探偵日記

3月 31

探偵日記 3月31日火曜日 晴れ

今日は5月の下旬か6月の上旬のような気温で東京も夏日になるかもしれない。と、NHKの天気予報で言っていた。それじゃあもう冬のスーツじゃあ暑いだろうと思い、昨年誂えたスーツに着替えた。新宿駅や、事務所のある新宿御苑前駅には家族連れが多く見られ、その人達が御苑に向うのを見送って事務所へ。まさに桜は満開で絶好のお花見日和。春休みの子供達も大はしゃぎしている。事務所の女性三人は、お弁当を買って御苑で昼食を摂る予定だとか。ただ、僕は(花より団子)党なので、自身が行こう等とは決して思わない。

新宿・犬鳴探偵事務所 9-3

 午前10時きっかりに黒い法衣を纏った裁判長が席に着き、書記官が(これより平成九年タの第0000号事案につき公判を行います)と宣言し、続いて、(証人は証人席へお進み下さい)と、犬鳴に前へ出るように指示し、犬鳴は型どおり宣誓書を読み上げ、氏名年齢住所等を述べ着席した。すぐに、裁判長が、「では原告側から質問を行って下さい」と言い、裁判が始まった。

 S会が主張する、犬鳴探偵事務所がS会の幹部宅の電話を盗聴した。とされる違法行為が行われたのは平成元年のことだという。このような違法行為、例えば、配偶者の不倫等も同じだが、時効は3年だから、もうとっくに時効を迎えて、(何を今更)と思うが、Wが裏切ってS会に駆け込んだのがおよそ二年前。したがって、S会がそうした事実関係を知ったのが有効期間内ということのようだった。

 まず比較的年の若い弁護士が立って質問を始める。

弁護士「え~では証人にお聞きいたします。貴方は東京都新宿区にある犬鳴探偵事務所の責任者ですね。」
犬鳴 (はい)
弁護士「貴方は今のお仕事を何年なさっているのですか」
犬鳴 (二十五、六年です)
弁護士「主にどのような調査をなさっているのですか」
犬鳴 (一般的な身元調査や信用中調査と、稀に浮気の調査も行います)
弁護士「この裁判では、貴方の事務所で他人の家の電話を違法に盗み聞きした。として訴えられているのですが、そのことは認めますか」
犬鳴 (いいえ、そのような違法行為はしておりません)
弁護士「ああそうですか、では、貴方の事務所では電話の盗聴等はできないということで宜しいでしょうか」
犬鳴 (出来ないのではなく、やらないのです)
弁護士「じゃあ出来るのですね」
犬鳴 (警察署から紹介されたといって、自宅の電話に盗聴器がついていないかどうか調べてくれ。という依頼は良くありますので、仕組みというか方法は分りますよ)
弁護士「ということは頼まれればやることもあるわけですね」
犬鳴 (知っていることと、実際に行うって事は違うんじゃあありませんか。)
弁護士「犬鳴探偵事務所には、発信機とか録音をする機械がありますよね」
犬鳴 (はい、備品として置いてあります。)
弁護士「何故、使うことのない機器を置いておくんですか?」
犬鳴 (お飾りですね。まあ、探偵事務所の端くれですから見栄のようなものでしょうか)
弁護士「じゃあ、これまで一度も盗聴などはしたことはないのですね」
犬鳴 (はい)

 
これで私の質問は終わります。

次に、もう少し年嵩の弁護士が、では私から証人にお聞きいたします。と言ってバトンンッチした。
弁護士「え~これを証人にお見せいたします」
    註)何か証拠資料を被告や証人に示す場合、裁判長の許可を必要とする。
弁護士「承認が今手にしている冊子は貴方の事務所の報告書ですね」
犬鳴 (そのようですね)
弁護士「7ページの5行目に(特殊調査の結果判明云々)というくだりがありますが、この、特殊調査ってなんですか?」
犬鳴 (わかりません。張込尾行のような調査でも特殊調査って表現しますので)
弁護士「この報告書は誰が作成したものですか」
犬鳴 (担当した調査員が書いたり、そのあと私が付け加える場合もございます)
弁護士「この調査は、対象がMという人のようですが、Mさんの自宅に盗聴器を仕掛けたのではありませんか」
犬鳴 (いや、これは一般的な信用調査だと思いますが)
弁護士「ではこの請求書を見てください。これは貴方の会社で発行したものですよね」

 と言って、裁判官にも同様の紙片を示し犬鳴に質問をする。

弁護士「請求金額は1千万円近い金額ですが一般的な身元調査でこんなに高額になるんですか」
犬鳴 (まあそういう場合もあります)
弁護士「どんな場合ですか」
犬鳴 (良く覚えていません)
弁護士「まあいいでしょう。この請求書の金額は集金出来たのでしょうか」
犬鳴 (勿論頂いたと思いますが、私は経理的なことはタッチしていませんので何とも申し上げられません)
弁護士「銀行振り込みでしたか」
犬鳴 (さあ、はっきりしたことは分りませんが、この頃は多分手渡しだったように記憶しています)
弁護士「いずれにしても、この調査は実施し、精算も出来ているのですね」
犬鳴 (そうだと思います)
弁護士「裁判長のお手元にも有りますように、平成元年3月21日付けで、証人の会社で発行したN講宛の領収書を証人に示します。証人はこの領収書をご存知ですか」
犬鳴 (小社で発行したもののようですね)
弁護士「この宛名や日付は証人が書いたものではありませんか」
犬鳴 (私の字に似ていますがはっきりした記憶はありません)

 ここでまた弁護士は裁判長に証拠資料を見せ犬鳴に質問をする。

弁護士「では次に、証人にこれを見て頂きます。このテープにはMの件、2月5日。と書かれていますが、これは、Mさんの自宅が盗聴され、家人の会話が録音されています。これは貴方がWさんに   直接手渡したものですね。」
犬鳴 (記憶にありません)
弁護士「そんなことはないでしょう。録音したテープがあって、それに基づく報告書及び請求書と領収書があるんですよ。承認の会社がMさんの家の電話を盗聴し、毎日、テープをWさんに渡して   報告したのではありませんか」
犬鳴 (先生は誰かから変なことをお聞きになって、特別な先入観をお持ちのようですが、そのテープの何処に、犬鳴探偵事務所とか、私の名前が書いてありますか)

    その後、4人の弁護士が次ぎ次に交代し、犬鳴に質問を浴びせ、M宅の電話を盗聴した事実を犬鳴に証言させようと躍起になったが、(そのような違法行為は行っていない)と言い張る犬鳴と堂々巡りを繰り返し午前の部は終了した。正直なところ、録音テープ、報告書、請求書、領収書、と総て揃っている。ただ、認めれば全面的に敗北することになり、Wはともかく、依頼人に迷惑をかけてしまう。向こうも、傍証は完璧だが、かといって、実際に犬鳴探偵事務所の調査員が盗聴器を仕掛け、会話を録音した現場を見たわけではないし、ましてやその依頼をN講がしたと言う証拠はない。請求書があって領収書はあるが、本来そのような書類は受取人の許にあるべきもので、S会が持っていること自体おかしな話だ。

午後、再び、S会の弁護団に攻めたてられ、その合間に、犬鳴の弁護人が応援し、Wの弁護人も犬鳴に質問した。形からいえば、Wも被告人の一人だから、その弁護人は当然、犬鳴に有利 な質問をするはずだが、そうではなかった。というより、S会の六人の弁護士にも勝る舌鋒で犬鳴を攻め立てた。犬鳴は、やはり東大出の弁護士は鋭いなあ。と感心させられる場面があったが、とにかく、知らぬ存ぜぬ。で通した。(嘘つくんじゃあないよ)とか、(いさぎよくないぞ)などと傍聴席から野次が飛んでくるが、これらはS会の信者だろう。
   やがて、最後に裁判長の質問を受ける段階になった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 30

探偵日記 3月30日月曜日 晴れ

今日は、先週の金曜日検査した結果を聞きにクリニックへ。「福田さ~ん」と呼ばれて恐る恐る診察室に入る。ドクター「だいぶん数値が良くなっていますが努力されましたか」ぼく(いいえ、極端なことをするとかえって変だと思い何も)とはいったが、毎朝のご飯を三分の二に減らし、コーヒーにお砂糖を入れなくしていた。ただ、毎晩飲むお酒の量は相変らずだし肉や脂っこいものを好んで食べた。先月、中性脂肪が1000を越えていたのに、今回は88。糖尿のヘモグラビンも前回6,5だったのが6,2.ドクターも言うことがなく「お酒の量を減らすことは出来ませんか」だって。実は昨夜も、ビール、紹興酒、焼酎、ウイスキーとチャンポンしてしたたかに酔ったが、(ハイ努力します)しおらしく応えてクリニックを後にした。

新宿・犬鳴探偵事務所 9-2

 Sに寝返ったWは、講頭に逆恨みした挙句、あること無いこと告げ口した。かねてより、本山とSの間に入って、理不尽なSの攻撃を防いできたN講を快く思って居なかったSの幹部らはWのもたらした情報を鵜呑みにして、このときとばかりに戦いを挑んできた。その争いが、東京地方裁判所に於ける「損害賠償訴訟」である。言って見れば、犬鳴探偵事務所はとんだとばっちりを受けた格好で、いわれの無い濡れ衣を着せられたのだった。しかし、民事裁判というもの、ひとたび訴えられたら何が何でも応戦しなければならない。仮に、自分に関係のないことだ。として、呼び出しに応じなければ(欠席裁判)で、原告の主張が認められ、犬鳴探偵事務所は1億円の支払い義務が生じる。ただ、Sの狙いは、ちっぽけな貧乏探偵事務所ではなく、あくまでも日蓮宗の総本山であり、時の上人、日顕その人と、関係の宗門である。というわけで、好むと好まざるに関係なく犬鳴探偵事務所も被告の一人として法廷に引きずり出されることとなってしまった。

 数回目の公判の時、S側の代理人である弁護士が、いわゆる実行犯と位置づけている犬鳴探偵事務所の責任者を「証人」として呼びたいと提起してきた。勿論、被告側がこれを拒むことは出来ず、某月某日裁判所から出頭命令が来た。その書類には、午前10時から午後4時まで「証人尋問」を行うとある。(ふざけんな)と思ったが、N講とは、すでに十数年の付き合いで、少なからず恩恵も受けている。向こうは6人の弁護士チームでやってきている。当方も、それなりの弁護団を編成していたので、数回のシュミレーションを行い公判に臨むことになった。なお、今まで10回以上開かれた公判は総て傍聴券が配布されている。何のことはない。双方の信者達が応援合戦を繰り広げているのだ。当日は、60枚の傍聴券に対し、その数倍の人数が東京地方裁判所の中庭に集まって券を奪い合う。

 その日がやって来た。部屋は701号法廷。入って右側に我々の被告席。左側に原告の弁護団が陣取っている。裏切り者のWも、Sで用意してくれた東大での弁護士とともに被告席に座っていた。犬鳴は、傍聴券を取らせた調査員数名を法廷に入れていたので、開始前、Wを指差して、大声で、(オイみんなあれがWさんだ。良く顔を覚えておけよ)と言って、Wを威嚇した。Wは目を大きく見開き、今にも席を立って逃げ出しかねない素振りをする。小心者のWはわざわざ裁判所に警備要請をしていた。犬鳴にしてみれば、長年寵愛を受けたN講頭を逆恨みの挙句、あからさまに裏切ったWを決して許さない。という意志を伝えた次第である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 27

探偵日記 3月27日金曜日 晴れ

昨日は所用で甲府へ。17時ちょうど発のあずさで行って、甲府発21時09分のあずさで帰京した。今朝は、月一回の定期検診の日。体重が1キロ弱減っていた。結果は来週月曜日に出る。少し気をつけたので改善されていると良いが。10時過ぎ事務所へ。調査員らは現場に出ているのか不在。事務の高ちゃんが用意してくれたヤクルトを飲む。

