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北海道大学
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医学部 微生物学
教授

北海道大学
遺伝子病制御研究所 病因研究部門
助教授・准教授

東北医科薬科大学
医学部
准教授

つながるコンテンツ;智のフィールドを拓くⅧ

エボラ出血熱の感染プロセスを解明する

北海道大学

南保明日香 准教授

ひとたび集団感染が起こったら、多くの命が脅かされ、社会や歴史が変わることもある感染症。そのひとつ、エボラ出血熱のメカニズム解明に取り組む研究者がいる。アフリカの限られた地域での風土病であったエボラ出血熱は、いまや世界を脅かす疾病として知られるようになった。エボラウイルスの振る舞いを解き明かす研究に取り組む、南保明日香さんに聞いた。

◎感染症との戦いは終わらない

人類は、紀元前の昔からさまざまな感染症と戦ってきた。原因もわからず、治療法も確立されていないだけではなく、公衆衛生の知識も乏しい時代。症状の激しさや死亡率の高さなどから恐れられ、また実際にも歴史を変えるほどの影響を及ぼしてきた。エジプトのミイラからもその痕跡が見つかったという天然痘は人類が根絶した唯一の感染症だが、高い感染力をもち、世界中で国や民族が滅ぶきっかけにもなってきた。

さまざまな感染症に対する病原体や対処法が分かってきたのは、19世紀後半になってから。ワクチンや治療薬の開発により、罹患率、死亡率は減少した。しかし、これまで知られていなかった新興感染症や、一時は発生数が減少したにもかかわらず再び出現する感染症などはまだまだある。また、都市化や高速移動などにより、一部の地域に留まっていた病原菌が拡散するリスクは高まっている。そんな世界の状況を考える時、感染症への対応はますます重要になってくるにちがいない。

エボラ出血熱 も警戒すべき感染症のひとつである。2014年、西アフリカ諸国で起こったアウトブレイク(集団感染)を記憶している方も多いことだろう。この年の初めギニアでの集団発生から始まり、住民のコミュニティ、そして国境を越えて隣国のリベリア、シエラレオネなどで猛威を振るっただけではなく、リベリアから移動した感染者を通してさらに広範囲に広がった。知識の不足から患者と接触した家族だけではなく、地域に広がり、また医療従事者へも感染。病院が閉鎖され、薬剤や防御器具などの資材が圧倒的に不足して、患者は治療を受けられず、隔離されないまま野放し状態となり流行が拡大した。学校を休校させ、政府機関の一部を閉鎖し、大規模な消毒を行ったものの、感染は蔓延。事態は深刻さを増し、世界保健機関(WHO)は、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」との認識を公式に示した。WHOの発表によると2015年10月4日までに感染者(感染の疑い含む)28,490人、死亡者11,312人となった。

現代になっても、一度感染が広まると、その範囲は留まるところを知らない感染症のひとつ、エボラ出血熱のウイルス研究に取り組むのが、北海道大学の南保明日香さんだ。


◎ウイルスの侵入プロセスを解明する

エボラ出血熱の治療薬や治療方法は未だ確立されていない。2014年当時はワクチンもまだ治験段階だったため、支持療法 (治療による副作用の予防や症状を軽減する療法)がとられていた。開発中の治療薬についての投与量や投与方法の検討、追加の安全性データの取得などが急ピッチで行われた。

南保さんは、エボラウイルスが細胞に侵入する際のメカニズムの解明に取り組んでいる。ウイルスは、それ自体が単独で増えることはできず、細胞を「宿主」として感染し、その中で増殖する。言ってみれば、細胞をハイジャックするようなイメージだ。細胞機能を利用して増殖し、最終的には子孫ウイルスを放出して細胞を破壊する。これに対して、感染した生体では 、免疫系によってこれらを排除しようとすることが分かっている。しかしながらエボラウイルス感染の場合には、免疫系の過剰な活性化が起き、生体にダメージを与えてしまうというのである。

ウイルスが細胞に侵入する過程、そしてそこで増殖するメカニズムを知ることはウイルス治療薬の開発において重要なポイントである。エボラウイルス粒子がどのようにして細胞に侵入するのか、そして合成された子孫ウイルス粒子がどのように放出されるのかはこれまで分かっていなかった。そのメカニズムを探るのが、南保さんの現在の研究である。南保さんはこれまで、エボラウイルスが、「マクロピノサイトーシス」と呼ばれる、細胞が物質を取り込む際に用いる機能を利用して、細胞に侵入することを明らかにしてきた。また、エボラウイルスが感染した細胞では、ウイルスが新しい粒子を作るためのパーツ(ウイルスタンパク質およびウイルス遺伝子)が合成され、これらが集合した後、細胞膜から子孫ウイルス粒子が放出されるが、そのプロセスを追跡することにも成功した。しかしながら、これらのプロセスについてはまだ分かっていないことが多く、これらの詳細を解明することが現在の目標だ。ウイルスの挙動、それに関わるタンパク質や脂質の関与などを解明すれば、ワクチンや抗ウイルス薬の開発につながると南保さんは考えている。

◎製薬会社が着手しにくい領域だからこそ

エボラ出血熱は、年に数人の患者が発生している。感染を媒介するとされるコウモリなどとの接触が原因とされている。そのため、恒常的な患者数は非常に少ない。しかしひとたびアウトブレイクが起これば、多くの人の生命が危険にさらされることになる。

こうしたマーケットの不安定な薬剤に対して、膨大なコストがかかる治療薬の研究に製薬会社が必ずしも積極的とは言えないのが現状だ。2014年のアウトブレイクが起こったときには、治療法もそのオペレーションも、支援対策もまったく追いつかない状況だったと言われる。感染が広がれば瞬時に大量の薬剤が必要になるが、製造に時間がかかるため迅速に対応するには薬剤を計画的に製造し、ストックしておくシステムも必要。また感染地域で効果的に利用するには、常温でのストックを想定する必要があるだろう。「一昨年のアウトブレイクが起こる前から、感染症研究者らのあいだでは、いつか必ず起こるものとして警鐘を鳴らしていました。でも実際には対応が遅れる結果となってしまいました」と南保さんは振り返る。「現時点でも、製薬会社等が積極的に動いているという情報は聞こえてきません。ワクチンの方は進捗があるようで、投与したときの副作用がほぼないというところまでは研究が進んでいるようです。もしかしたら、次のアウトブレイクでは使われるかもしれません」と予測する。

マーケットは小さいながらも、開発にも製造にもコストのかかる薬剤。だからこそ、研究者がこのような感染症に向き合うことが大切なのだと南保さんは考えている。南保さんはウイルス学者でありウイルスの挙動を解明することが専門だが、薬学のバックグラウンドを持つ。だからこそメカニズム解明のその先にある、創薬、製薬、そして治療を視野に入れて活動している。創薬開発の場においては生物系だけではなく有機合成を扱う研究者との情報の交換は必須。研究が発展したときには、ヒトに対する有効性や副作用の有無を評価するための治験が欠かせない。「いったんは治まったかに見えましたが、アウトブレイクは次にまた必ず来ると思います」と、南保さんの言葉は、それを見据えた研究への姿勢が見えるようだ。