第66回 武部聡志 氏
5. 自分のオリジナリティーを見つけよう!
武部:僕のキャリアは16chから始まりましたし、それこそMIDIのない時代からやっています。その当時は機材がないからこそレコーディング・スタジオで色々考えたわけですが、最近はProToolsで何でもできてしまいますよね。例えば、歌なんかにしてみても今はいくらでも直すことができますが、僕は歌を直すのが好きではありません。ボーカリストが何テイクか歌って「あとはなんとかしておくから」というやり方ではなく、僕はいい歌を録る方に重点を置いています。自分が本当に納得できる歌をまず録って、ちゃんとセレクトする。それがしっかりできていれば直す必要なんてないです。
−−例えば、エンジニアが丸々2日かけてピッチを直すなんて、やはりおかしいですよね・・・。
武部:いや、それはそういうエフェクターを使っていると思えばいいんだと思いますが(笑)、ただ完璧なものを作って人の心に伝わるかどうかですよね。僕は「ちゃんとしていること」がいいことだとは思わないんですね。合っていればいいかと言えば、合っていないことによって逆に魅力的になることも多いですしね。
そういったことはすごく若い人たちに教わることが多いんです。『LOVE LOVE あいしてる』をやっているときに、KinKi Kidsの二人は当時17歳くらいだったと思うんですが、例えば僕らが「それは音がぶつかっているから駄目だよ」と言っても、「音がぶつかっているから格好いいんじゃないですか」と彼らは言うんですね(笑)。そこで僕らは音楽の格好良さとか人の心に引っかかるものというのは決して整っているからではないと気付かされるんですね。
歌でもピッチ上はシャープしているけど、その方が伝わる歌だってあります。僕は一青の歌はほとんど直しませんし、今聴いてみても『もらい泣き』にしろ『ハナミズキ』にしろピッチ悪いですよ。でも、それ以上に人に届く歌であればそっちの方が優先されるべきだと思います。ですから、「どこにアイデンティティを持つか」という部分に関して、どこかズレてきていることは確かですね。
−−何でもできてしまうからこそ、余計なことをしてしまう可能性も出てくる・・・。昔から「デモテープの方がよかった」なんてことはよくありましたものね。
武部:そうですね。余計なことをしてしまうかもしれないし、もしかしたらそのことによって魅力を減らしてしまっているかもしれないですよね。
−−音楽が売れない、CDが売れないと言われはじめてすでに10年以上経つと思うんですが、そういった現状をどのように見ていますか?
武部:当然メディアが変わっていきますから、CDを買って聴くという行為が音楽配信に変わるのはしょうがないですよね。でも、圧倒的に魅力あるソフトが少なくなってきていると思うんです。それは作る側に問題があって、僕らは売れなくなったことをメディアのせいにするのではなくて、クリエイターとして常に人の心を動かす音楽作りを追い求めないと駄目だと思いますね。
−−音楽業界が盛り上がっていくには、新しい才能の出現も不可欠ですよね。最近のアーティストを目指す若い人たちに対して感じておられることは何ですか?
武部:今の若い人たちはJ-POPを聴いて育っているじゃないですか? それで日本のアーティストの誰々みたいになりたいと言ったら、その人を超えることは絶対にないですからね(笑)。例えば、R&B好きな女の子がいたとして、「MISIAみたいになりたい」と言った時点で、絶対にMISIAを超えられないです。
実はデビュー前の一青はR&Bみたいなことをやりたい子で、彼女が持ってきたデモテープに入っていたのがドリカムやMISIAの曲だったんです。それを聴いてみたんですが、彼女がフェイクをすると・・・中国フェイクなんですよね(笑)。だから、このままR&Bみたいなことをやり続けても駄目だと否定し、彼女の持っている特徴を生かすために僕が曲を作り、彼女が詞を書くところから始めました。彼女がそのままR&Bに憧れていたら、またはそういうプロデューサーと出会っていたら成功していないと思います。僕はそこを否定するところから始めて、彼女には台湾の血が半分入っていることも含めて、彼女の特徴が最大限に生かせる音を作ろうと思いました。
最初に作った『月天心』『翡翠』、それに台湾の民謡のカバーを入れたデモテープを持って、色々なメーカーを回りプレゼンテーションしたんですが軒並み断られたんです。つまり、その時に市場でメジャーではないものに関しては、みんな一歩引くところがあるんですよね。でも、僕らは「今売れているものではないもの」と言ったら変ですが(笑)、やはりその人にしかできないことをやるべきだと常に思っていて、それを提案し形にするのが仕事なんですね。
−−確かに最初、一青窈さんが出てきたときは、新鮮だけど何か違和感があるような気分にもなりました。
武部:そうですね。今アーティストを目指している子たちが邦楽の影響を受けて「宇多田ヒカルになりたいです」でもいいですが(笑)、そういう状況に一番危機感を覚えます。それよりも「自分にしかできないものは何なのだろう?」と本人が考えるようになって欲しいです。あと、邦楽だけでなく洋楽を始め色々な音楽をたくさん聴いて、その中で自分のオリジナリティーを見つけて欲しいと思いますね。
−−J-POPだけでなく、もっと幅広く音楽を聴きなさいと。
武部:J-POPが悪いとは言いませんが、ただAメロがあって、Bメロがあって、サビがあって、2コーラス目があって、間奏、サビの繰り返し・・・みたいなフォーマットに則って、10代のアマチュアの頃から曲を作るなんて本当にナンセンスだと思うんです(笑)。だって、Aメロが10回の曲だっていいじゃないですか? 例えば、吉田拓郎さんの『イメージの唄』は言いたいことが沢山あって、8番だか10番まであったわけじゃないですか? 僕はそれでいいと思うし、それがあったからこそ吉田拓郎というアーティストは評価され、強烈なインパクトを与えることができたんだと思います。
−−日本人はどうしてもフォーマットに縛られがちになってしまいますものね。
武部:もちろんこれはアマチュアの人たちだけでなく、我々プロも気をつけなくてはいけないことだと思います。