新宿・犬鳴探偵事務所 9-1

 バブルが崩壊して随分経った頃、東京地方裁判所から訴状が届いた。原告は我が国最大の宗教団体S。被告は犬鳴探偵事務所のほか、犬鳴探偵事務所に違法な調査を依頼した。という趣旨で、日蓮宗の総本山の関係者及び、その講の代表者と、講の元職員であり信者のWという男。犬鳴を含め計5名であった。損害賠償1億円が求められ、Sの大弁護団が代理人となって訴えを起こしたらしい。

 訴状が届いたその日の夕刻、被告の一人N講の代表者、一般的には「講頭」という。から連絡が来て(至急会いたい)と言う。勿論、犬鳴のほうも会わなければならないと思っていたので承知し、東京赤坂にあるホテル、ニューオータニのダイニングの個室で会う約束が出来た。講頭の求めに応じ、犬鳴探偵事務所の顧問弁護士を同行し、約束の午後6時、ホテルに赴いた。同行した顧問弁護士を紹介し、すぐに協議に入った。第1回の公判日は決まっている。まあ、民事の初回の公判は代理人同士の顔合わせみたいなもので、わが方は、訴状の内容に対し「不知」を宣言し、争いの火蓋が切られる。争点は至極簡潔なもので、N講から依頼されて、犬鳴の事務所がSの幹部宅の電話を盗聴したか否か。であった。いわゆる、犬鳴探偵事務所が違法な調査を行い、それを指示したのが、N講をはじめとする本山である。というのが、S側の主張だった。では、犬鳴探偵事務所は本当にそのような違法な調査を行ったのか。その是非はさておき、(売られた喧嘩は買わなければならない)仮に、犬鳴ほか被告が応じなければ欠席裁判で速やかに判決が下され、否応無く一億円の支払いを迫られることになる。また、被告が複数居る場合、原告は(取りやすいほうから取ればいい)のであって、この場合、何の資産も蓄えもない貧乏探偵事務所は対象外となる。したがって、犬鳴にしてみれば(どうでもいい)が、違法調査を認定されれば、次に、刑事告訴をされかねないし、(あの探偵事務所は違法調査をするところ)というレッテルを貼られてしまう。

 しかし、犬鳴探偵事務所がバブル崩壊後も健在で、相変らず調査依頼が絶えないのは(特殊調査が得意)という風評が定着していたからにほかならないし、犬鳴自身、(探偵が、依頼人にダイヤモンドの情報を提供するためには少しばかりの勇み足はやむをえない)と思っていた。業法が出来た今、法令順守が前提であるから本音として声高にいうことはないが、そういう覚悟は常に持っていた。

 今回の裁判沙汰はN講側のミスである。犬鳴探偵事務所が遂行した調査の過程で(失敗)した結果であれば、全責任は犬鳴が負わなければならないが、このような状況に陥った経緯はN講のナンバー3だったWの裏切り行為に端を発している。WはN講と犬鳴探偵事務所の連絡係みたいな存在だった。それだけトップに信頼されていたのだろう。秘密裏に行わなければならない特殊な案件について、犬鳴と打ち合わせるため頻繁に犬鳴探偵事務所に出入した。当然のように調査員らとも親しくなり、犬鳴を交えて飲むことも再三であった。ところが、トップに全幅の信頼を得ていることをいいことに、仏に仕える身でありながら酒色におぼれ、遂には、公金を横領したうえ、次々に若い女性信者と淫らな関係を持つようになり、例えば、勉強会等の席でWと深い関係になった女性同士が取っ組み合いの喧嘩をし始めるなど、本来神聖でなければならない組織が大いに乱れてきた。

 トップも最初のうちは折に触れて注意する程度だったが、ある時、逆上したW愛人の一人が嫉妬に狂って刃傷沙汰を起こすに至り、N講頭も堪忍袋の緒が切れてWを破門にした。
その結果、逆恨みしたWがこともあろうに、反対勢力のSに駆け込み、(N講がお宅の主だった人の自宅の電話を盗聴しています)と訴え、Sの庇護のもとに隠遁してしまったのだった。
 これより数年前、日蓮宗では大きな宗門の争いが勃発、時の日顕上人が、何かにつけて反抗的な宗内の最大講であるSを破門にしたのである。これに怒ったSが、本山に対し、右翼の街宣車を数十台送り込み、連日大音響で怒鳴り回るなどの嫌がらせをはじめたりして、両者の確執は修復困難な状況に陥ってしまった。-------------------------

探偵日記

3月 26

探偵日記 3月26日木曜日 晴れ

昨夜はゴルフ仲間の歯科医T先生と新宿で食事した。その店の女将とT氏が古い知り合いだとか。店の名前は「がんこ新宿・山野愛子邸」という変わった名前。職安通りに面して建っているその家は僕も昔から知っていたが、まさか料理店になっているとは。がんこチェーン展開する会社で、美容家として高名な彼女の邸宅を借り上げたものらしい。(こんな大きな家に住んでいたのか)と、驚くほどの広さだった。庭には桜のほか樹木が植えられ、鳥居も有った。女将が(居酒屋よ)と言っていたように料理の味は平均的で、店内の雰囲気もまあそんなものかな。と思えたが、田舎者の僕にはもったいないようなひと時だった。その後、ちょっと行きつけのクラブに寄って、明日はゴルフ。というT氏を送って阿佐ヶ谷に帰った。何処かもう一軒。と考えたが、ビール、ワイン、焼酎、ウイスキー、とチャンポンして少々酔っても居たので真っ直ぐ帰宅した。

新宿・犬鳴探偵事務所 9

 勿論、毎月数回行われる関係者の裁判は必ず傍聴し、銀行やノンバンクの極めて杜撰な仕事ぶりを目の当たりにし。詐欺グループのままごとみたいなやり方で、総額一兆円を越す金の流れに、呆然としたものだった。
公判の一部を紹介するとこのようになる。

裁判官  貴方は富士銀行の赤坂支店に100億円の定期預金をしましたか。
証 人  いいえ、
裁判官  しかし貴方は平成元年12月1日、オリエントコーポレーションから、定期を担保にして、100億円の融資を受けましたね。
証 人  ハイ。僕はただ、黒木さんに指示され、小林支店長代理の言うとおりに署名しただけです。
裁判官  じゃあ、融資された100億円はどうなったのですか。
証 人  知りません。

 証人として出廷してきた男性はまだ30前の、見るからに馬鹿そうな兄ちゃんだったが、歴とした会社社長である。但し、その会社は、法人登記はあるものの実態のない、所謂
ペーパーカンパニーだった。こうして、富士銀行赤坂支店の小林支店長代理が偽造した100億円の定期預金証書を担保に、オリエントコーポレーションはまんまと騙し取られたのである。それにしても実態の無い会社に、それも見るからにエセ社長に対し、ろくに調査もせずに融資するなんて。と、犬鳴は慨嘆したが、当時の金利は8パーセントとも、10パーセントとも言われた時代である。天下の富士銀行が作成した担保証書があれば、大きな利益となる。まさに、貸さない方がおかしいと思わせる舞台設定なのであった。この融資が実行された日、小林支店長代理は、正規の手数料(金融斡旋の手数料は五パーセントとの暗黙の了解がある)5億円を手にしたうえ、(悪いけどちょっと10億ばかり回してよ)と言って、合計15億円を懐にした。

 そんな夢のような場面に遭遇しながら裁判は確実に進行し、まず、小林支店長代理に判決が言い渡された。某日、朝10時10分に開かれた判決公判で、裁判長から「被告人に懲役11年を科す」と宣告された小林は、一瞬(えっ)という表情をした。何故ならば、彼は弁護士の主導で、総てを正直に言い、関係者が直隠しにしたい事柄を暴露したのである。したがって、小林自身は(司法取引に応じた)つもりになっていたが、裁判官は容赦なかった。ただ、求刑14年に対し、多少の恩恵は有ったのかもしれなかった。黒木ら関係者は、仮に、刑期を終えても民事の方で返済義務が残るが、証書を偽造した小林には、責任を負わせる金額の算定が出来ない。単に、公正証書偽造及び、同行使の詐欺罪に問われただけである。公判で証人として出廷するたびに、「裁判長に申し上げます。私は一日でも早く罪を償い、被害者に対し返済を行いたい」だから早く判決を出してくれ。と哀願していた。犬鳴が傍聴し始めてから、小林の懐に入った金を計算してみると、少なく見積もっても450億円であった。本来、倹しい生活に慣れた銀行マンである。たとえバブルに狂乱したとて、これほどの額を使い切ったとは思えない。必ず何処かに隠匿しているはずだ。犬鳴は確信を持ってそう思っていた。小林が判決を受けたのが平成7年、長期刑の者が行く千葉刑務所で7~8年も辛抱すれば仮出所が可能だ。当時の小林はまだ40台の初め。今頃はとっくに娑婆に出てちまちまと株式投資などやりながら優雅に暮らしていることだろう。

 一方の黒木は最後まで無罪を主張したが、高裁でも一審の判断は覆らなかった。最終的には、当時の詐欺罪の極刑に近い14年を言い渡され、小林に遅れること10余年、平成20年春、長野刑務所に送致された。犬鳴と黒木の実弟の関わりは、それより早い時期に解消され、大弁護団も縮小されたと人伝に聞いた。

 実は、このことは沢口にも言わなかったが、本件の真の依頼人黒木とは少なからず縁があった。縁と言えるかどうか判らないが、その少し前、犬鳴探偵事務所のマルヒの一人であったのだ。バブルが始まって間もない頃、銀座の売れっ子ホステスを妻に持つ男性から(妻が帰って来なくなったから探して欲しい)という依頼を受け、麻布十番の超高級マンションの一室に隠れ住んでいたホステスを探したことがあった。その調査の過程で、マルヒのホステスの愛人として登場したのが黒木だった。今にして思えば、当時の黒木は湯水の如く入ってくる悪銭を豪快に使いまくっていた頃だった。そして、銀座の高級クラブ「姫」で働くマルヒを愛人にして匿っていた次第である。
 或る時、黒木と電話で短い会話をしたことがあった。勿論、犬鳴が探偵で、自分を調べていることも承知だったが、文句や恨みがましいことは一切言わず、「僕にも家庭がありますので、その辺をご配慮下さい。」というもので、終いに、「今度機会を設けて一杯やりませんか」とも言っていた。犬鳴は、同い年の黒木に対し爽やかな印象を受けたことを思い出す。勿論、その後彼と交わることはなかったが、当時の調査で、経歴や家庭環境、家族構成、父母のこと。資産状態など具に調べていたので、電話口の黒木が、全く知らない他人には思えなかった。犬鳴と同じ銀行マンの父を持ち、慶應義塾大学を卒業したぼんぼんだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 25

探偵日記 3月25日水曜日 晴れ

今日は給料日。僕の一番嫌いな日である。考えてみればもう40年以上給与というものを頂いたことが無い。何時だって、経理担当の見張り番から(以前は僕の実姉だったが)あ(ハイ)と言って渡される小額の小遣いがその月の慰労金である。その額、若い調査員より少ない時の方が多い。だから今まではせっせと内職に励んだ。そうして得たお金は誰かに見つかるとまずいのでさっさと浪費することにしている。ン、探偵がやれるアルバイトって何?と思う人が多いと思うが、有るのだ。それがバブルの頃には年間1億近いこともあった。今は?0(笑)

