【月間総括】PSVRとNintendo Switchで占うハード成功の分岐点

 2016年10月13日,ソニーのゲーム事業子会社であるソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が「PlayStation VR(PSVR)」の発売を開始した。ほぼ即日完売で,株式市場も含め,好意的な反応が多い。しかし,初週の国内販売台数はメディアクリエイトの調査ではわずか5.1万台に留まったようだ(参考記事)。2週めの発表はなかったが,国内の初回発売分がほぼ完売かつ2回めの出荷が29日となるため,いずれにしてもとうてい10万台を超える水準には達していないと考えている。

 前回,エース経済研究所ではPSVRに三つの問題点があると指摘した。もう一度整理すると,

(1)メーカーの問題
(2)コンテンツ供給者の問題
(3)プレイヤーの体験上の問題

である。
 (1)は製造が難しいという問題である。これは,上記のような売り切れ状況にもかかわらず,初週が5.1万台に留まったことが如実に表している。過去のハードの初週販売数を見た場合,PlayStation Vita 32.5万台,PlayStation 4 30.9万台,ニンテンドー3DS 37.4万台(メディアクリエイト調べ)と,軒並み30万台以上の出荷となっている。
 なお,周辺機器であるPSVRと本体を比べるのはフェアではないと思う人もいるかもしれないが,かつて話題となったWiiバランスボードと比較すると,そちらの初週出荷は26.1万台であり,やはりPSVRは極端に少ないことが分かる。

 複数のコンテンツ供給会社の経営者がスマートフォン並みに普及すると主張しているが,“たくさん作れないものは普及しない。普及するのはシンプルで加工しやすい(生産性が高い)製品”という製造業の鉄則を無視した発言に聞こえる。
 また,コンテンツに関しては,前回,開発費が高いことを指摘したが,加えて,ジャンルの狭さについても指摘しておきたい。通常のコンシューマゲームと違い,VRでは視界移動で首を動かすことになり,HMD自体にも質量があるため,長時間遊ぶことが難しく,結果として,ゲームのジャンルが狭くなってしまっている。初代PlayStationの成功はさまざまなジャンルで大量のコンテンツが投下されたことにあると当研究所は分析しており,この点も大きな問題であると考えている。
 プレイヤー側の負担にも再度,触れておこう。PSVR発売後,Twitterなどでは「VR酔い」を指摘する声が多く聞かれた。ゲームの本質は楽しむことであることを考えると,プレイヤーが嫌悪感を持つことは好ましくないといえる。

 エース経済研究所では,ここ25年間のデータから,国内における新型ゲーム機の成否は「発売後2週間で50万台程度の販売ができるかどうか」だと分析している。ということは,

(1)2週めまでに50万台生産できなければ,失敗がほぼ確定し
(2)発売までの準備が成否を決め
(3)発売後の挽回策にも効果がない

と推測されるということである。PSVRは生産性に難があり,(1)を満たすことができなかったため,今後は厳しい状況になると想定している。

 今月,もう一つ話題になったのは,任天堂が2107年3月に発売を予定している次世代ゲーム機「Nintendo Switch」である。
 10月21日23時(日本時間)に公開されたムービーによると,Switchは携帯性を持った据え置きゲーム機であり,取り外し可能な新しいコントローラ「Joy-Con」とともに楽しむ形となっている。
 しかし,発表翌日の株価は大きく下落し,資本市場の評価は芳しくないようだ。理由はいろいろ考えられる。まずは,故岩田氏がDeNAとの提携会見のときに「NX(Nintendo Switchのコードネーム)はまったく新しいコンセプトのゲーム機」と言っていたのに対して,ムービーでの紹介では従来のゲームをこれまでとは大きく変わらない操作性で遊べるように見えることや,ソフトに関してもローンチを含め「マリオ,ゼルダ,スプラトゥーン」に加えて,Bethesdaの「Skyrim」らしき画像のみで新規性がなかったことが挙げられる(※これらの映像の登場したタイトルは,Switchで発売されるとは限らないとされている)。
 任天堂は花札の製造で創業して以降,トランプ,マジックハンド,ラブテスターといった玩具,次いでアーケードゲーム,ゲームウオッチ,コンシューマゲーム機ではファミリーコンピューターに始まり,Wii,DS,3DS,Wii Uに至るまで独創性に強みを持っていた。今回のSwitchは,現時点ではそうではないと資本市場では見なしているようだ。しかし,任天堂側にヒアリングした感触では,最初の段階では意図的に革新性を出さなかったようだ。
 同社は今回,ロジャースの普及モデルを前提に,アーリーアダプタに対するアプローチを重視したとしている。すなわち,比較的早期に購入し,その後に購入する消費者に影響を与えるとされるゲームマニアに向けてのメッセージを優先したのである。
 コンシューマゲームの場合,誕生して30年以上が経過し,志向が保守的になっていると,エース経済研究所では考えている。過去にできたことが踏襲されていないことや,今までにないことをすることに対して抵抗感を感じるようになっている。このような層に対しては,新しいことができるというよりも,今までと同じことができる点をアピールするほうが肝要と考えたのであろう。
 そのため,Switchはタッチパネルや,NFC(近距離無線通信)搭載の有無など,ゲームに直接関係のない機能には触れられていないし,PVに子供や家族も登場しないのは,このような理由に基づくのである。
 目的が明らかになっても,おそらく資本市場での評価はいま一つであろう。投資家は任天堂がこれまで不得意であった分野の攻略を目指すことは好まない。アナリストも従来からの延長線上を好み,現代的なマーケティングも自社に囲い込んでいない顧客を攻略するのは費用対効果が悪いとされているからだ。
 しかし,娯楽の本質は驚きであり,絶えず挑戦を行わないと大きな成果は得られない。この様な不得手な顧客に対するSwitchのアプローチをWii Uに続いて行おうとする姿勢は,故岩田氏の考えが引き継がれていることを意味する。
 前述の通り,ゲーム機の成否は2週めに50万台を販売できるかどうかにかかっており,Switch発売までの施策と初週および2週めの供給力に注目したい。