2016年11月01日

ヘビ化するネズミ〜ヘビに脚がない理由〜

 ヘビは様々な地域の神話や伝説に多く登場する、人類の文化ととても縁のある動物だ。有名な例を挙げるとしたら、旧約聖書創世記で知恵の実を食べるようにアダムを唆した動物はヘビとして描かれる。日本神話や日本の文化とも密接に関わっていて(参考)、ここでは詳細を話すつもりはないが、注連縄や鏡餅がヘビを象徴するものだという説もある。他にも鏡は古代日本において神聖なものとして扱われているが、「かがみ」という言葉は「蛇(かが)」の「み」から来ている説もあるらしい。あくまでひとつの学説ではあるけれど。

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 このようにヘビが人類の歴史において、信仰や嫌悪の対象となってきたのは、牙が見せる凶暴性や毒の存在など様々な理由があっただろうが、脚を持たない独特な外見も大きく影響していたかもしれない。

 「ヘビはなぜ脚を持たないのか?」

 そんな素朴な疑問に対して、ゲノム生物学と発生生物学という別々の観点から迫った、興味深い2つの論文が出ていたので、簡単に紹介したい。

ヘビのゲノム比較から明らかになったエンハンサーの変異


 1つ目の論文は複数のヘビゲノムの比較からヘビの脚の欠失のメカニズムに迫ったものでCellに発表された(参考)。

 詳細は書かれていないものの、ヘビのゲノム比較を通して、ZRS(Zone of Polarizing Activity[ZPA] Regulatory Sequence)というエンハンサー配列に着目している。魚からヒトに至るまでのほぼ全ての脊椎動物でZRSは保存されているが、ヘビでは変異が入っていることが明らかになった。

 ZRSは手足で特異的に活性化するエンハンサーで、Sonic hedgehog(Shh)と呼ばれる遺伝子の発現を制御している。また、ネズミを用いた過去の研究でその活性が手足の形成に必須であることも示されている(参考)。著者たちはヒトや魚といった生物種のZRSが手足の形成時の転写誘導を引き起こせる反面、ヘビのZRSは転写誘導を引き起こせないことをレポーター遺伝子(ZRS-lacZ)をネズミ胚に導入した実験で示している。


ヘビ化するネズミ


 続いて、ヘビZRS内の変異が、ヘビが脚を持たない理由となっているかを調べるため、CRISPRというDNA編集技術を用い、ネズミのZRSをヘビを含む様々な生物種のZRSと置換した。CRISPR/Cas9を有効的に使った実験だと思う。その結果、魚やヒトなどのZRSと置換したネズミでは正常な手足の形成が起こったが、ヘビのZRSと置換したネズミでは正常な脚の形成が起こらず、ヘビのようになった。

serpentized
Progressive Loss of Function in a Limb Enhancer during Snake Evolution: Cell


ヘビZRSの変異を元に戻すことで再び脚を生やすネズミ


 著者たちはさらにヘビのZRSの配列を詳細に調べ、ヘビのZRSに17bpの消失があることをみつけた。この17bpの消失を元に戻し、ネズミに導入したところ、脚の正常な形成が観察された。この領域が転写因子の結合部位となっていることも示している。

resurrection
Progressive Loss of Function in a Limb Enhancer during Snake Evolution: Cell


 著者たちは、脚の形成といった重要な機能は多重に制御されていることが多く、またヘビのZRSにはネズミのZRSと比較して、この17bp以外にも多くの変異が入っているため、ZRS内の他の領域もShhの発現に関わっている可能性があると結論づけている。

 興味深いことにほぼ同時期に、ここで示唆している他の変異の影響について調べた論文が出てきたのは、偶然というべきか僥倖というべきか。


発生生物学の別論文からも明らかになったエンハンサー変異


 その別のグループから出てきた論文は、ヘビの胚発生の観察という先の論文とは全く異なるアプローチでほぼ同様の結論に到達し、同時期にCurrent Biologyに発表された(参考)。

 先の論文同様、手足の形成に重要な役割を果たすZRSの活性とSonic Hedgehogの発現に着目。原始的なヘビの種類で小さいながらも後ろ脚が体内に形成されるパイソンを用いて、Shhの発現が発生とともにどのように変化していくかを調べた。その結果、Shhの発現が一時的に発現するものの、極めて一時的で脚の形成が途中で止まってしまうことを明らかにした。

 また、ZRSの配列を比較したところ、Pythonでは他の生物種と比べて3箇所の変異が入っていること、それぞれの変異がエンハンサーの機能を損なうことを、複数の変異を導入すると機能がさらに損なわれることを明らかにした。上に書いた通り、他の変異もShhの発現に関わっている可能性をCell論文が示唆していたが、それを実験で示す結果といえる。

おわりに


 ここで紹介したCellの論文は、比較ゲノムから始まり、CRISPR/Cas9を用いたゲノム改変を行い、表現型まで示した。今後はこうしたCRISPR/Cas9の利用が増え、比較ゲノムを元にして、進化を分子レベルで論じる、そんな研究が増えていくかもしれない。CRISPR/Cas9の可能性を示した、とても良い仕事だと思う。

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