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2016年10月29日 (土)

「習近平同志を核心とする党中央」という表現の意味

 中国共産党の六中全会(第18期中国共産党中央委員会第六回全体会議)が2016年10月24~27日に開催されました。この「六中全会」の公報(コミュニケ)で「習近平同志を核心とする党中央」という表現が使われていることについては、日本の各マスコミも報道しています。多くの日本のマスコミは「○○○同志を核心とする党中央」という言い方は、毛沢東、トウ小平、江沢民の時代には使われたが、胡錦濤前総書記の時代には使われなかった(胡錦濤時代は「胡錦濤同志を総書記とする党中央」と表現していた)ことから、今回「核心」という表現を復活させたことは、習近平総書記が胡錦濤時代の集団指導体制をやめて、それ以前の特定個人に権力を集中させた時代に時計の針を逆戻しさせようとしていることを意味している、と指摘しています。

 今回の六中全会の結果について、中国共産党宣伝部は、昨日(10月28日)、内外の記者を集めた記者会見を開きました。その席で中国共産党宣伝部自身がこの「習近平同志を核心とする党中央」という表現の意義を強調していました(かつ、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」でも中国共産党宣伝部の記者会見のこの部分を取り上げて報じていました)。中国共産党宣伝部自身、日本のマスコミが指摘しているように今回の六中全会によって習近平氏への権力集中が進んだことを「宣伝」したかったのだと思います。

 しかし、「公報」(=中国共産党中央委員会委員のコンセンサスを得た公式文書)を客観的に見れば、確かに「核心」という表現は用いられているものの、一方で、集団指導体制を維持し、一人の個人が党運営を左右することがないよう党内民主をしっかりと維持すべきこともうたわれており、「公報」を読む限りにおいては明示的に「習近平総書記への権力集中を強化した」というふうには読めません。従って、私は、「習近平総書記への権力の集中」については、中国共産党宣伝部はその方向に進んでいるふうに記者会見で述べてはいるが、それは中国共産党中央のコンセンサスかどうかは怪しい、と判断しました(このことは、習近平総書記と党宣伝部の意志が多くの党中央委員の意図とずれているかもしれないことを意味しており、結構コトは重大だと私は思っています)。

 私がそう判断する理由は「公報」の中に以下のような部分があるからです。少し長くなりますが「公報」のひとつの段落を全訳して紹介します。

「全体会議は以下の点を打ち出した。党内民主は党の生命であり、党内政治生活を積極的かつ健康的にするための重要な基礎である。党内での決定、執行、監督等の作業は、必ず党の規定が明確に定めている民主的原則とプロセスにより行われなければならず、党のいかなる組織・個人も、党内民主を抑圧し、党内民主を破壊してはならない。中央委員会、中央政治局、中央政治局常務委員会及び党の各レベルの委員会が重大な決定を行う場合には、必ず深く調査研究を展開し、各方面の意見と提案を聴取しなければならない。党員の主体的地位は尊重されなければならず、党員の民主的権利を保障し、党員の知る権利、議論に参加する権利、選挙権、監督権を守り、すべての党員が平等に持っている党の規定が認める党員の権利を保障し、党の規定が定める党員の義務を履行し、党内の民主的で平等な党員同士の関係を堅持しなければならない。党のいかなる組織もいかなる党員も党員の民主的権利を侵害してはならない。党員が討論に参加するという事務的プロセスを通して党員の意見を伝える道筋を広くし、党内における民主的討論のための政治的雰囲気を造成しなければならない。党員は党に対して責任を持って事実を暴露し、いかなる組織、いかなる党規則違反・法律違反をも摘発する権利を有しており、実名を上げて通報することを提唱する。」

 ここで「公報」の一部を紹介したのは、「習近平総書記への権力の集中」というイメージとは対極をなす上記の文章が「公報」、即ち中央委員のコンセンサスによって作成された公式な文書の中に存在することを多くの方に知って欲しかったからです。おそらくは、習近平総書記を始めとする「総書記への権力集中」を目指したい勢力が「習近平同志を核心とする党中央」という表現を「公報」の中に書き込むことに成功し、それに反対する勢力が上記の文章を明記することに成功した、というのが実情でしょう。従って、「習近平総書記に権力を集中させることに賛成か、反対か」の議論については、今回の六中全会では「両論併記」であって、結論は来年(2017年)の第19回党大会まで持ち越された、というのが現時点での実情だと思います。

