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大B長様へヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年11月 2日(水)18時52分20秒
  大B長様(^w^)

ハハハハハハは~(^w^)

ハハハハハハはハハハハハハ(^w^)

ハハハハハハへハハハハハハハハハハ(^w^)

ば~かヽ(^○^)ノ(^○^)(^o^)(^w^)


何もわからんでゆ~なヽ(^○^)ノ

最高幹部のどなたかではないですか?

ほんとに低~~~~~レベルで笑いも出ないよ

お前みたいなのが最高幹部にいるから会員が大迷惑するんだよ(^w^)

自覚が無いのかな?

ゆっくりゆ~よ(言うよ)ば~~~・~~か(^w^)


 

大B長さん?

 投稿者:シナモンゴー  投稿日:2016年11月 2日(水)18時13分55秒
  怨嫉してますね?
女々しくて!
女々しくて!
女々しくて!
辛いのぉ~?
 

グリグリさま、ありがとうございます\(^o^)/

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)17時17分9秒
  三諦論における生・死の認識、大変にためになりました、と言うよりも信心を深く理解できました。何度もこのような展開を読み込まないと忘れている、または間違った認識論をそのままにしてしまうことになるところでした。

私の思考展開も、この論点に近づけたいと思います。
 

【生死の姿と三諦論の関係】9/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)16時53分20秒
  生滅するから〝苦〟なのではなく、生滅する存在であるにもかかわらず、それが永遠に続く
常住のものとして執着するから〝苦が生じる〟のだと雪山童子は悟ったのです。

おそらく彼は三世の生命を達観していたでしょう。

〝何のため〟に、命を使うのがいちばん尊い人生であるかも分かっていた
――だからこそ、雪山童子は〝法のため〟に命を投げ出せたのではないかと思います。

つまり、雪山童子は「今世に執着しなかった」ということです。

たとえば、今世で一生懸命に努力して、家を建て、会社を起こし、
発展させたとしても、来世まではそのまま持っていけません。

また、深い絆で結ばれた家族を築きあげても、そのまま一緒に持ってはいけない。

これが現実です。

しかし、それらに執着しすぎると今世の別れ(死)が怖くなる――。

だからといって、諸行は無常なのだから今世をいいかげんに〝生きてもよい〟というのではありません。

現在の「因果」が未来世の「果報」になるという三世の生命観からみれば、
今世で〝一家和楽〟を築けば、その因果は〝業因〟として生命の奥深くに刻まれ、

必ずまた未来世においても一家和楽の人生を送っていけるのです。

大聖人の弟子であった池上兄弟が、法華経の信仰ゆえに、鎌倉幕府の要職にあった父から
「勘当」されたるなどの迫害にあったとき、大聖人はこの雪山童子の寓話を通して、

困難に遭遇したときに、その人の求道心と信心が本物であるか否かが試されている時だと教えています。

そして、

その困難は乗り越えられない〝悲劇〟ととらえるのではなく、
乗り越えられる〝試練〟ととらえる姿勢こそが大事なのだと訴えました。

つまり、日蓮仏法とは「ただ今現在をどう生きるのか」――を問い続ける生命哲学でもあるのです。


― おわり ―
 

【生死の姿と三諦論の関係】8/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)16時52分46秒
  仏典(涅槃経)には「執着することから不幸(苦)が生じる」と説かれています。

釈尊の前世の姿である雪山童子は、羅刹(鬼)が口ずさんだ

「諸行無常(しょぎょうむじょう)是生滅法(ぜしょうめっぽう)」

という半偈を聞いて喜び、その続きを教えてもらうために、
自分の命を捧げる条件で、続きの半偈を説くよう羅刹に懇願します。

これは有名な涅槃経の寓話ですが、

雪山童子はなぜ、命を投げ出せたのでしょうか。怖くはなかったのでしょうか。

諸行無常・是生滅法とは

「すべての作られたものは永遠ではない。〝生じては滅びる〟ことがすべての真実の姿である」

という意味ですが、

雪山童子は人為的で形式化したバラモン教の儀式で、
本当の幸福が得られるはずはないと考えていました。

そして、真実の教えを求める旅の途中で羅刹に出会うのです。

羅刹は雪山童子の条件(命をもらう)を承諾し、残りの半偈を説きました。

その答えは

「生滅滅已(しょうめつめっち)・寂滅為楽(じゃくめついらく)」――。

つまり

「生じるものは滅びる。だから、はかないものを求める欲望も永遠に続くものではなく、
いつかは滅びる。その欲望が滅びた境地こそ、真実の幸福である」という意味です。

確かに〝若さ〟を誇ってみたところで、いつかは老人になります。
また、人間が努力して築きあげた財産や身分も永遠のものではありません。

そんなはかないものに執着し、それを追い求める人生に、真実の幸福はないのかも知れません。

また、その執着した心自体も永遠には続かない。なぜなら、人間もいつかは死を迎えるからです。

これこそ自分が求めていた〝答え〟だと雪山童子は感動し、自分が死んだあとも、
人々が知ることができるように、羅刹から聞いた法を、木や石に書きつけました。
 

【生死の姿と三諦論の関係】7/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)16時52分4秒
  そもそも全てのものを〝AかBか〟というように単純に色分けできるものでしょうか。

たとえば、数学の〝ゼロ〟はプラスでもマイナスでもありません。
また物理学の世界も「物質のない空間にも〝性質〟は備えている」というように、

有無の概念では割り切れないものがあることが常識になっています。

中道主義はこうした一方に偏った見方を極力避けて、真実の全体を〝ありのまま〟に見るのです。

生命の実体についても、唯物か唯心かに分けること自体が
間違った考えであるとし「色心不二・依正不二」の生命論を展開しています。

このような独自の高次元な立場から、既成の一切の思想を判別していく中道主義・思想を、
相変わらず既成の概念に当てはめていこうとする態度は、

それこそ「保守」というべきです。

なぜかといえば「革新」とは、常に既成の固定化した概念を打ち破り、
新しい時代の現実をとらえていこうとする態度であるからです。

この日蓮仏法を〝源〟とした中道思想を、人間性(人格)として、生き方として、
実際の行動で振舞い示したのが、創価三代にわたる師匠なのです。

言い方を変えれば、

日蓮大聖人の御書(思想)を自身の「人間性・生き方・実践行動」を通して教え、
手本を示し、中道主義の正義を証明したのが、

牧口先生・戸田先生・池田先生です。

そして池田先生は、牧口・戸田両先生が設立した「創価学会(和合僧団)」を

〝化儀〟と位置付け、化儀の広宣流布を目指して世界百九十二か国地域に流布しました。

大事なことは、

民衆が化儀(和合僧団)に温存されている化法(中道思想)を活用し、応用しつつ、
価値創造の人生を送り、一人ひとりが〝幸福〟になることではないでしょうか。
 

【生死の姿と三諦論の関係】6/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)16時51分25秒
  あたかも眠りが安息であると言い切れないと同じである。

眠っている間、安息している人もあれば、苦しい夢にうなされている人もあれば、
浅い眠りに悩んでいる人もあると同じである。
この死後の大生命に溶けこんだ姿は、経文に目をさらし、
仏法の極意を胸に蔵するならば、自然に会得するであろう。

この死後の生命が、何かの縁にふれて、我々の目に映る生活活動となってあらわれてくる。

ちょうど、目を覚ましたときに、きのうの心の活動の状態を今もまた、
そのあとを追って活動するように、新しい生命は、過去の生命の業因をそのまま受けて、

この世の果報として生き続けなければならない。

このように寝ては起き、起きては寝るがごとく、生きては死に、
死んでは生き、永久の生命を保持している。

その生と生の間の時間は、人おのおの異なっているのであるから、
この世で夫婦・親子というのも、永久の親子・夫婦ではありえない」

(戸田城聖全集三巻)と〝生命の連続性〟について明快に述べています。

師匠(牧口)を亡くした苦しみに耐え、厳しい環境の獄中で、
経文を前に思索に思索を重ねてつかんだ戸田先生の「生命論」を信じるならば、

決して人をいじめたり、生命を軽視することはできないはずです。

この三世の生命観に立てないところに、人間の不幸があるのだと思います。

三諦における中諦の考え方――つまり、中道主義を「右か左か」「保守か革新か」という
次元で理解しようとしても、それは的外れというしかなく、到底、理解できるものではありません。

生命の本質を解明した日蓮仏法を出発点とした池田先生の中道主義は、

生命を唯心的にとらえた唯心思想にも偏らず、
物質面からとらえた唯物思想にも偏らず、

しかもその両者を包含した「生命の尊厳」が最大の特徴となっています。
 

【生死の姿と三諦論の関係】5/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)16時50分42秒
  「寿量品の自我偈には『方便現涅槃』とあり、死は一つの方便であると説かれている。

