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図に乗る!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月 3日(木)19時08分37秒
編集済
   追記です。

 「図に乗って“我”を構えだした」人間が出てきた時から、もうその組織や人間は崩壊が始まっているのかもしれません。

 上慢、我慢、無慚が「三失心」だと仰せです。「無慚」、つまり「恥知らず」を「不信」だとも定義付けておられます。自らを返りみない恥知らずは、結局、「不信」と同じなのだとの仰せと拝せます。


 

今年の流行語大賞に大きな変化が?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 3日(木)18時52分43秒
  ポケモンGO!も会館GO!も、社会悪と認識され始めて排除!

なんと!ピコ太郎のAAPAが、急浮上の勢いで、ダントツになりつつあります。

便1も、ダーティーゲームで混戦となり、初体験の年上彼女が現れて万事休す?
犯った相手が多人数のため収拾がつかないとは法匪公達の弁。それもこれも法難と捉えて頑張って~下さいね(-_-)
 

どうしていいか分からない!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月 3日(木)18時36分30秒
  >4人組は別として、他の現場幹部は方向を間違えているだけで、悪気はないことに気がつきました =中略=

 最高幹部には宿板で糾弾、諫言していくことが大事と思っています
どちらも会員第一の慈悲から発していかなければ、同じ穴の狢であるとの自省を忘れないようにしたいと思っています(投稿者:世界の希望!   投稿日:2016年11月 3日(木)13時02分47秒)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59200

 そうなんです。先生が表に出られなくなって、これはもう、引き潮のような、各段の組織低調になってきていることは現場幹部もひしひしと感じているはずです。でもこれから、どうしていいか分からないのです。分からないまま、打ちだしに身を任せてしまっているのです。
 “お花畑”信仰なんて揶揄もありますが、“お花畑”は綺麗です、清浄です、心が癒されます。この清浄な組織だけは護りたい、破壊したくない。だからこそ、何をしていいのか分からないのです。方面幹部とて同じだと思います。その清浄な組織を利用して、使いたい放題にしているのが今の状況ではないのでしょうか。

 この清浄な組織がどうしてできたのでしょう。池田先生の指揮の下、やれ子供だましだ、やれ綺麗ごとを言うな、等々の中傷を会員が耐え抜いてきたからではないですか。私たちの世代は、水を掛けられた、塩をまかれた、などの極端なものはありませんでしたが、それっきり、付き合いがなくなったというのはあります。
 セミナーの後の“車座”で、「どう感じられましたか」、と新来の飲み屋のネェちゃんに向けたら、会合の始まりの学会歌の指揮に、よく酒も飲まずにあんなことできますね、なんて好評(?)もあったものです。

 最高幹部はもちろん、中間の幹部も、“図に乗る”様相が深まってきてしまっています。だから、“お花畑”指導が多いのです。それしかできないのです。これが現場に移って、旧態依然の畜生・修羅の衆生の手に委ねられると、もう会員は、牛、豚扱いのような扱いになってしまいます。池田先生の指揮の下では、まだこれも吸収されてきましたが、もういけません。

 どうも、図に乗って“我”を構えだしたところから、人間はおかしくなるようです。それは、「図」の崩壊でもあるようです。
 何をしたらいいのか。これを模索しています。結局、「一対一」ですかねぇ。


 

戦艦武蔵

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月 3日(木)18時31分26秒
  中公新書。2016年7月。一ノ瀬俊也。先生の御指導では、往年の帝国陸軍の幹部の慢心を指摘されることが多かった。例えば、インパール作戦。大艦巨砲主義の花形戦艦武蔵と帝国海軍の増上慢を描いた研究が、これ。海軍は善玉ではなかった、戦後、阿川弘之が評伝小説で描いたように。幹部の慢心、独善を、戦後生まれの研究者、一ノ瀬氏が多くの文献を紐解いて丁寧に後付ける。糾弾の口調ではないなぁ。  

原島 俺は「小池田」!傲慢(笑)

 投稿者:通行人  投稿日:2016年11月 3日(木)18時22分33秒
編集済
  原島は、教学力を鼻にかけ、あちらこちらで自らを「小池田」と自画自賛してたんでしょう。地元の方の証言もある。もっと酷いのは、その原島を「おかしい!」と指弾した人を、疎んじて要職から排外させたのはどの周辺の人々だったのか?

自分たちの周辺のことを曖昧に放置し、野放しにしている姿勢が良くない。

「ずっと(当時)30年間見てきたが、ラインで頑張っている人が一番大切で貴い。うまく泳いでいる人はどうでもよい。仏法絡みれば下根である。組織のうえで苦労し頑張っているのが最高の仏道修行である。ラインで戦うということは、これ以上の苦しいものはない。名声も財産も永遠に蓄積はできない。今世だけのもので永遠に持ってゆくことは出来ない。信心、学会活動に苦しみ戦った福徳は永遠に自分の生命に刻まれている。これを確信するのが仏法である。」
1986年5月27日 本部新館にてのご指導

「幹部は、学会員が皆純粋に動くから安易に考えてしまう。いつしか誰からも信用されなくなってしまう。会員を守ることが組織の大前提である。人の意見を聞いた分、利口になる。ひとりよがりの慢心で心が盲目になり、自分でわからなくなってしまうから(先生の)指導が必要なのだ。簡単に人を動かしてはいけない。仏の生命を守っていくのが学会だ。一人の幹部の愚かな判断から全軍の敗北になる時もある。会員の方々に対しては、誠実に接していくんだ。ひとりよがりではいけない。皆の意見をよく聞いていく、これが基本である。」1994年7月29日 長野でのご指導。

〝幹部〟の「愚かな判断」が将来に何をもたらすかを心配され、厳しく戒めておられます。

現場の組織の現状への対応について「皆の意見」聴いてますかね?
私の周辺に限るのかもしれないが、そうは見えないな~。

何が問題なの?聖教も目標達成してるし、折伏もそこそこ出来てるし、SGIも発展しているじゃないか?
人材が出ないのは現場の訪問が足りないのだろう?

瞬間的にそう閃くある程度高位の〝幹部〟の皆さんは残念です。




 

信濃町の人びと様

 投稿者:愛読者  投稿日:2016年11月 3日(木)17時45分58秒
編集済
  大B長の件については、おっしゃる通りです。
申し訳ございませんでした。
 

Re:【考えることは大事 】【気づくか気づかないか、はもっと大事】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 3日(木)17時45分23秒
  一無冠様
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59106

その通りですね。教学部レポート、遠藤文書ともに、内容の通りに拙速かつ乱脈(笑)な教義変更が実行されました。
cf
【教学部レポート】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=10270
【遠藤文書】
http://sgi-shiteifuni.com/?p=2096

また、直弟子メッセージ捏造、11.17会則変更によるクーデター人事、査問と除名、粛清の事実など。池田先生の指示やお心に反するものばかりです。

>>本部内の告発、漏えい文書の内容が実際実行されているか、事実(実態)はどうなのかを一つ一つ検証していけば答えが出て来る<<

>>何のための会則変更、教義変更、ご祈念文の変更なのか…<<

>>聖教の見出しに「原田会長と共に」、メッセージに原田会長を「直弟子」はおかしくないですか?私はこの掲示板は良い意味での「気づき」になっています。<<
 

【悪意のデマを放置してはいけない。 「それはウソだ!」と叫べば、悪は破れる。何ものも恐れず、真実を叫びきっていくのが学会精神である】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 3日(木)17時08分50秒
編集済
  「愛読者様」のご意見にやや違和感があります。

某氏の言論は原島等の流したデマが大元でしょう。
それを笑って放置していたのが、秋谷元会長です。だから、池田先生は秋谷氏を本部幹部会の場でぶった切りしたのです。

>>明らかな偽札に騙される人はいませんので、大B長がごとき「先生批判」は相手にしません。<<

池田先生のご指導を心肝に染めて行かなければ、いつかきた道、いや、第六天の魔王はもっと巧妙に騙してきます。悪を見破ることが出来なければ、悪に食い破られます。

*********************

池田大作全集88巻より
神奈川・海外代表者協議会 (1997年9月15日)


