【広島】男気・黒田の「15番」が永久欠番に…山本浩二氏、衣笠祥雄氏以来3例目

2016年10月31日5時0分  スポーツ報知
  • 15番を背負いマツダスタジアムで力投した黒田
  • 広島・黒田の年度別投手成績

 広島が、日本シリーズを最後に現役引退した黒田博樹投手(41)の背番号15を永久欠番にすることが30日、分かった。松田元オーナー(65)が、日米通算203勝を挙げた功績だけでなく、14年オフにヤンキースから電撃復帰した男気、社会への影響力などを高く評価した。球団では山本浩二氏(70)の「8」、衣笠祥雄氏(69)の「3」に続く史上3例目、既存の12球団では15人目の栄誉となる。

 栄光の歴史を紡いできたユニホームが、カープの象徴となることが決まった。日本シリーズ敗退から一夜明け、松田オーナーは、改めて黒田の存在感をたたえた。「単純な成績の問題じゃない。帰ってきてからの2年間は一般社会の影響力もあったし、価値観を覆した。後世に歴史を残さないといけない」。頼りがいのある背中に輝いてきた広島の背番号15が、黒田だけの代名詞となる。

 松田オーナーは黒田が引退を発表した18日にも「つけられるような選手はおらん。何十年もすれば出てくるかもしれんけどな」と、ふさわしい後輩が出現することの難しさを強調していた。マウンドでの圧倒的な立ち居振る舞いに加え、誰からも愛される人間性は、不世出と判断。鈴木球団本部長らとも話し合い、すでに本人にも通達したようだ。

 黒田は96年のドラフト2位で広島に入団した当時から、「15」を背負ってきた。07年オフにメジャー挑戦後はドジャース、ヤンキースで18番を背負ったが、広島は7年間、背番号15を球団預かりの空き番としてきた。「自分の中では、空けてもらっていたのはすごくありがたかった。また15番をつけることで愛着が湧く」と復帰後に感謝していたように、本人にとっても何よりの宝物となっている。

 球団は山本の「8」、衣笠の「3」を永久欠番として大事にしてきた。松田オーナーは「8と3は球団の苦難の歴史を背負ってきた番号。それとは全く違う男気という部分において、お金だけじゃないという価値観の意味で、一石を投じてくれた。粘り強く投げる先発としてのプライドを感じさせてくれた」と約20億円のオファーを蹴って、カープに電撃復帰した右腕に敬意を表した。

 チームは日本シリーズ第6戦で敗退し、第7戦に予定されていた夢のカード「黒田対大谷」は幻となった。11月5日の優勝パレードがファンの前での最後のユニホーム姿となる見込み。再び監督としてグラウンドに帰ってくるまで、ファンの胸に伝説の「15」が刻まれる。(表 洋介)

 ◆永久欠番めも 317勝左腕・鈴木啓示の背番号1は近鉄の永久欠番だったが、04年のオリックスとの球団統合により消滅した。また日本ハムは09年、故・大社義規初代オーナーの野球殿堂入りを記念し、背番号100を永久欠番にした。同氏は05年4月、90歳で死去。100番のユニホームは、81年に日本ハムがリーグ初制覇後、同氏が「次はユニホームを着て胴上げしてもらいたい」と願って作製したものだった。

 ◆広島の背番号15 1950年に阪急から移籍した投手の内藤幸三が初めて15を背負った。53年には松竹から移籍した強打者の小鶴誠が6年間着用。その後は現OB会長の安仁屋宗八、代名詞の14を背負う前の津田恒実も身にまとった。黒田は97年からの11年間と15、16年の計13年にわたって、15番のユニホームに袖を通した。

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