今年4月、通信教育で有名な(株)Z会から、取材の依頼が来た。中高生向けの情報誌で、「『科学的』ってどういうこと?」というタイトルで特集を組みたいと考えている。食品や健康情報の問題点、情報の受け手側が持っておくべき知識、心がまえなどについて話を聞きたい……。
Z会といえば、教材が難しいことで有名。「東大・京大を目指すならZ会。」と言われている。そのZ会が、受験とはまったく関係ない健康情報について聞きたい? 驚いた。取材を受けた時にもいろいろ驚いた。できあがった情報誌を送ってもらって、仰天した。
たとえば血液型やゲーム脳、超能力などについて、どう考えるか。疑似科学のなにが問題なのか。人が、あやしい科学情報を信じてしまう心理は、どのようなものなのか。とても面白くて考えさせる、真っ向勝負の「読み物」になっていた。
大人相手の情報誌でも、こんなにしっかりした内容のものはたぶんない。なにせ、中高生に「確証バイアス」とか「バンドワゴン効果」までしっかりと説明しているのですよ。
とにかく、嬉しくなった。これは、教育現場が変わろうとしている兆しではないか? 今度は、私が逆取材する番だ! Z会本社のある三島市で、情報誌の編集を担当する安西優子さん、冨田麻美さん、通信教育の教材作成を担当する中谷祐介さん、小澤碧さん、プロモーションを担当する池田節美子さんの5人に、たっぷり話を聞いた(松永和紀)。
2020年度から、大学入試が大きく変わっていく
特集「科学的」ってどういうこと?」 を構成する6つのコーナー
- 擬似科学に関する具体的事例の解説(血液型性格診断、コラーゲンは美容にいいかなど)
- 「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」を運営している石川幹人・明治大学情報コミュニケーション学部教授のインタビュー
- 疑似科学を信じる人の心の特徴を明らかにし、批判的思考力をどのように育てていったらいいか研究している菊池聡・信州大学人文学部教授による認知バイアス解説
- あやしい食情報から身を守るやり方についての科学ジャーナリスト・松永和紀インタビュー
- 疑似科学のポイント整理
- 菊池教授による、「科学的」な態度についてのまとめ
松永 いただいた情報誌の特集「『科学的』ってどういうこと?」を読んで嬉しくて、飛んできました。実は、私が取材する「リスクコミュニケーション」の分野では、教育現場をどう変えるか、というのが非常に大きな課題なんです。学校教育で間違った情報がたくさん教えられてしまっています。中学や高校の副教材に「食品添加物は悪いものだから極力少ない食品を選んだ方がいい」とか「疲れやすい時には抗酸化物質や酢を」などと、科学的根拠のない内容が堂々と書かれています。「摂取量によって影響は大きく異なる」という基本がすっ飛ばされていて、いいか悪いか、白か黒か、というような内容が教えられている。食のリスクにかかわる人たちは「学校教育を変えないと」と異口同音に言いますが、文部科学省の動きはとても鈍い。だから、Z会の取り組みはすごい、と思いました。
安西 ありがとうございます。中高生が日常の生活の中で「どうなっているのかなあ」と思っていることや、なんとなく引っ掛かりを感じていることについて、きちんと説明したつもりです。
松永 科学をとりあげ、リテラシー、つまり情報をどう取り扱うかをテーマに特集をした狙いは?
