安倍晋三首相が来日したフィリピンのドゥテルテ大統領と会談した。乱暴な言動で注目を集めるドゥテルテ氏の実像を見極めるのは簡単ではない。3日間の訪日は、そのことを実感させた。
両首脳は、南シナ海問題の平和的解決へ向けた連携で一致した。ドゥテルテ氏は、先週の訪中で合意した中国との2国間協議再開について「(仲裁裁判所の)判決に基づく協議しかできない」と語った。
さらに共同声明は、中国による埋め立てなどを念頭に「自制と非軍事化の重要性」を強調した。
中国の習近平国家主席との会談で発表された共同声明は、判決に触れていなかった。そのため、棚上げにつながるのではないかという懸念が出ていた。
ドゥテルテ氏は今回、中国の権益主張を退けた7月の仲裁判決を重視する日本の立場に配慮したようだ。日本にとっては一定の安心材料といえる。
ただ、判決に対して「紙くず」と反発する中国で言及せず、日本では強調するという対応は、日中双方に不信感を抱かせる。ドゥテルテ氏には「法の支配」を重視する姿勢を明確に打ち出してほしい。
仲裁判決への姿勢とともに注目されたのが、ドゥテルテ氏の米国との向き合い方である。日米比の緊密な協力は南シナ海での日本の安保政策の基本であり、米比関係は日本にも大きな影響を与えるからだ。
首相は、東アジアにおける米国の重要性を強調したという。ドゥテルテ氏の反応は明らかにされていないが、東京都内の講演会ではフィリピンからの米軍撤退を求める姿勢を示した。首相の認識とは明らかに食い違っている。
同行した大統領報道官は日本記者クラブでの記者会見で、ドゥテルテ氏が「国家の尊厳」を重視していると語った。70年前まで米国に植民地支配され、その後も従属的な立場に置かれてきたことへの反発だろう。
無理からぬ面はあるとしても、ことさらに反米を振りかざすのは行き過ぎだ。日本は、米国とフィリピンが感情的対立に陥らないよう橋渡しをしていきたい。
同時に無視できないのはドゥテルテ氏の進める麻薬対策である。政権の最重要政策だが、裁判抜きで容疑者数千人が殺害されている現状は法治国家としてあるまじき事態だ。
首相は人権問題には触れぬまま、麻薬常習者の更生支援を申し出た。強い反発を避けようとしたのだろうが、日本の人権感覚が国際社会から疑われかねない対応だ。粘り強く対話を重ね、懸念を伝える努力をすべきである。