俳優・本木雅弘にとっては、アカデミー賞外国語映画賞を獲得した『おくりびと』(2008年)以来、7年ぶりの主演作となる『永い言い訳』が10月14日(金)より全国公開となる。原作は、西川美和監督自身が上梓し、直木賞、本屋大賞候補となった同名小説。西川作品史上、かつてない優しさと希望にあふれた感動作となった。そこで今回は西川美和監督に、本作制作の裏側、師匠・是枝監督からの影響、同時代の監督たちへの思いを聞いた。
映画は本妻であり、小説は愛人
どうやって映画を作るかを軸に考える
――今回はいつもと違って、まず自身で小説を書いて、そこから映画化するというプロセスを踏んだそうですが。
準備をするということ自体は何も変わらないんですが、予算や上映時間のことを考えずに自由に書いたらどこまで描けるんだろうと思ったんです。最初から小説を書くことで、人物設定や、背景というものが自分の中で理解が深まった。だから半分は自分のために書いたようなものですね。
――小説版が直木賞や本屋大賞の候補に入って。まわりの評価は高かったわけですが。
今回はたまたまうまくいったんでしょうね。来年も再来年も同じ打率でいけるとは限らない。だから褒めていただいたり、評価していただいたりしたことはなるべく忘れようと。気負わずに書くことが自分にとって楽しい作業になるので、評価していただけるのはありがたいことですが、あまりそういうことは考えないようにしたいと思っています。
――以前、「映画は本妻であり、小説は愛人」と発言されたことがありましたが。
基本的にはどうやって映画を作っていこうか、ということを軸に考えています。今回は映画を作るプロセスとして、小説を書いてから映画化をしたらどうなるか、試してみたということです。そのやり方はすごく良い部分もたくさんあったんですが、同じことを繰り返していると、似たようなことを繰り返してしまうような気がして。だから次は小説じゃないものを先に書くとか、もしくは映画を作った後に小説ではないものを書くとか。そういうやり方でもいいかなと思っています。それは自分が文筆業というものを背負わないからこそ好き勝手にやれるわけで、愛人とは所帯を持たない、と。時代に逆行した価値観でものを言うと、このご時世、怒られそうですが(笑)。
陽一役の竹原ピストルさんには
現代の俳優が持たない悲しみが
――陽一役の竹原ピストルさんが素晴らしかったですね。
パブリックイメージも含めて、本木雅弘さんには確固としたものがあるじゃないですか? だから本木さんとふたりで並んだ時に違和感があるような人がいいなと思って。竹原さんってボクシングをおやりになっていたということもあり、小説の時に書いていたイメージにドンピシャだったんです。
――最初にお会いになったときの印象は?
竹原さんは詩を書いてらっしゃるし、知的な方なんです。でも面談に来てくださったとき、「脚本を読んで、とても感動しました。もしこれに選んでいただいた暁には、人生を懸けて全力でやらせていただきます!」とおっしゃって。それから「演じることは何も分かっておりませんから、一挙手一投足、監督に教えていただきたい。おっしゃるようにやります。俺は犬のような人間なんで」と。もうみんな爆笑でした。この人を選ばない理由がないなと思いました。
――竹原さんが出演された『海炭市叙景』はご覧になられましたか?
観ました。この人はいったい誰なんだと。観たときにすごい存在感で、やはり熊切和嘉監督はいいところに持ってくるなと思ったんですよ。ほとんどしゃべらない役なんですが、現代の俳優が持っていないような悲しみがありますよね。
――竹原さんと本木さんの化学反応はいかがでしたか?
