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広宣流布が大きく進んだ200年後・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 7日(月)20時15分45秒
  ならば、そう言われてしかるべきだと思いますよ・・

しかし、輪姦主任副会長が居座り、ケダモノが大手を振って・・

女子を軽んじる次期会長椅子を狙っている創価に、未来はあるでしょうか?

もちろん、個々人に置いては我が身本仏の生命と同じなりと、ご本尊に向かう度に我が身に仏を・・

そして、菩薩仏として民衆救済に向かうは当然として・・

今の執行部で、このままで大丈夫かということを言っているわけです・・
 

(無題)

 投稿者:じぞう  投稿日:2016年11月 7日(月)20時03分41秒
  今更会則に池田先生と明記する必要があるのか?  

血脈

 投稿者:あさひ  投稿日:2016年11月 7日(月)19時51分10秒
  イケディアンの住人(正義の獅子同盟)さま
以後、宜しくお願い致します

ありがとうございます
私が感じた違和感は
唯授一人の血脈相承のできあがりというか
似たようなものを感じたまでです

この先、邪教になりさがるか心配でなりません

 

あさひさま、当たり!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 7日(月)19時35分45秒
  会則と言われる、宗教にはあまり関係ない(信仰実践)法規をいじくり回すのは、宗教者ではない者が介入しています。

『信ずる』と言う人間の精神行為を勘違いして、強制的に『俺を信ぜよ!』、『学会幹部を信ぜよ!』と明文化する序章です。

池田先生の時代には、会則など、滅多にいじくり事は無かったのでは?

それは『池田先生を信じて、信頼して』皆が笑顔で人間革命していたからです\(^o^)/

それでは今は?選挙学会、沈黙学会、査問・除名学会か(-_-)
 

戸田先生の遺言

 投稿者:案外おばちゃん  投稿日:2016年11月 7日(月)19時29分37秒
  「第3代は一生涯  会長として 指揮を摂れ」


この遺言を池田先生に破らせてしまっただけでなく   「名誉会長」「SGI会長」まで 取り上げてしまうのでしょうか・・・。


重い気分の協議会です・・・。
 

会則変更

 投稿者:あさひ  投稿日:2016年11月 7日(月)19時19分38秒
  皆さんお久しぶりです

私は今回の会則変更をこう見ました
間違っているかもしれませんし
考えすぎかもしれませんが

先生の権限やSGI会長、名誉会長
云々見えづらい部分はもちろんなのですが、
なぜ会則にわざわざ敬称を先生と
とどめなければならないのかを考えた時

私が思ったのは会長権限の強化ではないかと
思いました
これまでも確かに牧口先生、戸田先生は
間違いなく特別な存在でありました
また池田先生も我々にとって特別な存在でした
図にしたらわかりやすいかと思いますが
言葉が悪いかもしれませんが
牧口先生、戸田先生を一くくりにして私達は
池田先生を中心とした同心円の組織であり
私と池田先生には距離がありませんでした
しかし、今回の会則変更で私が感じた違和感は
牧口先生、戸田先生、池田先生を一くくりにして
その後に残る同心円の組織を仮定した場合
その中心軸に据えられるのは会長ではないかと
思った次第です
もはや、同心円ではない。
我々会員と会長には弟子として
隔たりを感じます。
会則にある会長の権限を見るとまさに法主と
同じ権能を有する立場のよう。
日蓮、日興の位置に三代の会長を据えて
その後の管主、法主が歴代の会長とするような
イメージでしょうか。
創価学会仏の棟梁は会長みたいな。
そこには必ず権威が発生し
会長になったなら若輩であっても
生きた三代会長に
会ったと観なければならないと言うような
アホくさい指導がいずれ
飛び出してくるのではと危惧をしております

 

参考まで

 投稿者:内部告発  投稿日:2016年11月 7日(月)19時05分8秒
  11.18を目の前にして、先日の聖教新聞に「創価学会仏」の文字が躍っていましたね!遂に三代会長とりわけ池田先生の「出世の本懐」である「創価学会仏」が学会規則に明定されたことを心よりお祝い申し上げます!\(^o^)/誾誾誾

戸田先生は「200年後は創価学会仏の時代だ」と言われたと伺って以来、その深い意味を自らの使命である最先端の科学に基づいて研究し続けてきた一人の弟子として、最高に嬉しいことで、歴史がようやく生命の法則に追い付いてきたことを実感します。
この「創価学会仏」については、2006年5月10日の聖教新聞で、
「-本門の師弟の出発- 三世永遠に晴れ晴れと指揮を執れ」
とのテーマで詳しく指導されています。(ちなみに「本門の師弟」とは、今世の絆だけではなく、過去世から未来世にまで至る永遠の師弟のことです!)

「大聖人は、『日蓮が慈悲広大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながる(流布)べし』(御書三二九ページ)と仰せである。
末法万年尽未来際まで一切衆生を救いきっていく、永遠不滅の妙法を一閻浮提に広宣流布するのだ!
この尊き仏意仏勅の使命を誓願し、勇んで戦乱と苦悩に満ちた現代に出現したのが偉大な創価学会である。
ある時、戸田先生は、その「創価」の誉れを、私に語ってくださった。
『《創価学会仏》――未来の経典には、こう学会の名が記されるのだよ』
五体に感動が走った。
法華経の不軽品に、「威音王仏」という名前の仏が登場する。実は、この仏は“一代限り”ではない。
最初の威音王仏の入滅後、次に現れた仏も威音王仏と言った。そして「是の如く次第に二万億の仏有(いま)し、皆な同一の号なり」と。
つまり、二万億もの仏が、みな同じ「威音王仏」という名前で、長遠なる歳月、衆生を救済してきたことが説かれているのだ。
先生は、これは、威音王仏の名を冠した「組織」「和合僧団」とはいえまいか――と鋭く洞察されていた。
個人の今世の寿命は限られている。しかし、広宣流布に戦う根本精神をば、師匠から弟子へ脈々と受け継ぎ、一つの組織体として活動し続けるならば、それは「民衆を救済し続ける」恒久的な仏の生命力を持つことになる。
わが創価学会には――
民衆の苦悩の暗闇を破り、勇気と希望を与えゆく慈悲の大光がある。
敢然と邪悪を打倒し、正義を叫び抜く師子吼がある。
宿命を転換し、自他共の幸福を築きゆく、信心の大確信がある。
そして、いかなる三障四魔の大難にも打ち勝つ、異体同心の和合があり、金剛不壊の師弟の大城がある。
我ら創価の師弟に、三世永遠に途切れることなき「仏に成る血脈」が滔々と流れ通うことは疑いない。
ゆえに戸田先生は、もしも未来に仏が経典を作られるならば、大聖人に直結した広宣流布遂行の和合僧団――創価学会に、「仏」の名を冠されることは当然であろうと断言されたのだ。」
この「創価の師弟」とは、単に組織に所属することとか、役職を担当していることなどではありません。先生と同じく、自分自身の人生を世界広布に捧げる「竜女の誓願」をすることで、前頭葉のシナプス形成を進め、かつてサルからヒトに進化したと同じように、ヒトから新人類に進化するのです。そして、その捨て身の誓願の瞬間に私たち弟子は、先生と一体不二の生命体「創価学会仏」の一員となって、まったく新たな勝利の人生を開いていくことが出来るのです。
この「師弟が一つの生命体」となった地球全体を肉体とする巨大な仏の生命体こそが「創価学会仏」の本質なのです。
(つづく)
 

寝たきりオジサン様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年11月 7日(月)18時54分56秒
  本日も素晴らしいご投稿を頂きまして、誠にありがとうございました。
読むたびに、池田先生を身近に感じ涙が浮かびます。