新宿・犬鳴探偵事務所 8-8

 取っ掛かりの仕事は、数名の人物の所在と現況を調べるという平凡なものだった。しかも、それらの基本情報は裁判所の資料から抜粋したものだったから、探偵にしてみれば造作のない調査であったが、犬鳴はこれら数名の顔写真や数日間の行動、家族の写真などを加えて報告した。というのも、犬鳴は、黒木に会った途端、自分を使う彼の目的を理解したからである。黒木は、何気ない感じで調査の指示をしたが、彼の両肩に覆いかぶさっている重みを感じたのだ。「とりあえずこれ」と言って黒木が渡してくれた金額も、バブルが崩壊し、数年経過した時期にしてみれば法外なものだったこともある。報告書の内容は黒木はもとより、事務所に関係する者たち全員が納得する内容だったらしく、黒木以外の人たちとの関係が一挙にちじまって、赤坂や銀座を飲み歩く仲に発展した。そして、彼らの話から、後述する事件の真相や関係者の役割等鮮明に分ってきた。

 平成三年、時の大蔵大臣橋本竜太郎と、日銀三重野総裁が打ち出した「総量規制」政策で、百鬼狂乱したバブル経済が驚くべきスピードで衰退したが、その結果、金融機関の杜撰な取引及びそれに目をつけた金融ブローカー達の悪さが一挙に表面化したが、その中の一つに富士銀行や東海銀行を舞台にした詐欺事件があった。犬鳴が沢田に紹介されて会った黒木は富士銀行を舞台にして3000億円以上を詐欺った主犯の実弟だったが、東海銀行秋葉原支店の事件にも関連し警視庁に逮捕されていた。では、依頼人の黒木は事務所を設け大勢の配下を従え、何をしようと言うのか。その目的も次第に明らかとなって行く。しかし、犬鳴にはそんな事情は関係ない。求められる情報を、より正確に伝え報告すれば良い。

 数ヶ月もすると、サティアン(黒木や配下の者たちは、駒沢サティアンと呼ぶ馬鹿でかい一軒家で集団生活をしていた)の関係者とも仲良くなり、犬鳴自身、その家に入り浸って同士のごとくなっていた。世田谷の住宅地に建つその家は、以前は外人の住居だったらしいが、50人は裕に入れる応接間があり、上階に行くためのエレベーターもついていた。彼らは、毎日のように作戦会議を開き、週数回は弁護団も加わった。沢口が教えてくれたところによると、七人の弁護士は総て元裁判官で構成され、一人頭5000万円の着手金を支払っているという。「無罪」を主張する黒木を支える大弁護団とその一味。といった態で、当時の犬鳴もふんだんに貰える調査費用で、十分な態勢で調査にあたり相応の成果を挙げていた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 24

探偵日記 3月24日火曜日 晴れ

今朝は寒かった。5時の目覚ましで起きてタイちゃんを連れて外に出る。最近の彼は何だか元気が無い。今日も30分少々で帰宅。元気に歩くし、ご飯も美味しそうに食べるので大病を患ずらって居るのではないと思うが、人で言えばもう80歳近い老犬だからいたしかたないのかな~。散歩の途中、僕を見上げるタイちゃんの情けない顔はもしかしたら僕に似てるのかな。(笑)
少しゆっくりしてお昼前に事務所へ。来客があり所長が面談しているようだ。依頼人は若い女性だとか。依頼人の心の底が見えるようになるにはまだ何年もかかるだろう。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-7

 およそ半年続いたヤクザを交えた交渉ごとや、調査ともいえないような業務も終え、ひと段落したところで新しい仕事が入った。数年前、チョイ悪のブローカーを紹介してくれた麻雀仲間が居て、「ワンちゃん。俺の知り合いで不動産関係の仕事をしている男が居るんだけど会ってくれないか」と言うので早速会ってみると、口八丁でまさに食えない印象の男だったが、勢いみたいなものは感じた。話してみると犬鳴と同い年で、趣味は女と麻雀というから似た者同士と言えなくも無い。
その、佐倉という社長が、「すぐにとりかかってくれ」という案件は、「行方不明の男を大至急捜してくれ」というもので、成功報酬で2百万。と言うと、「分った。じゃあこれはとりあえずの着手金。」と言って、鰐皮で大きめの財布から30万円取り出し、紹介者に聞こえるように言ってよこした。

 そのあと、何のことは無い。彼の「じゃあやろうか」と言うひと言で、近くの雀荘に移動し囲むことになり、ちょっと手を抜いたら10万円ほど負けてしまった。その時のメンバーは、犬鳴と、犬鳴を紹介してくれた在日の金貸しに、社長とその部下で沢口という顔色の悪い男だったが、今日は、その沢口が思いがけず電話をしてきて、「今、自分が世話になっている事務所で調査を必要としているので責任者と会ってやってくれないか」と言い、溜池近くの会社に同行し依頼を受けたのだった。

 はからずも関西の暴力団と昵懇になったのが平成7年春。犬鳴が恐喝未遂容疑で逮捕され、懲役1年、執行猶予4年の判決を受けて東京葛飾にある小菅(正式には東京拘置所)を出たのがその前年の暮れだったから、Sグループの仕事が終わって間もなくのことである。沢口との出会いとなった不動産会社の元気のいい社長は、あの後、神奈川県平塚市の資産家から十数億円騙し取ったとかで、神奈川県警に逮捕されたから、付き合いも途絶えていたが、沢口はしっかり犬鳴のことを覚えていたようで、出入している事務所で「いい探偵は居ないか」という話題となったとき、真っ先に犬鳴のことを話し、責任者に(じゃあ会わせてくれ)と言われ連絡をくれたものらしかった。
というのも、あの時、依頼された所在調査をいとも簡単に成功させ、関係者を驚かせたため、(腕のいい探偵)という好印象を与えたらしかった。業法が出来た今、詳しくは書けないが、当時は、ある特殊な調査技術を持っていた犬鳴探偵事務所は、所在調査に限らず、(特別な案件)には滅法強かった。

 沢口に連れて行かれた事務所は、首都高速道路と外堀通りが交差するあたりの雑居ビルの中にあった。仮事務所らしい殺風景な部屋に入ると、お世辞にも良いとはいえない人相の男が数人居た。沢口はその中で一番若い痩せぎすの男性を、「黒木さんです」と言って犬鳴に紹介する。黒木という32,3歳の男は、犬鳴を一瞥したあと自分の名前を言って(宜しく)と言う。無表情で愛想のない奴だな。というのが犬鳴の黒木に対する第一印象だったが、この感触は最後まで変わらず、その後も親しく交わった覚えがなかった。ーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 23

探偵日記 3月23日月曜日 晴れ

昨日、栃木県小山市のひととのやCCで行われたグランドチャンピオン大会。意気込んで参加したが着外の12位。普段練習場で稀にやるミスの連発で、何一つ納得できるショットが無かったし、38パットではお話にならない。またレッスンを受けようかと真剣に考えている。練習場で出来ることがコースでは全く出来ない。基本が出来ていないから。と思ったりするが、ゴルフ歴もう40年近いのに何を今更とも考える。今度の日曜日も、阿佐ヶ谷の「海舟」主催のコンペがある。ここで90叩くようなら本気で考えよう。
今朝はタイちゃんの散歩を終え朝食を済ませてすぐに事務所へ。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-6

 その日、東京駅までヤクザの御一行さんを迎えに行く。事務所の車両を総動員し、乗り切れない者は調査員が随行し、タクシーに分乗して、とりあえずホテルに案内した。組長以下、主だった幹部は犬鳴の事務所に来てもらって、早速明日の打ち合わせに入る。先方にも連絡し日時が決まり、こちらは犬鳴が出席することになった。その夜、組長の希望で、歌舞伎町の「しゃぶ叙」で食事したあと、その頃、歌舞伎町で一番大きなクラブに繰り出した。案の上お行儀の悪さは関東のヤクザとは比較にならない。一説によると、西のヤクザは東京志向が強いという。その証拠に、多くの組が斥候のつもりか東京に事務所を構えている。ただ、「関東二十日会」(関東の各暴力団が、西に対抗すべく、西と協定を結んでいた)との約束事があって、正式に稼業の看板が出せないで居た。したがって、○○企画とか、××エージェンシーなどと、普通の会社を装って悪さをしている。組長が犬鳴の事務所を見て、「このくらいの事務所が有ったらええな」といった言葉は本音のようだった。

 クラブで大騒ぎして、さあお開きにしよう。と思っていた時、組長代行が犬鳴の席に来て「女はどないなってますか」と耳打ちする。犬鳴はエッと思ったが、横に居た河合が、「犬鳴はん、組長は大の女好きでんねん、どんなんでもよろしゅうおますさかいホテルの部屋に来させて下さいよ」と、助け舟を出してくれた。犬鳴は少々うんざりしたが、そんなものか。と思い直し、(分りました。日本人じゃあなくても構いませんか?)と聞くと、河合も代行も、(それで良い)と言う。世界に名だたる繁華街の歌舞伎町である。そういうルートも知っていたので、何とかその夜は手配した。ついでにと思い(河合さんはどうしますか?)と聞くと大笑いされ、「わしゃあええ」と言った。

 そんなことがあって翌日午後2時、新宿駅西口にある京王プラザホテルで、同じY系の組同士が対峙することになった。向こうが若頭ならこっちの頭は出なくて良いだろうということで、組長はホテルで待機してもらい、河合章吾ほか三名と犬鳴の五人が相手方と話をすることになり、約束の時間にやってきた彼らとの面談が始まった。犬鳴はすでに面識があったので最初は和気藹々と進んだが、本題に入ると双方譲らず、やや険悪な空気になった。(それじゃあ何が何でも返してくれはらんのでっか)河合が言う「こっちの依頼人は、そういう約束で店を預かっている。約束を違えたのはそっちやないですか」向こうも引かない。丁々発止そんな応酬が続いた時、それまでのにこやかな表情を微塵にも変えず河合が言う(おたくらそんな漫画みたいなことを言ってはると命のやりとりになりまっせ)と。

 その時、そばで聞いていた犬鳴は、心中う~んと唸った。今まで何かと粋がってきた犬鳴だが、河合の迫力はそんなちょい悪の堅気には到底及ばない、いや、仮に、犬鳴がいっぱしのヤクザになっていたとしてもとても適わないだろうと思った。大きな声で言ったわけではない。ことさら凄んだわけでもない。なのに、聞く者のはらわたを抉るような気迫が滲み出ていた。関西弁の(命のやりとりになりまっせ)というひと言で、双方の力関係は歴然とした。確かに、同じ傘下の組同士とはいえ、河合の組長は、四国のそれと比べて、段違いに格上なのかもしれない。勿論、こんな事で、内々が抗争に発展するとは犬鳴も思ってはいなかった。ただしかし、相手が拳を振りかざしてくるのなら、河合の言うように、何人か命を落す事態になるかも知れない。河合は、暗に、しかも単刀直入に伝えたに過ぎない。相手の顔を窺うと、ウっといった感じで返す言葉に詰まっている。若頭がそうなのだから、他の者は声も出ず目が宙を彷徨っていた。

 結局、この後、双方の頭が出てきて、頂上会談の結果、比較的業績の上がっていない大塚や巣鴨、上野の七店舗を贈呈することで決着がつき、師走の慌しい最中、東大出の親分率いる一家は、犬鳴が渡した五億円を手に神戸に帰っていった。帰りしな、組長は、「犬鳴はん、これからちょくちょく上って来ますさかいあんじょうたのんまっせ」と言う。犬鳴は、冗談じゃあない。と思ったが、満面の笑みで(こちらこそ)と言って見送った。
河合はその後も本当にちょくちょく上京し、その度犬鳴は快く相手した。ある時、ホテルに迎えに行った犬鳴の前で、「ちょっと着替えさせて下さい」と言って、上半身を露にしたが、二の腕から太ももにかけ見事な刺青を見た。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  

探偵日記

3月 20

探偵日記 3月20日金曜日 曇り

今朝は5時前に起きてタイちゃんの散歩に行く。路面が濡れて臭いがしないからつまらないのか、20分少々でさっさと家に帰ってしまった。やることも無いので、新座市にあるゴルフ練習場「ウインズ」に行く。22日、ひととのやCCでグランドチャンピオン大会があり、そのための練習である。熟知したコース、1番ホールから各ホールを想定し打って行く。勿論、ミスをした時はそれなりのクラブを使う。するとどうだろう。なんと、80そこそこで18ホールを終えた。邪念が無いから上手く行くのだろうが、いざティグランドに立つと右は林、左はOB。というふうに体が萎縮してしまいとんでもないショットをしてしまう。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-5

