ご無沙汰しています。和繁電気鉄道で投稿している小笠原和繁です。
長らく更新していませんでした。
パソコンが壊れたり、スマホでどのように書き込めばいいかわからなかったので、
わたしの近況を伝えられずにいました。
3年ぶりの更新になります。
その間、わたしは去年6月4日から、
人工透析を始めるようになりました。
おととし1月、わたしはアスペルガー症候群で通っている精神科の病院を生協さくら病院から芙蓉会病院に戻し、
あの多剤投与で有名な荒谷雅子先生に診察していたら、荒谷雅子先生から
「アナタ、このままじゃ、人工透析しなきゃいけないよ。鷹揚郷(おうようきょう)を紹介するから、行きなさい」と言われ、鷹揚郷に行き、
母もくも膜下出血で倒れたり、
冬に鷹揚郷まではバスも渋滞するから、
県病(青森県立中央病院)循環器科の腎臓専門外来に転院したりしていましたが、尿タンパクが改善せず、
県病の先生から
「家にも比較的近くだから、北川ひ尿器科
クリニックに人工透析の紹介状送ったから」と言われ、
前にも通ったことがある北川ひ尿器科に
転院しました。
そしたら、水分を増やしたために体がだるくなり、
寝てもまた眠くなり、1日4度も昼寝したり、
あげくの果てには呂律が回らず、
母と口喧嘩ばかりしていましたが、
それらはすべて、わたしの屁理屈でしていたことでした。
去年5月に、まず左腕に透析のために血管に埋め込むシャントと呼ばれる人工血管を埋めルオペ(手術)を受けました。人生初のオペは、麻酔をかけられ、意識がトロ~ン
としたし、看護師がわたしを羽交い締めに
している様子が見えました。
やがて、状態は悪化し、6月4日、北川から「入院してください」と連絡を受け、
即入院し、即日、人工透析を開始しました。
じつは、左手のシャントが「死んでいた」(使えなかった)ために、事前に右腕や肩にもシャントを埋め込んでいて、
血管を見れるエコーを使うと、右腕ならいけるというので、右腕に透析の針を刺してもらっています。
透析は4時間あり、今でも長く感じますが、音楽プレイヤーのD-snapを持ち込み、
透析室には退屈しないようにシャープのアクオスのテレビがベッドについていて、そのテレビがフジテレビ系列のuhb(北海道文化放送)が見れるので、飽きません。
しかし、透析したのは、自分がたくさん水を飲み、
「友達が精神科の薬でのどが渇くって言ってるんだ!」と両親に食って掛かっていたことと、
身体に気を付けずに太りすぎたし、
外食しすぎたことが降りかかって透析に至ったのはわかります。
わたしも至らない人間でした。
母も、「お前のしていることは、生きるための最終手段だ」と言っていますが、
つくづくわたしは、親に迷惑ばかりかけ、不幸にしてしまい、自分から生きにくくしていると感じます。
でも、透析していても、小旅行はしています。
5月5日、十鉄バス(十和田観光電鉄バス)に乗り、七戸町のレールバスに会いに、
七戸案内所から南部縦貫鉄道の七戸駅まで往復20分かけて歩いたりしました。
七戸から十和田市の官庁街通りの桜にも会いに行きました。
病気を抱えて、元気を失くしているわたしは、ピンクの桜を見て、束の間の幸せに出会えました。
青森はまだ蕾も膨らんでいなくて、
十和田は満開で、キレイ以上の美しさでした。
3年ぶりにblogを更新して、近況を伝えられて、うれしいです♪♪♪
Android携帯からの投稿
長らく更新していませんでした。
パソコンが壊れたり、スマホでどのように書き込めばいいかわからなかったので、
わたしの近況を伝えられずにいました。
3年ぶりの更新になります。
その間、わたしは去年6月4日から、
人工透析を始めるようになりました。
おととし1月、わたしはアスペルガー症候群で通っている精神科の病院を生協さくら病院から芙蓉会病院に戻し、
あの多剤投与で有名な荒谷雅子先生に診察していたら、荒谷雅子先生から
「アナタ、このままじゃ、人工透析しなきゃいけないよ。鷹揚郷(おうようきょう)を紹介するから、行きなさい」と言われ、鷹揚郷に行き、
母もくも膜下出血で倒れたり、
冬に鷹揚郷まではバスも渋滞するから、
県病(青森県立中央病院)循環器科の腎臓専門外来に転院したりしていましたが、尿タンパクが改善せず、
県病の先生から
「家にも比較的近くだから、北川ひ尿器科
クリニックに人工透析の紹介状送ったから」と言われ、
前にも通ったことがある北川ひ尿器科に
転院しました。
そしたら、水分を増やしたために体がだるくなり、
寝てもまた眠くなり、1日4度も昼寝したり、
あげくの果てには呂律が回らず、
母と口喧嘩ばかりしていましたが、
それらはすべて、わたしの屁理屈でしていたことでした。
去年5月に、まず左腕に透析のために血管に埋め込むシャントと呼ばれる人工血管を埋めルオペ(手術)を受けました。人生初のオペは、麻酔をかけられ、意識がトロ~ン
としたし、看護師がわたしを羽交い締めに
している様子が見えました。
やがて、状態は悪化し、6月4日、北川から「入院してください」と連絡を受け、
即入院し、即日、人工透析を開始しました。
じつは、左手のシャントが「死んでいた」(使えなかった)ために、事前に右腕や肩にもシャントを埋め込んでいて、
血管を見れるエコーを使うと、右腕ならいけるというので、右腕に透析の針を刺してもらっています。
透析は4時間あり、今でも長く感じますが、音楽プレイヤーのD-snapを持ち込み、
透析室には退屈しないようにシャープのアクオスのテレビがベッドについていて、そのテレビがフジテレビ系列のuhb(北海道文化放送)が見れるので、飽きません。
しかし、透析したのは、自分がたくさん水を飲み、
「友達が精神科の薬でのどが渇くって言ってるんだ!」と両親に食って掛かっていたことと、
身体に気を付けずに太りすぎたし、
外食しすぎたことが降りかかって透析に至ったのはわかります。
わたしも至らない人間でした。
母も、「お前のしていることは、生きるための最終手段だ」と言っていますが、
つくづくわたしは、親に迷惑ばかりかけ、不幸にしてしまい、自分から生きにくくしていると感じます。
でも、透析していても、小旅行はしています。
5月5日、十鉄バス(十和田観光電鉄バス)に乗り、七戸町のレールバスに会いに、
七戸案内所から南部縦貫鉄道の七戸駅まで往復20分かけて歩いたりしました。
七戸から十和田市の官庁街通りの桜にも会いに行きました。
病気を抱えて、元気を失くしているわたしは、ピンクの桜を見て、束の間の幸せに出会えました。
青森はまだ蕾も膨らんでいなくて、
十和田は満開で、キレイ以上の美しさでした。
3年ぶりにblogを更新して、近況を伝えられて、うれしいです♪♪♪
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