このような素晴らしい内容を保存し、ご選択出来るのは、きっと病で多くの痛みと苦しみを受けてきたからではないでしょうか。

経済苦、人間関係、仕事、悩みは色々ありますが、多くは逃げられる悩みです。
しかし病気だけは、何があろうと逃げる事はできない。
一瞬たりとも病からは、逃れることは出来ません。

自分は25年以上病気で苦しみました。
時には心も折れ「病から逃げたい」と、自殺を考えた時もあります。
そんな時は「先生、先生」と、御本尊に泣きながら題目を上げたものです。
本当に辛く苦しかった。だからこそ、池田先生を身近に感じられるようになりました。

寝たきりオジサン様は、いつも池田先生と一緒にいらっしゃるのですね。
そして、ご投稿される何倍もの資料を精査して、題目を込めてご投稿されているのではないでしょうか。

真心が伝わってきます。
誠にありがとうございました。
どうかご自身のペースだけは、崩されませんように。

 

今一重にして、師弟の道を

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年11月 7日(月)18時54分3秒
  【権限】
過去の投稿見るに、会長辞任後に名誉会長の立場になられた先生に、権限はなかったのではないか。
池田先生が除名にしろと言われた人物も、外郭団体にいるとのこと。
これは、先生に指導を仰ぎつつと言いながらも、会の運営は実行上、会長以下が行なっており、池田先生の指導はアドバイス程度に受け止めているということでしょう。
敬称が先生だろうと、名誉会長だろうと会の運営は変わらないということです。

【敬称】
過去の聖教新聞には「会長先生」という表記もあったように記憶しますが、新聞の性質上、報道記事は役職名で記載するのがよいと思う。
池田名誉会長、池田SGI会長、世界桂冠詩人。
記載する内容に応じて、池田先生と記載するのは至極当然と思う。

三代会長の敬称を先生とするーこれを執行部寄りに考えてみます。
以前、柏原さん、和泉さん、辻さん等の牧口門下が草創期の流れから〝先生〟と呼ばれていた時代がありましたね。教育に携わっていた名残もあるのでしょうけど。
創価学会の中において、『先生とは仏法の師匠のこと』ーつまり御祈念項目記載の「三代の会長を永遠の師匠と仰ぎ...」を明文化し、この先の創価学会に先生と呼ばれる方は牧口、戸田、池田の三代会長御三方しかいないー
すんなり読むとこういうことでしょうけど。

明文化するということは、未来に師匠に迷う人がいるーと捉えることができます。
否、現在進行形でその兆候があるとしたら。
会内に派閥があり、さも自身を師匠と仰げと言わんばかりの輩がいるのかもしれません。そこに釘を刺すために今回の会則変更を行った。

と、あえて執行部寄りに考えてみましたが。
しかしながら、会則で記載されようが大事なことは、師匠は自身が決めることです。
私の中にはいつも、戸田先生と池田先生の師弟の絆を思い起こすシーンがあります。

― 戸田第2代会長(当時、理事長)の事業が破綻し、熟慮の末に理事長を辞任する。その発表を目の前で聞いた山本伸一青年は、ひとり戸田の部屋に入っていった。その眼には涙がいっぱいたまっていた。「なんだね」。戸田の問いに「先生、今度、三島さんが理事長になると、私の師匠は三島さんになるんでしょうか?」。戸田は即座に「いや、それは違う! 苦労ばかりかけてしまう師匠だが、君の師匠はぼくだよ」。ぱっと明るい顔になった山本青年は戸田の顔を見つめた。その戸田の眼にも涙が光っていた。山本青年は座を立って一礼すると階下へ。外に出ると口笛を吹いていた。「― 僕の生涯の師匠は、先生なんだ。先生なんだ。これでいいんだ。これでよし」 ―。』
小説『人間革命』   第4巻「怒濤」

言うなれば、誰が会長だろうと、理事長だろうと、会則が変わろうと、自身が師匠と決めたなら、その道を真っ直ぐ歩むことが弟子の道。
そこに右往左往するのではなく、今師匠と同時代で戦えること、師弟とは何かを自身の中で深めること、このことに尽きると思います。
 

(無題)

 投稿者:おせっかい  投稿日:2016年11月 7日(月)18時47分16秒
   猿ヶ島 様

 投稿者は、編集のみで削除はできません。削除できるのは、管理人さんのみです。
 もし、投稿内容を滅したいのであれば、タイトル部分を含め、「別記しました」「内容を削除します」などの文言を入れて編集するのみです。
 もしかすると、管理人さんが削除の選択をするかもしれません。

 

寝たきりオジサンさま

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月 7日(月)18時40分19秒
  いつも素晴らしい体験談、先生の指導の紹介ありがとうございます。

本当に・・・涙か出る思いで・・見ています。ありがとうございます。

それに比べて、日々の先生のメッセージと称する文言、なぜか感動しないんです。

本当に、アタマの上を、ス~っと通り過ぎる感じで・・・・

今後も貴兄の投稿を楽しみにしています。頑張りましょう!
 

真逆の行動・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 7日(月)17時58分15秒
  ・・を取った方、二人この夏居ましたね。

お一人は威張って先生の代わりに先生に送られたものを、偉そうに受け取った御仁・

もうお一人はキャピキャピと年甲斐もなく浮かれきって、恥を撒き散らした女史・・

キシモトさんの魂を、草創の開拓者の方達の魂からの叫びを心を・・理解したであろうか?


トラ 一筋

    ↓   ↓
 

【池田SGI会長の地球紀行】

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 7日(月)17時18分4秒
  《我がふるさとは世界》

☆ペルー・
インカ 黄金の心☆

『こんな山のてっぺんに都市を造ったとは。一体どうやって?そもそも何のために?』

インカ帝国の謎を秘めたペルーの遺跡「マチュピチュ」は、標高2,400メートルの「空中都市」である。

周囲は断崖絶壁。うっそうたる密林が広がる。尾根を切り拓いて、神殿や広場があり住居地域があり、用水路が縦横に走り、整然たる段々畑によって自給自足できるようになっている。

「世界の七不思議」と並ぶ「8番目の奇跡」と呼ばれる。

 何の施設だったのか?
 諸説ある。
「スペインの侵略に抵抗するゲリラ戦の基地だった」
「太陽信仰ゆえに、天に近い場所に建てた宗教施設だった」
「いや、避暑(ひしょ)のための離宮だったのだ」等々。

マチュピチュに初めて登った日本人は故・天野芳太郎(あまの・よしたろう)さんである。

首都リマ市にある「天野博物館」の創立者であり、私も博物館で2回お会いした。
氏の持論は『考古学は人間学』。遺物にこもる先人の深き『心』を学びたいという心であられた。
氏が反対したのは“ヨーロッパの文明国が南米の野蛮国を滅ぼした”という歴史観である。

『だまして征服したほうが文明人で、だまされたほうが野蛮人だなんて、そんなバカな話はありません』

文明の水準そのものも、インカ帝国は高かった。

500年以上も前に「脳の切開手術」が行われ、トルコ石に0.19ミリの穴をあける技術があった。

立派な彩色の織物を庶民も着た。灌漑(かんがい)設備を延ばして、不毛の地を耕地に変えた。

トウモロコシも、トマトも、ジャガイモも、アンデスの農民が改良を重ね、世界に広まったものである。

身障者や病人、未亡人、孤児、老人の生活は国家が保障した。女性の権利も強かった。

理想化するわけではないが、平和を愛する高度な社会だった。

しかし、侵略者たちに〈黄金帝国〉の財宝は目に入っても、その《黄金の心》は見えなかった。

 心がなければ、心は見えない。
 心が見えない分、力に頼った。

 ペルー広布の建設も山頂に巨石を運ぶような難行苦行であった。
 キシモト前理事長ら草創の同志は、悩める人がいれば、20時間30時間かけて訪ねていった。

やっと、たどり着くと「何しに来た」とののしられ、
「頭がおかしいのか」と侮辱された。

それでも、にっこりと「では、また明日来ますよ」。

「明日来るって、来るだけで1日かかるじゃないか」

「明日だけじゃないです。あなたが真面目に仏法の話を聞いてくれるまで、何度でも来ますよ」

後輩たちも走った。酸欠に苦しみつつ4千メートル級の山々を越え、熱暑のアマゾン地帯にも分け入った。

石ころだらけの危険な崖道(がけみち)を、車の天井に頭をぶつけながら、何百キロも駆けた。

 今は、あのアマゾンの源流にも、アンデスの奥の村にも、妙法の友がいる。

人口2千人の山村で一人信心を始めた女性は、村中に聞こえるスピーカーで悪口を流された。

彼女は、はね返した。『私に信心をやめさせようとする人たちが、それでは私を幸せにしてくれるというの!』

 81年、ご家族に遺したキシモトさんの最後の言葉は
「私の体を切ったならば、肉と骨のほかには、ひとつしかない。『ペルーの人たちを幸せにしたい』という気持ちだけしかない」