大聖人は、次の経文(涅槃経)を、繰り返し、繰り返し引いて、強調なされた。

「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり」

――もし仏法者が、法を破る者を見ておきながら、そのまま放置して、相手の非を厳しく責めず、追い払わず、はっきり罪を挙げて処断しないのであれば、まさに知るべきである。この仏法者は仏法の中の怨敵である――。

悪を見て、放っておいてはならない!
傍観する者は仏敵となる!
断じて戦え!――と。

たとえば、悪意のデマがある。「それはウソだ!」と叫べば、悪は破れる。黙っていれば、その臆病に悪はつけこむ。

正義を叫ばずして、「広宣流布」ができるはずがない。


何ものも恐れず、真実を叫びきっていくのが学会精神である。それが草創期の学会の強さであった。だから、ここまで広宣流布ができた。

今こそ、その精神が必要なのである。
 

バッジオさんのエピソード

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 3日(木)15時49分12秒
  ある未活動家の男子部がイタリアに旅行に行ったそうです。
「せっかく来たんだから、まあ、イタリアの会館によってみるか」
と気軽に寄ってみたそうです。すると、中の仏間に通され、
そこに一人の男性がお題目をあげていたそうです。

「じゃ、俺も少しやろうかな・・」と、後ろについてあげた
そうです。それから、4時間その男性はあげ続けて「いつ終わる
んだろう」と思いつつ、そのまま一緒に5時間あげたそうです。
終わってその男性が振り向いたら、なんと R・バッジオさん
だったんです。

バッジオさんは、男子部に「日本は今どうですか? 選挙で大変では
ないですか?」など、質問をしたそうです。しかし、男子部は、
未活動家だったので、答えることができなかったそうです。
するとバッジオさんは、「私はゲ-ムがないときは、5時間お題目を
あげます。そして、イタリアから、国際電話で選挙をお願いしています。」
とおっしゃったんです。その男子部は、バッジオさんに触発され、今は、
一級の活動家に変身し、がんばっているそうです。
 

本物に近い偽札です。タチが悪い最高幹部の例。その①

 投稿者:通行します  投稿日:2016年11月 3日(木)15時40分7秒
  >たちが悪いのは、本物に近い偽札です。騙されているとも知らずに利用し、罪を犯してしまいます。騙されるほうも悪いですが。
だからこそ、虚と実をない交ぜにした「先生利用」は許せません。大いに怒ります。<

http://6027.teacup.com/situation/bbs/55479

http://6027.teacup.com/situation/bbs/41405

http://sgi-shiteifuni.com/?p=1249
 

サッカーのバッジョ氏に平和サミット賞 日本被団協には特別賞

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 3日(木)15時39分28秒
   広島市は9日、ノーベル平和賞受賞者世界サミットに参加する歴代受賞者が選ぶ「平和サミット賞」の受賞者に、イタリアの元サッカー選手ロベルト・バッジョ氏が決まったと発表した。今年のサミットは「核兵器のない世界」をテーマに12~14日に広島市である。広島開催を記念した今回だけの特別賞は、日本被団協に贈られる。

 授与式はサミット最終日の14日、中区の平和記念公園である。バッジョ氏本人と日本被団協の坪井直代表委員が出席する。

 バッジョ氏は、現役時「イタリアの至宝」と呼ばれた人気選手。主催するサミット事務局(ローマ)によると、国連食糧農業機関(FAO)親善大使の活動や、ミャンマーの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー氏解放運動への功績が授賞理由という。

 特別賞の授賞理由について、サミット事務局は「原爆や戦争の惨禍を経験し、その耐え難き苦しみから現在と未来に対して警告を与え続けている功績」としている。

 坪井氏は「すべての被爆者への賞と受け止めている。これを励みに命ある限り核兵器廃絶に向けて活動する」と話した。日本被団協は4度、ノーベル平和賞候補に推薦されている。

(2010年11月10日朝刊掲載)
 

ツイッターより、11.12横浜座談会、本部職員横領疑惑→疑惑でなく使い込みにより丹治一派15名の左遷処分でしょ!

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年11月 3日(木)15時24分37秒
  botさんがんばってるね♪

本の刊行報告と、11・12「横浜座談会」への決意 - 元学会本部職員3名のブログ①
harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-60.…
11月中に刊行の見込み。本部執行部の「対話」が出来ない実態や、官僚化、独裁化した本部の実態、「平成21年の本部職員による金銭横領疑惑」など綴りました


■日時 11月12日(土)午後6時 (入場開始) ~8時15分
■場所 かながわ県民センター2階ホール
(横浜市神奈川区鶴屋町2-24-2)
pref.kanagawa.jp/cnt/f5681/p163…
■式次第
一、木本貴子さんの話
一、野口桃子さんの話
一、今後の決意と目標
一、懇談会
 

一般人さま

 投稿者:愛読者  投稿日:2016年11月 3日(木)14時07分11秒
  ご指名、痛み入ります。時間がないので端的に申し上げます。

明らかな偽札に騙される人はいませんので、大B長がごとき「先生批判」は相手にしません。

たちが悪いのは、本物に近い偽札です。騙されているとも知らずに利用し、罪を犯してしまいます。騙されるほうも悪いですが。
だからこそ、虚と実をない交ぜにした「先生利用」は許せません。大いに怒ります。

こう書くと、執行部批判に置き換える人もいるかもしれませんが、それは私の本意ではありません。これ以上「先生利用」に油を注ぎたくありません。

ためにする伝聞、妄想、虚構の積み上げは、信用性を逸します。それを重ねれば重ねるほど、信用ならぬ存在と化していきます。
 

グリグリ様~

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 3日(木)13時14分50秒
  今じっくり読ませていただきました。私には全然思いもよらない
いつも新鮮な切り口でとても楽しく読ませていただきました!
また次もよろしくお願いいたします!
 

虹と創価家族様

 投稿者:世界の希望!  投稿日:2016年11月 3日(木)13時02分47秒
  同感します

人は育てられた通り、無意識のうちに人に接します

自分は創価大学で創立者の慈悲に包まれ、楽しく活動してきました

だから、会員をただの駒としてか扱わない幹部を見ると怒り心頭です
いつもぶつかり続けて来ました

最近、その人達はそういう先輩としか縁がなく、そういう育て方しかされていないことに気がつきました

そして、その人達にお題目を送り続けました
すると、相手が変わって来ました

4人組は別として、他の現場幹部は方向を間違えているだけで、悪気はないことに気がつきました

最高幹部の皆さんには、自分達の保身の為に会員並びに幹部を間違った方向に導かないでほしいと思います

ハルメンの笛吹きではないですが、間違った方向に導くことは危険です

その意味で現場で間違った方向に進んでいる幹部にはお題目を

最高幹部には宿板で糾弾、諫言していくことが大事と思っています

どちらも会員第一の慈悲から発していかなければ、同じ穴の狢であるとの自省を忘れないようにしたいと思っています

 

ステハンへ

 投稿者:管理人  投稿日:2016年11月 3日(木)12時11分58秒
  のあ = 大B長 = 流れ者 = 一会員


管理人はどちらにも与しないと何度も表明しています。

貴殿にふさわしい板は
http://9308.teacup.com/shukubou/bbs
http://6238.teacup.com/tsurutaro33/bbs

こちらでご活躍ください。

 

愛読者様へ

 投稿者:一般人  投稿日:2016年11月 3日(木)11時17分19秒
  大B長様への反論待ってます!
創価学会、池田先生が非難されてます。
あなたが一番反論するにふさわしいかと思いますが…。
この掲示板の方々へまかせといていいのですか?
 