たとえば、眠るということは、起きて活動するという
人間本来の目的からみれば、単なる方便である。

人間が活動するという面からみるならば、眠る必要はないのであるが、
眠らないと疲労は取れないし、はつらつたる働きもできないのである。

そのように、人も老人になったり、病気になって、局部が破壊したりした場合、
どうしても死という方便において〝若さ〟を取り返す以外にない。

我々の心の働きをみるに、喜んだとしても、その喜びは時間がたつと消えてなくなる。
その喜びは霊魂のようなものが、どこかへいってしまったわけではないが、

心のどこかへ溶けこんで、どこをさがしてもないのである。

しかし、何時間か何日間かのあと、また同じ喜びが起こるのである。

また、あることによって悲しんだとする。何時間か何日かすぎて、
そのことを思い出して、また同じ悲しみが生ずることがある。

人はよく悲しみを新たにしたというけれど、前の悲しみと、あとの悲しみと、
立派な連続があって、その中間はどこにもないのである。

同じような現象が、我々、日常の眠りの場合にある。

眠っている間は心はどこにもない。しかし、目を覚ますやいなや心は活動する。
眠った場合には心がなくて、起きている場合には心がある。

有るのが本当か、無いのが本当か。
有るといえば無いし、無いとすれば、あらわれてくる。

このように〝有無〟を論ずることができないとする考え方を『空観』とも『妙』ともいうのである。

この小宇宙である我々の肉体から、心とか、心の働きとかいうものを思索して、
これを仏法の哲学の教えを受けて、真実の生命の連続の有無を結論するのである。

宇宙は即生命であるゆえに、我々が死んだとする。

死んだ生命は、ちょうど悲しみと悲しみの間に何もなかったように、
喜びと喜びがどこにもなかったように、眠っている間、その心がどこにもないように、

死後の生命は宇宙の大生命に溶けこんで、どこを探してもないのである。

霊魂というものがあって、フワフワ飛んでいるものではない。
大自然のなかに溶けこんだとしても、決して安息しているとは限らないのである。
 

あらあら、ちょっとおもろいのでw

 投稿者:基本はロム専  投稿日:2016年11月 2日(水)16時36分15秒
  日蓮本仏論否定したい方と書き方がクリソツですけど。
頭隠して知り隠さず。撹乱したい方がたくさんおいで。
ここぞとばかりにね。あーおもろいわ。
 

大B長って?

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年11月 2日(水)16時33分10秒
  アホか?(笑)  

谷川佳樹創価学会主任副会長の若き日の日記(4)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)16時24分47秒
  そして、2016.10月には、

↓↓↓

RE: SGI副会長?  投稿者:陽光
投稿日:2016年10月21日(金)04時00分16秒  通報
満天の星様、本掲示板の「374919事件」で有名になった谷川氏がアメリカのSGI会合に参加したことが過去にあるかどうかは知りませんが、谷川氏が写真付きでこのように大きく報道された記事を見るのは初めてです。また、谷川氏の役職が「SGI副会長」および「創価学会主任副会長」とあります。私も疑問に思いますが、谷川氏はいつから「SGI副会長」になったのでしょうね?どなたかご存知の方はいらっしゃいますか?


ちなみに、谷川氏の紹介でWORLD TRUBINEの記事にはこうあります。
2016年10月2日 NEW YORK


「池田先生の代理としてSGI副会長および創価学会主任副会長の谷川佳樹氏と創価学会副会長のキョウイチ・リキタケ氏がこのミーティングに出席した。(略) 東部方面リーダーのタリク・ハサン氏は、SGI代表として参加している谷川氏を紹介した。青年時代に良書をたくさん読めという師匠の激励をもとに、谷川氏は中学生および高校生時代に500冊以上の本を読んだ。また、日蓮大聖人の正当な教えから外れた宗門がSGIに対して非道にも権利侵害を働いていた時も青年部のリーダーとして谷川氏は指導的な役割を果たし勇気ある闘争をした。


谷川氏はステージに立ち、ニューヨーク・メンバーから誠意ある歓迎を受けた。先生はすべての参加者に感謝され、宜しく伝えるようにとの池田先生のメッセージを谷川氏は伝えた。彼自身の信仰の個人体験を話した。決意したSGIメンバー(注:彼の事)が公園のベンチに座っている父親に、日蓮仏法をいかに紹介したかという話も伝えた。父親は同じ日に入信した。彼の母親は6年間反対したが、その後に信心をするようになった。


入信した当時の彼は、家族が住んでいる家を失う事態をも含む様々な問題があった。しかし、このような時に谷川氏は池田先生と会い、骨身を惜しまぬ信心(行)と求道心をもって池田先生の指導を受けて、彼の家族は変毒為薬でき、様々な問題を乗り越えることができた。両親は既に他界しているけど、谷川氏は今日このように(皆さんの前)で話す事に彼の父親が如何に彼を誇りに思っているかと語った。


約30年前、谷川氏はある大手の商社で成功を収めていた。しかし、その時、創価学会の本部で働くようにとオファーが来た。彼は池田先生から個人的な激励を受け、師弟不二と人生において真の幸福を掴む「ショートカット」の信心を取り、SGIと共に生き、広宣流布のために生きることを選択した。


谷川氏は、弟子にとって師匠の慈悲(愛)と懸念の奥深さを掴み取り理解することが如何に難しいかを説明した。彼が報恩感謝の念を表す唯一の方法は、地涌の菩薩の地位を拡大する事で彼の人生を捧げることだと思う、広宣流布とは実に永遠に続く闘争であり、この事を証明した人は池田先生の他いないことを話した。


谷川氏は最後に、勝利は祈りから始まり、リーダーの真摯な祈りがすべての原点となり、熱意のない決意では何事も叶わない事と締めくくった。また、創価精神とは初代牧口常三郎会長の時代から前進のためにイニシアチブを取る「一人立つ精神」であること。そして、谷川氏は、池田先生の弟子として題目を真剣に唱え、次の二年間にSGI-USA全員が一丸となって歴史的な勝利を共に勝ち取ることを約束した」


WORLD TRIBUNE 2016年10月14日号 Vol.No. 4076 より掲載


コメント:彼の体験談には矛盾があるように思うのですが・・・父親を折伏したのはいつかなのかはっきりと示されていませんが、彼は公園で父親を折伏したとのこと。また、中学生・高校生時代に先生の激励を基に500冊の良書を読んだとの事。このことから谷川氏は父親を公園で折伏したのは中学生時代になりますが、どなたか谷川氏の個人体験談をご存知のお方はいらっしゃいますか?



>谷川佳樹創価学会主任副会長は、いつからSGI副会長なのでしょうか?
https://www.worldtribune.org/2016/10/lion-kings-mentor-disciple/


↑↑↑

非常にシンプルではなく、複雑怪奇な話で何をおっしゃっているのか?

↓↓↓

その名は、タ・ニ・ガ・ワ!!  投稿者:蘭夢
投稿日:2016年10月29日(土)21時53分28秒  通報
学生部の話がでたので、昔の話。
ふと、嫌なことを思い出した。
今まで、黙っていたが、374919事件もあるし、本当かも知れない。

ゲスな話なので、心に余裕のない方は、スルーした方が良いかも・・・

その昔、僕が学生の頃。

所属するサークルの先輩から突然、僕は声をかけられた。
その先輩は、普段は、ほとんど顔を見せない、チャライ2人。

そして、突然その先輩は、こう切り出したのだ。
「お前、創価学会ていう宗教やっているんだってな」

少なくとも、その先輩に信心の話をしたことは無いし、どこから僕が学会員であることを知ったのか
ともかくも、何か学会に対する文句か、それとも・・・
緊張感を感じとったのか、先輩は微笑みながら
「いや、何、なんか、やつけてやろうとか、そんなんじゃないんだ。」
「そうじゃなくて、内緒の話。ちょっと本当のことを、さぁ、俺たちも混ぜて欲しいんだよ」
馴れ馴れしく、僕の肩に手をまわしながら、その先輩は語った。

そして、僕は、この先輩から耳を疑うことを聞かされる羽目になる。

ここから先は、過去の話でもあるし、記憶が不鮮明なところもあるため
極力、脚色なしに、箇条書きにします。

・先輩は、ある噂で、学会に入ると、非常においしい話にありつけるということを聞きつけた。
・その、おいしい話とは、女性と仲良くなれる。もっと具体的には、やりたい放題という話。
・なんとしても、そのおいしい話にありつきたいと、学会員をさがしたところ
 同じサークルにいる僕にたどり着いたということ
・そして、先輩は、僕が秘密を隠していると疑い、何とか秘密のおいしい話の情報を聞き出そうとした。
・僕は、知らない。そんなものはデマだ。嘘だと強情なため、
  先輩は、ここまで知っているんだと、僕にとっておきの話を語りだした。

噂の根拠となる話。

その時、彼ら3人はAという人物との約束があり、Aの住む家を訪ねた。
ところが、何度呼び鈴を押しても本人は、出てこない。
鍵は開いていたので、3人は、扉を開けて玄関内に、
そこへ、慌てて、パンツ1枚のAが出てきた。
なんだ、お前らは、何しに来たんだ。
3人は、約束の事を話すと、Aは、今は忙しいと、3人を強引に玄関の外に追い出した。
だが、3人は、奥の部屋、ベッドの布団の中から、はみ出している脚をしっかりと見ていた。
3人は、あれって、やっぱり女の足だよな、やりまくっている噂は、本当だったか・・・・・。