であった。
その少し前、家族に手伝ってもらい、ベッドの上で、わざわざ正座した。
最後の力をふりしぼって居ずまいを正し、若きシマ現理事長に深々と頭を下げたのである。
『ペルーの同志のことを、どうか、どうか、よろしくお願いいたします』━━享年68歳。

 『この方々を見よ!』

今、恵まれた環境で仏道修行できる身でありながら、少々のことで愚痴をこぼすような惰弱さがあれば、あまりにも情けない。

 あの人がどうだとか、自分がどう評価されるかとか、そんなことは小さなことだ。

もっと、どっしりと深く、アンデスの山々のごとく大きな大きな人間になれ!

 マチュピチュの高き峰。天に一番近い都で、天を見つめ、天と語らって生きた人々。

そのように君よ、だれが知ろうと知るまいと、烈風にそびえる精神の都を築け!

 インカの石造建築は、石と石の間がカミソリ1枚通さないほど密着している。

その精巧さゆえに、征服者が建てた新建築が大地震で崩れても、インカの石組みは今なお、びくともしていない。

 世界の広宣流布も『一人』また『一人』と、すき間のない絆を築いて、崩れない石垣にしてきたのである。

組織主義ではなく、個人の激励に徹してきたからこそ、どんな大難にも揺るがなかった。

 74年、リマでの記念撮影会は炎天下だった。

 同行した日本人の顔が一皮むけたほどの猛暑である。2千人の友と、私は撮影を7回繰り返した。

汗は滝のようだった。上着も取れない。

 『この1枚の写真が、これからの皆さんの人生闘争を励ましてくれますように』
『共に生き抜き、共に幸せになっていかれますように』

記念撮影は集団が相手ではない。

私と『一人』そして『一人』との交流である。『一人』そして『一人』を私の胸に入れる戦いである。

疲れきった。しかし、世の中の不幸は、指導者が疲れるのを嫌って、要領ですませてしまうことにある。

その革命をしようとしている創価学会のリーダーが、疲れをいとって何ができようか。

 撮影の合間には、清涼飲料インカ・コーラを運ぶ「コーラ・ボーイ」となって、みなに配った。

100箱くらいだろうか。励ましたかった。思い出をつくってさしあげたかった。

 しかし体力は限界にきた。ついに私は体調を壊してしまった。腹痛と高熱が続いた。

日本を出て、アメリカ、パナマ、ペルーと歴訪してきた疲労も重なっていた。

 絶対安静を勧められたが、私は動きたかった。
『戦いは始まったばかりだ!世界平和のために途中で死ぬならば本望だ』
 ふらつく足で、リマ市庁舎にも行った。サンマルコス大学にも行った。夜遅くまで、若き友らに次々と揮毫を書いて贈り続けた。

 そんな中で迎えた『世界平和ペルー文化祭』。
行くと、会場いっぱいに、心の光はあふれていた。

 だれからも見えない裏方で、黙々と舞台背景の変化パネルを動かし続ける青年たちがいた。

5時間も立ち続ける整理班の青年がいた。

食費にもことかく中、毎朝5時に起きて魚料理を売って歩き、練習場に通う交通費を作った少女がいた。

 インカでは「黄金」のことを《太陽の汗》と呼んだ。

おお、太陽の仏法を奉じた太陽の子らの青春の汗よ!
 これこそ黄金だ。

 文化祭のフィナーレ。

紙吹雪が舞った。

すべて花の形に切られていた。

一ひら一ひらに、平和への友の祈りがこもっていた。

紙は紙でなく、心であった。

この世で一番の宝であった。

 私は、その一ひらを拾って、押しいただき、そっとポケットにしまった。
 

聖教や公明の新刊紹介

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年11月 7日(月)17時05分59秒
編集済
  数年前から感じていることですが、聖教や公明の新刊紹介が出版社からの要望なのかなと思ってしまう位、独自性が失われているように感じます。

4年前の「海賊と呼ばれた男」等、百田尚樹という人物が相当偏った史観の持ち主で、学会とは相いれない人なのですが・・・・。
かっての聖教だったら、絶対に紹介しない本だったはずです。

特に、このところ顕著になっているような、そんな感じがします。

編集方針なのでしょうか。

何も考えず、ただただお花畑信仰の活動がいそがしく、本を読まない婦人やサークル活動と勘違いしている青年には「若き日の読書」「私の人間学」等に出てくる良書、作家の作品を是非読んでもらいたいと思います。

読み込んでいくと自分の中に何かしらの変化が発見できるでしょう。





 

 投稿者:大福運  投稿日:2016年11月 7日(月)15時12分47秒
編集済
  学会創立80周年の時、先生は
「大福運開く時」と言われた

8は開く義
だから大福運を開く時なんだと単純に思った
その年の5.3を最後に先生は公式会合を欠席されている

ジョーカー様の投稿
組織のことで悩むこと自体が使命であり、それは三世永遠にわたる大福運を積む
この言葉に支えられ、希望の光を感じています

先生が言われた「大福運開く時」とは、まさに今のことなんだ!と気がつきました

仏意仏勅の団体、創価学会が「永遠の師匠」の御指導を蔑ろにしていく
まさにその時が「大福運開く」時と先生が教えてくださったと気がつきました

会員は
1.心離れ、未活になっている
  (7割~8割いる未活会員)
2.心離れているが、とりあえず打ちだしこないしている
  (正役職者に多い)
3.内心おかしいと思いつつ、そんなハズはないと自分で打ち消し、思い込ませ、打ちだしがんばっている
  (職員、元職員に多い)
4.何とも思っていない
  しかし、自分は打ちだし、挑戦しない
  部員に号令かけ強制しているだけ
  (幹部に多い)
5.先生の軌道に戻そうと奮闘
  (宿板に多い)

「大福運開く」人生は、どちらか?
結果で勝負したい

大聖人の時代
日興上人、日目上人と正しく継承された
しかし、それ以降は内紛
そして、最後は日顕宗となってしまった

創価学会も三代まで確かに大聖人の精神を受け継ぐ民衆救済の団体だった
4代、5代は酷かった
しかし、先生が長生きしてくださり、創価学会の邪教化を防いでくださった

三代会長、池田先生が「先生」と棚上げされている今
今が勝負の時である

54年
先生は言われた
「北条は私を棚上げしようとした」

広布を考えない、民衆救済を考えない最高幹部達は常に先生を「棚上げ」しようとしてきた
今回の原田会長の会則変更には同じ臭いを感じる

「「民衆の為に」また「時代と共に」という創始者の原点が、貪欲で時代錯誤の後世の聖職者によって踏みにじられてしまう
それがこれまでの宗教史であった」

2009.4.14
「共戦」初披露してくださった先生
その時に言われた
「遠大な広布の未来を展望する時、本当の勝負は、いよいよこれからである
…略
仏法は勝負だ
仏と魔の闘争である
勝つか、負けるか、どちらかしかない
ゆえに青年は、心を磨き、頭を鍛え、勝ち抜く力をつけるのだ
「本物の弟子よ、出でよ!」
こう私は声を大にして叫びたい」

あの言論問題の時、創価の母達は先生の勝利を必死で祈り抜いた
あの宗門問題の時も
そして、25年前の今日も母達は祈り抜いた

その祈り、池田先生の死闘で「老いたる父母の築きたる創価の城」は護られた

今日から御本尊を揺さぶる題目を上げる
諸天を揺り動かし、池田先生の創価学会を守る

そして、本物の弟子の仕事ぶりを、勝利を師匠に捧げる!