聖教新聞で注目に値する連載記事について

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 3日(木)11時07分26秒
  仕事柄、関わっている点で、毎週木曜日の七面の「チェルノブイリ30年の教訓」シリーズは、ためになります。
線量計もベラルーシ製が最も感度良く正確です。でも、行政ではほとんど使いません。何故?感度良過ぎるから(-_-)

本日の「日本の現実には驚きも」にある通りです。
だから、創価村業務管理は関東大震災の恐れのある危険な信濃町から、楢葉町に遷都しましょう。子供、孫も連れて創価公達が集う街。
地価は激安、余り人も寄りつかない。気兼ねなく大きな声出して勤行・唱題出来ます。

モニタリングポストが安全表示(ほとんどいい加減)しているし、政権与党の皆さんも大喜びです。創価公達が人体実験となって23世紀まで生き残って下さい。
 

信濃町の人びと様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年11月 3日(木)10時45分1秒
編集済
  >”掲示板の終焉”でしたか、よく読むとタイトルと内容にズレが。”役目を終える掲示板、その特徴は?”
みたいに書くともっと伝わったかもですね。<

おはようございます。
ご指摘ありがとうございます。
おっしゃる通りですね、タイトルで誤解させてしまい誠に申し訳ございません。

大切なのは、悪を追撃するとき慈悲の一念を持たねば、自分自身も四人組と同じになってしまいかねない事です。
怒りに囚われて、仏法者としての使命を忘れては、信心を魔に食い破られてしまいます。
なによりも池田先生の「一人ももれなく」という一念とズレてしまいます。

宿坊の掲示板は、間違いなく四人組に直接意見が届きます。
だからこそ、掲示板を大切にしなければなりません。

他の掲示板にも投稿してきましたが、慈悲の一念なき書き込みが民意を離れさせ、良識ある投稿者も去り、その掲示板は終焉を迎えました。
宿坊の掲示板も同じようにしてはなりません。
そのためにも「悪人成仏」「皆成仏道」を忘れてはいけないと、自身を戒めています。

仏子を切り捨てる四人組は、必ず滅び去ります。
しかし、怒りのあまり自身が人を切り捨てるようになってはいけないと思います。

慈悲の一念を持った悪の追撃ほど強いものは御座いません。

「もしも将来、原理原則を踏み外すような幹部が現れたならば、断じて許してはいけない。異体同心の革命児の弟子たちが、猛然と戦い抜いて、三代の正しい軌道へと戻していくのだ。」

池田先生がおっしゃる通り、徹底して四人組を諫め追撃しましょう!



 

悪に対して大いに怒れ!

 投稿者:八風  投稿日:2016年11月 3日(木)10時21分7秒
  会長だろうと主任副会長だろうと幹部だろうと悪いやつは悪いのだ!
徹底して悪を追撃することが先生の指導である。

法華経の智慧第5巻より

名誉会長 :
大いに欲張り、大いに目標を高くして、全生命を燃やして行けと教えるのです。「怒りを抑えよ」と説かず悪に対しては「激怒して戦え」というのは法華経です。御義口伝には「三毒の煩悩をこの品の時そのまま妙法の功徳なりと分別するなり」と仰せです。貪瞋痴の三毒を捨てよと言うのでは偽善者をつくってしまう。また末法の巨大な悪にとってこんな都合の良い民衆はない。おとなしく無力に翻弄されるだけの民衆であってはならない。「大いに怒れ」、大いに情熱を燃やしていけ、妙法を根本とすれば全てが価値創造のエネルギーに変わるのだ。これが法華経の哲学です。
 

北朝鮮を撲滅するための核開発

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月 3日(木)10時02分14秒
  北朝鮮2000万国民の殺戮を担保することで北朝鮮政府の行動=核開発を抑止する必要がある。そのためには日本独自の核武装を是非ともすべきだ。支部長は日々本心でこう考えているようです。集団的自衛権賛成の署名もしたそうです。
 

大聖人の御書は鎌倉時代の遺文に過ぎない

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月 3日(木)09時56分55秒
  そして歴代会長の御指導も歴史的な制約下の産物。トインビー対談は冷戦下の報告。総じて、去年の暦、祖父の靴。現代の御書は、世紀の大天才、佐藤優先生のご著書なのです!と云う指導を家庭訪問に来た地区部長が云われました。納得がいかないけれど、除名は嫌なので、長いモノに巻かれる信心で酢(笑)。  

読んでいただき、ありがとうございます。

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 3日(木)09時18分7秒
  イケディアンの住人さん

>私の思考展開も、この論点に近づけたいと思います。


褒めていただいてありがとうございます。
桜梅桃李でいきましょう ! 笑



螺髪さん


>「いついかなる時、処でも希望はある」ということです。ありがとうございます。


こちらこそ、読んでいただいてありがとうございました。
まったく同感です。共々にがんばりましょう !
 

ノーカットリンク集 読んでね♪♪

 投稿者:通行します  投稿日:2016年11月 3日(木)08時55分32秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/59127  

核兵器禁止条約 決議案が国連の委員会で採択 日本は反対

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年11月 3日(木)08時41分28秒
  核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指す決議案が国連総会の委員会で採決にかけられ、123か国の賛成多数で採択されましたが、アメリカなどの核兵器の保有国に加え、アメリカの核の傘に守られ、段階的な核軍縮を主張している日本も反対に回りました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161028/k10010747411000.html
~~~~~~~~~~~~

ツイート人様、おはようございます。

