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医療

「O」と「0」の取り違えにより北米でのHIV感染者第1号とされた男性 12

ストーリー by headless
typo 部門より
北米にHIVを持ち込んだ患者第1号(Patient Zero)は、当時エア・カナダの客室乗務員で1984年にAIDSで死亡したカナダ人男性だと広く信じられていた。しかし、26日付のNatureに掲載された論文によると、この男性が患者第1号とされたのは文字の読み間違いが原因だったそうだ(論文Ars Technicaの記事NPRの記事)。

1980年代初めに米国で感染が拡大したAIDSは同性愛の男性の性交渉と感染の関連が指摘され、米疾病予防管理センター(CDC)がカリフォルニア州から追跡調査を行っていた。患者には連番が振られていたが、この男性はカリフォルニア州外(Outside of California)の患者だったことからPatient 「O」と呼ばれていたとのこと。ところが、感染者集団に発症日順の連番を振った担当者がアルファベットの「O」を数字の「0」と取り違えたことで、この男性が患者第1号と考えられるようになったという。

一方、この感染者集団調査の執筆者は、この男性が感染源である可能性は低いとたびたび説明していた。実際のところ感染者集団の中には、この男性よりも早く発症していた患者もいるそうだ。しかし、1987年に出版され、のちに映像化もされたRandy Shilts氏のベストセラー「And the Band Played On: Politics, People, and the AIDS Epidemic」 (映像化作品の邦題は「運命の瞬間 - そしてエイズは蔓延した」)が、この男性を患者第1号として特定する。その結果、この男性が患者第1号として広く知られるようになった。なお、AIDSやゲイの問題を数多く取り上げたジャーナリストのShilts氏自身も同性愛者であり、1994年にAIDSで死亡している。

研究グループでは1978年~1979年にニューヨークとサンフランシスコで同性愛の男性から採取されたB型肝炎の血清サンプルを調査し、HIVに感染したサンプルを抽出。これらのサンプルのDNAシーケンシングを行ったところ、1960年代にアフリカからカリブ海域に持ち込まれたHIVが祖先であることが判明したとのこと。1971年ごろ移民によりニューヨーク市へ持ち込まれたこのHIVは1976年ごろサンフランシスコに飛び火し、1978年の感染拡大につながったようだ。この男性のHIVも当時米国で広がっていた系統のものであり、患者第1号とする証拠はないとのことだ。
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