至誠、天に通じる
この言葉を自分は信じる

池田先生が一番福運を付けられたのは、いつか?
先生は教えてくださった
「戸田先生の事業が倒産した時」
師匠を懸命に支えた時に、一番福運がついたと教えてくださった

ならば、池田門下が一番福運をつける時は今である
師匠の精神が蔑ろになっている今が一番福運がつく
これから先、何があろうと原田執行部に落胆すればするほど
「今が一番福運がつく時」と歓喜でお題目を上げていくことを、誓う
 

おサルの独り言 10:「ハワイレポート」とパクリの教授 宮田幸一

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年11月 7日(月)14時20分36秒
編集済
  一人のSGI さま
『学会は何処へ』
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59435

初めまして。
遅ればせながら、こちら皆さま既にご存じ『ハワイレポート』を流し読みしてみました。

以下、私の独り言、妄想とお笑いいただけると助かります。


『内部文書ハワイレポート』
http://nippon-senmon.tripod.com/soukagakkai/shukyou/hawaii_report.html
『考察ハワイレポート』
http://nippon-senmon.tripod.com/soukagakkai/shukyou/hawaii_kousatsu.html

皆さまには今更なものでしょうが、これを流し読みしてみますと、かの宮田論はこの昭和53年に出された『ハワイレポート計画書』に従っているだけのものと思われます。
要するに、レポートを真実と仮定するなら、原田体制・現執行部はすべて53年に出されたある『計画』に準じ行動してるだけということで。
まさに宮田が言うところの「ロジック」、すでに出来上がった計画の理由付け、後付け、という意味でのロジックが行われているのが今般の変更であろうかと思われます。

また、YouTube 宮田ビデオにある「東京大学法華経研究会兼日蓮正宗創価学会」発言でいきますと、創価学会は今後、東京大学法華経研究会が学術的中心となり運営、経営は外部コンサル企業「アクセンチュア」に一任し、収入源としての資本管理云々を東京三菱UFJとタックス・ヘイヴン、創価本部を精神世界サービス産業における多国籍企業体として巨大コンツェルンを創り上げようとしているかのように見える私は、やはりサルなのかも知れません w

ま、いわば、創価大学は東京大学法華経研究会の補完団体として、また今のところ、教授 宮田幸一は便宜上、利用価値はあるのでやらせておけ、と。乗せられ有頂天な宮田幸一・・・w


これら私の妄想とお笑いいただければと思いますが、
ところが「ハワイレポート」ならびにビデオ「日本宗教学会 第74回学術大会2015年9月5日創価大学」
https://www.youtube.com/watch?v=nInVBJ18F_0
での宮田幸一を聞いておると、彼らの脳裏にあるのは「どう世界宗教教団として拡大、運営していくか」がもっかのテーマのようですから、まんざら、大ハズレではないように思うのですがいかがでしょう。

彼らは「コンツェルンとしての巨大化が世界宗教の条件」と考えておるのでしょう。なぜなら、宮田論によれば、所詮「仏教も創価も超マイナー」なんですから・・・w


(連中に言わせれば、所詮ただの収入源・猿ヶ島の「妄想レポート」でした)
 

振る舞い

 投稿者:アメリカ帰り  投稿日:2016年11月 7日(月)13時53分58秒
  先生は言われた「生まれ」ではなく「振る舞い」が大事

これは今にあてはめると
「役職」ではなく、「振る舞い」が大事ということになるだろう

会長に「直弟子」に相応しい「振る舞い」があるだろうか?
谷川さんに「弟子」に相応しい「振る舞い」があるだろうか?
先生直結の「振る舞い」をしている人が信濃町にいるのだろうか?

自分は聖教よりも宿板に弟子の求道心感じる
池田先生の創価学会を死守しようとしている息吹を感じる

聖教の新人事の顔写真
特に壮年部
如是相酷すぎる

そうそう
「振る舞い」と「如是相」が大事だと思う
 

人間・先生を忘れた先に・・起きることは

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 7日(月)13時35分38秒
編集済
  「法華経の智慧」より・・人間を離れない「仏」と「師弟の道」

~権威主義化する宗教~

斉藤: 大聖人は、常に「釈尊に帰れ!」と叫ばれました。(略)

須田: 徹底して、「仏教を人間化する」戦いであられた - 。

名誉会長: それほど、宗教というものは、人間を離れよう、離れようとする傾向がある。

    そうなると宗教は、一種の権力になってしまう。(略)

斉藤: その要因はいろいろ考えられると思いますが、一つは聖職者の堕落、一つは教団組織の硬直化、

    一つは信仰心の惰性 - が挙げられるのではないでしょうか。それらが重なり合って、宗教が民衆

    からかけ離れて、権威主義化してしまう。

名誉会長: (略)仏教は本来、「人生をどう生きるか」を教えている。人生の正しい「道」を歩まんとする

    人がいて、師を求め、師がその心に応じて、師弟の関係が生まれる。ところが、仏が人間ではなく

    “神様”になってしまったら、「師弟の道」は成り立たない。

須田: 自分も師匠と同じ道を行けば、師匠と同じ境涯になれる - というのが「師弟の道」の前提です。師匠

    が“神様”になってしまったら、「自分たちも同じ道を行こう」というエネルギーはなくなりますね。

斉藤: 小乗仏教においても、しだいに釈尊を神格化し、自分たちは声聞としての悟り(阿羅漢果)を得られ

    ればいいとしました。大乗仏教(法華経以外の権大乗教)においては、釈尊以外の阿弥陀仏とか大日

    如来とか毘盧遮那仏とかの諸仏が説かれます。しかし、これらは現実の人間とはかけ離れた存在であり、

    その「救済」にあずかろうとする面が強く、師匠と仰ぐ存在ではありません。どちらにも「師弟の道」
    がなくなっています。

名誉会長: 「人間・釈尊」を忘れた時、仏教は「人間の生き方」から離れてしまった。「師弟の道」がなくな

    った。その結果は、仏教の堕落であり、権威化です。


ペンギン
 

会則

 投稿者:宝剣  投稿日:2016年11月 7日(月)13時07分43秒
  会則により「先生」になった池田先生
呼び方なんかどうでもいい
そんなの会員の自由だ
問題は「先生」にどれだけの権限があるか?である

生きている人を「先生」に棚上げし、権限を無くしているということになっているのではないか?

「先生」は名誉会長、SGI会長、会長以上の権限を得るべきである

今まで、「先生」は全て故人
故人にはなんの権限は無かったハズである

果たして、新しく「先生」になった池田先生の権限はどうなっているのだろう?
故人と同じく権限がないのではないか?

池田先生にどれくらい権限があるのか?
会員は知らない
いつも、創価学会は池田先生が絶大な権限を持っていて、先生の決めた通り進んでいると会員は思っている

「先生」にはどれだけの権限があるのか?
原田執行部は明確にするべきである

 

おサルの独り言

 投稿者:猿ヶ島  投稿日:2016年11月 7日(月)12時47分6秒
編集済
  すみません、編集はできるのですが、これどうやって削除すれば??
削除が見当たりません。管理人さま、削除いただけますか。

 

ツイッターより。権力には媚びへつらい、内向きには強権ですか?