 翌々日、犬鳴は神戸に居た。高柳の紹介でYグループの中でも、今売り出し中の人物と会うためだった。勿論、高柳も同行してくれた。高柳とその組長はムショ仲間だと言う。数年前、東京で発砲事件があったが、犯人が大日本関東軍のメンバーで、ほとんど関係なかった高柳も共同正犯として逮捕され、暫く入っていた。その際、知り合って意気投合したらしい。
高柳曰く、「ヤクザの東大出みたいな男で、ゆくゆくはかなりのところまで上るでしょう」という触れ込みであった。午後の新幹線で神戸に到着。早速、その事務所を訪問した。前もって知らせておいたが、(急遽、上の人とゴルフに付き合うことになって、今戻ってくる途中です)と、留守番の子分がお茶を出しながら言う。おそらく部屋住みの若衆であろう。所作がきっちりしていた。
間もなくどやどやっという感じで事務所の廊下が騒がしくなり、東大出の組長が帰ってきた。開口一番「お~涼ちゃんしばらくやね~元気にしとりましたか」と、親しみを込めた挨拶をする。高柳も如才なく応じていたが、犬鳴は少し嫌な気分になった。何がどう。ということではない。勿論高柳の推薦を疑う意味でもない。犬鳴の第六感というか、明らかに、犬鳴のような一般人とはかけ離れた思考の持ち主に思えたのだ。それも致し方のないことだろう。向こうは暦としたヤクザである。顔に刀傷もあって若い頃から喧嘩三昧でのし上がってきたのだろう。笑うと可愛いところもあるが、貫禄も凄みも高柳とは桁違いで、なるほどこの世界で出世するだろうとも思えた。犬鳴は、自分の感情は押さえて訪問した主旨を話しはじめた。

 当然ながら、相手方として出てきた四国の組も良く知っており(何んだそんなことか)という顔をした。犬鳴は、話の途中で、(これは名刺代わりです)と言って、3百万円が入った封筒を渡した。親分は「あ、これはご丁寧に」と軽く頭を下げる。それから、今までの経緯を分りやすく説明し、犬鳴が申し出た、全面撤退の条件について、(折半)と言ってきたことを話した。他人の店を理不尽に横取りし、返してくれ。と言ったら、半分遣せという。しかし、東大出の組長は薄く笑っただけで、何の感情も意見も言わなかった。犬鳴は、組長が(そんなものでしょう)と言ったように錯覚した。高柳は、(とにかく力ずくで取り返そう)という気持ちでいるので、(親分宜しく頼みます)などと言って、上京を促している。犬鳴は、まあ、ちょっとやらせてみるか。と思い、あとは高柳に一任した。

 東大出?の組長も金脈を感じ取ったか、上機嫌で応諾し、「久しぶりやから一杯いこうやないか」と言って、犬鳴、高柳、に、向こうは組長ほか幹部と思われる四人で、神戸の町に繰り出した。犬鳴は、その夜、四人のうちの一人(河合章吾)という男に注目した。まだ犬鳴よりかなり若かったが、他の連中から(おじさん)と呼ばれ、組長も一目置いている感じで、何となく存在感のある人物であった。人の縁というものは不思議なもので、以来、河合章吾とは今日まで長い付き合いになった。
翌日午後の新幹線で帰京。例の組長以下総勢はその翌日上京する手はずになった。30名分のホテルを確保して、オーナーにもその旨報告し、(もう少し時間がかかる)ことを了解してもらう。オーナーは幸い東京に居たが、明日は九州方面に向かうらしい。夕方「犬鳴さん食事でも如何ですか」と誘われ、(東京はあまり知らない)というので、新宿二丁目のおすし屋さんに案内した。オーナーは食事に誘っておきながら出されたものに手をつけようとせずお茶ばかり飲んでいる。一般的に覚せい剤の常習者は食事を摂らずコーラーなどの飲み物に依存する。一つには喉が渇くためらしい。犬鳴は不良だったが、薬物には手を出したことが無い。根は小心な田舎者なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 19

探偵日記 3月19日木曜日 曇りのち雨とか

今年の花粉は強烈だ。昨日、朝一つ飲んで外出した。何時もならこれで夜まで持つはずだったが、正午を過ぎるあたりからくしゃみを連発。鼻水も止まらなくなった。少し遠出をしたので、その間中くしゃみと鼻水に悩まされ、19時にやっと薬局を見つけストナリンを購入。栄養剤と一緒に飲んで少し治まった。
今朝、散歩から帰るとまたグシュグシュし始め、今度はクリニックから貰ったタリオンを一錠飲んだが家を出る頃になるともうだめ。事務所について常備してあるストナリンを飲みパソコンに向った。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-4

 犬鳴は、その日、昨日の男が所属する組を調べてみた。新宿警察の刑事にもチラシ(暴力団の分布図のようなもの)を見て貰い、神戸の本部との位置関係や、四国の組本部の勢力等を教えてもらった。この頃にしては珍しくシャブ(覚せい剤)を扱い、資金力は豊富で、どちらかというと戦闘的な集団ということも分った。
この日は高倉健みたいな奴がやって来た。比べてみると、一緒に来た昨日の男が小さく見えた。名刺を見ると(若頭)と書いてある。一般の企業でいえば専務というところか。犬鳴も丁寧に挨拶し、(こんな偉い人にわざわざ出張ってもらってすみませんね~)と言う。聞きようにとってはちょっとおちょくられたと思うかもしれない。しかし、若頭はなんでもないように笑って、「探偵さんも大変だね。こんな事も仕事のうちなの」と聞いてくる。犬鳴は(いいえ、まあ成り行きって言いますか僕も頼まれると断れない性分で)と応じる。

 若頭の言い分はこうだった。自分のほうの依頼者は(ある時、Sグループのオーナーと知り合い、毎月8百万円の報酬でコンサルタント契約を結んだが、最初の一か月分を呉れた後、知らん顔をされた。それで、ちょっと面白くなく思っていたところに、今回の摘発騒ぎで全店閉めてしまったので、コンサルタント契約に基づいて営業を代行しているのだ。したがって、盗んだの、泥棒だの、って言われる筋合いではない。)と言っているという。ふ~ん。上手い口実を考えたなあ。こんな輩に、じゃあコンサルタント契約書を見せろ。などと言っても通用しないだろう。彼らの世界は、言ったいわないで十分通じるようだ。余談だが、犬鳴の友人が暴力団員の経営する金融会社から3百万円借りたことがある。その時、たまたま犬鳴が同行したことで(お前が保証した)と言われ、友人が夜逃げしたあと事務所に乗り込まれた経験があった。とにかく、理屈や常識が機能しない世界なのだ。
(そうでしたか。貴方のおっしゃるように、コンサルタント契約が存在すれば法的に違約金の支払い義務が生じるでしょうし、仮に、そんなものが無くても道義的にはその女性の言うことに一理ありますね。じゃあどうでしょうか、お店を返して貰う条件を詰めて頂けませんか)と、申し出た。

 Sグループのオーナーには、確かにそういう面が多々あった。これまで、基本的には、犬鳴との約束は違えないが、言うことがころころ変わる傾向があり、犬鳴のほうで準備していたにもかかわらずキャンセルされたことも再三だったのだ。勿論、若頭にはそんなことは言わなかった。或いは、その女性が、作り話をでっち上げてヤクザを利用しようとしているのかもしれなかった。この日は、(お互い事情を確認し、また会いましょう)ということでお開きとなった。一時間余りの会談だったが犬鳴はどっと疲れた。歌舞伎町で飲んでいる。という高柳に連絡して、彼らと合流する。ああ、今日も散財しなければならないなあ。と、ちょっぴり反省したが、費用はたっぷり預かっていた。

 歌舞伎町のクラブで高柳に会い、その話をすると、「面倒ですね。向こうは折角のチャンスだから生半可では引かないでしょう」と言い、「内々で話をさせたらどうでしょう。なんなら、一旦自分は下がってもいいですよ」と言う。要するに、向こうも関東のヤクザを相手じゃあおいそれと手を引かないだろうから、同じ傘下の者と話をさせたら案外上手くいくんじゃあないか。というのが高柳の考えで、知人にうってつけの奴が居ると言う。当時、その団体は五代目になっていたが、その当代の出身母体がYグループと称し、百以上の組で構成されており、最も勢いのある一大勢力となっていた。今回しゃしゃり出てきた組もその一つだった。犬鳴は、まあそのほうが円満に進むだろうが、結果的に、(玉虫色の解決)にならないだろうか懸念した。要するに、依頼人の思惑と違う(なあなあ)で終わるんじゃあないかと思ったのだ。しかし、向こうが本気になったら高柳の30名足らずの兵隊では太刀打ちできない。ーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 17

探偵日記 3月17日火曜日 晴れ

今日は本当に暖かい日だ。下着を薄手のものにして、ジャケットだけで外出する。10時20分、事務所に着く。昨日の尾行調査の報告を聞きマルヒの真面目な様子に安心する。6~7歳年下の夫を持つと何かと不安かもしれない。今はまだ、33歳と40歳だからいいが、夫が男盛りの40歳半ばのとき、妻は50を過ぎることになる。何よりも怖いのは、更年期障害で、訳も無く妻が夫婦関係を拒んだりする時期であろう。僕の知っているご婦人もセックスレスになったらしい。中には、(お金を上げるから風俗に行って)と懇願する女性も居るとか。まあ、僕みたいなチャランポランな男なら千載一遇のチャンスとばかりに大喜びするかもしれないが、ほとんどの夫はひざ小僧を抱えて悶々とするばかりだろう。夫婦が長年仲良しで過ごすのは本当に難しい。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-3

 案の定と言うか、想像通り女性のバックが、高柳に(会いたい)と言ってきた。日時が決まり、場所は京王プラザホテルのラウンジになった。向こうもこちらの事を調べたようで、電話では丁寧な物言いだったようだ。その筈である。高柳自身も売り出し中のイケイケで、その実父はその世界で知らぬ者の無い大物だ。仮に全面戦争になれば、関東のS会を相手にしなければならない。首謀者の女性は、I会系の幹部の関係者とは言え、(元、妻)である。その幹部には、現在、若くて美人が女房に納まっている。相談を持ちかけるほうも、される方もいくばかりかの恩讐があるはずだ。

 その日が来た。朝からホテルの周りは異様な雰囲気に包まれている。高柳と犬鳴はちゃんとしたスーツ姿だが、三十名以上居る隊員は皆戦闘服を着ていた。それらがラウンジやロビーのあちこちにたむろし、いざと言う時に備えている。やがて四人の、見るからにそれと分る男たちが現われ、犬鳴達の前に座った。まず高柳が仁義を切る。相手の頭と思われる男も名刺を出して名乗った。意外にもI会ではなく、関西の某巨大組織の枝で、東京に進出しているある組の人間だった。I会系の人間が出てくるとばかり思っていた犬鳴と高柳は少々勝手が違った。
のっけから、「あの店のケツもち(その店で何か揉め事があったりした時、防波堤になってその揉め事を収める役割)が私のところってご存知でしたか?」と言って威嚇する。向こうは向こうで、下手をすると神戸を相手に喧嘩することになりますよ。と、暗に仄めかしているのである。

