良席を高額で売れない理由として、以前「JASRACの料金」という話を書きました。
実は、もう一つ、それより大きな理由があります。

「良席を高く売ると、アーティストの手取りが減る」

説明しましょう。
・アーティストは「事務所(音楽プロダクション)」から報酬を受け取ります。
 つまり、事務所が儲からないと、アーティストも儲かりません。

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(出典:みずほ銀行産業調査部)


で、ライブは設備費・会場費・人件費など多くのコストがかかり。
その上で残った収益も多くの関係者に分配されます。
・プレイガイド(ぴあなど)
・プロモーター
・レコード会社/音楽出版社
etcetc…。

たとえば良席を高く売ることでライブチケット売上が3割増えたとして、
恐らく事務所の「利益」は、5%増えればいいところでしょう。

では、事務所にとって利幅の大きい収益源は何か?
「ファンクラブの会費」です。
ファンから直接会費を集めることができ、原価率も限定的なため
特に中小規模のマネジメント事務所にとっては大きな収益源となっています。

で。
事務所は、高額の良席=「VIPシート」を作ると、2つの影響が出ると考えています。
1:「お金のない」ファンからの反発
2:多ステ、良席目当てでファンクラブに複数名義加入している
  熱狂的ファンからのFC収入減


心理的には前者の影響が大きいですが、売上面では後者の影響が大きい。

友達や家族の名義でFCに入り、たくさんの応募をしている熱狂的ファンによる
名義数は、一説にはFC会員数の2割を超える…といわれます。

VIPシートを作ると、お金を払えば良席が手に入る…
すると、ファンの消費は
「ファンクラブ会費 → VIPシートのチケット売上」
へ移動します。
そうすると事務所としては利益率の高いFC売上が減って、
利益率の低いチケット売上が増える。結果、
事務所の利益が減る→アーティストの手取りも減る。

つまり

「全席同一価格・FC優先枠による抽選」というロジックが
事務所・アーティストにとって最も儲かる


という結論になります。
アーティストは事務所にマネジメントを全権委託している以上、
仮にこうした状況に「おかしい」と思ったとしても
この構造を変えることも、文句を言うことすら非常に困難です。

例外は
・ファンクラブのないアーティストや公演(例:外タレ、ULTRA JAPANのVVIP)
・アーティスト自身が楽曲権利・マネジメント権利をすべてコントロールしている
 (例:X JAPAN)
などです。そういえば http://tenbai-no.jp/ に X JAPANさんは賛同されていませんね。


本来、「有料ファンクラブ」という仕組みをファンマーケティングの中心に置くこと自体、時代遅れです。

ファンクラブ会誌がアーティストの貴重な情報源だった80年代、90年代ならともかく…
今やアーティストはtwitter、インスタ、ブログ、Facebook、ニコ生、Youtubeと
「インディーズからメジャーまで」
「リアルタイムに」
「無料で」
「全世界に発信」
できるわけで、そこで有料FCを情報提供の囲い込みや
ライブ参加への事実上のハードルとして設けている現状はやや疑問です。
コアファンのマネタイズ手段としての有料課金は確かに有効ですが…


このあたりは、日本のライブ産業・音楽産業における業界構造的な問題です。
市場全体の成長に対して目を向けることができるプレイヤーがいない。