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年11月 7日(月)12時39分56秒
  創価学会の魂である平和主義。その絶対に曲げてはいけないことを曲げてまで守らねばならないものとはいったい何なのか?原田会長にはそれを全創価学会員に対して正直に説明する義務がある。  

ありがとうございます

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月 7日(月)12時26分23秒
  おせっかい様

ありがとうございます。
これです。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/46253

直しておきますね。

全然おせっかいじゃないですよ(笑い)
又何かありましたらよろしくお願いします。
 

(無題)

 投稿者:おせっかい  投稿日:2016年11月 7日(月)12時15分2秒
  一人のSGIさん
 途中のアドレスが出ません。これではないですか?
http://6027.teacup.com/situation/bbs/46253

 半角が「?」になっているようです。

 

学会は何処へ

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月 7日(月)09時42分22秒
編集済
  プロジェクトX様

曲解された教義の詳細の説明については、今書きかけの論考の投稿が終わったら書きますね。

少しだけ、はしょって言いますと、長年様子をみていて、今の学会の路線は、この様なキーワードの元で教義を粛清?(笑)していると思われます。

 教義はなるべく浅く、簡潔で、誰にもすぐに分かるレベルに留めておくこと。

 証明のできない思想の部分は、公に否定はしないが、学会の公式な見解ではない。

 会員は、正宗以外の他宗の批判はしない、できないレベルの教学に留めておく。

 全体主義に見合う様に、言葉や指導を切り文で、違った方向に導く。

 教学の変容をみんなが批判しない様に「14誹謗」の勉強はさせない。

特に組織に従順な新会員をにわかリーダーにする為に、基本的に、リーダーは先生の指導だけ(深い仏法の教義の講義、悪や権力との闘い、その他、現行の執行部のやり方にそぐわない部分は除く)を語れる能力があればいい。

等です。とりあえず、、。


猿ヶ島 様

>思うに、今の信濃町執行部による仏法は『ニューエイジ』に変質したんだと思います。<

そうですね。そうも言えると思います。
いわゆる、いろんな思想の切り貼りですね。
好きなところだけを切り貼りしているだけでは、教義全体の一貫性は望めないでしょう。
一慣性のない真理というものがあるはずはありません。
宿業転換ができるはずはありませんね。

御書より

私ならざる法門を僻案(びゃくあん)せん人は偏に天魔波旬(てんまはじゅん)の其の身に入り替りて人をして 自身ともに無間大城に堕つべきにて候つたなしつたなし、
此の法門は年来貴辺に申し含めたる様に 人人にも披露あるべき者なり 総じて日蓮が弟子と云つて法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ、
さだにも候はば釈迦・多宝・十方の分身・十羅刹も御守り候べし、其れさへ尚人人の御心中は量りがたし。
  四菩薩造立抄 p989

通解
大事な法門を曲げて考える人はひとえに天魔波旬がその身に入り替わって、他人と自身とともに無間大城に堕としてしまうのである。愚かなことである。
この法門は、長年あなたに申し含めてあるように、人々にも披露されるがよい。総じて日蓮の弟子といって法華経を修行する人々は日蓮のようにしなさい。そうするならば、釈迦仏、多宝仏、十方分身の諸仏、十羅刹も必ず守護されるであろう。そうであるのに太田方の人々はどうしたのであろう。心中を量りがたい。


寝たきりオジサン様
なかなか聞く機会のないいろいろな情報の提供ありがとうございます。


「創価学会仏」という呼び名に関しては、組織の公式な決定としては、あまりにも安易な見解だと思います。
確かに全ての生命に仏界が内在されていて、特に正しい(ここが肝心です)大聖人の仏法を修行している渦中の人々は、ある意味「仏」であるわけですが、「仏」といっても「而二不二」の原理をわすれてはいけません。
私の下記の投稿では、特に「禅宗」の間違いを指摘したものですが、今の学会は文証をないがしろにする面で禅化していますから、同罪になる可能性は大いにあります。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/46253

御書にこうあります。

外典に曰く未萠(みぼう)をしるを聖人という内典に云く三世を知るを 聖人という
「撰時抄」p 287

解説
この章は、日蓮大聖人が一閻浮提第一の聖人であらせられることを、広く釈だれている。聖人とは三世を知ること、また、将来の起こることを知ってその対策をもっていること

さて、今の創価学会の教義は「三世」を学んでいるでしょうか、将来の危機に対して、正しい対処をしているでしょうか。
将来の危機への対処ではなく、自ら危機を創っているようにしか私には見えませんが、、。

そんな「仏」がいるのでしょうか???
 

【会則改定に意見】原田会長へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年11月 7日(月)09時18分42秒
  原田会長、おはようございます。

寝たきりオジサン様のご投稿される素晴らしい体験談の数々をお読みになりましたか。

体験談に登場される方々にとって、池田先生は「永遠の師匠」であり「先生」です。
それは感謝から生まれる自発的な心の現れなのです。

原田会長と執行部は大きな過ちを犯しています。
師匠とは、自分で決めるものだからです。

創価学会は、貧乏人と病人の集まりであった事をお忘れでしょうか。
人生のどん底から蘇生した方々が、池田先生を人生の師匠と決めたのです。
そして、今の創価学会・SGIを池田先生と共につくりあげたのです。

池田先生から弟子として認められた訳ではないはずです。
ましてや強制的に「弟子になれ」と言われてもおりません。
誰もが深い感謝から自発的に「先生」とお呼びしていたはずです。

だからこそ後継者には、自分の体験を通し「池田先生への感謝」を伝え続けたい。
その中で自然と生まれる「感謝の心」を育んで行きたい。
それが「永遠の師匠」「先生」を、未来に継承してゆく事になるのではないでしょうか。