~~~~~~~~~~~~
ツイッターからです。ダブスタは創価の常、表で学会を守ると言いながら裏では師匠を追放した最高幹部はダブスタばかり。  投稿者:ツイート人  投稿日:2016年11月 2日(水)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59175
~~~~~~~~~~~~

10月29日の聖教新聞に「公明党は反対ですが」と一筆加えてほしいですね(笑)

「日本が『核兵器のない世界』をめざすという方向に変わりはない」と11月1日に山口代表が発言していますが、自分は口は信じません。
あくまで「ふるまい」で人物を見るようにしています。
公明党は「反対」が本意です。


 

思考回路!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月 3日(木)06時22分5秒
   おはようございます。

 「心」は「身」の主です。
 「心は是れ身の主なり同名同生の天是れ能く人を守護す心固ければ則ち強し身の神尚爾なり」(道場神守護事979㌻)

 「師弟不二」とは、その「心」の基軸を師匠にあてる「思考回路」ではないでしょうか。
 どんな小文からも師匠の心は感じ取れる。逆に、どんな装飾文からも師匠の仰せではないと読み取れる、その「思考回路」です。最近の典型は、あの「私の一番弟子」でしょうか。「一番弟子」と仰ることはあるでしょう。でも、あの文脈で、あの場面で先生はそんなことは仰らない。それを読み取る、読み取る側の「思考回路」です。

 いよいよ、「心こそ大切なれ」の時代になってまいりました。
 「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ、いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん」(千日尼御前御返事1316㌻)

 「ただ心こそ大切なれ、いかに日蓮いのり申すとも不信ならばぬれたる・ほくちに・火をうちかくるが・ごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給うべし」(四条金吾殿御返事1192㌻)


 

レ・ミゼラブルを読み直す(11)補足

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 3日(木)05時25分0秒
編集済
  ジャン・バルジャンの中に在るもの、それは正き人  ミリエル司教の行い。自分はそこに至ることが出来るのか?肉迫出来るのか?常に謙虚であったのはユゴーが描いているこの点でした。
映画のラストシーンでフォンテーヌが現れ『あなたは、私の大切なコゼットを慈しんてくれた』と感謝を述べ、ジャン・バルジャンは『私の大切な宝物です!』と涙ながらに話す。

そしてミリエル司教が笑顔で迎えに来ている。
それは、あの時(司教の館で銀の食器を盗み捉えられながら、逆に司教から「私の兄弟であり、差し上げたもの」と言われ、さらには「これは、あなたが正しき人になるため差し上げたもの、約束しましたよ」と言われた)に決定付けられ、それを成就した証しとして表現しています。

私は、このユゴーの小説を読んで池田先生も、どこまで戸田先生の行い(民衆救済)と理想(広宣流布)に肉迫出来るのかが生涯の命題であったと思っています。

では、我々弟子は?
創価の公達になる事なのか、妾抱えて豪邸建てる事が、現場会員に嫉妬して除名バンバンやることが、先生の行いに肉迫する事なのか?
どうなんでしょうか?

そして、眼差しについて。
これは、アルベアさまのスレッドでも述べられていましたが、この映画の出演者の眼差しに注目して下さい。怒り、憂い、悲しみ、喜び、勇んだ目つき、非常に豊かな表現が為されています。先生の眼差しと似た感じの場面も有りました。
眼差しは、その人格をよく表します。人間性を如実に顕すものです。気をつけましょう。
 

信濃町の人びとさま、良い感度です!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 3日(木)02時37分11秒
編集済
  この映画でジャン・バルジャンが歌を唄うシーンは二ヶ所。コゼットを救出して馬車に乗ってのところと、砦で寝込むマリウスを見ながら、神に祈念するところです。

孤独であったジャン・バルジャンが初めて愛情をもって接し、その愛情が受け入れられコゼットから信頼され愛される。護るべきものが出来た充足感と未来の不安を指し示しています。歌は『突然、君が現れ、突然、ともに始まる、孤独な私の心に君が~』と言った歌詞だったと思います。

また、砦に居るマリウスの無事を願い、『神よ、天上の神よ、我が願いを聞いてほしい、あなたは奪い去ることも、与えることも出来る、彼を家に帰して、もし死ぬようなことがあれば、かわりに私を死なせて!』と唄っていたと記憶しています。

このフレーズは、フォンテーヌを苦境の中から救い出す際に、『あの子は、病気なの!あの子が死ぬようなことがあれば、代わりに私を死なせて!』とジャン・バルジャンに訴えかけるシーンと同一です。

なかなか、この映画の脚本は小説をしっかりと読み込んでいないと出来ない展開です。何故なら心理描写が小説通りであり、場面設定から言葉、歌、表情が無駄な文章無しに表現されているからです。

素晴らしく良く出来上がっているミュージカル映画です。分厚い文庫本を凌駕する展開で読み直してもほとんど合致しています。

ナポレオン亡き後の共和制、王政復古、革命、民衆は極貧の生活、映画の出だしで海中に漂うフランス国旗が象徴しています。そしてトゥーロンの徒刑場(造船所)で大勢の囚人たちが帆船を引っ張りあげている。
素晴らしい表現に私は小説を読み直しました\(^o^)/


 

歓喜の中の大歓喜の太ちゃん様

 投稿者:世界の希望!  投稿日:2016年11月 3日(木)02時02分50秒
編集済
  全面的に賛同します

創価学会の活動家が激減したのは、秋谷会長のイラク派兵容認発言が大きかったと思います

また、現在の活動家は地域によって違うと思いますが、平均したら、3割切っています

54年の宗門問題は
宗門の集金マシンだった1檀徒集団だった創価学会
自分達の言いなりになる団体だと思っていた

52.5.3
しかし、先生は、本部幹部会の席上
「宗門を外護し、世界的にした
これからは会員の幸福を第一にしたい」と宣言されました
そして、宗門から首を切られました
発迹顕本されました

会員の幸福を第一にされる先生の精神から照らした時
8割近い未活が全く放置されたまま、選挙、新聞の数字ばかりが話題となり、もてはやされている現状は違和感満載です

会員の幸福第一を宣言し、辞任に追い込まれた先生
辞任させられても、なお会員の幸福第一の精神を貫かれた先生

たくさんの未活会員を放置してきた秋谷会長
たくさんの人を粛清している原田会長

会員の幸福第一の先生の精神とは乖離しています
そして、我々も「会員の幸福第一」の精神を忘れたならば、同じ穴の狢と化してしまう

会員の幸福第一
身近な人の幸福を祈り尽くせる人に
挑戦します





 

おーい、金銭使い込みしたチーム丹治のナカムラ(シン)くん、君の悪事が出版されるってヨ~~ww

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年11月 3日(木)00時22分13秒
  元創価学会員3名の書籍刊行投稿者:ひかり(正義の師子同盟)

元同僚野口くん、本を出版するってさぁ
今月中だってww
 

ジョーカー様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年11月 3日(木)00時15分25秒
  ありがとうございます
まさに
悪を滅し、善を生じる
両方頑張ってこそ、池田門下ですね

ありがとうございます
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年11月 3日(木)00時02分45秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

うらら様へ 補足!>>この掲示板での問題追及は畳む方向にあるのですか?<<

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 2日(水)23時51分57秒
編集済
  畳む方向ではなく、今後はさらに発展展開する可能性があります。極悪の最高幹部に塩を送りたくないので具体的なことは・・・お察しください。

まだまだ、これからじゃないですか。
戸田先生の和歌にある通り、『仏の敵をひとりあますな』
です。
 

21世紀の御みやづかい~変容する日本社会と仏法者

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年11月 2日(水)23時51分27秒
     《第4回 昭和31年の山本伸一》


1.
 経済企画庁(当時)が毎年発表する『経済白書』の結語に{もはや「戦後」ではない}との有名なフレーズが記されたのが昭和31年7月。
 『人間革命』第十巻に描かれたごとく、山本伸一の指揮の下、ちょうど「まさかが実現」の大阪の戦いが大勝利を収めた頃である。