安西 まず、この情報誌のそもそもの成り立ちから説明させてください。この「Z3(ゼットキューブ)」という情報誌は、2016年春に創刊しました。大きなきっかけは、大学入試が2020年度を境に大きく変わっていくと、文部科学省中央教育審議会で決まったことです。センター試験が廃止され「大学入学希望者学力評価テスト(仮)」がはじまります。このテストでは、従来の教科知識に加えて、「思考力・判断力・表現力」が問われると言われています。
今、中学2年生の子どもたちが高校3年生になる年に、初めて新制度での入試に臨むことになります。そこで、Z会ではたとえば、ウェブサイト2021年 新大学入試ガイドStudy-e(スタディエ)で、新しい大学入試についての情報をまとめて発信しています。
それ以外にも、会員の手元に届く情報誌で何かできないか――。そのような思いから、新しい講座の開設や、情報誌のリニューアルに着手することになりました。
松永 大学入試改革は、記述式とかアクティブラーニングとか、断片的な言葉は聞こえてきますが、具体的にどうなるのか、わかりにくいですね。
中谷 現時点では、詳細が決まっていないことも多くあります。ただ、入試の制度や内容が変わるだけの話ではなく、高校・大学での学びそのものが大きな転換期にあるのだと私たちはとらえています。教科の枠を超えた思考力・判断力・表現力の強化が、強く求められているのです。
安西 ただ、大学入試が変わるから、私たちもそれに追随して新たなことを始めたというのとは、少しちがいます。Z会は今年で創立85周年になりますが、受験だけで終わらない本質的な学力、考える力を養うことが、創立当初から受け継がれてきた理念として今もあるんです。
教材も情報誌もその理念は同じで、自分で考える大切さを子どもたちに気付いてもらうことを重視してきました。つまり、入試改革が目指す方向性は、私たちがずっと大切にしてきたことと近いのではないかと。
そうした思いもあって、社会の動きや自分たちの将来について、中高生が視野を広げ、じっくり考えるきっかけにしてもらえるよう、コンセプトを明確にした情報誌を作ることにしたのです。年3回の発行で、Z会で勉強している中学生と高校生、ほぼすべてに送っています。
特集で、疑似科学をとりあげた
松永 創刊号の巻頭言に、皆さん方の深い思いが込められているように思えました。
Z3創刊号 巻頭言
Z3へようこそ。
中高生の「今」と、社会や将来とをつなぐ場をつくりたい—。
そんな思いからこの『Z3』(ゼットキューブ)は誕生しました。社会をグローバルに見渡す視野の広さや、
よりよい社会をつくろうとする意志の強さ、
意志を言葉にし、まわりを巻き込んで実現する力。
これら3つは、新しい時代を生きるみなさんに必要となる力です。そのために『Z3』がお届けするのは、同世代の仲間たちの声や少し先に社会で活躍する先輩たちからのエール。
ここにあるのは平面の情報ですが、Z会で学ぶみなさんなら、そこから将来の自分や未来の社会を、立体的に思い描いていけるはず。
さまざまな発見をとおして夢をふくらませていく みなさんを、Z会はいつも応援しています。
松永 創刊号の特集は『18歳選挙権、何が変わる? 何を変えたい?』でした。つづく第2号で、『「科学的」って、どういうこと?』と中高生に問いかけてくださった。科学的な思考ができる人を育てて行く、ということは、思考力・判断力・表現力を求める「教育改革」の大事な要素だ、というわけですね。
安西 そう思います。第2号では信州大の菊池聡教授に監修していただき、企画の最初から関わっていただきました。菊池先生によれば、大人の場合、科学に対する興味関心の度合いが高い人には、疑似科学に対して否定的な人が多いそうです。ところが、中高生を対象に同様の調査を行うと、科学に好意的な生徒は、疑似科学を肯定する割合も高いという結果が出たそうです。
菊池先生は、疑似科学が一見科学的に思える表現を用いているために科学との区別がつきにくいからかもしれないし、「今の科学ではわかっていないことも多いから、むやみに否定するべきではない」という思いがあるのかも、と仰っておられます。