原田会長の言葉には心が動く体験がなく、感謝が感じられません。
だからこそルールや決まりで縛ろうとすれば反発を被る。

原田会長には、会員には真似できない大きな体験がお有りですね。
池田先生を裏切った54年問題です。

もし原田会長が54年問題に対し、池田先生を辞任に追い込んだ罪を認め、
懺悔と謝罪を表明した上での会則改定なら、賛同する方も多くなると思います。

私のように二度と師匠を見失ってはいけない、そのために会則改定をしたと。

秋谷元会長の謝罪文を深くお読みください。
そこにある文章を引用し、会則改定の補足をして下さい。
ご検討を宜しくお願い致します。

~~~~~~~~~~~~

「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助

今もって本当に申しわけなく、また情けなく、悔しくてならないのは、あの昭和54年4月24日の第三代会長御勇退である。
嫉妬に狂った坊主どもの暴圧があった。
それと結託した裏切り者どもの謀略があった。
だが、その虜と成り果て、魔に食い破られ、悔やんでも悔やみきれない事態を招いてしまったのは、すべて私ども執行部の罪である。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58665


【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実
http://6027.teacup.com/situation/bbs/index/detail/comm_id/58664


 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、なぜか素早い行動デスね~

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月 7日(月)07時49分52秒
編集済
  おはようございます。イケディアンの住人さま、会則補足の書き込み情報ありがとうございます.

第3条の2、「三代会長」の尊称は「先生」とする、デスか、バカバカしい限りデス。

さっそく本日の政教珍聞1面から「池田大作先生がメッセージを贈り」との記事。ホント素早い行動デス。(笑)

師匠の「在世」にもかかわらず、「三代会長」を「先生」と呼ばせ、「過去の人」扱い。

今後は「名誉会長」「SGI会長」と表記されることはないのかもしれません。( ;∀;)

そもそも「名誉会長」という呼称がどのような意味を持つのか?

昭和54年に師匠を退陣させた、その結果としての「名誉会長」への就任。

当時からの最高幹部にとっては敗北の証明ともいえる「名誉会長」との言葉。

原田怪鳥様にとっては「名誉会長」という言葉自体が嫌だったのでしょうか?

今後の会則も、後付けでドンドンなにがしかが追加されていくことになるのかもしれません。

追加されればされるほど、それは「悪業の証明」になるでしょう、( ;∀;)
 

調子こむなよ執行部

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月 7日(月)07時37分32秒
  私が見た例ね。


① ある時、男子部Bさんが自動車事故を起こした。

Bさんは救急車で病院に運ばれた。

まだ検査結果が出ないうちに男子部長が来て、「あんたは法を下げたんだぞ」と

聞き捨てならない批難をBさんに浴びせた。

怪我をして、ショック下にいるBさんを励ますでも見守るでもない。

批難をした。病院で。

Bさんは、幸い大事には至らなかった。

この場合、大事無くて良かったじゃないか、守られたねえ、とか言うもんじゃないのか。

しかし、この男子部長は、普段のんびりしたBさんにイライラ。

自分ちは食堂やってて暇無し。

それできつく当たったのだろう。

ところが。。。

間もなくの事だ。

男子部長の奥さんが運転し子供が乗った車が、カーブで他車と衝突横転。Bさんちの入口で。

要入院手術の大事故に遭った。



ね。恐いんだよね。こんなだから、幹部は調子こむなっての。

それだけじゃないですよ。



② 男子部の会合に酔っ払いがいて、学会の悪口をわめいた。

「ちょっと静かにしてください」と言った男子部員をこの酔っ払いが殴った。

男子部長は何もせず、「ちょっと静かにしてください」と言って殴られた男子部員に

「正義漢ぶったりするからだ」と言ったのだ。

新参者の男子部員なので、よそ者イジメ的感情で、酔っ払いの方を擁護したようだ。

殴られた男子部員は踏んだり蹴ったりで立場がなくなった。

大いに怒り、「もう学会なんかやめる」 当然だろう。

しかし、この男子部員は耐えたのだ。


そしてまた間もなくだ。問題の男子部長の家が全焼。古屋の漏電が原因と言われている。



①と②は同じ男子部長だよ。




さて。

指導と称して実は私怨感情、とか、仲間びいきの悪事隠しなんてのは、仏法者として欺瞞だ。

幹部の立場を利用して、こんな事してると、結果が恐いんだぞ。



欺瞞だらけの改変を目論見通りに実行してるんだろう。

この大悪人どもめ。

調子こむなよ執行部。







 

終焉

 投稿者:光輝  投稿日:2016年11月 7日(月)07時20分45秒
編集済
  で、
秋谷名誉会長
原田SGI会長
谷川会長
そんな日が来るのかな?

で、先生は何故、「故人」と同じなのかな?
元職員の本にある通りなのかな?

先生がお元気で「名誉会長」「SGI会長」職も無くなるって、あり得るのかな?

法的に何の権限もなくなったということになるのではないか?

法的に何の権限もなくなった「先生」が
それでも、メッセージだけ多発しているということ?

元職員の本購入して勉強しようっと
 

今週のことば 2016年11月7日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年11月 7日(月)06時50分59秒
  いざ「対話の秋」だ!
強盛に祈った分
勇敢に動いた分
誠実に語った分
幸福の大道は開かれる。
 

おはようございます。

 投稿者:幸せな人  投稿日:2016年11月 7日(月)06時10分52秒
  会則変ですね。もし、次の名誉会長、SGI会長を名乗る輩がでたらそいつは大悪決定ではないでしょうか?

真の弟子であるならば、謙虚に固辞するはず。
 

大悪逆が行われている

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月 7日(月)04時49分8秒
  宮田発言のYouTube音声をきいただけでも、

教義がこんなにもねじ曲げられて、これじゃ須田さんだって黙っちゃいない、

あまりにも会員をなめきった、原田・谷川らによる大悪逆が行われていることが、

明確すぎるほどよくわかる。



対話すれば分かるが、教義が変えられてしまったことさえ知らない人が、まず100%である。

異常である。

姑息に行われている。





今の執行部の打ち出し(横暴)に「お任せ」の信心になっている限り、

我々学会員が置かれた立場は、

まるでナチス政権下のドイツ国民、または、先の大戦当時に、

大本営発表を信じ込まされ、竹槍訓練やらされたという隣組組織と、そう変わらない。



大悪逆が行われている。



ヘンチクリンなあれこれは、大悪逆を遂行するためのプログラムなのである。

遂行に邪魔になる者の大規模な排除、すなわち査問・処分・解任・除名による粛正。

これは、権力者の心得のような本には書いてある。

よく知られた権力掌握の大前提というやつだ。



しかしバカなのは、何を慌てているのか知らないが、会則の性急な改変の繰り返しなど、

矢継ぎ早に事を進め、今じゃ聖教紙上で尊称の馬鹿げた強制を発表してみたり、

親戚と交流せよだの、なんのことやら打ち出しまで馬鹿げてきて、

事を進める端から、大悪逆の下着が出ていてみっともないったら、バレバレになってきている。



大悪逆が行われている。



教義を曲げたり、法華経の行者を大規模に迫害して、これじゃあトンデモな報いが必至だよ。

原田・谷川その他は、こんなことやっちゃって何も起こらないと自信があるのかな。

見てきたんじゃないの?悪逆をして現証に遭った輩を。



かわいそうに。

高価な権力の旨酒の中毒症なんだね。



わかってないんだな。

確定だよ、確定。地獄行き。









 

会則変わってマスね。

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 7日(月)04時36分53秒
編集済
  さすが、SOKAネット、さっそく会則変更していマス!昨年もいきなりの会則変更アップ!!

え!! 日蓮世界宗創価学会 発表してるじゃん!?投稿者:九州人
?投稿日:2015年11月17日(火)23時09分48秒
創価学会公式サイトより
会則(1)

池田先生は、創価学会の本地と使命を「日蓮世界宗創価学会」と揮毫されて、創価学会が日蓮大聖人の仏法を唯一世界に広宣流布しゆく仏意仏勅の教団であることを明示された。
そして、23世紀までの世界広宣流布を展望されるとともに、信濃町を「世界総本部」とする壮大な構想を示され、その実現を代々の会長を中心とする世界の弟子に託された。
http://www.sokanet.jp/info/kaisoku01.html
?
↑↑↑

ポイントは、会則の詳細化です。

(名 称)
第1条 この会は、「創価学会」という。

(教 義)