 「もはや戦後ではない」は、この年を代表する流行語として、そして本格的な高度経済成長時代の幕開けを告げる惹句として昭和の世相史に刻印されることになった。だが、その一方で――。
 現在のJR大阪城公園駅を中心とする大阪城東側に隣接する広大な区域は、第二次大戦の敗戦を迎えるまでアジア最大規模の軍事工場「大阪砲兵工廠」(別名;大阪陸軍造兵廠)が、その威容を誇っていた。
 終戦前日の昭和20年8月14日午後、約150機のB-29からなる米軍の集中爆撃により工廠はほぼ完全に壊滅させられ、その機能を失った。
 敗戦後、GHQの接収を経て日本が独立を回復した後も、昭和45年の大阪城公園完成を見るまでは、不発弾が至る所に転がる同地は危険との理由で長らく更地として放置状態にあった。
 そこへ禁を破って侵入し、鉄くずと化した兵器や砲弾などの残骸を資源ゴミとして回収し(不法行為)生計を立てる人々・・・後年「アパッチ族」と呼ばれるようになった一群がいつしか集まるようになり、バラック集落をも形成するまでに至った。
 アパッチ族とそれを取り締まる警察との攻防戦の模様は、昭和30年代初頭まで新聞・雑誌等のメディアで幾度も描写され、報道が沈静化した後も、開高健『日本三文オペラ』(1959)、小松左京『日本アパッチ族』(1964・・・ただしこちらは寓意性の強いSF作品)といった戦後文学史に残る名作小説の題材となり、歴史の一断片としてその存在は現在まで語り継がれている。

2.
 戦後十年を過ぎてなお戦争の残骸を手ずから拾い集めて暮らす人たちがいる――。
 『人間革命』第十巻には書かれざる史実の一端ではあるが、大阪の地で縦横無尽に法戦の指揮を執る山本伸一(池田大作参謀室長)の視界に間違いなく収まる光景のひとつであった。
 敗戦の“焦土”から復興し、戦前の“商都”の面目を取り戻すべく苦闘の最中にあった大阪の町。
 東京など他の大都市圏と同じくその発展を支えたのは多くが他県からの移住者、地方の農村部および近接する小都市圏の出身者である。
 村落共同体の基礎的人間関係から若くして切り離され、タコツボのごとき都会生活に馴染むまでしばしの猶予を要した人々の群れ。

 住居の立地によっては、三船敏郎似の会社重役が住んでいそうな「丘の上の豪邸」に、嫉妬と憎悪と羨望が入り混じった視線を向ける者もいたかも知れない。
 勤務先の業況によっては、朝鮮特需の夢よもう一度と、アパッチ族の跳梁を横目で眺めつつ、自分に害が及ばないどこか海の向こうで戦火が起きるのを望む、暗い情念に包まれていた人も少なくはなかったかも知れない。

 関西の地に限らず日本中のどこでもそうだったろうが、昭和31年の爆発的な弘教拡大の流れの中で入信した方々にもそのような心の機微を持つ人が多数いたに違いない。

3.
 そもそもが大阪支部長にして参院選候補者の春木征一郎(白木義一郎)が根っからの東京人。
 紙幅の関係で詳述は省くが、山本伸一との邂逅によって大阪を己が使命の天地と自覚して戦い切った草創の同志も上述の通り多くが遠く他県の出身で、生粋の浪速っ子以上の愛着を持って常勝関西の礎を築いた。

 佐賀県出身の「代田不二也」。戦後の経済的苦境下で進学を断念し、歯科材料商の仕事で福岡から大阪へと転住し27年8月入信。31年当時は部隊参謀として男子部の要的存在であったが、、、

   昼間の仕事の他に、夜は学会活動に専念し、青年たちといるあいだは意気軒昂で、
  青年の客気にすべてを忘れたが、ひとたび深夜の真っ暗なアパートに戻り、夜更けに
  溜まった洗濯をする侘しさは、彼を底知れぬ悲哀に陥れることもあった。
                       (人間革命・第十巻『嶮路』の章より)

 代田の「この胸深く抱いている悲哀の影を見逃すはずもな」かった山本伸一が、「君の押入には、靴下がダンボール箱にいっぱい溜まっているだろうなァ」と口火を切って全魂込めた激励に徹しぬく描写に、若き日の筆者は「激励とは、一個人を包容し育てるとは、かくのごとき姿を指すのか」と感銘を受け、この『嶮路』の章を幾度も読み返しながら家庭訪問と部員さんたちの激励に駆けずり回った。

 それを踏まえたうえで前後する章での伸一の「私は仕事をしない人は絶対に信用しません」から始まる厳しい叱咤の背景を読み取らねばなるまい。

   はげしい弘教活動の大波に足を浚われる幹部も、少数だがしばしば見受けられた。
  彼らは信心活動が激しくなればなるほど、意気消沈して生気を喪った顔になっていっ
  た。もともと仕事が不調であったせいもあるが、駄目な仕事に努力することを棄て、
  ただ信心活動にたよることによって苦境から脱しようと希い、生活の基盤をまったく
  軽視して虫のよいことを考えている人たちであった。
                            (同・『跳躍』の章より)

 まことに厳しい一文である。だが彼らを擁護する意図がないのを断わったうえで、さいぜんから書いてきた通り、壮婦男女おしなべてこの人たちの多くが、戦中戦後の激動で暮らしの在り様を根底から変えられるのを余儀なくされ、遠く故郷を離れて大阪・関西の地で寄る辺なき都会生活の孤独の只中にいたのだ。
 慣れない仕事に就いてまだ間もない、もしくはある程度の経験を積んでも果たしてその仕事でモノになるのかまだ計り難い、さらには天職として一生それで食べていけるのか潰しが利かなくなって路頭に迷う結果になるのか見極められない、、、一億総サラリーマン社会のとば口に立っていたと後になって認識される不安定な時代状況をよくよく考慮して、そのうえで皆の迷悟の念を絶つ伸一の厳愛の指導が出たのだと理会しなければ、叱咤された方々を一様に怠惰な人間であるかのように勝手な解釈をしてしまう。

   今は苦しくても歯をくいしばって、仕事にも信心にも頑張るときです。『法華経を
  信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる』――大丈夫です。御本尊は、すべてを
  御存知です。今はいつまでも冬がつづくように思っているでしょうが、けっしてそんな
  ことはない。間もなく必ず春が来ます。今は頑張るときです。しっかりやりましょう」
                                   (同)

 入信まもない毎日が手探りの状態で暗中模索を続ける人々の心に、こうして一本一本「異体同心」の楔は打ち込まれ、常勝関西の原点が築き上げられたのである。

4.
 60年経った今、大阪そして関西の地にあの時代に厳然とあった師弟の魂と魂の触れ合い、燃え立つような感謝と感激の心は如何ほどにその原形を留めているだろう?
 名もなき民衆こそが尊極の存在と胸を張り、目を輝かせ、悪しき権威権力には昂然と立ち向かった関西魂は健在であろうか?
 イシンイシンと肩で風切るチンピラくずれどもに阿諛追従して、ヘリパッド建設強行に抗する沖縄の人たちへのヘイト発言をツイートする公明市議を見て、これもほんの一例に過ぎないだろうが筆者は暗澹たる気分に陥るのである。

 戦争の残骸を拾い集めたアパッチ族はとうの昔に消滅した。だがしかし、3.11後、同じ大阪の釜ヶ崎の日雇い労働者たちが根こそぎフクイチへと集団特攻させられ次々と被曝死していった事実は殆ど公にされていない。大阪の街のみならずこの国全体が紛うかたなく新たな戦時体制下にある。

5.
 話を戻すが、創価三代の会長指導も、また御書として残されている大聖人のご聖訓の数々も、それらの言葉を賜った一人ひとりがどのような人生行路を経てその場にいたのかを汲み取ることを常日頃心掛けるべきである。
 対合衆に発せられた一言一句が生まれてくるプロセスをしっかりと見て取ったうえでわが身に置き換えて読み込む。だから御書を拝読する時は一編ごとの背景をよくよく理解しないといけないし、『人間革命』などを通して先生の指導を拝する時も小説ならではの登場人物の心理描写をよくよく咀嚼する必要があるのだ。
 そのあたりの心得るべき事を疎かにして、表層的な言葉のやり取りだけを切り取って、片言隻句を現在の自分の境涯に押し当てて都合よく読み解き、現在の自分の価値観のモノサシで推し測って他人に滔々と語ってみせる。牽強付会とはこの事であり、何にもまして危険な事なのだ。

 60年前だから、あるいは700年前の言葉だから古いとか今では通用しないとか、そんなことを言っているのでは断じてない。
 60年の歳月の重み、700年の歳月の重みをもっとよく噛みしめて、時代を越えて導き出される言葉の普遍性を各人が見極めることが大事と言っているのだ。
 講義録や大白・聖教の解説を読み上げるだけのような御書講義は論外だが、自己省察に欠ける者がまるまる我見で仏法を語る姿ほど見苦しいものはない。別に特定の誰かを指して言っているわけではないが。

6.
 信心している者どうしが同じ職場の中で上司と部下の立場に分かれて、上記のような感じで不用意に御書や先生指導を振りかざすケースが横行していないか、筆者は特に憂うるのである。
 絶対的な上下関係のもとで絶対的な真理として述べ立てられる文言。こうして言葉は人を支配し服従せしむる道具と化す。
 仏法とは直接関連のない言動の中にも増上慢の生命の傾向性が段々と強く表れ、その人の日常的な振る舞いにも影響が出てくる。