 今度は高柳が不敵な面構えで応じる。(勿論承知していますよ。店で暴れた落とし前はきっちりつけさせてもらいますから、あの店を含むSグループの全店を返してもらいたい。まあ、今日までの凌ぎは目をつぶりましょう)そう言うと、相手はちょっと怪訝な表情をした。犬鳴は、(ああ、こいつら事情を知らずに今度のことだけで出てきたんだな)と察し、(隊長、ちょっと俺から説明させてくれよ)と断って、その男に名刺を渡し、(今日はご苦労様です。まあ折角出てきてもらったんで子供の使いにはしませんから私の話を聞いてください。)と、前置きをして、これらの店は本来Sグループの経営で、事情があって責任者が不在の時、貴方の依頼人が横取りしたもので、大ごとにするとみなさんの面子と言うか、今後の凌ぎに差し支えると思う。だって、歴としたヤクザ者が泥棒の手助けをしたんじゃあ恥じでしょう。と言って、男の顔を(それでも、うだうだ言うんなら懲役をかけてやるぞ)と言うぐらいの気迫で見つめた。
これで勝負あった。面構えは一級でそれなりのヤクザであろうが、如何せんややお頭が働かないようで、犬鳴に返す言葉も見つからない。らしく、他の連中と顔を見合わせている。「分ったあんたの話を持ち帰って依頼者と相談します」最後はバカ丁寧な言葉で、それでも肩を怒らせてラウンジを出て行った。

 西が出てくるとは思わなかったですね。高柳も面食らったようだったが、このまますんなり返してくるとは思えず、(何か動きがあったら連絡する)ということでこの日は別れた。
翌日、昨日の男から電話がかかり、「本部の偉いさんが犬鳴さんに会いたって言うんだけど」と言ってきた。犬鳴は面倒なことは早いほうがいいと考え、昨日のホテルで良いか。と言うと、「結構です」と言う。じゃあ今夜8時に。という約束をして、すぐに高柳に連絡する。高柳は「じゃあ自分も同席する」と言うのを、(いや、今夜は俺一人で話を聞いて来るよ。向こうも、俺の後ろにあんたが控えているのは分っている事だし、まあ、あんまりこじれるようなら頼むから)と応え、高柳も「歌舞伎町で飲んでますから何時でも連絡下さい」と言って電話を切った。ーーーーーーーー

探偵日記

3月 16

探偵日記 3月16日月曜日 晴れのち雨とか

今朝4日ぶりにタイちゃんの散歩をする。朝5時でももう寒くは無い。何時ものように駅前からパールセンターに入り、往復して帰宅。ちょうど1時間歩き3800歩。手を洗って水を飲み、またベッドへ。8時に起こされて朝食。11時、2年目の定期点検でヤナセに車を持って行く。11800マイル走行しているが何処も悪い所は無いが、これから長距離を走る予定があるのでしっかり見て欲しい。何しろ、GWには片道1100キロ走って山口県下関まで帰らなければならない。幼友達とのゴルフが楽しみである。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-2

 東京池袋に「大日本関東軍」という右翼団体がある。首領は「高柳亮太」実父はS会系の某組の重鎮である。この実父は、経済ヤクザで、頭も切れた。後に、上場企業を乗っ取り社長に納まったことからも頷ける。その息子が、父に憧れヤクザになろうとしたが、父親は、「これからはヤクザの時代じゃない」と言い聞かせ、彼が大学を卒業するや僅かな金を持たせて旅に出した。(とにかく、自分で稼ぎながら世界をひと回りして来い)と言ったらしい。彼は、父親の言いつけをしっかり守り1年数ヵ月後帰国して、母校の同窓生や後輩を募り、政治結社(右翼団体)を結成した。何しろ、彼の母校と言えば、卒業生の大半が、暴力団か自衛隊、または警察官にと言われるぐらい、頭脳はともかく喧嘩だけはめっぽう強いことで有名な大学だった。集まった隊員も強者ぞろいで、仮に、ヤクザになれば間違いなく数年で幹部になるだろう。

 犬鳴はひょんなことで知り合った高柳に連絡して、新宿三丁目の喫茶店「ゴロー」で会った。余談ながら、この喫茶店は、犬鳴が毎日訪れる雀荘に近く、店名が自分の名前と一緒ということもあって、良く利用している店だった。毎度のことながら高柳は10名ぐらいの隊員を連れてやってきた。喫茶店ゴローは、我々だけで半分ぐらい占められる。それは良いとして、いずれもひと目見てそれと見間違う男ばかりである。他の客がちょっと覗いて怖そうな顔をして帰ってゆく。しかし、本題に入ると隊員たちは離れた席に移動して、静かにコーヒーを飲んでいる。「お久しぶりです。」高柳が年うえの犬鳴に丁寧に挨拶する。少し前、法廷に立つ依頼人が、暴力団に拉致されそうになり、警護を頼んだことがあって、気心は知れていた。(隊長、今度はI会が相手なんだけど、隊長も良く知ってるあいつの元女房が悪さしてるんだよ。)と言って、犬鳴の依頼人が経営している風俗店を件の女性に乗っ取られた話をした。蛇の道は蛇である。高柳は犬鳴の話をちょっと聞いただけで、「面白そうですね」と破顔した。

 高柳と、相手の女性やそのバックの連中を話し合いのテーブルに引っ張り出す方法について打ち合わせる。法律や常識の通じない相手であり状況だった。(どうする?)「そうですね。取り合えず歌舞伎町の店で暴れさせますか」高柳の考えは、隊員の若衆を客に仕立て、何でもいいから文句をつけて喧嘩沙汰にし、棄て台詞で、(人の店を勝手に営業してとんでもない。責任者を呼んでこい)と言って騒げば、その女かナンバー2が出てくるはずだ。という、少々乱暴な手法だが、仮に警察沙汰になればなったで、その時考えよう。と、二人の一致した意見は、(向こうも警察に駆け込めないだろう)というものだった。分ったそれで行こう。と決まり、高柳に(当面の軍資金だ)と言って、1千万円渡し、対象の店について、店長や名前だけの社長を特定し、その夜の行動を監視する役目は犬鳴の事務所が引き受けた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 13

探偵日記 3月13日金曜日 晴れ

先月に続いて13日の金曜日。2月のその日は何事も無く過ぎた。果たして今日はどうか。迷信やゲンなど気にしない僕だが用心に越したことはない。なるべく大人しくしていようと思う。
今朝はタイちゃんのお散歩家人に代わってもらって、ゆっくり寝ようと思ったが、何時もの癖で5時に目が覚めた。気配を窺うと玄関がカチャリと閉まる音が聞こえた。さあ、もうひと寝入りしようと思っていたらメール。事務所から転送になって僕の携帯に来たもので、コマーシャルだ。それでも少しは寝たようで、8時、快適に目覚めた。小田急と伊勢丹に寄ってホワイトディのお菓子を買って事務所へ。

新宿・犬鳴探偵事務所 8-1

 それから約2時間、オーナーの説明を聞いて漸く納得できた。Sグループの店を我が物にしている人物は、Gと称す50歳くらいの女性で、小さな宗教団体を主宰する(教祖)で、関東で三本の指に入る広域暴力団I会の大物幹部の元女房らしい。その幹部は、一方で、右翼団体の首領でもある。犬鳴も名前だけは良く知っている人物だった。そんな男の前の妻だという。それにしても乱暴な話である。いくら閉店しているとはいえ他人の所有物である。どんな理由で横領しているのか。(どうせ訴えることも出来ないだろう)と、思っているに違いない。犬鳴は、(とにかく、各店舗の状況を把握しましょう。その女性が店を返さないと言うんなら、その時はまた別の方法を考えます)と言って、ひとまずオーナーの怒りを鎮め、「もう遅いからどこかに泊っていってください」と言うオーナーの言葉通り市内のビジネスホテルを予約した。

 ホテルに入ってから調査部長の池辺に指示し、Sグループの全店舗の実態を明日までに報告してくれるように頼み、「翌朝、経費を取りに来い。」と言うオーナーの部屋を訪れ、その足で帰京した。調査の結果、Sグループの主だった店はGの配下が責任者となり、Sグループの元従業員を使って営業していた。そして、それらの店はすこぶる盛況であった。
仙台のホテルで(オーナー、顧問料を払っている例の組に相談してみたら如何ですか)と進言すると、「犬鳴さん、私はやくざが大嫌いです。お金で何とでもなるけど場面次第ですぐに敵に回るから」と答える。なるほど、そんな経験を嫌というほどしてきたのだろう。この人も学習したようだ。犬鳴は目の前の、自分の妹ぐらいの女性を見て、(一肌脱いでやるか)と思い、その後のあれこれを考えながら事務所に戻った。池辺に指示した調査の結果、手入れを食った池袋店以外は総て営業されていた。しかもなかなか盛況だという。これらの写真と偽オーナーの顔写真を撮って依頼人に見せる。黙って見つめていた真のオーナーこと依頼人は、「犬鳴さん、I会にものが言える人は居ませんか?こうなったら戦争です。向こうもせっかく手に入れた金脈を簡単に手放す筈は有りません。お金はいくらかかっても構いませんから全部取り返してください。」と言う。この世界のこのような場合、警察や裁判所は関係ないらしい。卑怯な手段で乗っ取られたものを力ずくで取り返せ。と言う。もう常識では割り切れない世界に犬鳴は入り込んだようだ。新宿で20年以上探偵事務所を経営してきた犬鳴は、警察にもヤクザも山のように知っている。ある意味、この依頼人は適材適所に適った探偵社を選んだともいえよう。ヤクザでもない。勿論、役人でもない。犬鳴はヤクザのように無法者でもなく、役人みたいに法に縛られることもない。ただ、ギリギリのところで行動できる。下命する側にとって、犬鳴は、まことに都合のいい、使い勝手の良い男であり、犬鳴の率いる探偵事務所は都合の良い集団だといえた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 12

探偵日記 3月12日木曜日 晴れ

昨日のゴルフ、隔月の第二水曜日に行われるコンペ(二水会)が何時もの「エーデルワイス」(埼玉県毛呂山町)で開催された。僕は、この超トリッキーなコースが好きでこれまで十年以上欠席したことが無い。この日は、予想とは違って、無風快晴。体調も良く、それなりに意気込んで参加した。結果は、数字的には威張れたものではなかったが、内容には満足した。というのも、今月22日に、栃木県小山市の「ひととのやCC]で行われる月例のグランドスラム(1年間の入賞者だけで戦うもの)に向けての練習試合のようなものだから、1打1打試行錯誤しながらプレーした。中でも、最終ホールの第二打、(ロングホール)スプーンで打ったショットは会心の当たりで、前の組に打ち込んでしまった。いけないことだが、同じコンペの仲間のこと、酷く怒られはしなかった。非力な僕でも理にかなったスイングをすればそこそこの距離が出るのだろう。夜は、仲間数名と阿佐ヶ谷の居酒屋で痛飲。あ~あ疲れた。

新宿・犬鳴探偵事務所 8

 依頼人も覚悟はしていたようで「ああ、そうですか」と言った後、「犬鳴さん、その手配を無くすわけにはいきませんか」と聞いてくる。普通、所轄の指名手配は1ヶ月間有効で、この間に逮捕に至らなければまた1ヶ月延長される。重大事件でなければ適当なところで解除されることもあるらしい。本事件は(風営法違反)で、さほど大きな案件ではない。したがって、総責任者を指名手配までして捜査する事件ではないはずである。各店舗に店長と呼ばれる者がいて、その上に、(社長)が居る。再三にわたる所轄の指導を無視した場合、始末書を書かされ、それでもなお、やってはいけないことをし続けて、やっと家宅捜査され責任者の逮捕に発展する。まさに今回がそれで店長とマネージャーが逮捕された。では、池袋署ではこのほか何を狙っているのだろうか。後日関係者から聞いたところによれば、この女性オーナー率いる「シクラメングループ」(以後、Sグループとする)は、山手線沿線に20店舗以上経営しており、日本最大の規模を誇っている。そして、いずれの店舗も風営法に違反し荒稼ぎしているらしい。警察は、Sグループを標的にして、他の業者に対する見せしめ的な効果を考えているのか。