第2条 この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、御本尊に自行化他にわたる題目を唱え、御書根本に、各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現することを大願とする。

(三代会長)
第3条 初代会長牧口常三郎先生、第二代会長戸田城聖先生、第三代会長池田大作先生の「三代会長」は、広宣流布実現への死身弘法の体現者であり、この会の広宣流布の永遠の師匠である。
2. 「三代会長」の敬称は、「先生」とする。

(目 的)
第4条 この会は、日蓮大聖人の仏法の本義に基づき、弘教および儀式行事を行ない、会員の信心の深化、確立をはかることにより、各人が人間革命を成就するとともに、日蓮大聖人の仏法を世界に広宣流布し、もってそれを基調とする世界平和の実現および人類文化の向上に貢献することを目的とする。

(創価学会総本部)
第5条 この会は、前条の目的を達成するため「創価学会総本部」を東京都新宿区信濃町に置く。
2. 創価学会総本部には、広宣流布大誓堂その他必要な礼拝施設等を設置する。

(広宣流布大誓堂)
第6条 この会は、日蓮大聖人の御遺命である世界広宣流布の大願成就を誓願する信仰の中心道場として「広宣流布大誓堂」を設置する。
2. この会は、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」「創価学会常住」の御本尊を広宣流布大誓堂に御安置する。

(会館等)
第7条 この会は、学会精神の継承と信仰活動の推進に供するため、会館、研修道場、墓地公園その他必要な施設を設置する。

・・・

問題は、第三条の2ですね。
白文をあまり詳細規定すると、次から次と補足することが必要となり、後々困る事になると思うのですが、法規の専門家が本当に関わっているのでしょうか?それとも便1のように『はじめから結論は決まっているんだ!後付け講釈すれば良い!』などと短絡的に考えておられるのでしょうか?疑わしいところです(-_-)

そう言えば、あれからもう一年になりますが、「日蓮世界宗創価学会」の揮毫のお披露目が今だにありませんが、どうされたのでしょうか?
 

(無題)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 7日(月)01時31分33秒
  過日の聖教新聞をどうぞ!!

↓↓↓
 

ちょっと待った!

 投稿者:若葉マーク  投稿日:2016年11月 7日(月)00時09分54秒
  池田先生は「先生」であり
「名誉会長」でも「SGI会長」でもなくなったの?
ハァ?
どういうこと?
全然納得できないけど!
 

Q様

 投稿者:光輝  投稿日:2016年11月 6日(日)23時56分11秒
編集済
  鋭い指摘ありがとうございます
まさにそうです

池田先生を「先生」とし、名誉会長、SGI会長になる人がいるのでしょうか?
なりたがっていた人、いましたよね?
その為の「棚上げ」だとしたら?
今後の展開に注意が必要です
 

(無題)

 投稿者:いつもはロム専 たまには参加  投稿日:2016年11月 6日(日)23時48分21秒
  尊い仏子の集まりが創価学会仏。だからといって、会長が即「創価学会仏の棟梁」として君臨。
何でもできるというわけではない。

師匠を故人と同じ「先生」のみとして祭り上げ、「名誉会長」「SGI会長」を実質、空席に。
誰かさんを新たな「名誉会長」「SGI会長」に据えるための布石か。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年11月 6日(日)23時47分26秒
  今晩は 皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時開始。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 6日(日)22時59分23秒
  よろしくお願い致します。

法華経の智慧、素晴らしい。
螺髪様、同様に感動の涙です。
 

母子を救った″励まし″のドラマ!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月 6日(日)22時30分23秒
編集済
  臥子龍さん

 確か、林さんですね。何度読んでも、涙してしまう箇所です。
 http://6027.teacup.com/situation/bbs/59415

 昭和32年4月に大阪補選に敗退して、7月の北海道夕張大会(炭労事件)に駆け付け、そのあと、7月3日に公職選挙法の疑いで逮捕。17日に釈放されますが、その後、37年1月25日の無罪判決(田中勇雄裁判長)までの4年3カ月(公判84回)の長きに渡って、裁判が続いたことになります。

 林さんのこの名画のようなドラマ(32年冬)は、この時にあったことになります……。



 

NHKスペシャル「超常現象 科学者たちの挑戦」

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年11月 6日(日)22時18分25秒
  「9・11」と聞いて思い出し、ようやくこの動画を見つけ出しました。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59306
NHKスペシャル「超常現象 科学者たちの挑戦」です。彼らの研究が、仏法で説く三世、因果倶時、一念三千を科学的に証明しようとしていることを感じて貰えたら嬉しい。注目はやはり量子論です。
http://www.at-douga.com/?p=11123

碇山様
http://www.at-douga.com/?p=11123
こんな所でドラゴンの同志と会えて嬉しい。実は以前にもそんな投稿をしていました。もう御一方、ヤン金リスナーがいらっしゃいましたよ。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/45707
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53531
「ヤンタン ききこんだら」でユーチューブ検索すると、面白いものが見つかります。
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公達(キンダチ)とは?再掲します!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 6日(日)22時15分41秒
編集済
  臥子龍さま、『眼差し』ありがとうございます。大切な視点ですね。我々現場会員は、池田先生の優しい眼差しを感じます。
創価の公達は違うと思いますが(-_-)

さて、創価の公達(キンダチ)とは、前出のレ・ミゼラブルの本文に出てきた言葉で、高位な貴族社会の方々を指します。

以下引用↓↓↓
公達(きんだち)とは、本来は諸王のことを指したが、後代には臣籍にある諸王の子弟や、摂家・清華家などの子弟・子女に対する呼称として用いられた[1]。公達家は清華家の異称。

平安時代中期以降、藤原氏忠平流や宇多天皇以降の賜姓源氏(宇多源氏・醍醐源氏・村上源氏など)などの近衛次将を経て公卿に昇進し得る上流貴族の家系出身者を「公達」と呼ぶようになり、これらの家は「公達」の家格とされた (当時の貴族社会では、「公達」・「諸大夫」・「侍」の家格に分類されていた)。

平安時代末期には特に平家の子弟・子女も公達と呼ばれた[2]。

公達(きんだち)に狐(きつね)化けたり宵(よひ)の春
なまめかしい春の宵。一人歩いていくと、ふと貴人らしい人に出会った。あれはキツネが化けたに違いない。〔季語〕宵の春

↑↑↑

現場会員とは隔絶された創価村貴族社会に棲む人々です。池田先生の眼差しに恐怖する悪徳の輩。会則変更を自らの都合でバンバン変えて、「何でも認定」してしまうお気楽・極楽な方々です。

供養で生活する現場会員の扶養家族でありながら、これに嫉妬して気にくわない現場会員をバンバン査問・除名する変態どもです。

「永遠の提婆達多」「永遠の反逆者」とも現場会員からは尊称されて良き手本(あんな風になっちゃいけないよ~)になっています。

さあ、小選挙区は既に紹介カードまで配付して再び選挙学会の幕が本幹再放以降から始まります。選挙学会開幕の年、CM、聖教投げ込みで折伏・弘教(-_-)、月光仮面のように玄関先で訪問激励(-_-)、などなど都議選・衆議院選で大勝利して広宣流布の実証を示そうではありませんか?と公達はキンタマ?持ち上げて便1先頭に全世界遊行に出掛けちゃいます(-_-)



 

戦いには変形・変化球も必要・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 6日(日)22時03分41秒
  頭脳戦です・・御仏智を使って見抜き・・また、使っていきましょう。

貴重な味方同士です・・


ペンギン
 

法華経の智慧如来寿量品第十六・十界論より

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年11月 6日(日)21時31分32秒
  母子を救った″励まし″のドラマ
遠藤 こういう体験を聞きましたので、すこし長いですが、読者のために紹介させていただきます。

昭和三十二年(1957年)冬、生活苦に疲れ果て、自殺を決意した婦人がいました。死ぬ前に一目、お母さんに会おうと、最後の百円札を一枚を握りしめて列車に乗りました。もちろん入会前のことです。

名古屋から小郡駅(=現・新山口駅)に向かう列車でした。ズボンにエプロン姿は、みすぼらしい格好が恥ずかしくて縮こまっていたといいます。二歳の娘さんを連れていました。列車が駅に止まるたびに、駅弁を売りに来ました。母も子も空腹そのものでしたが、買うお金はありません。