いずれにせよ、中高生が無防備に疑似科学に触れている現状なのに、学校で教わっているのは科学の「知識」で、科学的な「思考」を学ぶ機会がない。私たちと菊池先生は同じ問題意識を抱えており、「科学的に考える」ということを多角的に取り上げることにしました。
中高生の意識調査結果を、特集に活かす
松永 疑似科学は、大人でもだまされている人たちがたくさんいます。中高生向けに解説特集をする際、とくに気をつけたことはなんですか。
安西 疑似科学に限らず、特集記事を作るたびに毎回悩むことなのですが、大人の感覚で、「これは大事」と押しつけないことでしょうか。それでは、中高生に「読みたい」という気持ちをもってもらえません。
どうしたら彼らに「これは自分たちにとっても身近なテーマだ」と思ってもらえるか。それには、彼らが漠然と気になっていることを最初の切り口にするのがよいのではと思っています。
そのため、今回も特集記事を作る前に会員を対象に「科学」についての考えを尋ねる意識調査を実施しました。インターネットで希望者が答えてくれるもので、今回は中高生791人が協力してくれました。
たとえば、『「科学的な考え方」はとても大切なことだと思う』について、5つの選択肢「とてもそう思う」「ややそう思う」「どちらとも言えない」「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」を設定し、自分の気持ちがどれに該当するか、答えてもらいました。すると、「とてもそう思う」52.8%、「ややそう思う」33.9%でした。「どちらとも言えない」は9.5%、「あまりそう思わない」2.4%、「まったくそう思わない」0.4%となりました。
「科学の研究は、専門性が高くて、簡単には理解できないと思う」は「とてもそう思う」21.0%、「ややそう思う」40.5%、「どちらとも言えない」19.0%、「あまりそう思わない」15.2%「まったくそう思わない」2.7%です。
そのほか、血液型性格診断やゲーム脳などについて信用度を調べました。これらの結果をもとに、記事を作りました。
「ゲーム脳」は信じられている
松永 さまざまな疑似科学が中高生にどう受け止められているか、意識調査の結果が記事に掲載されています。とても興味深く読みました。たとえば、「血液型で性格が判断できる」について、「とてもそう思う」「ややそう思う」を合わせて38.3%。「あまり思わない」「まったくそう思わない」は合わせて37.3%でした。もう少し「そう思わない」という中高生がいて欲しかったと思います。記事にも書いてあるとおり、血液型診断には、科学的根拠がありませんから。
あるいは、『ゲームをしすぎると「ゲーム脳」になる』は、「そう思う」が56.1%、「そう思わない」は19.9%。やっぱり親に言われているのでしょうか。残念な数字です。
ただ、このゲーム脳の調査結果を受けての菊池先生の解説がすばらしい。了解いただいて、全文掲載させていただきます。中高生に科学や大人の事情など、ここまでしっかり伝えるんだなあ、と驚きました。菊池先生とZ会編集部の両方の覚悟が感じられます。
ゲームをしすぎると「ゲーム脳」になる
ゲームをしすぎると、脳のある部分の機能が低下して認知症に近い状態になり、「キレやすい」「集中力に欠ける」子になり、場合によっては「少年犯罪にもつながる」という主張があります。これは、ある研究者が脳波測定によって得られた結果として発表したもので、書籍はベストセラーとなり、メディアでも大きく取り上げられました。しかしその後、研究手法に問題があって、この説には科学的根拠がないことが多くの科学者から相次いで指摘されました。また、ゲームの普及に反して日本の少年犯罪件数は減少しており、統計学的な観点からも、この説は否定的に考えられています。
この一件で問題だったのは、まじめな教育関係者がこの説に飛びつき、講演会などで一層広まったという点です。もちろん、ゲームのしすぎは生活や健康に悪影響があり、教育上好ましいものではありません。しかし、そのこととゲーム脳という説の科学的な信頼性は別問題。教育関係者の科学情報に対する理解力・判断力が問われる出来事だったといえます。(菊池聡先生)
出典:ゼットキューブ第2号,P5
