【世良公則】解散の覚悟が勝ち取った、「あんたのバラード」のグランプリ

ロック精神の原点を探る:世良公則 (ロックミュージシャン)の場合 第2回

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文:十代目 萬屋五兵衛 / 写真:的野 弘路

03.31.2016

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デビューから約40年。ミュージシャンとして、そして役者として最前線で活躍し続けている世良公則氏。しかし軸足はやはりロックにある。多彩な活動の根幹にあるスピリット(精神)に迫る。

前回からの続き

(本文敬称略)

2010年代の今では考えられないことだが、世良がバンドを始めた1970年代においては、十代の若者がギターやベースを持って街を歩いていると、偏見の視線で見られることが多かった。「ロック=不良の音楽」というイメージがあったからだ。

当時のロックは反逆的な歌詞や過激な演奏が特に目立っていた。そしてそれゆえに、世界中の若者を虜(とりこ)にしつつあった。

この風潮に対して、権力を持つ大人たちは決して快くは感じていなかった。

世良は振り返る。

「楽器のソフトケースを持って駅前を歩いていると、お巡りさんに職務質問されて『どこの高校だ? 担任の先生は? 親は何をやっているんだ?』と聞かれたんです。

でもね、バットケースを持っている野球少年は、そんなことはされないんですよ。理不尽でしょ?(笑)。

人前でスポーツをする、片や演奏をする。感動を共有し合うことのどこが違うんだろう? 何で俺のような楽器を持っている奴だけが、お巡りさんに呼び止められなきゃいけないんだって思っていました。

その頃ですね、『バットを持っている人間は、甲子園からプロ野球を目指す。だからエレキを握った人間は、メジャーでプロのミュージシャンを目指す』と自身の中で将来の姿を言葉にし始めたのは」

そんな時代の中、世良が所属していた高校生バンド・FBIは、広島の中でも目立つ人気バンドに成長していった。

大阪は「ブルースの土地」!? 大阪の大学を目指す

卒業をしても引き続き一緒に同じバンドで演奏したいと思っていたメンバーは、全員で大学進学を選んだ。目指した場所は大阪。そこには、既にロックにどっぷり染まっていた世良たちの思わくがあった。

「メンバー全員で、高校を卒業したらどこへ行こうかと話していましたね。

九州には『めんたいロック』がある。大阪には『大阪ブルース』がある。東京には……。こういう具合に、俺たちの選択基準は、その土地に根付いている音楽的風土だったんです。

行き先を迷っている時に、ある先輩から『ローリング・ストーンズをやりたいんだったらブルースが分からないと無理だ。あいつらは根っこがブルースだから』と言われたんです。

雑誌の記事を読んだら、キース・リチャーズがホテルにこもってブルースのレコードばっかり聴いているとか、ロックンロールであればチャック・ベリーしか聴かないみたいなことが書いてあった。これがロックの原形だみたいことを思って、ブルースが分からないとロックは分からない。なら大阪しかない! となったんですよ(笑)」

メンバーは各自、関西の大学を目指した。そして、それぞれ名門と呼ばれる大学に入学する。

「全員、関西へ出動!を合い言葉に、メンバーみんなが関西の大学に進学して、変わらずにバンドをやることができたんです」

なぜ、ヒットチャートにロックが出てこないのか?

大学に進み、関西を中心にしたバンド活動がはじまった。

当時の世良には、どうしても理解できないことがあった。それは、日本の音楽マーケットがもつ特殊な傾向だった。

「その頃になると、テレビの映像やアーティストの肉声、翻訳されたインタビュー記事などで、世界のロックシーンがそれほどタイムラグなく、触れることができるようになっていました。

自分たちが出入りしていた穴蔵のようなライブハウスにも、最新のヒットチャートを掲載したオリコン(オリジナルコンフィデンス)がありました。ただ、左側のページのチャート上位には演歌や歌謡曲があっても、自分の好きなフラワー・トラベリン・バンドも、鮎川誠さんのサンハウスも、それこそ矢沢永吉さんとかも載っていませんでした。

彼らの歌やパフォーマンスは、ほとんどメディアでは見ることができなかった。けれどもライブはものすごく素晴らしい。

日本の音楽シーンのメインストリートには上がってきていない。なぜなんだろう?

バンド仲間の先輩たちに『何でヒットチャートの上位にロックミュージシャンやロックシンガーがいないんですか? 音楽として劣っているとも思わないし、おかしくないですか?』と質問したんです。

すると『世良、理想は理想、ロックというのはアンダーグラウンドの社会的なエネルギーなんだよ』と言われました。つまり、反社会だから表には出てこなくて良いんだと」

1960年代の音楽と社会の関係性を見てみると、フォークソングが大きな力を持っていた。フォークソングを通じて若者たちの間に反戦に対する共通意識が芽生え、連帯感が強まった。社会のメインストリームではないところにいる若者のエネルギーが、音楽とともに社会を動かしていた。そしてそれを脅威に感じた大人たちもいた。

「だが、時代は動いている。みんなが思っている以上にロックというのは、身近だし、人生を変えてくれるような刺激をくれて、共感もできるものでした。オリコンの上位に日本のロックミュージシャンの世界がないのはすごく変だという意識がありました」

世良は、ロックミュージックに対する意識がすごく遅れていることを感じていた。それと同時に、少しずつだが日本の音楽シーンがロックを受け入れようとする予兆も感じていた。

「当時、フォークシンガーと言われていたミュージシャンのアレンジがロック化してきていました。それは、ロックミュージシャンたちがレコーディングでサポートしていたからなんです。

そんな中で、東京ではCharというまだ17~18歳なのに、プロのレコーディングスタジオで弾いているすごい奴が出てきたんです」

Charは日本のロック界の初期をけん引してきた著名なミュージシャンである。10代の頃からギターの名手としてスタジオで活躍していた。1976年のデビュー当時はやや歌謡曲風の色味を帯びていたものの、それでもCharはギターを抱え、ステージのセンターで歌っていた。

「すぐそこまで、ロックという流れが来ていることを感じていました」

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