 参加者の平均年齢が比較的高いと推測される当掲示板にて、日夜、正義の論陣を張る諸氏におかれても、企業経営に携わる方、もしくは幹部社員として多人数を束ねられる有能な人士も少なからずいらっしゃるものとお見受けする。
 批判対象とさして変わらないメンタリティを保持したまま一切世間の治生産業に従事し、周囲から日頃「パワハラ上司」「セクハラおやじ(ババアも)」などの誹りを受けていないことを筆者はただ願うばかりである。

(了)

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本シリーズ、今月中はあと2回ほど投稿の予定。当初の構想から若干追加で年をまたぎそうです。
『若き師子たちに贈る』とも内容的にシンクロしていきます。





 
 

鵜家 富子さんの体験談

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月 2日(水)23時41分30秒
  「髄膜炎脳膜ウイルス過喚起症候群」を克服!!
鵜家 富子さんの体験談


       十勝県・銀河圏・帯広本部・帯広支部


   私は生まれながらに、心臓に穴があいている心房中核欠損症という病気を持って生まれてきました。

生まれて5日目に肺炎にかかり、どんどん衰弱していき、医者からは、「もうだめです」と言われたそうです。しかし、母は私を抱いて体をさすりながら、ずーっとお題目をあげてくれ、私は命を取り留め蘇ったそうです。

そして、体力のつくのを待って6歳の時に手術をしました。最高の医師に恵まれて、手術は大成功でしたが、医師からは、「20歳迄しか生きられない」と言われたそうです。

その事を知ったのが、今から12年前で22歳の時でした。それも母が書いた体験発表の原稿を読んだ時で、とてもショックでした。しかし、それと同時に私には使命が有ったんだと思い、それから本当の意味での信心を始めたのです。

   「20歳迄しか生きられない」と言われた私が20歳を迎えた時、原因不明の病気になりました。

職場で急に足が吊り、いわゆるバレリーナのような格好になり、そのまま意識が無くなり泡を吹いて倒れました。すぐ隣が内科だったのでそこに運ばれました。しばらくすると意識も戻り別段、何事も無くいましたが、帰るときに又、倒れてしまいました。今度は救急車で運ばれて神経内科に運ばれました。その日はICUに入りました。次の日は退院できると思っていましたが、その日を境にどんどん悪くなっていきました。

その状態というのは記憶喪失、自律神経失調症になり、今、言った事をすぐ忘れるといった状態でした。夜になれば無遊病者のようになり、フラフラ部屋から出ていく始末、必ず誰かが付いていないと、だめでした。発作が日に3回も起こり、気が付けばいつも酸素マスクを付けていました。それからは、毎日、検査、検査の日々が続き、それでも原因は解りません。

完全に治らないまま、退院をして、1ヶ月仕事を休み、それから職場へ復帰したものの、思うように仕事もできなくて、ついには、その会社を辞めざるを得ませんでした。
それから半年が過ぎた頃、突然、訪問先のお宅で意識が無くなり、救急車で病院へ運ばれたのです。去年と同じ病院へ運ばれ、またICUへ入りました。

今度は発作もなかったので、すぐに帰れると思っていましたが、日に日に病状が悪化していき、そう、鬱が激しくなり、言語障害、記憶喪失、被害妄想と次々と病気が重なり、・・・・・・そして病状が悪くなるにつれ、自分の意に反することをするようになっていました。

ある時、その時につき合っていた人に、今から死ぬからと電話を掛けました。そして何食わぬ顔で部屋に戻って、聞かれてもそんな事言っていないと言う始末です。今思えば、よく精神科に行かなかったなぁーと不思議なぐらいです。

こんな事もありました。私のお友達が来る分には何でもないのですが、同志の方がくると発作が起きるのです。それはもう苦しくて、看護婦さんに言っても飲ませる薬がないと言うのです。そんな時、母は寝ないで3日間、題目をあげていてくれたそうです。

その時の3日間は、一人で題目をあげることが出来ずに、組織の方と一緒にあげて貰ったそうです。3日間やり通したときに、私が自分で題目をあげられるようになったそうです。完治ではありませんでしたが、50日目に退院をしました。

退院してからは少しは良くなったのですが、常に不安(原因は不明とのことでしたので)との戦いでした。働くことも出来ずに、親元へ帰りました。

半年ほど実家で過ごし、仕事を探すため再び札幌へ行きました。題目に挑戦しながら、やっとの思いで仕事が見つかり就職することが出来たのです。つとめ先は歯科医院で院長も私の病気の事を理解して下さいました。

ある日、院長に飲んでいる薬を持ってくるように言われました。「どうしてですか?」と聞いてみると、「どんな副作用があるか調べてあげる」と言うのです。そして数日後、製薬会社の人が資料を持ってきてくれ、それを見た瞬間、血の気が引きました。1枚の紙にぎっしりと副作用が書いてあったのです。院長も心配してくれて、「病院を変えた方が良い」と言い、知り合いの先生を紹介してくれました。

紹介先の病院の先生は、今飲んでいる薬を見て、「こんな薬を飲んでいたら本当におかしくなるよ」と言って、私に止めることを勧めました。
しかし、最初のうちは、薬が切れると、又、倒れるのでは無いかと不安で一杯になり、それから、お題目があがるようになりました。不思議な程、発作も起こらずに、2年ほどが過ぎました。

そして結婚前、主人を折伏しだした頃から、たびたび心臓が苦しくなるのを覚えました。結婚前、主人がご本尊様を頂いて一週間目に、私は家で急に心臓が苦しくなり、救急車で病院に運ばれたことがありました。その時、私はこれで死んでしまうのではないかと思いました。運ばれた時には、殆ど発作は止まっていて、お医者さんが「帰って良いよ」と言うのです。今思えばこれが過喚起症候群だったのです。

そして、翌年の平成3年に結婚、何事も無く過ごしていましたが、2年後、今度は今まで以上にもっときつい発作が起こるようになりました。しかも、一人でいるときに、発作が起きるのです。突然お腹が痛くなったかと思うと、脂汗が出てきて、次に体が硬直してきて動けなくなるのです。立つ事も出来ない私は、肘を使って布団まで行く有様でした。しかし、不思議と発作が起きているときは、必ず同志の方から電話がかかってきて、助けて戴きました。

こんな私でしたから、主人も段々と機嫌が悪くなり険悪なムードが漂っていました。

医者は病気では無いと言うので、ある日先輩に指導を受けに行きました。
その時、先輩に言われたことが、私の生命の中にストンと落ちました。それは、「あなたが何時までも青白い顔をして寝てばかりいたら、ご主人に不信を起こさせてしまう。信心で治しなさい」と厳しく言ってくれました。

その日から生まれ変わったように、朝から晩までご本尊様の前に座りました。容赦なくおそってくる発作と戦いながら・・・・・
約2ヶ月で100万遍をあげきりました。あげきったとき色んな事が解りました。そして、本当にご本尊様に感謝が出来ました。

その後、発作は全くなかったのですが、今年の1月に久々に軽い発作がありました。その日は、私のブロックに池田先生から押印を戴いた日でした。横になりながら題目をあげているとき、この発作は、私の宿業を断ち切るための御本尊様のお計らいだと思いました。そう思ったときにスッと発作が和らぎました。そしてそれ以来、全然発作は起こりません。

辛いとき、苦しいときには、
『南無妙法蓮華経は獅子吼の如し いかなる病さわりをなすべきや』との大聖人様の御金言を、何度も何度も自分に言い聞かせながら頑張って来ました。

そして池田先生が、北海道に来られた時(平成4年)のご指導に、「私は、遠の昔に死んでいるような病身を抱えて戦った。しかし、大聖人直結の正しき信心が負けるわけがない。御書の仰せの通りにならないわけがないとの、不動の一念で勝ち抜いてきた。この金剛(ダイヤモンド)の大確信が誉れある創価学会の信心なのである」この指導を戴き、おこがましいと思いましたが、私もご本尊様から命を頂いたんだから、広布の為にこの身を使わせていただこうと決めました。

また、池田先生が指導の中で、「戸田先生は、『世界中の人に聖教新聞を読ませたい』と言っておられた」と指導されたことがありました。私が出来る精一杯の戦いで先生にお応えしていきます。
今年40部の新聞啓蒙が出来ると、ここ帯広での啓蒙部数が200部になります。ちなみにあと6部で年間目標の40部になり、200部達成となります。

11・18を目指し、必ずや結果を出し、池田先生にご報告する決意です。

   ういえとみこ 1999.11.6
 

ツイッターからです。ダブスタは創価の常、表で学会を守ると言いながら裏では師匠を追放した最高幹部はダブスタばかり。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年11月 2日(水)23時32分4秒
  『「核兵器禁止条約」制定の交渉開始を定めた決議案が賛成多数で採択された。交渉が始まる明年は原水爆禁止宣言から60周年にあたる』と歓迎した記事になっている。決議には日本は反対したし公明党の浜地議員も当然の事と発言してますが...…ダブスタは創価の常でしたね。  

ここの掲示板最高ですヽ(^o^)丿

 投稿者:黄金柱  投稿日:2016年11月 2日(水)23時26分35秒