Aは、ある時、酒の勢いか、こんなことを豪語していたらしい。
「俺は、将来、会長になる男だ。その為の布石は全部、打ってあるんだ。」
「先生、先生って、言ってればいいんだ。周りはバカなやつばかりだ。簡単だ、すぐに上に上がれる。」
「信心している女は、だましやすいんだ、先生、先生、といっていれば、簡単に信用してくれる。」

ゲスの極みだ。

女とやれるから信心やらないか、俺の仲間にならないか、などと、どんな勧誘だ。そんなゲスな奴など、いてたまるか。

これは、学会に対する言われなき根拠なき中傷だ。

僕は、自分が知る男子部の先輩の姿など、学会は、そんな話とは無縁であると訴えた。

先輩は、流石に、やはり嘘だったのかと・・・。だが、どうしても諦めきれないようで、

そして、

「思い出した。そう、Aの名前だ。そうだ、タ、ニ、ガ、ワ、だ。」
「タニガワとかいう幹部おるやろ、そいつや。」

僕は、きっぱり。
「そんな、人間は知らない。そんなゲスな幹部がいるわけないだろう。」

先輩は、夢破れて去っていった。

ちなみに、後で、あれ、そういえば、谷川・・・・はははっ、間違い間違い人違い。

ただ、そんな噂が出てしまうような状態とは、いかなるものなのか
そのように誤解されるような話が本当に無いのか
当時は、そのことで、何か違和感を感じていた。

そして、その時、同席していた、友人(僕が学生の時、本流した友人)と話した。
もしかして、先輩の話がまったく嘘ではなく、何かあったとしても

ただ、言えることとして、そんな奴は絶対に途中で排除されるに違いない。
そして、万が一、そんな奴が会長になったら。
学会も終わりだが、世界が終わる時だろう。
友人と二人して、想像して寒気に鳥肌がたった。

その名はタニガワ。忘れられないゲスな男の名前。


↑↑↑

この事を打ち消すための海外での発言なのか?奇々怪界な『若き日の日記』です。

シン・人間革命を、シン・会長先生が書き顕すための序章でしょうかね(-_-)
 

池田名誉会長って

 投稿者:大B長  投稿日:2016年11月 2日(水)16時23分5秒
  実際のことを言うと、池田名誉会長の病状は、意識はハッキリしてるんです。だから意思の表明はできます。ただ執筆活動とかペンを持って何かを書くことは難しいんです。


ですから、現在の創価学会、そして公明党を池田名誉会長は実質容認しています。


現在の創価学会、そして公明党の安保政策に関しても名誉会長は基本容認です。



ですから、現在の創価学会、公明党の施策に異論があるとすれば、名誉会長を批判するべきなんですよ。
池田名誉会長に何らかの思想があるのかというと、別にとりわけ目立った思想があるわけではありません。
単なる「人間主義」とか「平和主義」とかそんな言葉があるだけです。
「人間革命」という言葉でさえも、南原繁氏の用語の盗用ですから。まあこの盗用は実際には戸田会長が使用したものなんですが。


池田先生も人間です。間違いもあれば、誤りも犯します。
いま学会に必要なことは、池田名誉会長への盲信を解くことでしょうね。



矢野さんと和解したことはよくわからないでしょ。要するに池田名誉会長が証人で呼ばれたらまずいわけですよ。それを避けたいわけです。ですから矢野さんとは和解したわけで。
社長会記録だってそうでしょ。勝手に学会側から取り下げでしょ。


学会としては、池田名誉会長の誤りを表面化するわけにはいかないんですよ。


で、この掲示板も、池田名誉会長という幻想に囚われているんですね。
池田名誉会長は聖人君子でもありませんよ。


池田名誉会長の凄さはその指導性だと思います。池田会長がなければ、ここまでの学会の拡大はなかったわけです。
しかしお題目を商標登録しようとしたり、実際には学会本部が表立って言えないこともたくさん彼はやってるわけです。


御義口伝講義なんて、原島嵩氏が書いたものを講義しただけのものです。人間革命は篠原善太郎氏が書いたものです。対談集の多くも著作の多くも、スピーチの原稿も池田名誉会長が自身で書いたものはほとんどありませんよ。



そんな池田名誉会長の真実の姿をみんな見ようとしないんですよ。
大切なことは、どこまでが池田名誉会長の思想でどこからが池田名誉会長の思想でないのかを、学会本部がそろそろ観念して公開することでしょう。いつまで騙すんでしょうね。


みなさんもそろそろ池田名誉会長の実像に気づいた方がいいと思いますよ。


公明党、そして現在の創価学会幹部を批判するならそれはそれで構わないことですけど、池田名誉会長自身を批判しないと根本的な批判にはならないでしょうね。


山崎正友という人は金に狂った人ですが、この山崎と戦うために池田会長が頼っていたのが原島嵩氏でした。
原島嵩氏はあまりの池田会長の問題ぶりに池田会長の目の前でその姿勢、言動を糺したんです。で、その結果、池田会長は彼を拒否しちゃったんです。
本門の弟子第1号に認定した原島氏を池田会長は斬ったわけです。



池田名誉会長は自身への批判を受け入れない狭量さがあります。
彼にあったのは、折伏戦で人を高揚させる指導力です。しかしそれ以上のものはなかったんです。
池田会長本人の意思なのか、それとも学会本部の意思なのかはわかりかねますが、その後、池田先生という幻想が作られてしまったんです。



池田名誉会長への批判をこの掲示板はすべきだと思いますね。それができなければ創価学会の未来はないでしょう。
学会幹部の離反が、池田名誉会長に責任がないとでも思ってるんでしょうか。
そんなわけないですよ。
池田名誉会長の人格、そして発言に問題があったからこそ54年の問題は顕在化したわけです。そこを山崎と宗門に突かれたんです。





 

この掲示板は原田会長も知っています

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年11月 2日(水)15時54分12秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

戸田先生「陰口は罰になるが、直接諫言は罰にならない」
との戸田先生の御指導を教えていただきました。

この掲示板の内容は原田会長、谷川主任副会長も知っています。

全国的に創価学会職員による会員さんへの査問・尋問の嵐が吹き荒れた時に、尋問した職員が本部は何でも承知していると発言しています。
査問を受けた方の話ではクローズのネット上の書き込み「ですら」創価学会の本部は内容を把握し「誰であるのか?」調べる能力があるのです。

皆様も原田会長へ届け!との思いで真実を書き込まれたらどうでしょうか?

また、過去には谷川主任副会長と会うアポイントを取れる方も書き込みをされた事例もあります。

どちらにしてもこの掲示板に書き込むことは、戸田先生の御指導通り、創価学会職員への直接諌言になります。

 

谷川佳樹創価学会主任副会長の若き日の日記(3)追加

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)15時47分0秒
  創価村の公達は、シンプル 射ず ベスト(-_-)
?
 

谷川佳樹創価学会主任副会長の若き日の日記(3)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)15時43分54秒
  非常にシンプルな話で、公達は先般
ご案内があった別冊宝島でインタビュー
を受けてお話されていらっしゃいます。

米国での話しとはかなり相違してマス
がね。
 

谷川佳樹創価学会主任副会長の若き日の日記(2)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)15時39分19秒
  あまり、若いわけではありませんが、
公達の公的発言をみてみましょう!

?
 

ご参考までに さま 一網打尽ですね(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)15時35分2秒
  11・18目前で一斉駆除!!非常にシンプルな
発想で、便1さまらしい思考です。

↓↓↓

戸田先生「陰口は罰になるが、直接諫言は罰にならない」   投稿者:御参考までに   投稿日:2016年11月 2日(水)13時19分6秒


   戸田先生:
「御尊師に、もし間違いがあるならば、陰口なんて利かずに、正々堂々と忠告すること。これは罰になりません。陰口は罰になります。だが、面と向かって堂々と話すことは決して罰になりません。」
(於:夕張・正妙山興隆寺落慶入仏法要1957年8月20日)

(私見: 心得違いの最高幹部への批判はネット上で公開する事も必要ですが、周囲にふれまわるだけで最高幹部本人に直言しなければ十四誹謗、破和合僧に通じる惧れがあると考えられます。
もちろん諫言しても受け入れられない可能性は大ですが、諫言した相手がどう反応しようと、少なくとも本人達に直言すれば、その行為によって与同罪は免れるはずです。)

↑↑↑

元職員三名にも、先に言っておけば良かったのにね?
 

今日も残念な柳原さん(笑)

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年11月 2日(水)15時01分35秒
編集済
  いや~今日の柳原滋雄コラム日記またまた残念賞。

本当に妙法のジャーナリストかな?信濃町界隈のジャーナリストでは?(笑)

今日のお題は「“執行部を倒せ”と扇動して自分が召し取られてしまった波田地」

除名、解任、解雇されておられるとはいえ、単なる一個人に対してよくもここまで連日書けます

ね?

