんなり下を向いた。
「ずっと一緒にはいられないんだよ?」
さらに黒いのがずん、と沈んだ。
結構、良心に重たく響く。しかし負けてはならない。
「ここでサヨナラしよう? ゲートで魔界に帰してあげようよ。ね?」
「ひとりになっちゃ、かわいそうだよ」
「魔界にはバリサンの仲間がいるんだろう?
 少なくとも、この世界にいるよりかは生き残れるはずだよ」
何もわからず、誰も助けてくれないこの世界にいるよりは。
そう言おうとして、ふと気づく。
それは三代目ルキメデスの少女にとっても同じことだった。
たった一人。魔界からやってきた。
「……ルキ」
「うん。わかっているよ」
「ルキ。顔上げて」
アルバは手袋を外して両手でその顔を包んで上を向かせる。
目に涙をいっぱいためて、だけど精一杯の背伸びでそれを零すのを我慢しているその顔に、
アルバはすっかりほだされてしまった。
「よくよく考えたらボク、アバラが痛くて次の街まで行けそうにないや」
「?」
「前の街では詐欺師扱いだし、お金もないし、勇者にだって休日必要だと思うんだ」
「アルバさん?」
ひたすら首を傾げるルキに、アルバはちょっと悪戯っぽく笑って見せる。
「だからボクは今日一日ここから動かないって決めた。
 日没まで岩陰で休んでいるから、バリサンのことはルキに任せるよ」
泣き顔一転、満面の笑顔を見せてルキが跳ねる。
「まだ一緒にいていいの?」
「日没までにはちゃんとお別れするんだよ」
「うん!」
ぽむぽむ弾む毬みたいになって駆けていくルキとバリサンを見送って、真理の一言。

「かわいいは正義」

アルバはルキたちを遠くに見守りながら、岩の影に腰を下ろした。
空がやけに遠くて、円くて、一瞬、自分を見失いそうになる。
青空がいつも心地よいとは限らない。時には人の心の虚を映す。
(世界中に誰ひとり仲間がいないって、辛いな)
一度考え出したら、止まらなくなってしまった。
勇者に戦士の二人一組にさせた理由が今更わかってきた。
そこまであの王様に考えがあったかはしらないけれど、結果として正しかったと思うのだ。
(千年前、あいつに仲間はいたのかな)
いたら、彼一人が剣となって魔王とともに封印されるなんてこと許すわけない。
少なくとも、アルバなら絶対にさせない。
どうしても他に手がないのなら、せめて一緒に封印されてやる。

何が正しいのかなんてわからないけれど。
友達を迎えにいくことが間違いだとは言わせない。

決意も新たに手袋をはめなおした時だった。
どごん、と腹の底に響くような爆音、煙。
見れば、もときた街から煙が上がっていた。
経験、というほどでもないがトラブルに慣れたアルバには勘でわかった。ただごとでない、と。
「アルバさん!」
心配そうに駆け戻ってきたルキを制して、アルバは言う。
「ルキはバリサンとここで待ってて。ボクは戻る」
言うや、アルバは馳せた。
気付いてしまったら放っておくわけにもいかない。
あなたは本当にお人よしなんだから、と、誰かが笑ったような気がした。

   ■

どごん、と。
ただ事ならぬ音と衝撃。そしてそれは自分が殴られたからだと赤毛の女は知る。

郊外の地下倉庫。
衰弱したニセパンダを檻に入れてあった。そこへ案内した途端に、これだ。
「く、ぁ……」
女は後頭部を抑えて蹲る。
その背中を踏みつけて、名前も顔もない依頼人は言う。
「エサの心配はいらない。お前がエサだ」
「……あー、そゆこと」
「?」
答えた声は、すでに女の音域ではなかった。
「っとに、えげつないことしよるなぁ。アンタろくな死に方せんで?」
急に訛ののある男声がしたからと思うと、女の赤毛が見る間に黒を帯びる。
「ま、ええねん。オモシロイもん見れそうやから、許したる」
レッドフォックスを詐称した女が偽ったのは名だけではなかったらしい。
彼女は――彼は常闇の瞳で嗤う。
「アンタ、運がええんやで?
 本物のレッドフォックス見れるかもしれんよ? ま、生きてたらな」
言うや、彼は竜の腕でニセパンダの檻を粉砕した。
咆哮。
激高したニセパンダは壁を蹴り破り、柱を食いちぎり、怒りに任せて暴走する。
平穏な街に災厄が降りかかる。