 犬鳴は、高額な報酬に報いるべく次の事を進言した。(オーナー、何時までもホテル暮らしではお体にも差し支えるでしょうから、一度事情説明に出頭されたら如何ですか。私が懇意にしている警視庁本部の警部補に話をつけ、絶対に逮捕しないという約束を取り付けました。私も同行しますので)と言ったが、依頼人は頑としてノーと言う。「犬鳴さん、今私が逮捕されるわけにはいきません。そんなことになったら、グループは崩壊しますし、私は何より国税が怖いんです」ここに至って犬鳴にも大方の事情が飲み込めた。今回の家宅捜査で、Sグループ全体の給与台帳を押収されたという。そしてその数字から総売り上げを算出されれば莫大な税金を課せられるばかりでなく、場合によっては多額の脱税で刑務所送りになる危険がある。と言うのだ。なるほど、依頼人が一生逃げ回る覚悟をしている本当の理由が分った。

 依頼人からは毎日、否、一日10数回電話がかかる。今後の相談と、敵対する店舗の実態調査など、この時期、犬鳴探偵事務所はSグループの御用達探偵事務所になっていた。何しろ、ひと声ン百万円である。オーナーから声がかかると犬鳴は文字通り飛んでいった。ただ困るのはその都度ホテルが異なり、しかも、北海道から九州まで、「ああ、犬鳴さん、私今大阪のホテルに居ます。すぐに来て頂けない?」と言われ、犬鳴が承知すると、「じゃあ、新大阪に着いたら連絡下さい。その時、ホテルの名前と部屋番号を教えますから」となる。依頼人は、犬鳴にも全幅の信頼を置いていないのである。Sグループは、池袋店にガサ入れが入り、主だったものが逃亡したため全店舗の営業を閉じていた。犬鳴が初めて依頼人と会ってからまだ10日ほどしか経っていない。そんな或る日のこと、緊迫した声で「犬鳴さん、大至急仙台に来て欲しい」一昨日大阪で会ったばかりの依頼人から電話がかかった。犬鳴は、その日の内に仙台に入り、指定された部屋を訪ねた。相変わらず痩せ細って生気のない顔をしてるが、言うことは超過激である。のっけから「犬鳴さん、ある女を始末して」と言う。(どうしたんですか)と聞くと、自分たちが蜘蛛の子を散らすように逃げた後、Gという女性が乗り込んできて、閉めていたはずの店が営業を始めているという。警察の対象外の従業員を集めてほとんど翌日から開いていたらしい。驚き怒るのも頷ける。オーナーにしてみれば、わが子のように可愛いお店を乗っ取られた訳で、誰だって怒り狂うだろう。(その女性がオーナーに断りなく勝手に営業しているんですか?)果たして、そんなことが可能なのか。犬鳴には未知の世界のことで、どうにも理解できない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 10

探偵日記 3月10日火曜日 晴れ

昨日は雨の中、阿佐ヶ谷の川端通り商店街の中にあるレストランで夕食を摂った。友人はイタリアンと言っていたが、入ってみるとスパニッシュの傾向の強い店であった。味はアメリカのお母さん(マーマー)ビールやワインをボトルで頼んで、会計は8000円ちょっと。まあ、阿佐ヶ谷じゃあこんなものか。と思って帰宅。21時には就寝。
今朝のタイちゃんは20分少々で散歩を切り上げ、僕の意見も聞かずさっさと家に向った。路面が濡れて好きな匂いが無いのだろう。11時に来客があるので10寺に家を出る。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-7

 犬鳴は、1束取り出して新聞紙の日付を見ると昭和のものだった。中身は同じように100万円で、それを無造作に包んだ大きな固形物が三つ入っている。オーナーと呼ばれているあの女性は犬鳴との約束をしっかり守ったようだ。しかし、彼女はどんな商売をしているのだろう。犬鳴は、僅か3日で3500万円を貰ったが、その前に、遁走したヤクザに一億円払っている。(風俗業とはそんなに儲かるものなのだろうか)若い頃、悪友と飲んだ後、面白半分で吉原のトルコ風呂(今は、ソープランドという)に行った経験はあるが。歌舞伎町や渋谷のど真ん中にそんな店があるとも思えない。(東京って所は不思議で面白い)そんな感慨に耽っていたらみんながランチから戻ってきた。

 依頼人は領収書は要らないという。ならば、正直に事務所の収入にする必要はない。そう考えた犬鳴はひとまず自分の個人口座に入金することにした。その足で、懇意にしているM刑事の居る新宿警察署に電話を入れる。幸いM刑事は出勤していた。聞けば今日は泊まりと言う。(ちょっと頼みたいことがあるんだけど)と言うと、阿吽の呼吸で、「分った、ややこしい話じゃあなかったらこっちにおいでよ」と言う。何も悪いことをしていなくても警察は嫌なところだ。特に新宿署は(淀橋)と言われている頃からしょっちゅうお世話になったところである。念のために断っておくが、泥棒とか詐欺の類ではない。喧嘩沙汰である。犬鳴は昭和38年に上京したが、アルバイトにキャバレーのボーイを選択した。当時学生のバイトは結構有って、真面目な奴は書籍の配達とか食堂の出前持ちなんかをやっていた。しかし犬鳴は本来チャラチャラしたところを好む。キャバレーならばホステスさんも大勢居て、もしかしたら可愛がってくれるかもしれない。そんな極めて不純な気持ちで応募したら即決採用された。今考えるとこれがいけなかった。ホステスさんには振り向きもされなかったが、ボーイ仲間とつるんで遊ぶ面白さを覚えた。午後11時半、ラストソングが流れ、数曲あとの蛍の光で閉店となる。20数人いるボーイ達は、後始末は翌日に回し、よーし、とばかりに歌舞伎町に繰り出すのが日課となった。当時は、(深夜喫茶)なるものがあり、コーヒー一杯で朝まで屯する。そして、ほかのクラブのボーイや、ヤクザの予備軍のチンピラと衝突するのだ。まるで、蜘蛛が喧嘩するようなものですれ違っただけで(なんだこの野郎)となる。歌舞伎町の場合、区役所通りを挟んで西武新宿駅方面が新宿署、明治通り側が四谷署の管轄である。犬鳴は両方の警察署を行ったり来たりした。しまいには(なんだまたお前か)と言われる有様で有名人にはなったが、勤め先のキャバレーはあっけなくクビになってしまった。

 この日訪ねた刑事も少し前まで四谷署に居た。勿論、喧嘩三昧の生活はその頃だけで、探偵になってからは言葉で応酬することは有っても手を出すことはなくなった。一つには、犬鳴自身、(自分はそんなに強くないんだな)と気づいたからで、次に(負けるが勝ち)という精神を身につけたからである。どんな場合でも喧嘩をして得することはない。ただ、男子として、(ここは引けないな)と思うことはある。そんな時は、気迫では負けないように構えてみせる。そしてほとんど実際の喧嘩にはならない。
「今日はなんだい」空いてる取調室で二人きりになると、刑事は弟に言うような優しい言葉で聞いてきた。(池袋に知っている刑事さんは居ませんか。実は僕の知り合いが経営している店にガサが入って、とりあえず体をかわしているんだけど指名手配になってないか心配しているんです)「なんていう店だよ」(学園生活)っていうらしいです。知り合いはXっていうんですが)「ああそう。うん、居るよ。俺の後輩だ。だけどそいつが担当しているかどうか分んないからとりあえず聞いてみるか」と言って、取調室を出て捜査の室へ向かう。

 すぐに戻ってきた刑事は、「ワンちゃん手配されてるよ」と、結果を教えてくれた。犬鳴も多分そうだろうな。と思っていたので驚きはしなかったが、指名手配にも種類があって、一番簡単なものだと言う。何かの拍子にひっかかればいいなあ。という程度で、例えば、オームの信者達のような写真による公開手配では勿論ない。まあ、ビクビクしなくても良いといえばそれまでだが、当事者は気持ちの良いものではないはずである。犬鳴は、すぐに報告すると3000万円の価値が無くなるような気がして3日後、(やはり手配されていました)と、報告した。ーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 09

探偵日記 3月9日月曜日 曇り後大雨とか

昨日、日曜日の月例は散々だった。冷たい小雨の中スタートしたが、リズムが悪いとはこういうことを言うんだろう。何をやっても上手くいかなかった。午後のスタートホール。短いサービスミドル。会心のショットで残りは100ヤードもない。バンカー越えだが、今更バンカーを怖がるようなキャリアではない。(上手く寄せてバーディでも)と思って打ったら、何とトップしてグリーン奥へ。キャディは「大丈夫でしょう」と言ったがマーカーが見に行き〇を作られた。難のことはないOBである。練習場では10回打ってもピンそばのショットがコースではこうだ。もうゴルフはやめた。と、昨日は思った。しかし、今月は、11日、15日、22日、29日と後3回予定がある。

今朝はタイちゃんの散歩を1時間やった。8時に朝食を頂き10時に家を出る。今日からまた1週間が始まるが、週末にホワイトデーがあるので忙しい。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-6

 午後1時、犬鳴は結婚式等で有名な椿山荘に併設して開業したホーシーズンホテルのロビーに居た。少し遅れて、妙に周囲を気にしながら依頼人が現われ「ここではゆっくりお話が出来ないので部屋にいらっしゃって」と言われる。犬鳴は日頃、顧問弁護士から(犬鳴さん。依頼人とは絶対個室で会わないように。その人が貴方と別れて、犬鳴という探偵に脅された。と言って警察に駆け込まれたらアウトだよ。何故ならば、そんなことは言ってない。といくら抗弁しても、普通の人と探偵では分が悪い)というのが弁護士の意見であった。そのあたりは、犬鳴きも十分承知していて、危険を感じた場合は胸のポケットにテープレコーダーを忍ばせていた。
命じられるまま依頼人に伴われ部屋に入る。今日も依頼人は一人で、最初の夜一緒に居た男は見当たらない。やがて、ルームサービスのコーヒーが運ばれ依頼人の話が始まった。

「ねえ、犬鳴さん。警察にお知り合いいらっしゃる?」(ええまあ)「ご相談なんですが、私が指名手配されてないかどうか調べていただけないでしょうか」(分りました。伝を使ってやってみますがオーナーの本名と生年月日をお聞きすることになりますよ)「ああ、そうでしょうね。ところで、お礼はいかほど差し上げればいいでしょうか」犬鳴はちょっと考えた。顔見知りの刑事は沢山居る。しかし、署轄外の事件である。それほど簡単ではないはずだ。ただ、彼らは数年置きに転勤があり、また、警察学校の同期や同じ土地の出身で親しくなっている者も居るだろう。そんなことを思い巡らせ、いくらって言ったらいいかなあ。と、逡巡していたら、すると、依頼人の女性が「3000万円でいかがでしょうか」と言ってきた。オイオイちょっと桁が違うんじゃあないの。と思った犬鳴だったが、勤めて平静を装い(承知しました努力してみましょう)と応じる。

 だらしないことに、犬鳴はその夜なかなか寝付かれなかった。依頼人は、「じゃあ明日従兄弟に持って上がらせます。何卒宜しくお願いします。」と言っていたが、本当に持ってくるだろうか。何だか感覚のずれている女性だから、一晩寝て気持ちが変わったりしないだろうか。それでもうとうとしたらしく、定刻にぼんやりと起きだし、朝ごはんはしっかり食べて、期待と不安が交差する複雑な気持ちで防衛庁前の事務所に向かった。
 午前9時30分、曙橋の事務所に到着。何時もと変わらぬ朝である。三々五々出勤する調査員達も普段と変わらない幸せな顔をして、何が楽しいのか嬉しそうに談笑している。責任者が、こんなにドキドキそわそわしているとも知らずに。

