世界の哲学者はいま何を考えているのか――21世紀において進行するIT革命、バイオテクノロジーの進展、宗教への回帰などに現代の哲学者がいかに応答しているのかを解説する、哲学者・岡本裕一朗氏による新連載です。9/9発売からたちまち重版出来(累計3万部突破)の新刊『いま世界の哲学者が考えていること』よりそのエッセンスを紹介していきます。第16回は現代における宗教の意義について議論した哲学者たちの考えを解説について解説します。
現代世界に「宗教」は必要なのか?
現代社会における「宗教」の意義を考えるために、今度は科学と宗教の関係に光を当ててみましょう。というのも、科学が発展すれば宗教は衰退していくと考えられたのに、科学が発展する現代においても、宗教はいっこうに衰退する気配がないからです。とすれば、科学と宗教の関係を、あらためて問い直さなくてはならないでしょう。
この問題に対して、20世紀末から興味深い議論が展開されてきました。発端となったのは、進化生物学者のハーバード大学教授スティーヴン・ジェイ・グールドが1999年に発表した『神と科学は共存できるか?』です。後にも触れますが、アメリカではキリスト教原理主義の活動が根強く、いまだに進化論よりも神の創造説が受け入れられることもあります。この状況で、グールドは科学者として、宗教にいかなる態度を取ればよいか明確に答えようとしています。
たとえばグールドによれば、科学と宗教とは、「まったく別の領域で機能している」ので、二つの活動を一つに統合したり、相互に対立させたりできません。また、一方を消し去って、他方だけを存続させることもできないのです。むしろ、それぞれの活動領域を守り、相手に対しては干渉しない態度が求められます。これを彼は、「NOMA原理」と呼んでいます。このようなグールドの「科学─宗教」関係は、一見したところ、現実的で穏当な議論のように思えるでしょう。宗教が科学の領域にまで口出しするのを防御するとともに、宗教の存在意義をも認めるという、ある意味で「大人の態度」を提唱しているからです。
ところが、同じ進化生物学を研究しているオックスフォード大学教授リチャード・ドーキンスは、こうしたグールドのNOMA原理を厳しく批判し、宗教そのものを「妄想」としてしりぞけました。ドーキンスといえば、1976年に出版した『利己的な遺伝子』で進化生物学の一大ブームを引き起こしましたが、今回は宗教に対して宣戦布告を行なったわけです。そのために、彼が2006年に発表した『神は妄想である』は、アメリカやイギリスだけでなく、世界中でベストセラーとなりました。
宗教批判を展開するため、ドーキンスはグールドのNOMA原理を取り上げて、「ひろく行きわたった誤謬」と批判しています。グールドとは違って、ドーキンスは宗教の主張を仮説と見なしたうえで、それが科学的に正しいのかを検討しようとするわけです。