以前も書いたが「三位一体」なる単語や「四人組」なる単語は少なくとも波田地氏作ではないで

すよ柳原さん(笑)三者を指して「三位一体」と表現したのは信濃町界隈のI弁護士。

だから、信濃町界隈の一方的な偏向情報を鵜呑みに精査もせず調査もやらず、取材も確認もせ

ず、憶測、推測、風聞、伝聞、思い込み、決め付けの類と言われてしまうんですよ。最近はスリ

カエもありますが。

私の取材によれば、波田地氏はそもそも「執行部を倒そう」などとは言っていませんし書いて

もいませんよ。時系列的に言えば貴方が言っている頃の執行部は原田会長、正木理事長体制の頃

で波田地氏は別段何とも思っていなかった。「悪い一部の職員幹部」を指して糾弾したことはあ

っても執行部の批判、ましてや「執行部を倒せ」などとアジテーションを行った事はありませ

ん。

これだけでも一方的に取材も確認もしていない事は明白ですよ柳原さん。

そんな事よりも重要な、仏敵・矢野純也糾弾シリーズは一体どうなっているのでしょうか?

不可解で有り得ない和解は、矢野と一教団幹部との和解であり、貴方とは何の関係もないはず。

誰からも指図を受けず、報酬ももらわず、ただただ正義の為に一人立ち、妙法のジャーナリスト

として宿坊の掲示板を叩き、現証として体調も良くなり、絶好調の柳原さん。

過去にコラム日記で連載されていた「矢野絢也の素顔」これは素晴らしいリポートです。是非再

開をお願い致します。そして是非一冊の本として上梓される事を望みます。

そして貴方もリポートで書かれていた54年問題で外せない学会本部内の情報漏洩問題。

残念な事に知ってか知らずかお一人重要人物のお名前がありませんが(笑)

元都議で退転反逆した藤原氏の証言によれば、〇〇〇〇〇→矢野純也→内藤国男が週刊誌での学

会批判、先生批判の情報漏洩ルート。

下記は貴方のコラム日記からの抜粋引用です。

2009/02/25(Wed)のお題は

「矢野絢也の素顔  15  内部情報を外に漏らし続けた“背信の徒”」

(2009/2/25 柳原滋雄コラム日記より)

「「週刊朝日」が同年8月5日号に掲載した「藤原行正都議の衝撃発言」と題する5ページの特集記事は、矢野絢也の“二重人格”ぶりをそのまま浮き彫りにするものだった。この記事で藤原行正は、矢野が以前から反学会ジャーナリストとして知られる「内藤国夫」に対し、教団中枢の情報を密かにリークし続けていたことを指摘し、矢野と内藤との関係について「とにかく親密ですよ、2人は」と証言していた。」

矢野と内藤しか書かれていませんが、矢野に流していた信濃町中枢の方が欠落していますよ

(笑)

さぁこの中枢幹部職員は一体誰なんでしょう?

ヒント:先生が近年の本幹で毎回厳しく叱られていた方(笑)

では柳原さん、明日の更新と仏敵・矢野純也糾弾シリーズ「矢野純也の素顔」の再会と出版を楽

しみにしております。

頑張れ!妙法のジャーナリスト。

 

小作人@地上の発心 様

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2016年11月 2日(水)14時34分53秒
  小作人様の現実のご様子、拝見させて頂きました。
時にはガス抜きしながらでも前に進むしかないですね~。
どうも、ありがとうございました。

>婦人部がいようがいまいが、、 ?投稿者:小作人@地上の発心
 

【生死の姿と三諦論の関係】4/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)13時51分47秒
  では、生死を〝三諦〟の関係でとらえていけば、
どうなるかというと上記の大聖人の文にもあるように、

生は仮諦、死は空諦、生死ともに貫く生命の本質は中諦(中道)になります。

つまり、

生はあくまでも生成・発展していく現実の姿(仮和合)が中心であり、
死は目に見えない性分(空諦)が大宇宙の生命に冥伏していますが、

生死のなかに一貫して流れる我(中諦)は不変の生命です。
しかも、この三諦は〝円融三諦〟といって決してバラバラのものではありません。

だから、生のときは仮諦(現実の姿)がおもてであっても、根底には宇宙自体と
冥合している自己の存在があり、宇宙の生命と切り離したものではないのです。

また、その変化の姿である生成・発展(仮諦)のなかにも、
不変の生命(中諦)は厳然と実在しています。

また、死後の生命が大宇宙のなかに冥伏しているといっても、
縁にふれれば具体的に有形のものとして現れてくる特性、特質、生命の本質をもっています。

決して永久の〝無〟に帰するものではないのです。

要するに、仮諦のなかに空諦も中諦もあるということであり、
空諦のなかにも仮諦、中諦が含まれているということです。

この生死にわたって連続していく生命それ自体が、善悪の業を感じているのです。

話は変わりますが、

かつて日本の神道が国家主義、全体主義に利用され、
無謀な太平洋戦争にまで発展した時代がありました。

その時、牧口・戸田両先生は当時の宗教政策で「日本国民に神社の礼拝を強制する」ことの
非論理的、非道徳的な説を訴え、それがために罪なくして囚われ、牧口先生は獄死――。

戸田先生は二年におよぶ獄中生活を送りました。

その獄中生活のなかで、生命の本質をつかんだ戸田先生の「生命論」を抜粋して紹介したいと思います。


・・・つづく。(夕方ぐらい)
 

【生死の姿と三諦論の関係】3/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)13時51分1秒
  大聖人は

「無も有も、生も死も、若退も若出も、在世も滅後も、ことごとく皆、本有常住の振舞なり。
・・・・(中略)されば、無死・退滅は空なり。有生・出在は仮なり。如来・如実は中道なり」

(七五四頁)と述べています。

仏法では、生も死も無始以来、常住する生命の変化の姿ととらえています。

生命は生によって初めて生じ、死によって永久に滅してしまうものではなく、

大宇宙とともに永遠に連続する実在であり、あるときは生を現じ、
あるときは死を現じているという考え方です。

つまり、

あるときは生命として顕在化し、あるときは死の生命として
大宇宙に冥伏(宇宙に溶け込む)しているということです。

この〝宇宙に冥伏する〟という発想がどうして出てくるのかというと、
仏法は宇宙自体が生命の存在であり、法則に貫かれたものであるとする考え方からきたものです。

有と無、生と死、出と退、在世と滅後、があるといっても
〝生の生命〟と〝死の生命〟は本来、初めから有るもので、

常住する生命の変化の姿を述べたものにすぎません。

ここでいう〝無〟とは、完全に無くなるということではなく〝空〟と同じ意味です。

生命は、あるときは有の状態、あるときは無(空)の状態で連続していく。

また、生の生命が〝出〟であれば、死の生命は〝退〟です。
つまり、生か死かは「出現するか、退いていくか」の違いなのです。

退いていくというのは、無くなってしまうのではなく、
大宇宙のなかに退いていくという意味です。

しかし、再び縁にふれて出現してくるのを生の生命というのです。
 

【生死の姿と三諦論の関係】2/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)13時50分22秒
  障害児として生まれた子供の背負う宿命の重さや両親の悩みは、
その原因を染色体の配列や薬品等に置いて解決される問題ではないのです。

もし「たまたま運が悪かっただけ」とするならば、
自然の無差別の驚異に、ただ恐れおののく野蛮人となんら変わらないと思います。

たとえ自然界の現象に因果関係を認めていても、こと人生の問題になると、
生まれながらの差別を〝偶然〟とし、どのように生きようとも、

死ねば一切が〝無に帰す〟として、因果律を否定することは、
まったく非科学的な態度といえます。

このように生命それ自体の因果律を考えていくならば、どうしても仏法で説く
「三世の生命観・永遠の生命観」に立たざるを得ないのです。

生命とは〝生死〟を繰り返しつつ、宇宙とともに存在し、宇宙より先でもなければ、
あとから偶発的に誰人かによって作られて生じたものでもない

――というのが、仏法の生命観です。

心地観経には「過去の因を知らんと欲せば、その現在の果を見よ。
未来の果を知らんと欲せば、その現在の因を見よ」(御書二三一頁)

とありますが、

ここでいう過去とは〝過去世〟のことです。
現在とは〝現世〟のこと、未来とは〝未来世〟のことです。

つまり、

現在における差別は、過去世の因による結果であり、現在の生命を因として、
未来世における生命が決定されるというのが、三世の生命観です。

しかしよく考えてみると、生命の因果論から見れば、生命は三世にわたるとしても、

どのような姿で連続するのかという疑問が残ります。

この疑問について、ある宗教では、死後は生命活動の場所を
「西方極楽浄土」であるとか「天上界」であると、

架空の世界を作って〝そこで生きる〟と提示していますが、

はたして本当にそうでしょうか。

ましてや実体を離れた霊魂などという存在も仏法では認めていません。
 

是非、ご本人でやってみてください・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 2日(水)13時50分3秒
     ↓  ↓

http://6027.teacup.com/situation/bbs/59131

いまの問題がそう簡単なことでないことが、お気づきになると思います。
 

【生死の姿と三諦論の関係】1/9

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年11月 2日(水)13時49分40秒
  ある日、妻から「人間の生死の姿を三諦論で認識するとどうなるの ?」と質問された。
面倒くさい質問だなと思いましたが、大事な問題であることは確かです。

