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 自民党の小泉進次郎氏らが、健康管理に努めた人の医療保険の自己負担を引き下げる提言をしたというニュースがありました。

 

 普段から健康管理を行ってきた人も、そうでない人も同じ自己負担で治療が受けられる制度では、健康管理を行う動機付けが不十分であり、自助努力を行ったにもかかわらず病気になった人の医療費の自己負担を軽くすることで自助を促すのだそうです。

 具体的には、「個人ごとに検診履歴などを把握し、健康管理にしっかり取り組んできた方を「ゴールド区分」にして、自己負担を低く設定する「健康ゴールド免許」制度の導入を打ち出したとのこと。自己負担を軽減したことによる財源のマイナスは、健康な人が増えることで節約できる医療費で補える、と見込んでいます。

 しかし、「健康ゴールド免許」制度はうまくいかないし、うまくいくとしても実行すべきではない」と、私は考えます。

 まずはうまくいかない理由から。定期検診が医療費を抑制するとは限らないからです。「検診によって健康な人が増えると医療費は減る」という単純な話ではありません。検診そのものにお金がかかるのは当然ですが、検診によって発見された病気の治療にもお金がかかりますし、人々が健康になって長生きするとやっぱり医療費は余計にかかります。予防的ケアのうち、医療費を抑制するものは20%弱であるという研究もあります(Cohen et al 2008)。

 だからといって、予防医療に反対しているのではないですよ。ただ、予防医療は人々を健康にするためにお金をかけてでも行う価値のあるもので、医療費を抑制する目的で行うものではありません。

 そもそも、将来病気になったときに自己負担が安くなるから検診に行こう、という人はどれぐらいいるのでしょう。将来のことを考えて検診を受ける人は、病気になったときの自己負担が変わらなくても検診を受けるのではないでしょうか。逆に検診を受けない人は、「自分は病気になんてならない」と思っているか、「多忙で検診に行く暇がない」といったところでしょう。病気にならないと思っている人にとっては、「もし病気になったときにお得」というのはインセンティブとしては弱いのです。多忙な人も、将来のために今休む余裕がないからこそ、検診に行けないのです。

 

 「健康ゴールド免許」制度がうまくいかない理由をここまで述べてきました。もし、こうした問題点がクリアでき、「健康ゴールド免許」制度で医療費が抑制可能だとしても、「健康ゴールド免許」制度を実行するべきではありません。なぜなら、健康格差が広がり、不平等が増すからです。

 「健康ゴールド免許」制度を導入したい人は、「健康管理した人も、そうでない人も、病気になったときに同じ自己負担というのは不平等だ」と考えるかもしれませんが、正しくありません。健康管理を行う環境は誰にでもあるわけではないからです。

 たとえば、ブラック企業に勤めていて定期検診にいく暇がない人はどうでしょうか。経済的に困窮していて、健康に気を使う余裕がない人はどうですか。余裕のある暮らしをして、定期検診にも行き、健康的な食事をして、ジムに通って運動もできる人と比べて、「健康管理の努力が足りない」のでしょうか。

 低所得や低い学歴といった社会経済的要因が生活習慣病のリスク因子であることが知られています。そうした社会経済的要因を放置したまま、「健康ゴールド免許」制度を採用すると、もともとある不平等が拡大します。「努力した人の自己負担を減らす。努力しなかった人の自己負担は減らさない」など、病気になったという結果に対して差をつけるべきではありません。もともとある不平等を減らすことを目的とした政策を採用するべきです。

 

 参考:人生100年時代の社会保障へ(メッセージ)

http://shinjiro.info/20161026message.pdf別ウインドウで開きます

 

Cohen JT et al., Does preventive care save money? Health economics and the presidential candidates., N Engl J Med. 2008 Feb 14;358(7):661-3.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18272889別ウインドウで開きます

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。