旧共産圏の東欧諸国と西欧諸国の間で、同様の所得水準にある市民の生活満足度に基づく「幸福度」の格差が四半世紀以上を経てついに縮まった。
欧州復興開発銀行(EBRD)と世界銀行が34カ国の5万1000世帯を対象に行った大規模な調査は、共産主義崩壊後の移行がおおむね所得の上昇と貧困の減少につながったことを示している。
しかし、EBRDが毎年発表する「移行報告書」は、一部の旧共産主義国では格差の拡大と市場改革で割を食ったという人々の意識から生じた反動が民主主義を阻害し、さらにそれが再び起こる恐れもあると警告している。
報告書は「改革は他の誰かが得をするように仕組まれていると受け止める人々が多数を占めた国では、政治と経済両方で移行が逆戻りした」と警告する。「それらの国では、反改革のポピュリスト(大衆迎合主義者)らが取って代わり、縁故資本主義の体制をつくり上げた」
■紛争による苦難、平均身長を押し下げる
さらに今回の調査から、共産主義崩壊後の移行が始まった時期に生まれた人々は、その前後の世代よりも平均身長が1センチ低いこともわかった。大抵は戦争地帯でみられる現象だ。「実際のところ1センチというのは大きい。紛争がもたらす苦難に匹敵する影響だ」とEBRDのチーフエコノミスト、セルゲイ・グリエフ氏は言う。
調査対象は旧共産主義国29カ国とドイツ、イタリア、トルコ、キプロス、ギリシャ。ソ連崩壊から25年で、共産主義後の改革の影響に関する最も信頼できる調査の一つといえる。この調査は、旧共産圏の近年のそこそこの経済成長に加え、ドイツやイタリアなど西欧側の生活満足度の低下により、残り続けていた「幸福度」の格差が消えたことを明らかにした。
グリエフ氏は、共産主義崩壊後の改革の規模が大きく、2008年の世界経済危機が東欧に特に大きな影響を及ぼしたことから、格差は予想よりも長く残ったと言う。
報告書によると、1990年代以降に全体の所得は「著しく」上昇した。しかし、大きな格差が存在し、旧共産圏諸国で所得増加率が主要7カ国(G7)を上回った人口は44%にとどまった。約23%の人々は89年当時よりも暮らし向きが悪くなっていた。
ロシアでは、所得の増加率が国内総生産(GDP)の伸び率を上回る人はわずか20%だった。所得がGDP成長率を超える伸びをみせたトルコなどの国とは大きな差があるとグリエフ氏は言う。
一部の旧ソ連諸国で改革に対する反動から独裁体制が復活した理由の一端は、このような格差にあった。人々の憤りは、ポーランドやハンガリーなど一部の欧州連合(EU)加盟国にまで広がっている。
「改革に痛みが伴い、大部分の人が苦しんでいれば、ポピュリストが民主的な形で権力の座に就き、その後に政治と民主主義の構造を元に戻すことが起こり得る」と、グリエフ氏は言う。「移行が実を結んだときにはもう、その人物を権力の座から追いやることはできない。政府が政治システムを支配しているのだから」
「政策立案者は格差を主要な問題として考えるべきだ」と、グリエフ氏は付け加えた。
今回の調査は、改革の果実を広く分かち合うようにした国は最も民主制を維持し、市場経済への道筋からも外れなかったことを明らかにしている。
By Neil Buckley
(2016年11月7日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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