  信濃町の人びと様

ここの掲示板有ってこそ皆さんとも、知りえました。

本物の弟子のの集いでは在りませんか?

こんなに学べる掲示板は他には有りませんよ!

何処ぞや半端な掲示板などの投稿には、「生命」には響きません?

只、ここを恐れているだけだ!!


 

大B長だってさ

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)23時03分7秒
  古。

この呼称にピンときたら、昭和ですね~。

昭和54年前後、池田先生を悪しざまに言う人がザクザクいましたっけ。

私は、不思議でなりませんでした。

顔色変えて悪しざまに言う人の大半は、池田先生と直接話をしたことがないんですよ。

幹部からの伝聞で、勝手に鼻息荒く喧伝していました。

滑稽でしたね。

じゃあ、そういうあなたはどういう人なの?とよく見てみれば、

組織利用で売ったり買ったり、

議員に金をつんでコネ作りにいそしんでいたり、

まあ、あきれた幹部が多くてね~。

真面目な人は冷静でしたよ。



大B長だってさ。

今もまだ、あの当時のバカ幹部が広めたようなことに、拘泥している人がいるんだねえ。


どうとでも、言いなされ。

そうやって、死ぬまで言ってなされ。










 

通る人さま

 投稿者:愛読者  投稿日:2016年11月 2日(水)23時01分52秒
  全てを読み込めていないので、誤解があればお許し下さい。
通る人さまが、私に対して一番ご意見を投稿してくださったと判断し、通る人さまの下記のご意見を中心に、皆様からしたら我見で邪魔くさいかもしれませんが、私見を述べさせて頂きます。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59115

通る人さまがおっしゃられた、「悪態ついて書きなぐり、トンズラこく」ことについては、ごもっともで反省しております。申し訳ございませんでした。
トンズラこくというよりも、私のような内容の投稿をしても意味ないと思ってバカらしくなり、愛読者でもなくなったので、投稿はやめようと思いました。
でも、トンズラは良くないですね。
仕事と活動と家庭が主戦場ですので、スピードは遅いと思いますが、自分なりに努力いたします。

あとは、説得にもなっていないし、納得もしませんでした。(大阪の地区ブチョ様、ありがとうございます)
コウマンチキで申し訳ございませんが、何回読んでも、理解できないモヤモヤ感が残っています。
その上で失礼いたします。

私が「学会員は、自分の幸せを願い、先生のため、広布のためにと折伏し、聖教啓蒙し、財務をします」と書いたことに対して、「当たり前の講釈」とおっしゃられましたが、その当たり前なことをわかっていない投稿が当板に散在しています。
聖教啓蒙や財務を「職員のため」という論調が多いですよね。そんな気持ちで真心を尽くし、勇気を奮い起こす学会員はいません。
こんな当たり前のことを書かないと、間違った論調がまかり通ってしまうのが当板の現状だと思います。だから当たり前のことを書いたまでです。

これが私の主張の一つです。これに対しての「組織バカ」だと思ったので、「地区の婦人部に言えるのか?」を問うたまでです。
違うのであれば失礼いたしました。あなたが私に授けた「組織バカ」の称号を、誉れとしてありがたく頂戴いたします。

ただ、組織の中で挑戦することから逃げ、しかもそれを人のせいにして自己正当化する某氏みたいな主張は、頂けないです。

次に、師敵対についてですが、私が述べたマイナスの4点は、執行部の受け売りで思ったことではありません。なんでも執行部のせいにするのも当板の特徴だと思います。

先生と自分。この一点で感じたことです。

そうやって決めつけること自体、あなたは先生と自分の間に、何かが介在している証左ではないでしょうか。

現に、聖教に先生の御心を感じないって、恥ずかしい話ですね。師匠への信が欠落しているんじゃないですか。
今日の聖教3面の御指導も、誰かが書いたんだとか思っていませんか?
先生の御心を感じないとは、そういうことだと理解してしまいます。
だとしたら、どなたから擦り込まれたかわかりませんが、先生の御闘争を矮小化し、妄想をたくましくする毒気に、完全に侵されています。

あと、佐藤優さんのことは、何が悪いのか、意図がわかりません。
私は、梵天帝釈だと捉えればいいと思っていますが。
クリスチャンの佐藤優さんが、創価哲学を評論することがダメなのですか?
学会の人事を悪意的に評論し、ご高齢の地区部長等の皆様がいらっしゃる実態を悪意的に評論するより、ずっとマシだと思います。

通る人さまのご意見に対しての返答としては以上です。言葉足らずで申し訳ございません。
私は今いる場所で、先生の学会を永遠ならしめるために、力の限り、もがいて参ります。

最後に、某住人が二日連続で拡散する、蘭夢様の谷川さん話。
悪徳週刊誌と一緒ですね。
仏敵と戦ってきた過去の残像が悪さしているのでしょうか。
私は、こんな内容に「気づき」を得られません。直感的に信用ならぬものと判断します。
この道で戦うなら、やり方を変えた方がいいと思います。嫌悪感の生み損です。
 

同盟題目23時開始します。よろしくお願いします。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 2日(水)22時59分52秒
  池田先生のご健康を祈ります。

追伸
うらら様
>>この掲示板での問題追及は畳む方向にあるのですか?<<

何かを取り違えたのでは?もしかしたら、直前の虹さんのタイトルに惑わされたのでは?
”掲示板の終焉”でしたか、よく読むとタイトルと内容にズレが。”役目を終える掲示板、その特徴は?”
みたいに書くともっと伝わったかもですね。

また、主観と言いながらも秋晴れさんの
意味不明の投稿も影響したかもしれませんね。
夜中に何を思っていたのか?
もしかしたら、現場に於けるご自分の苦しい境涯と限界を感じておられるのかもしれません。

何れにしても、相手の言っている内容に注意を向けないとお互いが擦れ違うでしょう。掲示板とはそうしたものです。
真意を確かめる質問が少ないのも課題でしょうね。
 

元創価学会員3名の書籍刊行

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)22時49分21秒
編集済
  が今月中なんですってね。

いろいろ暴露されるそうですね。

楽しみですね。

意外なほどたくさんの人が注目しているような。



今年の5月のことです。

Yさんから私に連絡が。



「元創価学会員3名のブログって知ってる?」って言うんです。

「知ってるよ」というと、

「横浜で座談会があるんだって。6月4日に」と言うではありませんか。

「素晴らしい人達だよ。こんな青年達がいたなんて、ほんとに希望が持てるよね」とも。



「へえ。じゃあ、宿坊の掲示板は知ってる?」と聞きました。

Yさん「知らないなあ」

ひかり「なんとワタシも投稿してる」

Yさん「えー、えー、読む読む」

ひかり「読んで読んで」



てな感じで。

知っているのは、現時点で既にYさんだけじゃありません。


5月、Yさんは、こんなふうに、元創価学会員3名のブログを宣伝していたわけです。

それに宿坊の掲示板にはひかりが云々も加わり。


ね、けっこう広まっていると。








 

re :レ・ミゼラブルを読み直す(11)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月 2日(水)22時45分19秒
  イケディアンの住人様

映画では、小説と異なりますが、コゼットと馬車に乗り、幸福感を味わうバルジャンが歌うシーンにあたるのではないでしょうか?ヒュージャックマンが歌うあの歌は、ミュージカル、映画ともに過去にはなく、2012年版のために制作されたと何かに掲載されていました。
 

斉天大聖!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月 2日(水)22時44分30秒
  >「なんだよ。俺様は今、世界の端まで行って来たんだ。しかも、そこにあった柱に、斉天大聖って書いてきたんだぜ。疑うなら、いっしょに見に行こう。」

「いくまでもありません。」
「何でだ。」
「私の手のひらを、よくご覧なさい。」
「・・・・・。これって、どういうこと?」

  悟空は目を凝らしてよく見てみると、釈迦の手に中指には「斉天大聖」と書いてあった・・ (投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール   投稿日:2016年11月 2日(水)20時06分17秒 )<

 生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)さん、これ、いいですね。私たちって、けっこう、こういうことをしているんですよね。

 

創価村貴族社会=公達(きんだち)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)22時05分13秒
  なかなか良い言葉をレ・ミゼラブルで発見しました。いい表現ですね。キンタチでもキンタマでもキンタツでも無い!キンの友達で「キンダチ」(-_-)

