1980年、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が初めて女性のトロンボーン奏者を採用した。アビー・コナントという女性だ。主に軍楽隊で演奏されていたトロンボーンは、男の楽器という偏見が根強かった。審査に公平を期すため、審査員には奏者が見えないようにして実力だけで選抜した結果、女性が選ばれたのだ。「正義論」を著した哲学者のジョン・ロールズは、公正性を実現するには誰しも背景に対して「無知のベール」が必要だと主張した。
2016年の韓国は正反対だ。数日前、ある高校の校内にこんな壁新聞が登場した。「お姉さん、梨花女子大の合格おめでとう。僕たちも名門大に入りたいけれど、両親が平凡なので高価な馬は買ってもらえない」。大学修学能力試験(修能=センター試験に相当)を目前に控えた受験生たちの冷やかしだ。一般的に、生徒は学校を3日欠席しただけでも入試で減点されるが、誰かさんは大統領に近い「陰の実力者」の娘という理由で、高3のとき131日欠席したにもかかわらず乗馬特待生として名門大に合格した。勉強方法を指導する人気講師のカン・ソンテ氏はこの事態に「この国は答えがない。勉強するな」と一喝した。
巷では、現政権が掲げる「文化隆盛」など跡形もなく、国政介入などの疑惑がもたれている大統領友人、崔順実(チェ・スンシル)氏絡みの「風刺文化」ばかりがもてはやされている。「大統領がしきりに尋ねてきて面倒臭い」と言ったという崔氏の高慢な態度を皮肉り「スンシルに聞いてみろ」というギャグが流行っている。韓国映画「お嬢さん(アガシ)」のパロディーとなる、主人公のお嬢さんと女中が入れ替わったポスターもソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で広がっている。
また「スンシル、鶏を育てる」というゲームアプリは崔氏の国政介入を揶揄(やゆ)したもので、「演説文手直し」「救国の決断」などを押すたびに大統領の支持率が下がっていく。崔氏を模したキャラクターが馬に乗って障害物を避けながら進む「スンシル早く来て」というゲームアプリも、わずか2日で5000件以上のダウンロードを記録した。
韓国では下級の9級公務員から3級まで昇進するのに、平均で33年かかる。行政考試(国家公務員試験総合職試験に相当)に合格して5級事務官からスタートしたとしても、3級までは最低でも20年だ。だが、崔氏の側近たちは30代の若さで2級・3級の官僚として大統領府(青瓦台)に勤めていると伝えられ、公務員も公務員を目指す若者たちも腸(はらわた)が煮えくり返る思いだ。
かつて一間の部屋に住み、名前を7回変え、職業も正体もはっきりしなかった父親を持つ崔氏の一家の財産は3000億ウォン(約270億円)を超えると報じられている。財産形成の過程も不透明な上、大統領との40年の仲を利用してもっと多くの利を得ようと彼らがしでかしたこと一つ一つが、国民を怒らせている。韓国では、公平な競争など覆面姿で歌の実力を競う娯楽番組の中にしかないようだ。反則が横行する非現実的なドラマが現実になり、真面目に誠実に生きている人が裏切られたのだから、脱力してしまうのも当然だ。こんな風に皮肉り、風刺でもすれば、国民の怒りは少しでも和らぐのだろう。