やがて正午になった。みんなはランチに出かけたが犬鳴はとてもそんな気になれず、調査部長に1万円渡し、(俺は後でいいから行っといで。)と言って、留守番役に回った。みんなが出て行って間もなくドアのチャイムが鳴る。犬鳴が出ると廊下にひょろっとした若い男が立っていた。(どちら様ですか)と聞くと、「あの~オーナーの使いでこれを持って参りました」と言いながら大丸デパートの紙袋を差し出した。(まあこんな所ではなんですから)と言って招き入れる。若い男は、探偵事務所なんかに来た事もないだろう。おどおどした感じで、それでも興味深そうにきょろきょろと室内を見回している。事務も居ないので仕方なく犬鳴がお茶を出し、(領収書は?)と聞くと、「いえ結構です。オーナーもそうは言ってませんでしたから」と言う。犬鳴は、紙袋をチラッと見て、1昨日と同じ古新聞に包まれている束を確認し、(確かにお預かり致しましたとお伝え下さい)と言う。若い男は、長居は無用とばかりにそそくさと帰っていった。ーーーーーーーーー

探偵日記

3月 06

探偵日記 3月6日金曜日 晴れ

5時起床。散歩を終えてすぐに新座市のゴルフ練習場(ウインズ)へ。そろそろ帰ろうかと思っていたら、サンサン会のメンバーの一人、阿佐ヶ谷で塗装業を営むTちゃんとばったり会った。僕が1階の9番で打っていたら、隣の10番にやってきて遭遇。僕は最初からドライバーをブンブン振り回していたが、彼はサンドウエッジでアプローチの練習を念入りにやっている。先月の優勝者、やることが違う。少し横になって事務所へ。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-5

 翌日、案の定というか、考えてみれば当たり前というか、半端ヤクザは1000万円持ってこないばかりか、その日を境にぷっつりと連絡が途絶えた。その代わり、周囲から(オーナー)と呼ばれているくだんの女性から電話があり(会ってくれ)と言う。犬鳴は、昨夜とは違う指定されたホテルに行った。昨夜一緒に居た男はおらず彼女一人で待っていた。部屋に入った犬鳴に、「犬鳴さん、私はお金がありません。だから、貴方に色んな形でご協力頂いても支払えないのです」と言う。(じゃあ何故僕を呼んだんだ)と言いかけたが、その代わりに、(分りました。まあ、彼に紹介されてこうしてお会いしたのも何かの縁でしょう。僕に出来ることであればやりますからおっしゃって下さい。)と言い、女性の言葉を待った。

 「私は、あの人に一億円渡してあります。でも何もしてくれませんでした。だからもう一銭も無いのです。そうこうしている内に池袋の店に手入れが入り、私や従業員はこうして逃げているんですけど、店長ともう一人が逮捕されてしまいました。放っても置けないので弁護士さんを紹介してもらいたいんですが如何でしょうか」と言う。お安い御用である。犬鳴探偵事務所は東京の弁護士事務所が主要な顧客である。逆に依頼人を紹介することも良くあることだ。犬鳴は二つ返事で引き受けた。この女性から報酬を得なくても、弁護士に仕事を紹介することで、一つの営業にはなる。犬鳴が若い調査員らに良く言う(損して得とれ)だ。犬鳴は、すぐに女性の前で刑事事件を得意とする弁護士に電話した。幸いにも弁護士は事務所に居て、(今ちょうど依頼人が帰ったところだから何時でもいいよ)と言ってくれる。(お金が無い)と言い張る女性に、(僕のことはいいけど弁護士はただっていう訳にはいかないよ)と言ってあったので、その辺は覚悟しているだろうと思いすぐにホテルを出て、新宿一丁目の弁護士事務所に向かった。女性は犬鳴に「とりあえず留置されている従業員に接見してもらいたい。」と言って、犬鳴さんから渡してください。と言って、100円を預かった。

 逮捕容疑は(風営法違反)である。間違っても実刑はないし、3週間辛抱すれば罰金で釈放される。ただ、経験の無いものにとっては恐ろしく嫌な経験だろう。とにかくせっかちな女性で、今日にでも会ってきてくれ。と言う。弁護士もバブル崩壊後の暇な時である。じゃあ。というわけで、早速行動を起こしてくれた。まず、池袋警察に問い合わせ、留置されていることを確認。もう一人の社員は共犯ということで大塚警察に居ることが分った。犬鳴は自分の車でひと回りすることにしたが、どういうつもりか女性も「私も一緒に車に乗せてもらってもいいでしょうか」と言う。犬鳴は深く考えず(どうぞ)と言って、弁護士と女性を乗せてまず大塚警察に行き、次に、店長が留置されている池袋警察を回って、横浜に帰るという弁護士を新宿駅でおろし、まだ後部座席に座っている女性に、(オーナーはどうしますか?)と聞くと、「帝国ホテルに行ってくださる?」と言う。時刻はもう22時を回っていたが、まあ、夜鷹みたいな人種だろうからしかたないか。と思って快く承知した。新宿から日比谷までの20分足らずの間、女性はこんなことを言う。「犬鳴さん、今日はどうも有り難うございました。本当に助かりました。あの~これは失礼かもしれませんが」と言って、古新聞にくるんだお金らしきものをよこしし、「領収書は要りません」と言う。やがてホテルに着いて女性を降ろした後、新聞紙を開いてみると何と500万円入っていた。総て古札で、1万円札を10枚にしたものを、更に10に重ねて輪ゴムで束ねたものが五つ入っている。

 女性と別れて家に帰る車の中で考えた。ヤクザの話を聞いて、山吹色の感触をもった犬鳴だが、今度の仕事は、これまでの通り一遍の事件とは異なり、ちょっと面白くなるかもしれない。バブルを経験した身に500万円はさほどの額とは思わないが、何だかもっと奥が深い気がした。
翌朝、まだ犬鳴がベッドで夢を見ている時、その依頼人から電話が入る。「あ、犬鳴さん。昨日はお疲れ様でした。今日お昼ごろお会いできませんか」と言う。昨日の今日で、少し胸騒ぎがしたもしかしたらあのお金を返して欲しい。なんて言うんじゃあないだろうか。しかし、犬鳴は明るい声で、(分りました。何時に何処へお伺いすれば宜しいでしょうか)と応える。依頼人は少し考えるようにしてから「じゃあ、目白のホーシーズンで午後一時に」と言って電話を切った。昨夜は帝国ホテルに泊まっていたはずである。それが今日は目白か。しかし、依頼人のことをあれこれ詮索してもしょうがない。探偵の犬鳴にとって、刺激的な仕事をして適正な報酬を得ればいい。しかし、およそ半年かかった本件は、終わってみれば、刺激が強すぎて、なお且つ、鶏がらみたいな女性から得た報酬は想像以上のものだった。ーーーーーーーーー


探偵日記

3月 05

探偵日記 3月5日木曜日 晴れ

今朝のタイちゃんは何だか変だった。5時、元気良く飛び出し、少し長い散歩になるコースを目指した。二日酔気味で寝不足の僕は一大決心をして起きたのだが、始まってみれば仕方ないというか、嬉しそうに歩く彼を見てるとこちらも元気になってしまう。スターロード商店街を抜け、阿佐ヶ谷駅前を通り、パールセンターのアーケードに入る。彼が最も好むルートだ。この後、商店街の終いまで行き、杉並区役所の周囲をなぞって、中杉通りを駅方面に向う。だいたいこの辺りで(タイちゃんもう帰ろう。帰ってご飯食べよう)と声をかけて、川端商店街経由で中央線の高架下に入って我が家へ。これで、約1時間ほど歩いたことになる。ところが、今日のタイちゃんは、パールセンターに入ったものの、すぐに中杉通りに出て帰路に着く。まあ、僕としては(ああ、良かった)のだが、どこか悪いのかな。と気になってしまう。およそ30分で終了。足を拭くのももどかしい感じでご飯に飛びついた。な~んだお腹が空いていたのか。9時半、家を出て事務所へ。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-4

 新しい事務所は市ヶ谷の防衛庁(今は防衛省)のはす前で、都営地下鉄「曙橋」及び、丸の内線「四谷三丁目」駅に近く、通勤の便も悪くなかった。むしろ、オカマの町で有名な新宿二丁目に比べればうんと良い環境と言えた。おかしなもの。というのか、犬鳴の運の強さか、移転する少し前から調査依頼が多くなり、平成元年から始めた社員のための海外旅行も中断することなく続けられた。この年は、うんと気張ってパリに行くことになった。例によってシーズンオフ11月下旬、一行は成田から空路ブリュッセルに到着。翌日、バスで花のパリに入った。

 無事帰国した翌日、雀荘や歌舞伎町で良くニアミスするS会のヤクザに「ワンちゃんちょっと手伝って欲しい事があるんだけど」と言われた。もともと、ヤクザ映画は好きだが本物のそれは敬遠したい。と思っているが、ちょっと可愛い奴だったので承知した。「こっちの依頼人が夜中じゃあないと時間が作れないので、どっかで時間を潰しててくれ」と言われ、少々億劫だったが、午前2時、指定されたホテルに赴いた。ロビーで待っていたヤクザと依頼人の部屋へ。犬鳴は男女二人で待っていた依頼人の女性を見て、(何だシャブ中か)とすぐに分かった。年齢は35・6歳か、お世辞にも美人とは言えないが、痩せ細った体からは異様なオーラを感じさせた。ただ、どういう理由か分らないが、ヤクザは男よりもその女性に対しペコペコして、頭が上がらない様子であった。犬鳴が言葉を挟む間もなく面談は数分で終わり、ヤクザの(これからは犬鳴さんに協力して貰いきちんとしますから)と言って退室した。

 午前3時、犬鳴はヤクザと歌舞伎町のスナックに居た。苦し紛れに言うヤクザの話はこうだった。「ワンちゃん、あの女どう見た?あれでなかなかやり手なんだよ。山手線沿線の繁華街に20店舗以上の風俗店を経営しているんだ。それで、俺に頼んできたことは、歌舞伎町のある店を潰してくれっていうんだ。ちょこっとやってみたけどなかなか難しくて、だから頼むよ」と言う。何でも、彼が所属する組で彼女のケツ持ち(俗に言う用心棒みたいなもの)をしているらしい。犬鳴は組長も良く知っていたので、親指を立てて、知ってるの?と聞くと、ヤクザは「いや、おやじは知らない」と応える。何のことは無い、組に内緒でアルバイトしているのだ。組長は元関西系のヤクザで、所属していた組が解散したため、関東のS会系の某組に拾われた人物である。しかし、元々ヤクザとしての器量があったようで、僅かの間に一家を構えるほどにのし上がった。ただ、子分に厳しいことも有名で、満足に小指のある子分はいなかった。今、目の前に居る男も二度詰めており、おそらく近々三度目を経験するだろう。

「ワンちゃん明日とりあえず1千万円渡すから頼むよ」と言う。犬鳴は、へえ~と思った。あの鶏がらみたいな女性がこんな半端ヤクザにいくら渡したんだろう?犬鳴の特殊な感覚が(金脈)の匂いを嗅いだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 04

探偵日記 3月4日水曜日 雨のち晴れ

朝5時にタイちゃんの散歩に出た時は本降りの雨だったが、事務所に行く頃にはすっかり晴れ上がり、小春日和になっていた。10時半、事務所に着く。今日は事務の高ちゃんがお休みの日なので誰も居ないかな。と思ったら所長が机で何やらやっている。その他のものは現場か。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-3