米原か、京都か覚えていませんが、途中で一人の青年が乗ってきました。決して立派な格好ではなかった。その青年は、母子の真向かいに座りました。

青年は、黒革の分厚い本(後に御書であることが分かる)を開いて、何やらせっせと書き物をしていました。
幼い娘さんは、駅弁売りを見るたびに「おなか、すいた」を繰り返します。駅に着くたびに駄々をこねました。

母は、なさけない思いをかみしめて、「ダメ!」と叱るしかありません。やがて前の青年が、「弁当」を二つください」と言って、買った。

「ああ、いいな、この人。二つも買うなんて、うらやましい」。そう思いました。すると、その青年は、一つを差し出して言ったのです。「子供さんに食べさせてあげてください」。その婦人はい一瞬、言葉が出ません。「え?え?」と思うばかり。周囲には、立派な服を着た人たちが大勢いましたが、みんな知らんふりをしていました。

「でも、この青年は、自分も良い身なりではないのに、見ず知らずの、それも乞食同然の私たちに弁当をくれた。世の中にこんな人がいるなんて」
その驚きと感謝の気持ちを、今も鮮明に覚えているそうです。
「ありがとうございます」というのが精一杯でした。格好の恥ずかしさが先に立って、後は何も言えませんでした。

弁当の中身も忘れていません。三分の二がご飯、残りがおかずで、焼き魚が入っていました。それ以上に、鮮烈にまぶたに焼きついたのは、その時の青年の目でした。「何というやさしさをたたえた、きれいな目をしているんだろう」。

青年は、大阪で降りました。降りる時、「頑張ってね」と一言。何とも言えない温かい気持ちが、胸に広がりました。その声も、忘れられません。ふたたび、その青年の目を見ました。「何て温かい目だろう……」。この瞬間、死ぬ決心は、どこかへ行ってしまっていたのです。宇部で、お母さんに会い、一ヵ月ほど一緒に暮らして、名古屋に戻りました。

その直後、ある学会員から仏法の話を聞いたその婦人は、決心して信心を始めました。当時、御本尊を受けるには五百円の供養が原則でしたが、そのお金もありません。
働いて祈って、働いて……昭和三十三年(一九五八年)一月、ついに御本尊を受持できたのです。翌年、昭和三十四年三月二十二日。豊橋市の小学校で、御書講義が開かれました。池田先生(当時・総務)が、担当でした。

その方は、二人目の子を身寵もっていて、大きなおなかを抱えて豊橋へ行きました。壇上は遠くて、幹部の顔はよく見えません。が、池田総務が話を始めた瞬間、驚喜しました。

「あっ、あの時の青年だ! 間違いない!」。死ぬ覚悟で乗った列車で聞いた、あの声を、死を思いとどまるきっかけをつくってくれた、あの青年の声を、どうして忘れることができましょうか。一生の覚悟、一生の誓いが、この時に決まりました。「たとえ、この世で、学会員が私一人になったとしても、私は、絶対に池田先生についていくんだ」と。

弁当をもらった娘さんは、プロック担当員として頑張っておられます。豊橋で二度目に会った時に、おなかにいた息子さんは、地区幹事として活躍しておられます。

斉藤 すばらしいドラマです。胸を揺さぶられます。こうして先生が、一人一人の庶民を抱きかかえるようにして励ましてこられた事実に、粛然とします。私たちも「境涯革命」に本気で取り組んでまいります。

徹しなければ境涯革命はない
須田 一瞬の出会いが、人の心を変え、境涯まで変えることが、よく分かりました。

池田 お母さん、娘さんたちが幸せになられて、本当によかった。私は、目の前にいる人を、励まさずにいられなかっただけです。それが学会の心です。

ともあれ、皆、自分の境涯革命を決意したのならば、本気で、やらなければならない。境涯革命が中途半端でできるはずがありません。

「大歓喜の境涯」と言っても、自分をいじめ抜くような苦闘の果てに得られるのです。とくに青年は「今でなければ、いつ」自分を鍛えるのか。
広宣流布へ戦い切って、「断じて自分を高い境涯に引き上げていこう」──そう実行してこそ十界論を真に学んだことになるのです。

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まさしく池田青年は人として人間であった。

現執行部は自分等を弟子でもなければ、池田会長を師匠とも思っていなかったのであろう。
単なる組織のリーダーであり、自分等の生活、人生を良くしてくれるぐらいしか思ってなかったのだろう。

原田現会長は池田会長辞任前にインドに連れてもらったのは直弟子の私だと新・人間革命に書かせ、会合で吹聴する。
何の発言も無い池田先生をしり目に、まさに、「我が世の春」なのだろう。

もの申す会員が増えていくことに期待します。

 

大事な時に・・・ 

 投稿者:黄金柱  投稿日:2016年11月 6日(日)21時19分29秒
  紛らわしい。  

ドミサイル信濃町の入居者さま

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 6日(日)20時44分40秒
  ・・は反義語を使い、また言葉をもじって執行部と幹部・組織信仰を揶揄・批判されています。

お間違いなきよう・・・こちら側の強きお味方です・・
 

ドミサイル信濃町の入居者さま

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 6日(日)20時42分35秒
編集済
  二重投稿の為削除  

そうか、そうかがっかり(-_-)フォーエバーセンセ~は禁止か?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 6日(日)19時44分3秒
  生涯広布・広布一筋さまに質問!

今般の会則改定で「先生」認定は三代会長全てに当てはまると言う事は、米国で盛んに歌われていた「フォーエバーセンセ~」は、やっぱし、池田先生のみならず、戸田先生も牧口先生も当該するので、歌唱禁止になるのでしょうかね?

そのうち、日本の会長も「先生」認定したら、あの糞タレ刺繍入り勝負パンツ穿いた便1も「先生」認定されて、再び『センセ~』何て呼ばれて、壇上で小躍りしてお尻出して勝負パンツ見せてくれるのでしょうか?
 

ドミサイル信濃町の入居者くん

 投稿者:黄金柱  投稿日:2016年11月 6日(日)19時33分10秒
  >元職員3人組や反安保法制の内部不満分子は仏敵認定!

認定できる貴方の立場(役職等)を教えて下さい。
認定できる人はどんな人?
認定・通知は(何時・誰)がする?

私も対象に成るので教えて頂きたいものです。

 

他化自在天を退治する方法とは?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 6日(日)19時32分53秒
  毎日、汗水垂らす(または生命を削るような)仕事を心がけ、朝・晩の勤行を欠かさず、時間のある限り部員さん周り(玄関先訪問だけでは無い!)して、歩きながら、または車乗りながらでも題目唱えることです。会合は最小限に参加、聖教珍聞は良いところだけ見つけて良く読みましょう。

生命を汚すような大患部の話はスルーする。
また、担当患部で使い物にならない人物(組織を泳いでいる奴)は、適宜に対応して早く交代してもらうようにしましょう。決して人間関係を築いていけません。役職やら表彰をネタにして自らの子分にしようと暗躍します、知らず知らずにお仲間になってしまいますから、気をつけましょう。
 

創価班指導集より

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年11月 6日(日)19時29分43秒
  「創価班」「長城会」第2回合同総会
1987年11月2日 スピーチ(抜粋)の最後の部分

私のそばにいたから信用できるという見方も、これまであったかもしれない。しかし、決してそうとは限らない。率直に申し上げて、自分のために私を利用した者も多くいた。私を利用して、人々を信用させながら、陰に隠れてさまざまな悪を犯した人間もいた。また最高幹部でありながら、五老僧と同じように、信心を失い、「あの人がなぜ」といわれるような退転の姿を見せる者もあるかもしれない。しかし、そう言う人間は、一切信用する必要はないし、また信用してはならないと強く申し上げておきたい。

なぜ先生は、創価班にこの指導をされたのか?


結成前のエピソード。新名称をどうするか?と思索していた時のこと‥先生からその使命と期待を込めて (先日も書きましたが‥)


「池田班でもいいんだよ‥」

今でこそ、先生のお名前の入った人材グループは各種ある。
名称こそ「創価班」となったが、先生と共に会員を守り、師匠を守る。その精神はまさに「池田班」だったと確信する。
この精神は、創価班に限らず、牙城会、白蓮をはじめ各種人材グループに通じると思う。
なぜ池田先生は、数多くの人材グループを創られたのか?それは、師匠を守る弟子を育てる為、昭和54年の時のように最高幹部では守れない、守らないから。


師匠が陣頭指揮を執られていた時はまだいい。
今、師匠が厳しい時に立ち上がれる弟子でありたい。

「創価学会の信心は、池田先生の信心」
そう叫んだ関西出身の元最高幹部の方の声が響く。

創価学会は変わる必要があるのだろうか?
池田先生の創られた創価学会のままでいい。


今日の聖教新聞の「池田大作先生」「池田先生」の文字が逆に「先生を棚上げしているようだ」と‥
ある80歳をこえる御婦人の声。
さすがと感心した。

 

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