仏法における生命哲学では「生死の問題」をどうとらえているのでしょうか。
また三諦論で生死を見れば、どういうふうになるのでしょうか。

それを考えていきたいと思います。

まず、

生命は永遠に続くものなのか、それとも死ねば、一切が終わってしまうのか――。

大多数の人は、感情的には永遠に続くような気もするし、
どうしてもこの世だけのようにも思えるというのが、正直なところではないかと思います。

しかし、なぜ人は感情的に「永遠の生命」を意識するのでしょうか。

それは死への恐怖からなのか、それとも何か漠然と意識しているものなのかは
分かりませんが、案外、感情的・心情的に意識するものの中に、

じつは偉大な真理が横たわっているものです。

しかもそれが「万人に共通する」ものであればあるほど、その底には何かがあるものです。

特に現代は科学の発達した時代ですから、昔みたいに神話や寓話、
また妄想の類の話では、人はなかなか納得できないものです。

そこで登場するのが、現実主義的な生命論です。

つまり「生によって生命は始まり、死によって一切が終わる」という思想です。

しかしこれでは、なぜ人が生まれて来たとき、
すでに形態、能力、特性、障害などの差別があるのかという疑問が残ります。

この素朴な疑問に対して、科学者ならば染色体の構成をもって説明するかもしれません。

でもこれは差別を生じた変化現象の過程をたどったにすぎず、
なぜ差別ができて生まれてくるのかという根本的な原因は明らかにされていません。
 

戸田先生「陰口は罰になるが、直接諫言は罰にならない」

 投稿者:御参考までに  投稿日:2016年11月 2日(水)13時19分6秒
  戸田先生:
「御尊師に、もし間違いがあるならば、陰口なんて利かずに、正々堂々と忠告すること。これは罰になりません。陰口は罰になります。だが、面と向かって堂々と話すことは決して罰になりません。」
(於:夕張・正妙山興隆寺落慶入仏法要1957年8月20日)

(私見: 心得違いの最高幹部への批判はネット上で公開する事も必要ですが、周囲にふれまわるだけで最高幹部本人に直言しなければ十四誹謗、破和合僧に通じる惧れがあると考えられます。
もちろん諫言しても受け入れられない可能性は大ですが、諫言した相手がどう反応しようと、少なくとも本人達に直言すれば、その行為によって与同罪は免れるはずです。)
 

悦び

 投稿者:同志の歌(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)12時58分8秒
編集済
  広宣流布・同志を護る為に闘われたのが創価学会三代会長の戦いであると自分は思って居ります。

今、池田先生の弟子を名乗るのであれば、
我が身を顧みずに、死物狂いで、先生の思いに応えるとの思いに立たなければ弟子ではないと思います。

また、この戦いに身を投じる事に悦びを
感じられないのは弟子ではないと思います。

「革命は死なり」とあります。

この思いに立ち、戦い続ける姿勢が先生の悦ばれる、本当の弟子の姿勢であると思います。

この姿勢こそ、弟子の姿勢であり、
「悦び」ではないのでしょうか。

 

秋谷、八尋、谷川、原田、浩、とその手下

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年11月 2日(水)12時45分11秒
  現執行部の秋谷、八尋、谷川、原田、浩、とその手下達。

このクズ共が、比べるものの居ないぐらい極悪人であることは様々な文証により明確であり創価学会には全く必要の無い人間だ。

女性の敵である・た・に・が・わ・が、会長になろうとしていた訳で、とんでもない事だ!(# ゜Д゜)

ミナヨクイク事件も、その名は・た・に・が・わ・

の事件も前々から女性の事を人間とも思ってもいなかったゲス野郎で、一年中盛りのついた猿みて~なやつじゃね~か┐(´д`)┌

・た・に・が・わ・(*`Д´)ノ!!!

ダッチワイフとかにしときゃ~よかったんじゃね~か?

今さら遅いぞ(*`Д´)ノ!!!(# ゜Д゜)女性をさんざんおもちゃみて~に扱っといて

秋谷、八尋、谷川、原田、浩、丹治に弓谷他クズばかりじゃね~か(# ゜Д゜)

どぶ板はがせばゲジゲジとか団子虫やらボウフラ位しか居ないかんね

テメーらに学会が、乗っ取られたと思うとむしずがはしる(# ゜Д゜)


 

自立の信仰とは・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 2日(水)12時25分49秒
編集済
  組織の従属・隷属から逃れ。広宣流布の見事なる大発展を成し遂げるには

個々人の発迹顕本・・これこそ、魂の独立・・

そのために、法華経が説かれた・・

今、その法華経に新しい血が与えられ現代に蘇った・・

いまこそ、「法華経の智慧」の熟読・身読が必要と思います・・

http://6027.teacup.com/situation/bbs/mypost/edit/comm_id/58645

http://6027.teacup.com/situation/bbs/mypost/edit/comm_id/58643

http://6027.teacup.com/situation/bbs/mypost/edit/comm_id/58642

第一次・第二時宗門の本質は民衆仏法の確立と、その反勢力との戦いではなかったでしょうか。

第二時宗門問題後、宗門から独立・魂の独立ができたはずでした・・

しかし、師匠がしてくださった魂の独立の意味・本質をいつまでもわからずにいる我々・・

宗教は(本来仏)である民衆を隷属させる傾向性を持つ・・

権威主義に隷属してはいけない。盲目的に信仰をしてはいけないと・・

法華経は一人、一人に覚醒させるためにある・・ と師匠。

その師匠は、生命を賭して教えてくださってきた・・仏とは、あなた方自身(我々)自己自身・

永遠の仏「南無妙法蓮華経如来」であり、菩薩仏なんだよと・・

本来の境地を知りなさい、思い出しなさいと・・叫ばれた。

組織任せ、幹部か任せは、結局、隷属・人任せ・・

隷属したままでは、どこまでいっても魂の独立はできない。ホッシャクケンポンできない。

魂の独立とは自分の本当の境地、南無妙法蓮華経如来自身であると識ることではないでしょうか・・

「如来とは一切衆生なり寿量品の如し」(御書p770)

遠藤:ということは、宇宙の一切衆生が、そのまま「永遠の仏」だということになります。
(法華経の智慧 第5巻 「事顕本」と「理顕本」
より~)

覚知しろ、識りなさいと・我々に気付かせるために、54年問題はあったように思います。

これを識ることが、54年問題を自分で解いたことになると、そう、自分は思います。

そして、見事なる個々の発迹顕本と創価の発迹顕本・

だらしなき幹部に隷属・振り回されることなく、宇宙大に大きく境涯を広げ・・

見つめる先は素晴らしき世界広宣流布・・


生涯広布 ペンギン

http://

 

ノーカットリンク集

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年11月 2日(水)11時09分44秒
  そもそもなぜこんな「ノーカット」があるのか。
それも、どれを読んでも重要なものばかりではないか。

なぜ池田先生はこのような行為をした?
我々後継に必要と感じてるからに他ならないからではないのか?

なぜ「必要」だったのだろうか?
「優しい方便」はすでに池田先生ご自身でみんなやり切った上で、以下の事柄に感じるしだいです。


http://6027.teacup.com/situation/bbs/45206
ノーカットリンク集を再掲します   投稿者:備忘録者   投稿日:2016年 4月26日(火)23時56分33秒

池田先生スピーチノーカット【リンク集】ご活用ください。
=============================

★ノーカット版②(秋谷に対して)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/24768

★2009.11.18記念 本部幹部会&SGI総会
http://6027.teacup.com/situation/bbs/24698

★(谷川に対して)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/24402

★先生の意志に反する現執行部 (創価文化会館で開かれた全国代表者協議)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/20136

★ ある会合で・・・
http://6027.teacup.com/situation/bbs/20130

★ある日の本部幹部会に参加された方より。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/20128

★P:(H田に向かって)誰だ、悪いのは?
http://6027.teacup.com/situation/bbs/19679

★ある本幹で  (秋谷に対して)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/18042

★本幹で(東京の敗北を受けて)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/18040

★先生の指導ノーカット版(学会が貴族仏教)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/13520

★本部幹部会ノーカット版(名場面集です)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/13295

★ある日の会合で(O田、K側らに)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/11315

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

問題の根源・・彼らがいる限り創価に明日はない・・民の救済が隷属者を作る結果に

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月 2日(水)11時08分26秒
編集済
  <記事再掲・・>

