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時論公論

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「憲法を学ぶために」(時論公論)

清永 聡  解説委員

11月3日は「文化の日」。日本国憲法が公布された日です。今年は公布から70年です。憲法をめぐっては国会で議論が続けられていますが、一方で、市民が憲法について考える機会は多いと言えるでしょうか。また、憲法の催しに対する自治体の姿勢も消極的に見えます。
公布から70年。憲法を学び、議論を活発にするために求められることは何かを考えます。

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【解説のポイント】
解説のポイントは2つです。
1つめは憲法を知る機会です。NHKの調査では、憲法に関する催しを主催する自治体は一部にとどまっていました。
2つめは、憲法を学ぶ場となる公共施設について。その理念と多様な議論の大切さを考えます。

【公布された憲法】
70年前のこの日、日本国憲法が公布されました。
皇居前の広場には10万人が集まり、昭和天皇とともに公布を祝いました。
憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、そして平和主義を掲げ、戦後日本の出発を象徴するものとなりました。
祝賀会で吉田茂首相と乾杯しているのは、憲法担当の国務大臣だった金森徳次郎です。憲法学者でもある金森は、国会で憲法に関する答弁を一手に担い、大きな役割を果たしました。その金森は70年前の11月3日に体験したという、ある出来事を書き残しています。

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当時、金森は自宅を空襲で失い、畑を耕しながら仮住まいの家で暮らしていました。そこに、11月3日の朝、見知らぬ老人が訪ねてきます。彼は涙声でこの憲法ができた喜びを語り、名乗らないまま、当時、貴重だったビール1本とスルメ1枚を置いていったということです。(「憲法うらおもて」より)
こうしたエピソードや当時の映像から、憲法ができたことを当時の国民が大きく歓迎していたことが分かります。

【『憲法もっと考えたい』の声】
今、衆参両院は、与党と憲法改正に前向きな勢力が、改正の発議に必要な3分の2を占めています。
こうした中で、衆議院の憲法審査会は今月10日に再開されることになり、今後の議論が注目されています。

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一方で、国民の間ではどうでしょうか。4月に行った世論調査では「ふだん、憲法について考えたり話し合ったりすることがどの程度あるか」という質問に「あまりない」と「まったくない」が半数を超えました。
一方で、「こうした機会を増やしたいか」と聞いたところ、「おおいに増やしたい」と「ある程度増やしたい」を合わせておよそ6割に上っています。
調査から見えるのは「あまり話し合ったことはないが、本当は憲法についてもっと考えたい」という人が多いことです。
仮に、憲法改正が発議された場合、最終的に私たちの国民投票で決まります。そのためにも、まずは憲法を知ることが大切です。

【自治体主催の憲法催しは2割未満】
そうした身近な機会の1つが、地元の自治体による憲法の催しです。
新潟市は毎年「憲法記念市民のつどい」を開いています。新潟市では、およそ40年この催しが継続しているということです。
名古屋市では子ども向けにクイズ形式で憲法について知ってもらう教室を開いています。
実は、自治体が主催するこうした憲法の催しは、一部にとどまっています。

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NHKは4月に全国の都道府県と県庁所在地の市など121自治体にアンケート調査を行いました。「昨年度、憲法に関する講演会やイベントなどを自ら主催した」と回答したのは、調査対象の19%にとどまりました。8割以上が「主催していない」と答えています。
これだけ少ないのは、なぜなのでしょうか。ある自治体は取材に対して「政治的な中立が求められるため難しい」と話していました。

【グループや団体の催しは】
一方で、市民グループや各団体なども、護憲・改憲の立場から各地でイベントや学習会などを行っています。
しかし最近、公共の場での言論活動をめぐり、自治体側とトラブルになるケースが少なくありません。

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兵庫県姫路市では、去年、組合が広場で開いたイベントで、政権を批判する寸劇やビラの掲示が行われた後、市が中止を求めて催しが打ち切られました。
また、さいたま市のある地区ではサークルが多数決で選んだ俳句が地元の「公民館だより」に掲載されてきましたが、一昨年、「九条守れ」という言葉が入った句が、掲載を拒否されました。
いずれも「憲法に反する」として裁判になります。
このうち姫路市は憲法違反を認めて謝罪したため、訴えは取り下げられました。一方、さいたま市は「公民館だよりの編集や発行は、公民館長に権限がある」などと主張し、今も裁判が続いています。

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取材するとほかにも、チラシなどを置くことを自治体に断られるケースがありました。また、憲法改正をめざす団体によりますと、計画していた催しが中止になったことがあるということです。さらに、憲法に関するイベントの後援が複数の自治体に断られたケースもありました。
個別に事情はありますが、全体として自治体の腰の引けた対応が目立ちます。

【公民館の理念とは】
しかし公共施設、特に市民が使う公民館の理念は、もともとまったく逆です。
現在の公民館の運営が定められたのは、憲法公布と同じ昭和21年。

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当時の文部省の要綱は、公民館の運営について「民主主義的な訓練の実習場であるから、館内においては性別や老若貧富などで差別待遇することなく、お互いの人格を尊重し合って、自由に討議談論する」ことなどを求めています。また、社会教育法も人々の学びや育ちなどを支援することが公民館の目的としています。
しかし最近は、政治的中立に配慮するあまり、「できれば関わりたくない」「何もしない方がいい」と考えていないでしょうか。
それは市民の学ぶ場を奪うだけではありません。もし、中立という名目で口を閉ざすことが繰り返されれば、社会全体が、憲法を語りにくくなってしまいます。
そもそも公務員には、憲法を守る義務があります。自治体は自由な議論の場を提供して国民の知る権利や学ぶ権利、さらに表現の自由などにも応えていくべきだと思います。

【「自分のこと」として多様な議論を】
70年前の憲法担当国務大臣だった金森徳次郎は、公布後の講演で、次のように話しています。

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「政府がこの憲法の責任を持つというわけではない。議会が責任を持つというわけではない。国民のつくった(る)憲法であり、国民の責任によって行われていく憲法である」(「新憲法大観」より)。
金森は国民に、憲法を自分のこととして考えてもらいたいという思いを強く持っていました。それは憲法が国家のためではなく、個人の権利を守るため存在するからに、ほかなりません。
私たち市民も原点に帰って、憲法が果たしてきた役割を見つめ、その上で改憲・護憲について機会を設けて学び、多様な意見を交換して自由に議論する。
それが公布から70年の今、求められていることではないでしょうか。

(清永 聡 解説委員)

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