wikiでは、↓↓↓
公達(きんだち)とは、本来は諸王のことを指したが、後代には臣籍にある諸王の子弟や、摂家・清華家などの子弟・子女に対する呼称として用いられた[1]。公達家は清華家の異称。

平安時代中期以降、藤原氏忠平流や宇多天皇以降の賜姓源氏(宇多源氏・醍醐源氏・村上源氏など)などの近衛次将を経て公卿に昇進し得る上流貴族の家系出身者を「公達」と呼ぶようになり、これらの家は「公達」の家格とされた (当時の貴族社会では、「公達」・「諸大夫」・「侍」の家格に分類されていた)。

平安時代末期には特に平家の子弟・子女も公達と呼ばれた[2]。

公達(きんだち)に狐(きつね)化けたり宵(よひ)の春
なまめかしい春の宵。一人歩いていくと、ふと貴人らしい人に出会った。あれはキツネが化けたに違いない。〔季語〕宵の春

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とありました。今後、私は敬意を込めて『創価村貴族社会の面々』の皆さまを『公達』と呼ばせて頂きマス。
 

レ・ミゼラブルを読み直す(11)続き

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)21時49分1秒
  岩波文庫      レ・ミゼラブル   (三)
第三編    プリューメ街の家
一    秘密の家     (承前)

p265

否何事も起こりはしなかったのである。
読者の記憶する通り、ジャン・バルジャンは修道院の中で幸福だった。ついには本心の不安を感じ出したほど幸福だった。彼は毎日コゼットに会っていた。父たる感情が自分のうちに生じてますます高まってゆくのを感じた。心でその子供をはぐくんでいた。彼は自ら言った、この娘は自分のものである。何物も娘を自分から奪い去るものはないだろう、このままの状態が長く続くだろう、娘は毎日静かに教え込まれているので後は確かに修道女になるだろう、かくて修道院はこれから自分と彼女とにとっては全世界となるだろう、自分はここで老い娘はここで大きくなるだろう、娘はここで老い自分はここで死ぬだろう、そしてまた喜ばしいことには自分たち二人は決して別れることがないだろう。

そういうふうに考えながら、彼は終わりに困惑のうちに陥った。彼はいろいろ自ら考えてみた。彼は自ら尋ねた、それらの幸福は果たして自分のものであるか、それは他人の幸福ででき上がってるものではあるまいか、老いたる自分が没収し奪い取ったこの娘の幸福からでき上がってるものではあるまいか、それは窃盗ではあるまいか。

彼は自ら言った、この娘は人生を見捨てる前に人生を知る権利を持っているではないか、あらゆる辛苦から彼女を救うという口実の下に言わば彼女に相談もしないで前もってすべての快楽を奪い去ること、彼女の無知と孤独とを利用して人為的の信仰を植えつけること、それは一個の人間の天性を矯めることであり、神に嘘をつくことではないか。

そして、他日それらのことがわかり修道女になったのを遺憾に思って、コゼットはついに自分を恨むのようにはなりますまいか。この最後の考えは、ほとんど利己的なもので他の考えよりもずっと男らしくないものだったが、しかし彼には最も絶え難いことだった。彼は修道院を去ろうと決心した。

彼はそれを決心した。是非ともそうしなければならないと心を痛めながらも確信した。非とすべき点は一つもなかった。五年間その四壁のうちに潜み、姿を隠していた以上は、世間を恐れるべき理由はなくなり消散してるに違いなかった。彼は平然として世人の間に戻ることができるのだった。彼も年を取り、万事が変わっていた。今はだれが見現わすことができよう。それからまた最も悪くしたところで、危険は彼だけにしかなかった。そして彼は、自分が徒刑場に入れられたからといってコゼットを修道院のうちに閉じこめる権利を持っていなかった。その上、義務の前には危険なんか何であろう。また終わりに、用心をし適当な警戒をなすのに彼を妨ぐるものは何もなかった。

コゼットの教育の方は、もうほとんど終わって完成していた。

一度決心を定めると、彼はただ機会を待つばかりだった。しかるに機会はやがてやってきた。フォーシェルバン老人が死んだのである。

ジャン・バルジャンは修道院長に面謁を願って、こう申し立てた。兄が死んだについて多少の遺産が自分のものとなって、これからは働かないで暮らすことができるので、修道院から暇をもらって娘をつれていきたい。けれども、コゼットは誓願をしていないから、無料で教育されたことになっては不当である。それで、コゼットが修道院で過ごした五年間の謝礼として、五千フランの金をこの修道会に献ずることを、どうか許していただければ仕合わせである。

そのようにしてジャン・バルジャンは、常住礼拝の修道院から出て行った。修道院を去りながら彼は、例の小さな鞄を自らわきの下に抱えて、それをだれにも持たせず、鍵は常に身につけていた。その中からはいい香りが出てるので、非常にコゼットの心をひいた。
今ここに言っておくが、鞄はそれ以来彼の手もとを離れなかった。彼はそれをいつも自分の室の中に置いていた。移転の際に彼が持ってゆく品物は、それが第一のもので、時としては唯一のものだった。コゼットはそれをおかしがって、彼につき物だと呼び、「私、それがうらやましい」と言っていた。
ジャン・バルジャンもさすがに、自由の地に出ては深い心配をいだかざるを得なかった。彼はプリューメ街の家を見いだして、その中に潜んだ。以来彼はユニティーム・フォーシェルバンと名乗っていた。

同時に彼はパリーのうちに他に二カ所居室を借りた。そうすれば、同じ町にいつも住んでるより人の注意をひくことが少ないからであり、少しでも不安があれば必要に応じて家をあけることができるからであり、また、不思議にもジャベールの手をのがれたあの晩のように行き所に困ることがないからであった。その二つの居室は、ごく小さなみすぼらしい住居であって、互いにごく離れた街区にあった。すなわち一つはウエスト街に、一つはオンム・アルメ街に。

彼は時々、あるいはオンム・アルメ街に行き、あるいはウエスト街に行って、トゥーサンも連れずにコゼットと二人きりで、一ヶ月か六週間くらいを過ごした。その間彼は、門番に用をたしてもらい、自分は郊外に住む年金所有者で町に寄寓してる者であると言っていた。かくてこの高徳の人物も、警察の目をのがれるためパリーに三つの住所を持っていたのである。


一      終了
 

生死の姿と三諦論!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月 2日(水)21時29分0秒
編集済
   グリグリさんの「生死の姿と三諦論の関係」の論考で思うのは、「いついかなる時、処でも希望はある」ということです。ありがとうございます。

 池田先生の「希望から勇気、勇気から智慧が湧く。そして、希望の源泉が信仰にある」(趣旨)との指導を思い起します。その信仰とは「唱題行」です。「信」と言っても具体的には「唱題行」しかありません。

 それは、法性の「起滅」とまったく同じものです。「希望」を待った時に、すでに「法性」は起きているのです。

 「常住・無常倶に妙法蓮華経の全体なり、化城宝処は生死本有なり生死本有の体とは南無妙法蓮華経なり、釈に云く『起は是れ法性の起滅は是れ法性の滅』と」(御義口伝797㌻)

 さらに、妙法蓮華経とは「仏性」です。
 「夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり仏性とは法性なり法性とは菩提なり」(聖愚問答抄498㌻)

 ありがとうございました。
 

触れて欲しくない話題とは?

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年11月 2日(水)21時14分32秒
編集済
  今までの流れから、やはり三人の本かな~?  

お久しぶりです。

 投稿者:左門町の人々  投稿日:2016年11月 2日(水)20時55分22秒
  少々ロムしていない間に流れが変わっていますね。
その上変な方も来ているようで。
おそらく触れられたらまずいお話しでもどなたかされたのでしょう。
ご近所の信濃町あたりが少し騒々しくなっています。
宿坊の掲示板の皆様、お気をつけ下さい。
 

大B長て今言うか

 投稿者:白王獅子  投稿日:2016年11月 2日(水)20時46分34秒
  今時、大B長っていいますかね。    もう、地区部長、地区婦人部長と言うようになって、相当年月がたつよね。だいぶたつ。  

「大B長」の淡々表現

 投稿者:一言児  投稿日:2016年11月 2日(水)20時28分11秒
  先生の「偉大な凡夫江戸っ子気質、立ちのぼるオーラ、前に向かう指導性」、違う角度でみれば古風、一本調子(大半の学会歌の詩、歌うのがイヤです)も。愛すべきキャラで私も大好きです。確かに先生の振り返らずの姿勢を、そのまま権威化して視野狭く伝える幹部に辟易ものが多いですが。しばらくは「大B長」さんに、不快、反発の板投稿が続くでしょうね。あとは我に帰りながらも執行部の退陣に気合いでしょうか。「一会員」さまと共鳴感じるわ。  

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