またも、ため息が漏れるような光景だった。

 環太平洋経済連携協定(TPP)承認案と関連法案が、衆院特別委員会で与党と日本維新の会の賛成多数で可決された。

 民進、共産両党の議員が委員長席を取り囲み、「強行採決反対!」の紙片をふりかざして、「ダメだ」「認めない」と叫び、怒号が飛び交った。

 それにしても嘆かわしいのは、紛糾の原因となった山本有二農水相の軽々しい言動だ。

 山本氏は先月半ば、佐藤勉・衆院議院運営委員長のパーティーで「強行採決するかどうかはこの佐藤勉さんが決める」と発言。行政府の担当閣僚が立法府の議運委員長に強行採決を求めるかのような態度を批判され、発言の撤回に追い込まれた。

 それなのに今月1日には、自民党議員のパーティーで「こないだ冗談を言ったらクビになりそうになりまして」と自らの発言を笑いのネタにした。さらに会場の農協関係者に対し「明日でも農林省(農水省)に来ていただければ何かいいことがあるかもしれません」と利益誘導まがいの言葉まで口にした。

 発言の軽率さだけではない。山本氏は特別委の審議で、官僚の用意した答弁を棒読みする場面が目立った。

 閣僚としての資質が厳しく問われて当然だが、巨大与党は「数の力」で野党が求める閣僚辞任をはねつけた。

 与党は結局、山本農水相を守ったうえで採決を強行した。安倍首相はあの現場をどんな思いで見ただろうか。

 首相は先月の衆院特別委で「わが党においては結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」と、国会の歴史を踏まえない独自の考えを披露していた。きのうも「強行」ではなかったと言うのだろうか。

 TPP承認案と関連法案の対象は広範囲に及び、国民の暮らしに深くかかわる。

 だからこそ、その中身の徹底審議が求められるのに、衆院段階の審議はまだまだ十分とは言えない。

 なかでも、消費者の関心が高い「食の安全」では多くの論点が積み残された。牛肉や豚肉の輸入に関しては、農家の収入減を交付金で補填(ほてん)する制度を拡充する法案が出されているが、これらは適切なのか。海外に進出した企業が不当な扱いを受けた場合に相手国を訴える「ISDS条項」でも、米国企業による訴訟乱発への懸念が強い。

 こうした論点について、来週以降の参院審議で、与野党の核心を突いた議論を期待する。