 当時は、本当に杜撰な経営をしていた犬鳴探偵事務所は、そんなわけで、バブル崩壊の危機をどうにか乗り越えたが、そんな時、ビルを管理する不動産会社から家賃の値上げを求められた。この頃は、何処のビルも空室が目立ち、移転の条件に、引越し費用を負担し、入居から6ヶ月は無料。などのファックスが連日送られてきたし、家賃の値下げは当たり前だった。馬鹿な不動産会社も居たもので、それまで90万円だった家賃を100万円以上にしてくれと言う。その不動産会社は、本来の持ち主からサブリースしていた。予定通りの家賃収入があれば収入になるし、空室が増えれば持ち出しになる。真の家主は毎月決められた金額を得られるので好不況は関係ない。或る日、犬鳴は何かと可愛がってくれている会社社長と面談の際、その事を話題にして、(経済環境が読めないんでしょうかね~)などと、その不動産会社を批判したところ、「ワンちゃん俺のビルに越して来いよ。ちょうど35坪が空いてるよ」と言ってくれた。(有難うございます。だけど社長僕は敷金を入れるお金が無いんです)今のビルには2400万円の敷金が入れてある。いざ退室となれば、契約通りなら2000万円近くは返金されるはずだ。ただ、その敷金は、正確には井口夫人のものである。犬鳴は、そんなことも正直に話し、ちょっと困った顔をしてみせる。何しろ犬鳴は元、旅回りの一座で育ち、見よう見まねで芸の端っこはかじったし、役どころが不足したら臨時に借り出される子役である。演技力には自信があった。すると社長は、「馬鹿なことを言うな。何も心配しないで引っ越して来い。家賃も自分で決めろ」と言う。

 平成4年5月、犬鳴探偵事務所は、バブル時期、夢のような6年間を過ごしたビルを出て、新宿駅からは少し遠くなったが、まだ新築間もないビルの6階に転居した。前と同じ広さで、家賃は管理費込みの30円。敷金は200万円。但し、敷金は10回の分割で支払う条件で。社長の息子や幹部社員たちは白い目で見たが、絶対的な権力者の社長に諫言する者も無かった。しかし、社長のこの時の英断は間違っていなかった。それから今日までの我が国の経済は疲弊の一途を辿り、なんと、あの時、家賃の値上げを告げられ、出て行った犬鳴探偵事務所の一室は、以後、9年間空室のままで、その後、27万円に家賃を下げてやっと入居者が現われた。例え、30万円でも遅延無く入る家賃は貴重で、加えて、当然ながら社長の会社から依頼される困難な案件を、今度は社長の提示する報酬で引き受けた。今でも時々、「おい、ワンちゃん今夜うなぎを食いに行こう」などと誘ってくれる。社長の御年85歳。頗る元気である。ーーーーーーーーーーーーーーーー

22

探偵日記

3月 03

探偵日記 3月3日火曜日 曇り

今日はお雛さま、女性のお祭りの日。我が家にも女性が二人居るが(我関せず)で話題にも上らない。今朝、携帯の目覚ましで5時に目が覚めたがぐずぐずしているうちに、家人が行ってくれたらしくタイちゃんのお散歩は免除された。「明日の朝は必ずやってくださいよ」と言うキツイおっ達し。ハイハイ承知しました。ということで、早々に家を出て事務所へ。

昨日は急遽山梨県の甲府に行くことになり、午後2時のスーパーあずさに乗って現地へ。ご依頼人と会って報告を済ませたあと、旧知の元同業者のT氏と会い、甲府の繁華街で食事をした。今回の仕事もその知人が「僕はもう登録を返したので、そちらでやってくれませんか」と言って紹介してくれたもので、食事の後、本当の依頼人が経営するクラブに行く。T氏は、地元の名士だったが、十数年前、僕が主催する(日本調査アカデミー)に入学を希望された人である。当時は、生徒も集まらず開店休業状態だったので、通信教育を選択してもらい、卒業後甲府市で開業された。根が超真面目な人で、すぐに日本調査業協会に加盟。やがて、北関東の会長にも推薦されてなった。しかし、折からの不況と大病もされて廃業を決心したらしい。今は、奥様とあちこちに小旅行を楽しむ悠々自適の毎日だとか、羨ましい限りである。
ただ、久しぶりに甲府の町を散策して驚いた。目抜き通りや繁華街の中心地でさえ人が少なく閑散としていた。政治では地方と都会の格差を無くそうと声高に言っているが、果たしてどうなるか。

新宿・犬鳴探偵事務所 7-2

 平成3年5月、故郷の山口県豊浦町(現、下関市豊浦町)に新築中の家が完成した。それとは別に、GWを利用して、細君の故郷で挙式をするという社員の招きで、まず、山口県とは真逆の青森に行くことになった。振り返るとこの頃が犬鳴の絶頂期だったように思う。4月27日、弁護士主催のゴルフコンペに参加するため、早朝東京を出発。まず茨城県のコースでプレーして、そのまま福島県に入り、郡山市内のホテルに一泊。翌日、青森に向かい八甲田で待っている悪友と合流。八甲田カントリーで二日間プレーし、翌日、弘前市で宿泊。前夜、弘前城址の見事な桜を見て感動する。翌5月3日憲法記念日に黒石市で行われた結婚披露宴に出席した。新郎が勤務する会社の社長が、わざわざ遠い東京から来てくれたというので、祝辞を述べてくれという。それも、主賓の市会議員より先に指名された。もう、当時何をしゃべったか忘れたが、非常に緊張したことを覚えている。

 式が終わりその足で秋田へ。市内のビジネスホテルで一泊、夜は、地酒の高清水できりたんぽを食べる。翌朝、日本海を見ながら南下、その日は、石川県の山中温泉に泊まり、次の日はただひたすら走り、天橋立、琵琶湖、鳥取砂丘、出雲大社などを巡り、山口県を目前にしたところで力尽き、松江のホテルに救助される。翌5月6日、10日間のロングドライブの終着地である故郷に入り、聳え立つ崖の上に完成した家を引き渡された。村人達は(灯台みたいな家)と言いながら、いつ崖から転落するのかと興味津々だったようだ。
とにかくじっとしていられない犬鳴は、(そうだ、この家に常備する食器を買わねば)と思い立ち、佐賀県有田市に赴き有田焼のお茶碗等を購入。数日後、東京に向けて、再び長距離ドライブ。合計四千キロ以上、本州を一回りして無事帰京した。その翌日、実に半月以上ぶりに出社。犬鳴探偵事務所は所長の犬鳴が不在でも十分稼動していたが、井口夫人はそうはいかない「ワンちゃん私をほったらかしにして何処に行ってたの」と、恨み言を言われる。勿論、井口夫人も本気で怒っているわけではない。(ご飯でも食べよう)犬鳴が誘うと嬉々としてついて来た。

 前にも書いたが、故郷に向かう長距離ドライブの最中、ちょうど金沢の羽咋近くの海岸を走っている時、犬鳴探偵事務所のメインバンクM銀行の当座係から電話が入り、入金待ち(依頼人の会社から受け取った手形を期日まで銀行に預けること。資金繰りの関係で早く資金化したい場合は、その手形を担保にして、貸し付けてもらうこともある)の手形が不渡りになったという知らせを受けていた。犬鳴自身は、この電話がバブル崩壊のプロローグとなった。あれだけ隆盛を誇った犬鳴探偵事務所も閑古鳥が鳴くような状況に陥り、事務所の電話もバッタリ鳴らなくなった。翌平成四年、一時期、4、5千万円あった売り上げが数百万円となり、毎月1千万円以上の赤字が続いた。バブルの頃は、御用達みたいになって毎日のように顔を出し、手を出せば、(よっしゃよっしゃ)と、田中角栄さんのように損失補填をしてくれていた地上げの会社も当然ながら資金ショートし、あっけなく倒産してしまった。

 井口夫人は「ワンちゃん大変な時は遠慮しないで言ってよ」と言ってくれていたが、田舎者で、良く言えば昔気質の犬鳴は、井口夫人にだけは一切泣き言を言わなかった。実は、犬鳴探偵事務所では、景気の良い時(ハッピー預金)と称して、隠し預金をしていた。ほうっておくと犬鳴が全部歌舞伎町のオシッコにしてしまうお金である。犬鳴に内緒で経理担当者の竹内紀代(犬鳴の実姉)がこっそり隠していたらしい。まあ、探偵事務所の経理なんて良い加減で、もう時効だから言うが、税務署も正確には把握できない。或る時、所轄の税務署から担当者が来て、犬鳴さん、経費はいいですから入りの部分を教えてくれませんかと言う。一般に、探偵事務所に調査を依頼して、領収書をくれという依頼人は滅多に居なかった。犬鳴が(いやいや、領収書をお持ちになってください)と言っても、「いえ結構です」と言う人が多い。税務署もなかなかで、目の付け所が違うなあ。と感心したが、犬鳴は言ってやった(構いませんけど、お宅の署長さんの名前が出てもいいんですか)と。担当者は渋い顔で帰っていった。ーーーーーーーーーーーーーーー

探偵日記

3月 02

探偵日記 3月2日月曜日 晴れ

昨日は春の嵐みたいな悪天候だったが、今日はうって変わって晴天の小春日和。人の運命同様天気もめまぐるしく変わる。13歳で殺される子供も居れば、踏切で電車に衝突して亡くなる人も居る。まだ25歳というから本当に惜しい命だ。もう余命幾ばくも無い(本当はそんなこと思っていない)僕が代わってあげたいぐらいである。たった今、組合に相談の電話がかかり、聞けば20歳の娘が20歳以上年上の男と駆け落ちしたという。探したいがどうしたら良いか。という相談で、早速優秀な組合員の探偵社を紹介した。恋に盲目になった若いお嬢さんを諭すのは容易ではない。僕が父親なら、とことん経験させて学習能力を養わせる。若いときの過ちは(融けてしまえば春の淡雪)で、さほどおきな傷として残らないだろう。というのが、僕のような無責任な父親の意見である。どうだろうか?

新宿・犬鳴探偵事務所 7-1

 相変わらず浮気の調査や金銭絡みの事件が多い。時はバブルの真最中である。金額の規模も大きく他人事ながらため息が出る。そんな或る日、聞き覚えの無い会社から「調査依頼をしたい」という電話がかかり、初めての依頼先なので犬鳴が訪問した。受付の横にショーウインドーがあり、金の延べ板が数枚飾ってある。何だろう?と思いながら応接室で待っていると担当者が現われ、ある社員を調べてくれという。取合えず30万円の着手金を貰い事務所に帰る。翌日、言い忘れたことがあるので来てくれと言われ、再び犬鳴が赴く。面談が終わった時、担当者が「えーと、本日はおいくら用意すれば良いでしょうか」と言う。エッと思ったが、犬鳴は(いいえ不要です。まだ着手していませんので)と応えると、担当者はなぜか怪訝な表情で、「ああそうですか、必要な時は何時でもおっしゃって下さい」と言う。後で聞いたところによると、犬鳴探偵事務所の前に、当時超悪徳といわれていたA社に依頼していたらしい。その探偵社は細切れに費用の請求をしていたという。犬鳴は勿論その業者も良く知っていたが、(そんな商売の仕方もあるのか)と感心した。

 調査は一般的なものではなく、極めて特殊な手法で進めたが、当然ながら、費用も嵩んだ。しかし、担当者は、犬鳴が恐る恐る差し出す請求書を、ほとんど吟味せず、金額のところだけ見て、すぐに現金払いしてくれる。バブル時期とはいえ随分おおらかな会社だな~と思い、それから頻繁に発注してくる案件をそつなくこなし次々と集金した。
それから間もなくの頃のこと、何時ものように犬鳴が集金に行くと何だか妙な雰囲気である。受付嬢もおらずシーンとしている。どうしたんだろう?と思って入り口に佇んでいると、黒いスーツ姿の男が20人ぐらい入ってゆく、するとその後から、NHKや民放のテレビ局のカメラマンや記者が続く。ここに至って犬鳴もようやく異変に気がつき、早々に退散した。

 夜、自宅でテレビを見るとその会社のニュースでもちきりだった。何でも、年寄りを相手に地金を売りつけ、実物の代わりに(証書)を渡し、「近い将来必ず高騰し大儲け出来る」と言って、3000億円を集め倒産したらしい。だから、詐欺だというわけで、以来、数ヶ月に亘って世間を賑わした。最後は、その会社の代表者が隠遁していたマンションに、小窓から入ったヤクザの天誅を受け死亡するという事件で終焉した。くわばらくわばら。犬鳴は(都会は本当に怖い)としみじみ思った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー