違う、米連邦捜査局(FBI)はドナルド・トランプ氏のために働いているわけではない――もっとも、ヒラリー・クリントン氏がそう疑ったとしても許されるべきだが。現実は、それ以上に厄介だ。
FBIのジェームズ・コミー長官は、不安からパニックに駆られて声明を出した。その不安とは、捜査を差し控えたら、同長官はトランプ氏のためではなく、クリントン氏のために働いていると共和党から批判されただろうというものだ。恐ろしい番人たるコミー氏は、やりすぎた。公務員は、大統領選挙に影響を与えかねない行動を決して取るべきではない。
コミー氏の過失は、トランプ氏がすでに「不正操作されたシステム」の一員としてコミー氏のことをやり玉に挙げた結果だった。これほど感情的に割れた国では、中立性は共謀として扱われる。10月28日、コミー氏はけしかけられてミスを犯してしまった。
独裁政治は恐怖心を糧に運営され、民主主義は信頼によって結び付けられている。コミー氏は、クリントン氏のメール問題の捜査を拡大するという情報開示を無謀なタイミングで行ったが、それはまさに政府高官が揺れたときに生じるものだ。トランプ氏は、来週の大統領選挙で勝てばクリントン氏を収監すると誓っている。トランプ氏の支持者らは集会という集会で、「(クリントン氏を)投獄しろ」と口々に叫んでいる。
もしクリントン氏が勝てば、トランプ氏はコミー氏のように威嚇する相手をさらに大勢見つけるだろう。民主主義国では、一方の側が先制的な反逆罪の告発を振りかざすとき――大統領選挙の不正操作ほど重大な反逆行為はない――法が立脚する基盤は小さくなる。周囲で嵐が吹き荒れているとき、公正な司法を守ったり、中立なプロセスを執行したりすることは難しくなる。トランプ氏の選挙運動は暴風を引き起こしている。コミー氏はその嵐で着ていたシャツまで失ったところだ。
■最大の代償は勝利の後に
クリントン氏は10月のサプライズを乗り切ることができるだろうか。これがもし、同氏が来週勝つかという意味の問いであれば、答えはまだ、恐らくイエスだ。コミー氏が放った手りゅう弾の影響を世論調査が測るのは時期尚早だが、10月28日時点のクリントン氏のリードは、2~3ポイントの支持率低下のダメージをしのげるほど大きかった。
クリントン氏が国を統治できるかという問いだとすれば、違う光景が見えてくる。クリントン氏に不利な方向へ1%票が振れただけでも、上院の議席争いを左右しかねない。上院で民主党が過半数を押さえなければ、クリントン氏が法案を可決させる可能性が低下する。コミー氏のハロウィーンのプレゼントの前でさえ、共和党が下院の支配を維持する公算が大きかった。
最大の代償が表面化するのは、恐らくクリントン氏の勝利の直後だろう。勝利が僅差であるほど、トランプ氏が怒りを巻き起こすのが容易になる。不正によって盗まれた選挙に対する人々の怒りだ。また共和党議員に対する、より大きな支配力をトランプ氏が持つことにもなるだろう。