異体同心の和合僧団たるべき創価学会を蝕む最大の病巣が、A見組織本部長を落としT川会長への道を開こうとした葬

儀屋と法匪とS藤・T治 らの いわゆる「悪の三位一体」であることは、ここまでの検証で論を待たないでしょ う。

「組織内組織」は悪というなら、この「悪の三位一体」と、その鬼っ子でパワハラの限りを尽くしたT治一派ほど、

学会の組織に悪影響を与えた「組織内組織」はない。

怪文書攻撃、婦人部間のチェーンメール利用、マスコミへの情報リーク、 口コミによる誹毀讒謗、盗聴、不正ログイ

ン、通話記録の不正取得等々―― この連中の権力奪取のためには、なんでもありのやり口からヒトラーを連想するの

は、 大げさなことではない。「職員幹部を尊敬しろ」という精神性までそっくりです ね。

まさに、山友の血脈をひく悪の正嫡です。

その連中による学会乗っ取りの野望が完結しようとしている今、私が思い出すの は、『彼らが最初共産主義者を攻撃

したとき』(ドイツの反ナチ運動組織告白教会の 指導者マルティン・ニーメラーの言葉に由来する詩)です。 (※『彼ら

が最初共産主義者を攻撃したとき』でググって、wikiをご覧ください) いろんなバージョンがあるようですが、主な一

つは・・・ 「ナチスが共産主義を攻撃したとき、彼は多少不安だったが、

? 共産主義者でなかったから何もしなかった/ ついでナチスは社会主義者を攻撃した。

彼は前よりも不安だったが、 社会主義者ではなかったから何もしなかった/ ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が

攻撃された。彼はずっと不安だった が、まだ何もしなかった/ ナチスはついに教会を攻撃した。彼は牧師だったから

行動した―― しかし、それは遅すぎた」 これを、ここで話題になっているH氏に当てはめると・・・ 悪の三位一体が

「天鼓」でA見を攻撃したとき、H氏は声をあげた。 しかし、良心派の職員らは何もしなかった。 悪の三位一体のY尋

が葬儀屋に妙観講盗聴事件の訴訟指揮を任せ、 重要証人の陳述書のスリカエデッチ上げなどデタラメなことをやっ

た。 このときも、H氏は声をあげた。しかし、良心派の職員らは何もしなかった。 2001年、悪の三位一体らがH頭氏

を追い落としたときも、H氏は声をあげ た。 しかし、良心派の職員らは何もしなかった。 これ以後、聖教ではT治ら

がのさばるようになった。2006年春、T治らが9年間で5000万円もD出版社にたかった事件が発覚 し、 同社経理部長

が外郭に飛ばされた。このときも、H氏は声をあげた。 しかし、良心派の職員らは何もしなかった。

結果、T治はお咎めなし。逆に、同年夏、声をあげ続けたH氏が諭旨退職させられた。 しかし、良心派の職員らは何も

動かなかった。それどころか、T治は編集局長に 昇進し、副会長にも抜擢された。すさまじいパワハラの嵐の始まり

である。 2009年、T治一派の横暴は頂点に達した。狂気の嵐が吹き荒れた。 パワハラに心を病んで出社できなくなっ

た記者も出た。 事ここに至ったとき、聖教の若手らが声をあげた。 さすがに、動かざること山の如しの良心派の職員

らも一部ではあるが若手を応援 した。 声がCPに届いた。T治一派16人が“打ち首遠島獄門”に。 ただし、解雇や除名に

はならないあまあまの処分だった。 しかし、T治事件は、下からの告発で上の不正が糾弾された“学会史上初”の前例

となった。 同年夏の総選挙大敗北による自公連立崩壊で、さしもの「悪の三位一体」も息絶 え絶えに。 しばらくな

りを潜めていたが、2010年夏のCPの病気入院と、民主党政権の 自滅で息を吹き返し、 2012年暮れの政権復帰で完全

復活。いよいよ本性を露わに。宗教性より政治の権謀術数を優先、 CPの思想より学会の組織厳護を優先する「悪の

三位一体」の路線が露骨になっ た。 この動きに、一人の青年職員が告発に立ち上がった。 しかし、結局、2012年

春、懲戒解雇に処せられた。 このときも、良心派の職員らは青年を守ろうともしなかった。そして、2013年・・・。

「悪の三位一体」は、11・18の大誓堂落慶の時を、自分たちの独断専行による学会改造総仕上げの決着点と定めた。

春から大御本尊の意義改変、日蓮世界宗の旗揚げ、会憲の制定をごり押しし始めた。

一方、T川は都議選、参議院選で一般会員が奮闘している最中、 11・18の会長就任への行程を練っていた。 「私は

11・18で会長になります・・・」 障害は二つ。一つは不適切な関係がバレてしまった女子職員の処遇。 もう一つは

最大恥部374919事件の証拠を握るH氏の社会的抹殺。 参院選が終わるやいなや障害の排除に動き出した。女子職員に

は寿退社を理由に 退職を。 投票が終わるや、早々に、職場の同僚や地元組織の誰にも告げず夜逃げ同然で転 居し

た。

H氏には同じ週に四谷警察へ刑事告訴。 不正ログインして入手した文書や、デッチ上げの自作自演怪文書を根拠に警

察を 動かし、 H氏を逮捕、起訴させ、それを理由に学会を除名にする作戦だった。 ところが、学会本部から漏れ伝わ

ってきていた情報でH氏が逆襲。 作戦は結局不発に。

9月に入って、「悪の三位一体の連中」が大御本尊問題、 会憲問題の決着を急がなければならなくなった時、教学部

が立ち上がった。 T治事件の時も立ち上がった人たちだった。 いよいよ良心派の職員らも立ち上がり始めた。 大御本

尊問題、会憲問題も、教学部の踏ん張りによって、 CPから「拙速に急いでやるようなことではないのではないか」

「今は、もめ事を起こす時ではない。裁判なんかも少なくして」等の回答が引き 出され、

「悪の三位一体」も結局、引き下がらざるを得なかった。

しかし、立ち上がり始めた時は、すでに時遅しか!? カギをにぎっていた人々が「悪の三位一体」一派に取り込まれ、

良心派の職員ら がついに標的に。 この掲示板でT治一派の残党職員から暴露があったように、昨年12月には、 良心派

の副会長二人が局長から外され、今年6月にも局長兼任の副会長が。 7月には教学部の二人も更迭された。

こう見てくると、 「悪の三位一体」一派による学会乗っ取りを潰すチャンスは幾度もあったと分か る。

「天鼓」事件の時、葬儀屋を潰しておくべきだった。 「悪の三位一体」の最初の大ピンチだったかも知れない。 9年

間で5000万円のタカリも、T治だけでなくS藤の仕業でもあるのだか ら、この時、セットで追放すべきであった。

Y尋ら法匪連中(そして秋谷)の最大のピンチは矢野問題。 CPがギリギリねじを巻いていた頃は、二人の胃もさぞキリ

キリ痛んだことであろう。 証拠の音声データの改ざんが最高裁で認定された時、弁護士グループは解体して おくべき

であった。 ましてや矢野本第二弾「創価学会と暴力団」におののいて和解するとは!!

法匪連中が一番恐れているのは、矢野裁判、矢野和解の舞台裏を暴かれること。

それを握っている人物二人を解雇では足らず除名処分に付し、その人間関係を寸断しようとしたのが動かぬ証拠。

おごる平家は久しからず。ナチスも長続きせず滅んでいっった。 「悪の三位一体」も今が絶頂。 あとは、正体を暴か

れ転落の一途をたどるのみだ!!

http://6027.teacup.com/situation/bbs/13039

http://

 

責任

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年11月 2日(水)11時06分15秒
  宝冠様

>今の学会の状況は
戸田先生の覚醒を思うとまさに我ら池田門下生の責任だと思います<

::::::

創価学会は、人間主義であってこそ意味(価値)があります。組織は諸刃の剣ですので、人間主義の組織は、信心を深め、会員を幸福にする。組織主義の組織は、不信を増長させ、信心を壊す働きをする。会員1人ひとりの永遠のテーマは、「いかに人間主義の組織であり続けるか」であり、それを死守する責任があります。

「会長が上、会員が下」となれば、これは人間主義ではないから邪教です。宗門の根本的な狂いも、「僧侶が上、信徒が下」という、増長にあった。仏意仏勅足らしめる条件は、人間主義であり続けることであり、組織主義に陥れば、即邪教であるという危機感が必要です。

人は環境に左右される生き物です。だから仏法では、善知識(環境)を大事にします。現場が人間主義でも、中枢が狂えば、その影響は厳然とあります。況や創価学会は、上意下達の組織であるので、中枢(上)からの影響を受けやすい体質です。そして会員も、信心で受け止めますので、たとえ理不尽があったとしても、大人の対応をしてくれます。人の善意や優しさにつけ込むのが魔であり、会員の信仰心を利用し、コントロールするのが他化自在天です。

現場の人間主義を死守しながら、同時に中枢が増長したのなら、破邪顕正の呵責を加えていかなければ、創価学会は守れない。呵責を加える諸天善神は、他のだれかではなく自分自身である。梵天・帝釈・日天・月天を我が身に入れて、人間主義を破る者を、自らが呵責する。諸天の治罰を待っているようでは、魔王の思う壺である。師子王とはまさに、自分自身が諸天となり、戦いを起こす者のことをいう。