冨田 意識調査のやり方にも、ずいぶんと気を配りました。菊池先生にご協力をいただき、質問内容はもちろんですが、意図を察しての回答とならないように、また、回答を誘導しないように設問の順番をランダムにしたり、「人工知能が進化して、近い将来ロボットが知能をもつようになると思う」「死後の世界はあると思う」「自分も将来がんばって研究すれば、ノーベル賞を取ることも夢ではないと思う」というような擬似科学とは関係のないダミーの質問も入れたりするなど、注意しました。
松永 世間にあふれるアンケートは、「ああ、これを聞いている人は、こういうふうに結果を出したいんだなあ」ということがわかる、誘導タイプのものが多いですからね。それが、疑似科学にも利用されてしまう。
安西 そうですね。意識調査はとても注意してやらないといけないと、私たちも勉強になりました。
松永 誌面全部をネットの読者に見てもらえないのは残念なのですが、イラストがたくさん入っていて、中高生にも取っつきやすそうな感じです。こういうところも工夫されたのでは。
安西 イラストは、ずいぶんと考えました。たとえばゲーム脳の解説につけたイラスト。猫が消火器を持って登場していることで、「本当に脳がおかしくなっているわけではないよ」と、ちょっと茶化している感じを出しています。
マイナスイオン健康効果についての解説では、エアコンからマイナスイオンが出ていることをイメージさせるイラストをつけていますが、一緒に猫が霧吹きでシュシュッとやることで「その程度のものだよね」というニュアンスを伝えられる。リアルになりすぎないように、そして何より疑似科学が肯定的に受け止められないようにしないといけないと思いました。
松永 子ども相手の科学コミュニケーションというと、適当にイラストをつけて言葉数を少なくして、専門用語を使わなければいい、みたいな雑な感覚で取り組んでしまう科学者は多いし、行政もそうなんですよ。イラストは、もっと緻密に考えられるべきものだし、実は繊細な感覚を伝えられる雄弁なものなのだなあ、と改めて感心しました。
Z会が書いているから正しいはず、とならないように……
冨田 子どもは素直でなんでも吸収するので、怖さもあるのです。記事ではいろいろな情報について、「現在の科学では、こういう見解です」ということを伝えているわけですが、「Z会が書いているから正しいはずだ。これは○、あれは×」というふうに理解され、思考停止してしまっては意味がありません。
松永 そこにはある種、矛盾がありますよね。菊池先生がこう言っているから、ゲーム脳は信じちゃいけないんだ、という思考になりがちです。
冨田 そうなんです。私たちとしては、情報を鵜呑みにするのではなく、いろいろな物事について多くの情報を集めて判断する力をつけてもらいたい。あるいは、「こういう考え方もあるんだな」という見方をしてもらいたい。だから、随所で表現にとても苦労しました。
松永 正直に言って、「こんな難しいことまで、中学生に伝えてよいのか。無理だろう」と思った部分もありました。だって、たとえば「確証バイアス」。これは、人が自分の信じたい情報だけを集めてしまい、否定的な内容は排除してしまおうとする心理のことですが、大人だって、これを意識せずに、自分にとって都合のいい話だけで主張している人が多いですよね。概念として難しすぎるのではないか、と思ったりしました。
冨田 この情報誌は、中学1年生から高校3年生まで6学年の子どもたちに届けています。おそらく、中学1、2年生にはちょっと難しい部分もあるはずです。でも、きちんとはわからなくても、どこか引っ掛かるところがあったらいい。何年かたってから「そういえば、Z会の冊子にこんなことが書いてあったなあ」と思い出してくれたらいいんです。
松永 ここまでは、2020年度の大学入試改革に照準を合わせた、情報誌「Z3」についてお話をうかがってきましたが、通信教育の教材についてもお話を聞かせていただきたいと思います。通信教育では、2016年3月、中学生向けの新しい講座「総合」をスタートされました。こちらの教材も、「Z3」の取材で安西さんたちがいらした時に見せていただいたのですが、内容に驚きました。攻めてるなあ、中学生にこんな高いレベルのことを教えてるんだ、と。だって「食情報にご注意を!」とか「『個性』について考える」というようなテーマが並んでいるのですから。新講座について、お話しください。
(次回へつづく)