 一方、今年の六中全会の直後にちょっと気になる動きがありました。というのは、六中全会が終わった翌日の昨日(10月28日)、政治局会議が開催され、経済政策についての議論がなされたからです(去年(2015年)の五中全会の直後には政治局会議は開催されていない)。この政治局会議では「積極的な財政政策を有効に実施し、財政の合理的支出を保証し、特に困難に直面している地区と困難な省に対する支援を拡大する」ことを決めました。この決定は全人代で決めた(=李克強総理が政府活動報告の中で何回も指摘した)「ゾンビ企業の処置」よりも景気下支えを優先することを意味しており、今年(2016年)の中国の経済政策においては重要な決定だと思います。

 私が「気になる」と思ったのは、「重大な経済政策の決定」を行ったこの政治局会議に李克強総理が出席していたかどうか不明だからです。昨日(10月28日(金))の中国中央電視台の夜のニュース「新聞聯播」では、この政治局が開催されたことがトップニュースだったのですが(映像なし)、二番目のニュースが8月16日に行われた六中全会での議題に関する党外人士との座談会のニュースでした(映像付き)。このように二か月も前に開催された会議を今更報じるのは「中国共産党の中央委員会全体会議で議論する議題については、事前に中国共産党以外の有力者の意見もきちんと聞いていましたよ」ということを示すための毎年恒例のことです(昨年の五中全会の直後にも同様のニュースが報じられました)。

 ところが今年8月16日に開催された「党外人士座談会」には、習近平主席のほか数人の政治局常務委員が出席していますが、李克強総理は参加していません。従って、「政治局会議を開いて経済政策を議論した」というニュースの直後に李克強総理が参加してない「党外人士座談会」の映像が流されると、たぶん多くの人は「今回の政治局会議では重大な経済政策の決定がなされたのに李克強総理は出席していないのだな」と感じたと思います(実際に今回の政治局会議に李克強総理が出席していたかどうかは、現時点では私には確認できていません)。

(注)なお、昨年(2015年)の五中全会の直後に伝えられた昨年8月21日の「党外人士座談会」には李克強総理は参加しています。つまり、去年と今年を比べると、党としても重要な会議であるはずの「党外人士座談会」に李克強総理は去年は出席していたが今年は欠席だったことがこのテレビ・ニュースの報道で確認されたわけです。

 一方、昨日(10月28日)の「新聞聯播」では、「習近平主席が中国漢方医学学会設立60周年を祝賀するメッセージを出した」というニュースと「李克強総理が中国漢方医学会設立60周年を祝う指示を発した」というニュースを続けて伝えています。結局「新聞聯播」は、六中全会が終わった後も、以下のようなメッセージを中国人民に対して発出し続けているようです。

○経済政策を決定する中国共産党の重要な会議に李克強総理は出席していないらしい。

○習近平主席と李克強総理のお二人は「自分が中国政府の中心人物である」と張り合っているらしい。

 今、中国経済では、「マンション価格が高騰してバブル状態である」「マンション建設を支えるためにゾンビ企業であるはずの鉄鋼工場では住宅用ステンレスを量産しているらしい」「一方で石炭産業では生産調整を強力に進めているため石炭の受給バランスがひっ迫して石炭価格が高騰している(鉄鋼の生産には石炭が必要なので)」という相当に「いびつな」状態が生じています。このような経済の状況の中、中国政府のトップ2の習近平主席と李克強総理の関係が「よくわからん」関係になっていて、中国政府は来年後半の党大会まで経済運営をうまくやっていけるのだろうか、と心配になります。特に、来年(2017年)3月26日には香港行政長官選挙が行われますが、それを前にして北京政府と対立する立場の行政議会議員を巡って、今、香港情勢が混沌としています。マンション・バブルの崩壊や香港での反北京市民運動の激化などが起きた場合、中国政府はうまく対応できるのだろうか、とさえ思ってしまいます。

 こうした危機感は、おそらくは日本の多くの人(特に中国で混乱が起きた場合に直接影響を受ける可能性のある日本の経済関係者)も共有していると思います。日本経済新聞もそういった「危機感」を持っているようで、今日(2016年10月29日)の日経新聞朝刊2面の社説のタイトルは「中国・習主席への集権で経済は大丈夫か」でした。

 目下のところ、まずは11月8日のアメリカの大統領選挙(クリントン対トランプ)が世界の注目の的ですが、それが終わると来年後半の党大会が終わって次の体制が固まるまで(=李克強総理が国務院総理を続投するのかどうか決まるまで)中国情勢から目が離せなくなりそうです。

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