きっと誰もが望んだはずだ。
赤い尻尾の、勇者[ヒーロー]の登場を。

   ■

アルバは一瞬、状況を認識するために立ち止まる。
アルバではないレッドフォックスによって倒されたはずのニセパンダが街中で暴れていた。
それだけわかれば十分だ。
粉塵。視界は最悪。
ニセパンダの影だけが真昼の光に浮いていた。
阿鼻叫喚、街は恐慌状態だ。
都合よく剣が一振り落ちているのを見つける。
この剣の主は自分だけは逃げおおせたのだろう。ならば、文句はあるまい。
アルバはそれを拾いに行く。
しかし、ふと項に悪寒が走った。すぐさま剣を諦め身を引く。
それは実に正しい判断だった。
ニセパンダの後足が剣を踏みにじる。
めり、ごき、と嫌な音をあげて鋼の剣がひしゃげる。
数瞬反応が遅ければ、あれはアルバの頭蓋骨だったかもしれなかった。
ニセパンダが誰かを襲おうとしている。
咄嗟にアルバは近くに落ちていた煉瓦を投げつけた。
投げた後になって、気付く。
今、自分は丸腰だ、と。
臍を噛んだがもう遅い。ニセパンダの焦点はアルバに結ばれていた。
回避。
180度の可動域を持つ後足がアルバを照準。蹴り上げる。
後ろには民家の壁があって退避できない。仕方ないので横に転がった。
土の壁はビスケットよろしく砕かれ、さらに視界を奪う。
低い姿勢のまま距離を詰める。一歩、二歩、三歩目にして到達する。
アルバは蹲る人を助け起こそうと手を伸べた。が。
「あ、れ? 石像?」
国王を象った石像が転がっていただけだった。
その一瞬が、アルバを一気に死に引き寄せた。
視界に影がさす。
振り上げられたニセパンダの前肢。それは死神の鎌にも似て……。
回避は間に合わない。

――ここぞをきめられないのは、優しいからじゃないですよ。

走馬灯の先頭に、何故かその景色が再生された。
ロスと旅して間もない頃、ロスが言っていた。

――自分の手を汚さずとも誰かがやってくれるという甘えがあるからです。

やらなければならなかったのだ。
昨日アルバがやらなかったから、今日街が壊れた。
バリサンのこととか。
ルキのこととか。
思わないでもないけれど。
誰かがやらないといけないことで、名乗りを上げたのは間違いなく自分で。
勇者って、そういうこと。
あの時とどめをささなかったから、今、自分がとどめをさされる。

「アルバ!」

名を呼ばれた、ような気がする。
それとも、聞きたかっただけかもしれない。ロスの声を。
反射的にびくりと震えた手に、何か硬いものがあたった。
「あ」
ナイフが陽の光をぎらりと反射している。
太刀に比べればなんと頼りなく儚い光。
だけどこの光は武器の光だ。
小さくても、殺す力を持っている。その気になれば誰にだってその力を引き出せる。
今度こそ迷わずアルバはそれを手繰り寄せた。
その時だった。
「アルバさん!」
ゲートが開いてルキが転がり出てきた。
そして腰に抱き着いて、きつく、精一杯の力を込めた腕でアルバを封じる。
漂白される時間。
妙に静かだった。
破壊的ニセパンダの一撃は、アルバの鼻先で静止していた。
頼るような、あるいは止めるような、それでいて庇うような、不思議な力でルキはアルバを抱きしめる。
そのルキの前にちんまりと立ちふさがる、小さなニセパンダが見えた。
バリサンはあいかわらず何を考えているかわからない顔をしている。

だけど、ちゃんと伝わった。
守ろうという気持ち。

誰が、誰を? みんなが、みんなを。
守ろうとして、傷つけあう。それってすごい矛盾だと、ようやく気付く。

アルバは人知れず握りしめたナイフの刃を仕舞った。
正直、ほっとしたのだ。
そしてアルバは、そんな自分にちょっとだけ安心するのだ。
これでいい。誰が何と言おうと、やっぱりこっちのほうがいい。
誰も傷つかないのが一番いいのだから。

「ルキ、ゲートで送り帰すなら今だ!」
「え? あ、うん!」
異界への入り口に落ちるニセパンダ。
バリサンも迷わずそのあとに続くのを見るに、やっぱり親子だったのだろう。

バリサンは振り向きもしなかった。
昨晩から今日までの時間などなかったかのように、あっさりと行ってしまう。
ここは彼らの居場所じゃない。それはとても正しいことなのに。
それでもやっぱり、寂しい。

「あ、レッドフォックス!」

ふと、誰かが言ったのが聞こえた。
その声にアルバは急激に日常に引き戻される。
偽物騒ぎ→詐欺師扱い→ニセパンダの暴走→全部お前の仕業か!→投獄!おかえりなさい!
という方程式がすぐさま頭の中に成立して、アルバは咄嗟にルキを抱えてその場を離れた。
「アルバさん、どうして逃げるの?」
「何となく嫌な予感がする!」

駆け出したアルバの後ろで、赤い尻尾が揺れていた。


   ■

めでたしめでたしに限りなく近い何か。

※ポイント評価 感想 レビュー は受け付けておりません。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