池田門下には、人間主義を守り続ける責任があります。池田先生の教えは人間主義であり、その教えを守ってこそ門下です。人間主義を踏みにじり、増長したら破門です。もしも同じ門下の中に、増長する人間が現れた時にどうするか。会員が動揺するからという理由で注意しないのは、偽り親しむ仲であり、真の同志(門下)ではない。やはり、「先生の指導と違うではないか」と指摘することが、増長を破り、その人を救うことにもなる。周りの動揺を重視するのは小善であり、増長を破るのは大善の位置づけとなる。

門下の中でも、門下生を指導する側が増長したら大変です。それは、悪知識となり、思想を歪めていき、壊していく。増長する悪知識というのは、やさしくすればするほどさらに増長する。増長した人間が恐れるのは、いつか諸天の治罰があると待つ人か、それとも自分自身が諸天となり呵責しようとする人か。増長を打ち破る師子王の心こそが、学会精神の体現であり、池田門下なのです。
 

ちなみに

 投稿者:通る人  投稿日:2016年11月 2日(水)10時52分41秒
編集済
  地方は高齢化が進み地区部長さんの成り手がいない。

都市部でも10年、15年経てばそのような地域は出てきますよ。
地区部長の成り手が減り、地区の維持ができず合併する地域がありました。

ついでに言うと統監数も減ってる。これも合併の理由。
 

動執生疑は必要

 投稿者:通る人  投稿日:2016年11月 2日(水)10時48分56秒
  愛読者さん
悪態ついた書きなぐりはいただけない。
幸いにも夜にお書きになるとか。お返事を待っていますよ。
何が問題なのかを1つ1つ確認していきましょう。
対話が大事と言っていたあなた様の言葉に期待します。
 

愛読者様にもっとやさしく。

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年11月 2日(水)10時37分25秒
編集済
  僕の奥さんもそうですが、愛読者様に強く言われる文書を読みましたが、その言い回しでは説得できるかも知れませんが、心から納得できるとは思いません。
無関係、無関心が信心やっていようが、していないに関わらず最大の問題点だと思うからです。
事実を教えてあげて、それを自分の中で深く考えて、よき方向へいく時間はいくらでも待っている心のゆとりは欲しいものですね。これは僕個人の考えですが、たとえ先生がこの掲示板をごらんになられても恥ずかしくない文章を書きたいなと思っています。
 

フラフラさま、全くそうだぜ!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)10時03分46秒
編集済
  最近、見かけなくなった聖教見開きの壮年部『ブロック五勇士集合写真』、もう終わってマス!!何が?高齢者多い琴も事実ですが、人数合わせで、いたるところの集合写真に顔を出している総圏(総県)幹部が居る事を!

写真に盛んに顔出している暇あったら、大変な思いして数十年以上、地区部長やら支部長やっている者と交替して兼任総地区部長とか総支部長を10箇所以上やれよ!と言いたいです。

おっしゃる通り、後十年も経ったら先生のいらっしゃらない時代となって、表でカッコつけているのは傲慢で、女狂いで妾宅通いする男性社会の大癌部ばかり(老害)が、指揮取る情けない組織になるでしょう(-_-)
 

ちなみに、

 投稿者:フラフラ  投稿日:2016年11月 2日(水)09時43分41秒
  地方では、地区部長15年目、支部長10年以上、などなど。
普通にやってます。70歳過ぎて、2度目の地区部長、支部長もよくあります。
リサイクルと言うかたもいますが、、、。
 

現状を認識してる?

 投稿者:フラフラ  投稿日:2016年11月 2日(水)09時38分32秒
  皆さんの地区の活動家の平均年齢はいくつですか?青年部はいますか?
特に地方は20年後は誰もいなくなります。にも関わらず、相変らず選挙と
新聞の啓蒙がメインの活動。問題意識を持たない方がどうかしてるぜ。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、博正サン、ホントにどうしちゃったの~?

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月 2日(水)09時07分10秒
  おはようございます。昨夜からスゴイですね~(笑)ホント、読むのが大変(笑)

ところで原田怪鳥様、南米アルゼンチン・コンセプシオン市において、池田名誉会長に「最高賓客」称号授与、おめでとうございます。

で、なんで博正サン、出席されてないんですか~? なんでSGI代表が受章なんですか~、

そりゃあ博正サンがいないと他には現地メンバーしかいないから仕方がないのでしょうけど・・・

原田怪鳥様は行かれないんですか~(笑)某女史の都合がつかなかったんですか~? 「南米はもう行ったからいいや」って感じですか~?


それと原田怪鳥様、どうして本部幹部会が11・18じゃないんですか~?

同報が10日から13日デス。ということは、それより前の本幹デス。いったい何時ですか~?

もしかして、11月8日でしょうか? なぜなら原田怪鳥様の誕生日だから(笑)

どなたかさんが、師敵対だって言われてましたが、いったいどなたのことをおっしゃっているのでしょう?

会則変更・御観念文変更・教義変更・多数の査問・処分をされた最高責任者、それが原田怪鳥様、アナタではないですかね?

随分と師匠を汚したモノです。まあ、現場はビクともしないって啖呵きったかたもいらっしゃいますが、

「体曲がれば影ななめなり」の御文をよくよく拝するべきでしょう。(笑)

原田怪鳥様、宜しくお願いしま~す。(笑)
 

申し訳ございません

 投稿者:愛読者  投稿日:2016年11月 2日(水)08時57分56秒
  通る人さまはじめ皆様、私の投稿にご意見いただき、ありがとうございます。
全てを読みきれなかったので、今晩、また投稿させて頂きます。
ありがとうございます。
 

一切を救うために地獄を経由する人をも配慮するんじゃないですか

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年11月 2日(水)08時42分18秒
  学会員さんをみてると、ほとんどみんなといっていいほど「自分のこと」で手一杯な状態です。
それゆえ自分のことしか考えられない悪循環です。
まるで幹部のための創価学会と成り果ててますよ。
本末転倒じゃないですか。

いま学会に起こってることをみると、ハタからは「自分をフルイにかけてる最中」にみえますよ。
即身成仏か、いったん地獄を経由しての成仏か、あるいは地獄のまま退転するか。
真面目な心境で取り組んでるならば、そのまま即身成仏か、いったん地獄を経由しての即身成仏でしょうけど。
というより、いったん地獄を経由することになる割合のほうがむしろ主流にすら感じますよ。

地獄を経由することなくそのまま即身成仏がもちろん「最善」だけど、それだけではなく地獄を経由する道筋をも配慮しないととてもじゃないけど【一切衆生】の幸福など望めないように感じますね。
道筋が違うだけで、どっちだろうと御本尊の功徳ですよ。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

趣旨取り違えがある。愛読者さんってコウマンチキね。

 投稿者:通る人  投稿日:2016年11月 2日(水)08時28分53秒
編集済
  盲目的に組織を信じるな。信じるのは池田先生。
それを述べたまで。現場で頑張っている学会員を批判しているのではない。地区の婦人部に言うわけないでしょ。

愛読者さんに対して直接、組織○○になると危険と警告したまで。

これ、掲示板だよね?
掲示板なんだから違うのではないか?と意見をしたら。

逆切れしてトンズラですか?なんだかなあ。

学会の尊さがわかっているから今の学会は危ないと感じるのだけど??

これもなんだかなぁ。あまりにも認識が違うわね。
認識が違って当たり前なんだけど?あなたは認めたくないだけ。今の学会って本当はどうなの?

ご自分は好き勝手に思ったこと書きなぐりトンズラ?
どんだけの高飛車なんだろう。この方。

こっちだって、愛読者さんの書いたものをみて
あーこの人は、組織馬鹿にありがだね~って思ったまで。

100歩譲ってもあなたと同じことをしたまでよ。
違う捉え方を認めないのはあなたの方だね。
だって、この掲示板は組織では聞けない話が沢山あるもの。
それを否定したいだけなのよ、あなたって人は。


<あと、「哀れな組織バカ」って、地区の婦人部の方々に言えますか?>

<あなた、学会の尊さを、何もわかってないですね。>


<私は蘭夢様の投稿を読み、感じたことを書いたまでです。>
<あなたが読み違いと思っても、 あなたと 違う捉え方をする人だっていることくらい、わかるでしょ。>


組織を盲目的に信じて打ち出し信仰ほど危ないものはないでしょ。それがわかならなければ、あなたが、少なくとも
広宣流布のお荷物で役立たずなのよ。おわかり?


<それがわからなければ、あなたは少なくとも、学会の中では役立たずですね。
もう、役立たずになっているかもしれませんが。>


これが組織主義者の最たるもの。
盲目的に信じている証拠。今の組織や新聞のどこに先生のお心があるの?書いてる中身がほんと執行部の受け売り。
笑えるわあ。


<師敵対だと思う理由は、

①先生の聖教新聞にとってマイナス
②先生が創立された公明党にとってマイナス
③先生の御指導を拝する学会員にとってマイナス
④先生が総仕上げをされようとされている学会の永遠性にとってマイナス

何よりも、執行部批判、聖教批判の前提条件として、先生の御意志、先生の御心が今の学会運営に無いことで成り立つ理論ばかりですよね。>


当たり前じゃない。何偉そうに講釈してるの?


