6月23日の国民投票で英国の欧州連合(EU)離脱が決まって以来、様々な混乱が起きている。しばらくの間、イングランド銀行(中央銀行)の独立性もその一つであるかに見えた。
メイ首相が10月の保守党大会でイングランド銀行の量的金融緩和政策を批判したことで、党内右派から同行のカーニー総裁に対する非難の渦がわき起こった。政府に従うよう強く迫る圧力が中央銀行に及びそうな不穏な雲行きだった。
幸いにも今週、カーニー氏が2019年まで続投すると発表して権威を確かなものにした。英中銀総裁の通常任期は8年だが、カーニー氏は任期5年の条件で引き受けていた。それを1年延長するという同氏の発表を政府は歓迎し、不安定要因となっていた臆測は少なくとも短期的には解消された。だが、同氏が任期を終える時点でもなお英国は経済的混乱の中にあるかもしれない。今から総裁の交代を見据えて準備を始めておくのが賢明だろう。
今にして思えば、カーニー氏は手札を巧みに使って見せた。カーニー氏自身、退任時期は「完全に個人的な」決断になると語ったことで、任期を巡って臆測が広がり、政府は選択を強いられた。辞任を要求し政府を突き上げる保守党議員らの側につくか、それとも金融安定のために慎重を期すかだ。カーニー氏が国民投票前に警告していたように通貨ポンドが急激な全面安になるなかで、メイ氏は賢明にも後者を選んだ。
カーニー氏の政策がすべて正しかったわけではないが、同氏とイングランド銀行金融政策委員会は、極めて不透明な時期に責任を持って英国経済を注意深く守った。EU離脱は経済に混乱を引き起こすと国民投票前に警告していた金融政策委員会は、素早く混乱の鎮静に動き、利下げを行うとともに他の金融刺激策を打ち出した。
中銀総裁も批判を免れるべきではない。しかし、混乱について総裁が警告したことを後から非難されるのは道理に合わない。カーニー氏に対する批判派は自ら孤立し、首相官邸からもはっきり突き放されている。
とはいえ、カーニー氏が退任する19年の時点で再度、微妙な対応が求められる可能性が高い。英国は来年3月までにリスボン条約第50条を発動(EU離脱の通知)し、離脱条件に関する2年間の交渉に入るが、それに伴う混乱はカーニー氏の退任時期と重なりそうだ。企業は輸出市場について、市民は家計について、不透明な先行きに懸念を深めることになるだろう。
■中銀の独立性を損なうな
現時点でカーニー氏の後継候補は見つかっていない。メイ政権は理にかなう後継者選びをしなければならない。学界や政策研究機関から候補者を探すだけでなく、世界トップクラスの人材を引き付けるには、イングランド銀行と金融政策委員会の独立性を尊重する姿勢を強く示す必要がある。
ここ数年、世界中の中銀総裁が政治の圧力を受けている。米国では共和党の大統領候補ドナルド・トランプ氏がイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長を攻撃している。ドイツ政府はドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁を批判。インドではラジャン氏の総裁時代、インド準備銀行と政府がつばぜり合いを演じた。今のところ、いずれも中銀の独立性を損なうには至っていない。各国政府はこの状態を守る必要がある。
カーニー氏は圧力を受けて自らの権威を十二分に示してみせた。メイ氏はカーニー氏の後任が同じようなことをしなくてすむよう、万全を期すべきだ。
(2016年11月2日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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