海上保安庁の巡視艇を用いて可搬基地局の運搬訓練 |
東日本大震災以降、通信事業者の災害対策はこれまで以上に深く考えられるようになりました。海上保安庁とソフトバンクは2014年12月25日に、そしてNTTドコモとKDDI(au)とは2015年3月6日に「災害時における通信の確保のための相互協力に関する協定」を締結。
これにより、海上保安庁とこれら大手携帯電話会社3社が協力して災害により離島などでスマートフォン(スマホ)を含む携帯電話やタブレットなどの情報機器による通信ができない時、巡視艇などにより通信資機材を運搬するなどして、通信手段を確保することになっています。
海上保安庁で東北地区を管轄する第二管区海上保安本部がその一環として2回目となるこれらの3社との巡視艇を使った共同訓練を11月2日に実施しました。
昨年行われた前回の訓練では、巡視艇に可搬基地局など通信資機材を積載するだけの訓練でした。そこで出た課題を元に各社が改善を加え、今回は可搬基地局を積載した後実際巡視艇を出港させ、外洋に出た後再び港に戻ってきて、戻ってきた港を被災地と仮定した状況で、可搬基地局の設置作業を行う訓練を行いました。
訓練は3社順番に行われ、KDDIが9時から、NTTドコモが12時から、ソフトバンクが13時40分から訓練を行いました。今回は午前中に行われたKDDIの訓練を中心にレポートします。
朝9時には3社の各技術者が宮城県塩竈市の塩釜港に集まりました。午前中はKDDIの訓練でしたが、他社がどのように基地局を運搬・設置するかノウハウを共有するため、朝からすべての事業者が集まり、KDDI以外の事業者は、KDDIの基地局運搬・設置の様子を見学しました。
まずは基地局の積載です。巡視艇しらはぎには岸壁からタラップが設置されました。機材の落下防止のためネットなどが設置されています。積載で大変なのは潮の干満。午前中は潮が引く時間ということで、このように船が低い位置になっていました。
これは積載時の写真ですが、この後の積み卸しの時間はさらに潮が引いてタラップの角度が急になっていました。そうなるとより慎重な作業が要求されますし、持ち運びに力が必要になります。こうした訓練を行わなければ、このような難しさは分かりません。
KDDIは過去の訓練での反省を元に、基地局の積載方法を工夫していました。まず基地局を上に載せるパレットを用意し、その上に大きいビニールシート(水濡れ防止用)を被せ、ビニールシートの上に箱や袋に小分けにされた基地局を載せます。壊れないよう全体を毛布でくるんだ後、下に敷いていたビニールシートでくるみ、パレットごと一気にまとめて基地局を固定しました。非常にコンパクトにまとまり、船の柱にしっかり固定されていました。
今回使用された巡視艇しらはぎはCL型と呼ばれる船で、宮城海上保安部が所有する船の中では一番小さい船です。このタイプの船は第二管区海上保安本部管轄の海上保安部・保安署がすべて持っている船なので、この船に積載できれば、これよりも大きい船でも積載できるというわけです。また、東北地域は小さい島が多いため、この船が一番小回りが利いて現実的に利用しやすいのだそうです。
この小さい巡視艇に載せるためにはコンパクトに積載できなければならず、なおかつ波が高くても荷崩れしないように、しっかりと固定できなければなりません。そのため通信事業者各社は知恵を絞ってコンパクトで安全な積載方法を考えて来ていました。積載時間も30分程度と非常に短時間でした。
KDDIの積載はNTTドコモとソフトバンクの技術者もそれぞれ見学しており、KDDIの関係者に方法を細かく問い合わせる場面もありました。ライバルである3社ですが、携帯電話は公共インフラです。公共インフラの復旧のためには各社が力を合わせなければなりません。そのため、こうしてノウハウを共有し合っているのです。
今回は初の試みとして、実際に巡視艇を出港させ、外洋に出ました。波があっても荷崩れが無いかどうか、水濡れなどが無いかどうかを確認できるわけです。
数十分後、巡視艇は無事帰港。KDDIの可搬基地局は荷崩れも無く、機材の故障などもありませんでした。
その後港を被災地と見立てて、実際に可搬基地局の組み立てが行われました。携帯電話のバックボーンは大抵光ファイバー網ですが、そうした回線は地震や津波、大雨、土砂崩れなどで寸断されている可能性もあります。その場合は衛星回線をバックボーンとして利用するため、衛星アンテナが必要となります。こうしたアンテナは以前は丸いまま運んでいたそうですが、それだと持ち運びが大変です。
KDDIの衛星アンテナは6分割できるようになっていて、1枚1枚のアンテナがスリット状になったカバンにコンパクトに収納可能となっています。分割されたアンテナはこうして被災地で組み立てられます。
その後ユーザーの携帯電話電波をつかむアンテナが設置されます。アンテナポールを支える部分は自動車のタイヤで固定できるようになっていました。今回は平らな場所だったのでこの方法が使えましたが、被災地で可搬基地局を設置する場所がデコボコしていたり斜面だったりする場合は、ペグを打って固定するそうです。
こうして積み卸しからわずか30分程度で可搬基地局の組み立てが完了。基地局自体も以前より非常にコンパクトになったそうです。この基地局は実際岩手県岩泉町での台風災害の時も活躍したそうで、今後も災害時に稼働することとなりそうです。
訓練終了後はライトバンに可搬基地局を片付けていましたが、その積載も非常にコンパクトだったため、他社の技術者がKDDIの技術者に車への積載方法を聞く場面もありました。こうしたノウハウも各社で共有されていきます。
実際に積載から乗船、積み卸しと組み立てまで担当したKDDI仙台テクニカルセンター課長補佐石井輝男氏は「荷崩れも無く、外洋でも安定航行できました。荷物を落としたら水没してしまうので、いつもより慎重に作業しました。実際の基地局設営は衛星電波をつかむ時間もあるので1時間くらいを想定しています。携帯電話はライフラインの一つですので、1秒でも早くつながるように頑張りたいです」と訓練の感想を語りました。
船への基地局の積載は想像以上に難しく、これは訓練を重ねなければうまくできないということが、実際に見てよく分かりました。また、普段はライバルの通信事業者3社がノウハウをすべて公開し、それぞれ情報共有し合っているのが素晴らしい試みでした。今後も海上保安庁と通信事業者3社が協力し、より良い災害対応ノウハウを蓄積してほしいと思います。
記事執筆:こば
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