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黒田日銀総裁の「敗北宣言」は新たな戦いの始まり

JBpress 11/4(金) 6:45配信

 日本銀行は11月1日の金融政策決定会合で、インフレ目標2%の達成時期を「2018年度ごろ」に先送りした。これは2018年4月~2019年3月という意味だから、黒田総裁の任期である2018年4月までの達成を断念したことを意味する。事実上の無期延期で、黒田氏の「敗北宣言」である。

マネタリーベースと為替レートの推移(グラフ)

 これ自体は驚くべきことではない。当コラムでも、黒田総裁の就任当初から「2%の達成は不可能であり、インフレ目標に期限を設けるのはナンセンスだ」と指摘してきた。インフレ目標は中央銀行の裁量を制限するために設けるもので、それを積極的に実現するものではない。まして日銀が「インフレ期待を押し上げる」なんてできるはずがなかった。

■ 「量的・質的金融緩和」の失敗は予想通り

 2013年4月に日銀総裁に就任した黒田氏は「2年でマネタリーベースを2倍にし、2%のインフレ目標を実現する」という量的・質的金融緩和(QQE)
を宣言した。 これは当初はうまく行っているように見え、日銀の指標とするコアCPI(生鮮食品を除く消費者物価上昇率)は、2014年前半には1.4%まで上がった。しかしその後は下がり、最近はマイナスだ。

 この原因は簡単で、QQEの成功も失敗もすべて円安(ドル高)によるものだ。初期に物価が上がった原因はドル高による輸入インフレだが、これは一時的な効果なので、為替レートが安定すると物価も上がらなくなった。

 円安で輸出企業の収益も上がったが、この効果も一時的なものだ。円安もマネタリーベースとは無関係で、図のように最近は逆相関になっている。

  (*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで図をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48304)

 以上はほとんどの経済学者が予想した通りで、しいていえば初期に「偽薬効果」で株価が上がったことが唯一のサプライズだが、これも一時的な効果だった。今後の問題は、GDP(国内総生産)の8割以上に積み上がったマネタリーベースをどうやって縮小するかという出口戦略
である。

■ 負け方を知らなかった日本軍

 QQEは、大胆な緩和宣言で市場を驚かす「奇襲作戦」で、初期には成功した。75年前の1941年12月、山本五十六司令長官の率いる連合艦隊が、真珠湾でアメリカ海軍の太平洋艦隊を撃破したとき日本国民がこぞって拍手を送ったように、「リフレ派」の自称エコノミストは勝利を宣言した。

 しかし1つの作戦で勝つことと、戦争に勝つことはまったく別だ。軍令部(海軍の最高意思決定機関)も真珠湾攻撃に反対したが、山本は「真珠湾作戦が不可なら長官を降りる」と主張して、軍令部を押し切った。

 このような短期決戦の場当たり的な作戦は、日本軍の体質的な欠陥である。それは日本が第1次世界大戦以降の総力戦
を経験していないがゆえの未熟な作戦で、桶狭間の奇襲のように1つの作戦で敵を倒せる前近代の戦略思想だ。 真珠湾は宣戦布告しないで行った奇襲作戦で、成功したのは当然だったが、国民はこれを日本軍の実力と錯覚した。山本は翌年のミッドウェー作戦では短期決戦に失敗し、ガダルカナルでは惨敗を喫した。彼の撤退は遅すぎたが、しないよりはましだった。

 日本経済も、短期決戦で回復させることはできない。黒田総裁は「日銀がインフレ期待を高めれば実際にインフレが起こって景気がよくなる」という奇妙な経済理論を信じていたようだが、そんな理論を提唱する経済学者は世界のどこにもいない。

 デフレの原因は、潜在成長率の低下である。その最大の原因は労働人口の減少だが、それに次いで重要なのは日本企業の制度疲労
である。日清・日露戦争のころは戦果を上げた日本軍が総力戦には勝てなかったように、高度成長の環境に適応してできた組織も、環境が変わると生産性が落ちる。 短期決戦と違って、長期の持久戦では戦力を維持することが重要だ。1つの作戦で勝っても、次の作戦で戦力を失ったら戦争は戦えない。そのとき新たな装備を建造する経済力とともに、作戦が失敗したら次は変更して損害を最小化するダメージコントロール
が重要だ。 ところが日本軍は「必勝の信念」があれば負けないと信じていたので、ダメージコントロールを知らなかった。それを考えたら弱腰と見られるので、指導者は撤退の作戦を考えなかった。兵士には捕虜になったときの教育をしなかったので、捕虜になると秘密をぺらぺらしゃべった。要するに、日本軍は負け方を知らなかったのだ。

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最終更新:11/4(金) 7:00

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