<学会員は、自分の幸せを願い、先生のため、広布のためにと折伏し、聖教啓蒙し、財務をします。>


これ妄想、こじつけ、印象操作の代表例ね。
ほとんどって、どこをどうみてるの?


<当板の投稿のほとんどは、このような健気な学会員の心を、先生の御心を踏みにじる投稿であふれています。>


最後にこれをお返しします。


<妄想、こじつけ、印象操作も甚だしい。>


組織バカにはなりたくないね。  投稿者:通る人
投稿日:2016年11月 2日(水)02時06分9秒
よくわかった。哀れな組織バカになるとこうなるのが。
 

何度もすみません

 投稿者:うらら  投稿日:2016年11月 2日(水)08時24分23秒
  この掲示板での問題追及は畳む方向にあるのですか?
それならそうだときちんと説明するのが誠意だと思います。
 

ひかりさま

 投稿者:うらら  投稿日:2016年11月 2日(水)08時20分12秒
  おはようございます。いつもひたすら頼もしく拝見しております。
そしてやはり、さいごに信頼できるのは〝女性〟なのだなと
池田先生が何度も婦人女性を激励された意味がわかる気がいたします。
男性は保身でダメです。信用できません。情けない。偉そうなこと言っていても最後には自分さえよければいいのか。
そんな思いを痛感している日々です。
( そうでない男性の皆様もいらっしゃいます お気になさらず)  m(_ _)m
 

婦人部がいようがいまいが、、

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年11月 2日(水)08時11分36秒
  もうとっくに学会は終焉を迎えてるよ、秋晴れさん。

朽ち果てて倒れた大木の切り株から新芽が出て、幹となり、新しい枝葉を伸ばしていけるか?
今はそういう段階。各人が学会精神の原点に立ち返って「もうひとつの創価学会」を足元から構築していく。

婦人部なんていまだもって24時間365日フル稼働を前提とした専業主婦モード偏重の活動サイクルなんだから
役職の上下関係なく現場を取り仕切っているのは、腰掛けOL程度の社会経験しかない人たちで固まってしまう。
忙しいワークミセスとは別に平日昼間から学会活動に専念できるようなおばさん方は、そもそもが職場であれ
地域社会のつながりであれ、異なる価値観を持つ者どうしの人間集団の中で揉まれる経験を得られないから、
おのずと自分が属する組織の矛盾に正面から向き合う発想自体が出てこない。
自分が置かれている状況を俯瞰して物事を客観視する余裕もなく活動に駆り立てられている度合いは男性の比
ではない。端的に言って。
全国幹部も方面幹部も皮肉抜きに「ええとこのお嬢さん」がさしたる苦労も挫折もなく家庭を持って、単なる
活動マシーンに徹して歳を重ねてヒエラルキーの上位を占めるようになってきているわけだから、
そりゃあ海千山千の悪党どもに苦もなく手玉に取られても仕方がない。

・・・と、割と現場でも上記のようなことをズケズケ言う壮年B長だが、ご婦人方から殆ど反撥はないですね。
毎日地べたはいずり回って現場第一で戦っている自負さえあれば言動に否定される要素がない。
(それぞれ事情があるけれども)「平日の昼間に主婦ばかりで会合していては気付かない事が多い。やはり、
男性の話も聞く場を意識して作っていかなくては、、、夜の会合も大事」と、しみじみ語る婦人部さんもいる。


 

果たして先生のお心があるのか?佐藤優が御書解説?

 投稿者:通る人  投稿日:2016年11月 2日(水)08時03分43秒
  <何よりも、執行部批判、聖教批判の前提条件として、先生の御意志、先生の御心が今の学会運営に無いことで成り立つ理論ばかりですよね。
先生がいらっしゃったら、あなた方の投稿をお誉めになられると思いますか?>

先生のお心がある。この前提なら
いくら第三文明でもこれはないでしょ

どう?愛読者様

そうそう、腹黒い怪鳥さんが本部幹部会同時中継で触れた
ある、作家の話、
世界の三大宗教はキリスト教、イスラム教、創価学会だ。

このある作家が佐藤優だね。提灯持ちもどうかと思うが、それを利用してる側はもっと悪質だよね。

 

うらら様

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月 2日(水)08時02分30秒
  仰る通りです。

>師匠の仇打つのに 誰に遠慮がいるものか<

その通り、それのみであると言ってもよいと、私は思います。


 

掲示板の終焉

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年11月 2日(水)08時01分51秒
  池田先生は戸田先生の敵を断じて許さなかった。
そしてその敵を、味方にまで変えられていった。

悪は断じて滅するまで追撃しなくてはならない。
しかしそれは、人間を切り捨てることではない。

破邪顕正の破邪のみでは、人は救えないからです。

池田先生は常に仏性を信じ抜き、一人ももれなく人間を救われてゆきました。
その一念を失っては、弟子の道から外れます。

悪人成仏を説いた仏法が、悪人を救えないはずがない。
色々な掲示板を見てきたが、「一人ももれなく救う」という一念を失った掲示板は時と共に終焉を迎えます。

今も苦難に苦しむ民衆を救っているのは、現場会員だという事を忘れてはいけない。
絶望に死さえ考えている人を救おうと、必死に祈り愚直に学会活動をしている方を馬鹿にしてはいけない。
その方々は、尊き地涌の菩薩だからです。

『然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ
全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり』

仏子を切り捨てた四人組は、間違いなく滅び去る。
四人組を憎むあまり「皆成仏道」を忘れては、ある意味自分自身も同じような事をしているようなもの。

この掲示板のお蔭で、池田先生のお心に近づく事ができました。
だからこそ「何のために」声を上げるのか自身を見つめています。

『わたしが嘆くのは、一宗が滅びることではない。一国が眼前でみすみす亡び去ることだ。
宗祖大聖人の悲しみを、私はひたすら恐れるのだ。いまこそ、国家諫暁の時ではないか。』

11・18を前に牧口先生のお心に近づけたかと、自身に問いかけています。
根底に慈悲を持った悪の追撃ほど、強いものはありません。

 

(無題)

 投稿者:考える人  投稿日:2016年11月 2日(水)07時34分23秒
  ジョーカー様の投稿

>>本門の池田門下を名乗るのであれば、大願に生きなければならない。なぜなら、組織や幹部がどれほど狂おうと、広宣流布は断じて成し遂げなければならないからだ。

愛読者様の投稿

>>現場をナメるな、私たちは池田先生に信心を教えて頂いた

ブレてはいけない部分だと自分は共感します。
執行部は54年から脈々と続くサタンであったとしても、
師匠の仇討ちを胸に戦わなければと燃えても、
何を師匠は身を呈して弟子たちに教えてこられたか。
「広宣流布」だと受け止めております。
陰謀や策略などは人の心に必ずあるものですから、
54年に始まったものでもなく、もっと昔から続いている部分ではあると考えます。(54年が一番悪質で許せはしませんが)
師匠を求め、御本尊を求め「広宣流布」を祈る弟子を、御本尊様や諸天善神が護らないとは思えないのです。
各々の性根は毎日向かう御本尊が知らないわけないと信じております。

「行き過ぎた」非難や口汚ない投稿を見るたびに、師匠がこれを拝見されて喜ばれるのだろうかとは自分も思っておりました。悪を斬る思いは分かるのですが、耐性のない方には行き過ぎた表現に嫌悪感が生じるかなとは思います。学会員でない方も含めてです。
それは却って師匠や法を落とすことにならないかと危惧致します。

 

もうひとこと

 投稿者:うらら  投稿日:2016年11月 2日(水)07時31分41秒
  創価系の掲示板は、他所にいくらでも存在します。
こちらの掲示板にて、54年の創価学会による池田先生排除の歴史から
現在の執行部問題を追及する気持ちのない方にはなんの意味もない掲示板です。
信心を深めるため等の趣旨ではない。ということを今一度認識が必要だと思います。
私が管理していたとしたら、そのような方、掲示板の書き込みに不満な方の
書き込みもご遠慮いただくと思います。
追及に専念されている渾身の投稿の邪魔にならぬよう、自覚が必要ではないかとおもいます。
こう言っては投稿しづらくなるかもしれませんが、窮屈なルールではなく、
現在の問題がまだよく理解できていない方、なぜ?どうして?そういった方が閲覧された時の役に立つ、そして趣旨にたちかえった投稿を閲覧者も求めていると思います。
 

考えることは大事

 投稿者:一無冠  投稿日:2016年11月 2日(水)07時29分13秒
  本部内の告発、漏えい文書の内容が実際実行されているか、事実(実態)はどうなのかを一つ一つ検証していけば答えが出て来るのではないでしょうか。何のための会則変更、教義変更、ご祈念文の変更なのか…自民との連立等々。例えば、聖教の見出しに「原田会長と共に」、メッセージに原田会長を「直弟子」はおかしくないですか?私はこの掲示板は良い意味での「気づき」になっています。  

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