(C)RAJKUMAR HIRANI FILMS PRIVATE LIMITED
日本でも大ヒットを記録したインド映画「きっと、うまくいく」のラージクマール・ヒラニ監督とアーミル・カーンのコンビによる作品『PKピーケイ』が10月29日に公開されました。
私は、翌日の30日に観に行ってきました。そして、なんかPKが描かれたちっちゃいティッシュ箱もらえたました!
ちなみに、映画を観てもこれがなんでティッシュなのかは、わかりませんでした。知ってる人がいたら教えてください。笑)
内容ですが、インドのような信仰心の強い宗教が混在する国で、ある意味宗教をいじるような作品というのはすごい挑戦だったんじゃないかと思います。
そんなかなり攻めた作品にもかかわらず、前作の「きっと、うまくいく」を超える興行成績を記録しているそうです。
多分、内容が良いのもありますが、ヒロインであるジャグー(アヌシュカ・シャルマ)のたわわパワーもあるはずだと、個人的に感じています。
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ちょっと偏見入りますが、インドではこの映画の冒頭でものが盗まれましたが、ああいうこと日常茶飯事のようです。靴がなくなるのもそうですね。
日本だとPKは、すぐ通報されて御用となってこんな物語は始まらなかったかもですね。笑)
※このあとの記事には、映画本編のネタバレが含まれます。また、内容は批評や論評といった類のものではなく、感じたことをそのまま書き出しただけの寄せ集めのようなものです。見に来ていただいた方には、友人と映画を見終わった後にあーだこーだ言いい合う時のような軽い気持ちで読んでいただけると嬉しいです。
歌って踊ってハッピー!邦画とは俳優からして異質
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インドの映画って歌って踊るって印象があったけど、まさにその通りでした。
最後に観たのは何だったか覚えてないんですが、劇中で死んじゃった人とかもコミカルにエンドロールで踊ってて、なんかへんな感じがしたのを覚えています。
今作でもたくさん歌って踊ってハッピーな感じで、最初の方はミュージカルを見てるような不思議な感じでした。
まあ、すぐ慣れちゃいましたけどね。笑
ハリウッドなんかもそうですが、インドの俳優陣も出てくる人たちみんな肉体がすごかったですよね。
日本の俳優からすると、違和感あるくらいのゴリゴリのマッチョ。
ヒロインも日本人が好きそうな可愛い系かつセクシーで、ボリューム感がありすぎで最初から気になってしょうがなかったのは、内緒でお願いします。
若干の予習をしておいた方がよかったかも
全然予習をするタイプの映画ではないと思います。ただ、インドという国の特殊性を少しでも知っていたら、もっと楽しめたかなと思うところが少なからずありました。
この映画を見るにあたってちょっと後悔してるのが、インド国内の多様な宗教事情をあまり理解していなかったことです。
恥ずかしながら私は、インドはヒンズー教の国。牛を崇拝してるから街に野良牛が闊歩してるくらいの知識しかありませんでした。
それに、それぞれの宗教の服装もテンプレがどれだかわからなかったので、ちょっと混乱してしまったところもあったり。
ただ、インドとパキスタンが犬猿の仲で、核戦争が起きるならここという最有力候補だということは、知っていました。
歴史的にも宗教的にもかなり複雑な関係の国なんですよね。
なので、ジャグーとサルファラーズの関係がうまくいかないということは、すっと入ってきてよかったです。
ワールドウォーZの原作読んどいたのがこんなところで生きたとは。笑
宇宙人からみた宗教という絶妙な立ち位置
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冒頭にも出てきたように、これは映画で特定の宗教を貶める意図はないという、ことわりが入ります。
ユーモア混じりの軽い感じで宗教を扱うことがどれだけリスクのあることかが、感じ取れましたよね。
実際、一部では公開を差し止めようとした人たちもいたみたいです。
おそらくこれは、宗教について何も知らない、嘘をつくことすら知らない無垢な宇宙人PKという立ち位置でしか描けなかったんじゃないでしょうか。
何もわからない子供のいうことなら許せるみたいな。子供どころか宇宙人ですけどね。笑
宗教というものを知らない宇宙人から見たらという視点に置き換えることで、上手いこと拒否反応が起きないようにしていたんじゃないかと思います。
それにしても、宗教の集金システムまでつまびらかにするのは、勇気のいることだったでしょう。
実際それを既得権益化している人たちがたくさんいるわけですから。
たしかに、権威や恐怖を利用してお金を吸い取る構造というのは卑怯だし、宗教的な教義にもそぐわないですよね。
無垢なPKは、そういった代理人による腐敗したシステムをことごとく指摘していきました。
信仰心は尊いが、代理人には騙されるなと言っちゃってる感じすらしましたよね。
ただ信じていればいい。いい加減かけ間違いはやめようよと。
あなたの信じてる神様はそんな非合理的なことを言わはずないだと。
この「かけ間違い」がまさに、この映画のテーマで一本の意図につながる伏線になっていました。
後から、見ると「たしかにちょっと違和感あったな」と思うんですが、鈍感な私はジャグーとサルファラーズが宗教的な意味だけでなく、もう一つの意味でもかけ間違いの状態にあったことに気づきませんでした。笑
結局、信仰心は否定しないけど、どの神様を信じるのかということで人を分けることはできないはず!という強いメッセージが伝わってきました。
これが、インドで受け入れられた要因なんじゃないかと思います。
信仰心に執着しない日本の宗教観だと、この映画はどちらかと言うとPKサイドに近いところから見てる人も多かったんじゃないでしょうか。
日本だと、信仰やお金が求められた時点でカルト扱いになっちゃいますしね。
お布施は、初詣の時などに自然としていますが、全然払わなきゃという感覚はありませんよね。払っても5円でいいでしょみたいな。笑
けど、こういう価値観ってどちらかというと珍しいのかもですね。
まとめ
もし自分がこの映画で登場した「宗教の熱心な信者だったら」と考えると、やっぱり監督はかなり危ない橋を渡ったな思いました。
やりすぎたら受け入れられないし、手加減していたらつまらないものになっていたかもしれません。
また、見る側の人たちの本音を上手くすくいとってる部分もあったのかもしれません。
宗教の腐敗や非合理性をなんとかしないとということを考えている人も少なからずいるんじゃないでしょうか。
インドには、日本でいうところの空気読め的な宗教に基づく閉塞感があって、それを打ち破ってくれているのがこの映画だったから人気が出たのかなと私は思います。