http://anond.hatelabo.jp/20161102211759
去年の春にお亡くなりになった園芸家の柳生慎吾さんがおっしゃっていた記憶があるけど、蛇とか昆虫とか、怖がらない、気持ち悪がらない、そういうことは親から教えられた、その言葉をなるほどそうだなと思ったことがある。
正直、大人になってしまった僕は、昆虫や爬虫類は苦手なのだけど、その感情を本能とか生理とか正当化しないようにはしようと思っている。
もうひとつ、古い古いエッセイで、それこそ昭和20年代とか30年代の話だからしょうがないのかもしれないけど、作家の北杜夫が、黒人の手のひらだけが白いのが気持ち悪いみたいなことを書いていて、今だったらとても通用しない話だなと思ったんだけど、そこにギョッとする感覚は理解できる。
その時に生じる異物の排除衝動を、「排除衝動が発生しているな」と認識するのか、その中に入ってしまって「無理無理! 生理的に絶対無理!」と言ってしまうのとでは大違いだと思うが。
蛇を毛嫌いするのと、黒人を異物として排除するのと、ユダヤ人を虐殺すること。
このことは一本線としてつながっていると思う。
当該記事の娘さんは、たぶんキモメンを見ればきこえよがしに「きもーい」といい、ブスな女をあざ笑い、ホームレスに顔をしかめ、自分の全知全能を疑いもしない、そういう少女、少なくともそういう少女になってしまう可能性はあると思う。
父親の下着と自分の下着が一緒に洗われることが気持ち悪いと思うのだとしても、そこから母親に「一緒に洗わないで」と言うまでにはずいぶん距離がある。
僕はこのことが決してよくあることだとも、そんなに軽い話だとも思わない。
でも、元記事の人は、まず親として踏みとどまるべきなんじゃないだろうか。
そんなことを言われてすごく悲しいということ、人を傷つけてはいけないということ、多様性を認めて受け入れなければならないということ。
本当は柳生家のように、そんなことは思春期前にきちんと教えておくべきだと思うし、教えておけばこんなことは発生していないと思う。
そこをまず親として反省すべきなんじゃないでしょうか。
中学生の娘が妻に 「お父さんの洗濯物は気持ち悪いから別にしてほしい」 と伝えているのを聞いてしまった。 びっくりした。 ドラマにありそうだけど実際そんなにないことを自分が言...
http://anond.hatelabo.jp/20161102211759 去年の春にお亡くなりになった園芸家の柳生慎吾さんがおっしゃっていた記憶があるけど、蛇とか昆虫とか、怖がらない、気持ち悪がらない、そういうこと...
理屈だてて話せないのは恥であり優先される人間の振る舞いではない それをしっかり自覚させないとろくな大人に育たないぞ 人間は筋の通った受け答えできなきゃ牧場の豚と変わらない...
お前のパンツと娘のパンツ、どっちが価値があると思ってるんだ。
まったくもう似たもの親子なんだから☆ 毎日のように大喧嘩するといいと思う 経験則だと反抗期の時に喧嘩しまくってる親子の方が10年20年後には仲良くなってるもんだ 喧嘩してない...
臓器みたいなモンから、人格になるイニシエーション。 親も切除されるようなものだから痛み(怒り)伴うのかも。
生物的には正常に育ってるんだから娘のこと許してやれよ どうせ将来は娘に面倒見てもらうようになるんだしさ そのときおもいっきり下の世話してもらえよ
深層においては近親相姦的幻想からの離脱と克服が図られているのであろうからある意味正常だよ。(フロイト学派? http://anond.hatelabo.jp/20161102211759
中学生にもなれば何度か失敗して自分でパンツ手洗いしてるよ なんかこれ嘘っぽい
きをつけろ その女子中学生
娘「やべえ、濡れた」