もしかしたら水と油のような拒絶反応が起こるかもしれないなと思ったんですけど、本木さんはとても素直な方なので、逆に竹原ピストルさんの魅力に参ってしまったようですね。
『永い言い訳』
曲がりなりにも私も是枝傘下なので
子どもの演出でおかしなことはできない
――今回の役柄も本木さんらしからぬ嫌なところもある役でしたが。
かなり本人に近いですよ。むしろあれ以上だと思います(笑)。人間、誰しもが持っている嫌な部分を誇張したような人間ですよね。本木さんは一見、欠点のないような雰囲気に見えますが、実は欠点のデパートみたいなところもあって。ものすごく自己評価が低い人なんです。それでいて、ものすごく愛嬌があるし、人に対する優しさもあるんですね。やはりアイドルだな、と思うぐらいに人を惹きつける。本木さんのいるところには常に笑いがあるし、ずっと言い訳している(笑)。だから本木さんが持っている人間的なチャーミングさにこの役は非常に救われたなと思いますね。
――本木さんの役は、小説を読んだ是枝裕和監督の「幸夫は本木さんに似ているね」という言葉がきっかけだったと聞いていますが、完成した映画をご覧になった是枝監督の感想はどうでしたか?
是枝さんからは、子供がすごくうまく撮れているねとおっしゃっていただきました。やはり曲がりなりにも私も是枝傘下なので、ここでおかしなことをしたら師匠の名汚しになると思って。今回は緊張感もありました。
――是枝監督といえば子どもを生き生きと撮ることで定評があります。是枝監督のスタイルから参考にしたことなどはあったのでしょうか?
是枝さんとはタイプも違いますし、作風も演出方法も全然違いますから。是枝さんのやり方をまねすればうまくいくかと思いきや、全然うまくいかない。子供たちも違うし、物語も違うから、私たちも四苦八苦しながら自分たちのやり方を見つけていったんです。ただ、是枝さんが穏やかに、現場で和気あいあいと撮っているのとは全然違って、なかなかうまくいかないですね。でも時間をかけて、じっくりと一瞬のきらめきをつかんでいったという感じですね。だからこそ、豊かな映画になったんだと思います。
――やはり1年かけて撮影したというのも子供たちを演出する上で大きかったわけですか?
特に下の子はすぐに集中力が切れちゃって、2時間しかもたないですから。だからこういうゆったりとしたスケジュール体制だったからこそ、やっていけた部分がありました。だから是枝監督に(下の女の子の)あーちゃんが良かったと褒めていただいた時は、ホッとしましたね。今まで自分が作ってきた作品にはないきらめきというか、最初に自分の演出通りにいかなかった部分が、後から振り返るとすごく自分にとって好きなシーンになったというところが多いですね。
『そこのみにて光輝く』
タナダユキ監督、呉美保監督ら同世代の
女性監督たちは一本筋が通っている人が多い
――話は変わりますが、タナダユキ監督や呉美保監督など、西川監督と同世代の女性監督が活躍しています。そういった存在はどう観ていますか?
タナダさんとは4年前のトロント国際映画祭でお会いして、何度かご飯を食べたりしています。作風は違っていても、やっぱりあのカメラマンはいいよねとか、あの役者さんは良かったというような情報交換ができるのでいいですよね。
――『そこのみにて光輝く』の呉美保監督とは接点は?
なかなか監督同士の接点はないもので、呉監督にはまだお会いしたことはないんですが、思い切った暗い題材に挑戦されているなと。タナダさんなどもそうですが、腹をくくっているというか。1本筋が通った作り方をする人が多いなという風に思いますね。
――お好きな日本映画はありますか?
やはり川島雄三監督、若尾文子さん主演の『しとやかな獣』は何回観ても面白い。作り方がおしゃれですよね。もちろん川島雄三監督だと『幕末太陽傳』なども好きですね。
西川 美和
- ■プロフィール
- にしかわ・みわ●1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒業。大学在学中より是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』にスタッフとして参加。以後、フリーランスの助監督を経て、2002年に『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。国内外の映画賞で数々の賞を獲得する。その後も『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』などを発表し、国内外の映画賞を数多く獲得する。また、小説・エッセーなども手がけており、『ゆれる』のノベライズで第20回三島由紀夫賞候補、『ディア・ドクター』のアナザーストーリーとなる「きのうの神様」で第141回直木賞候補、「永い言い訳」が第153回直木賞候補、2016年本屋大賞候補になった。
- ●撮影:後藤利江
- ●取材・文:壬生智裕
監督最新作はこちら
『永い言い訳』
2016年10月14日(土)公開
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、妻が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。その時不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族となる夫・陽一(竹原ピストル)とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出ることにする。
2016年10月12日 配信