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あなたのiPhoneに使われているコバルトは、「多くて1日2ドル」で働くコンゴの鉱山労働者が素手で採掘している

From The Washington Post(USA) ワシントン・ポスト(米国)
Text by Todd C. Frankel

コンゴ民主共和国にはコバルト鉱山で働く採掘人がおよそ10万人いるというPHOTO: MICHAEL ROBINSON CHAVEZ / THE WASHINGTON POST

コンゴ民主共和国にはコバルト鉱山で働く採掘人がおよそ10万人いるという
PHOTO: MICHAEL ROBINSON CHAVEZ / THE WASHINGTON POST

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スマホやパソコンのバッテリーの電極に用いられているコバルト。世界の市場に出回るこの鉱物の約6割が、アフリカのコンゴ民主共和国で産出されていることはあまり知られていないが、近年、人権団体の報告により、同国の鉱山労働者がすさまじく劣悪な労働環境で働かされていることが判明した。

現場ではいったい何が起きているのか? 労働者を食い物にする巨大企業の正体とは? 非道な労働搾取の実態を米紙「ワシントン・ポスト」の調査報道が明らかにする。

謎に包まれた「コバルト・パイプライン」をたどる

地球上で最も豊かな鉱床の一つが、世界で最も貧しい国の一つにある。

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アフリカ大陸のほぼ中央に位置するコンゴ民主共和国。同国南部の都市コルウェジに暮らすシディキ・マヤンバ(35)は、朝日が昇る頃、すでに仕事に出かける準備を始めていた。

マヤンバは、鉱山で採掘の仕事をしている。
かつてある地質学者は、コルウェジの豊かな鉱物資源を「地質学を揺るがすスキャンダル」と称した。それほどこの街の赤色の土には、豊かな鉱物資源が眠っているのだ。

アフリカのこの辺鄙な土地に、いま世界中の企業が殺到している。彼らの目的は、充電式のリチウムイオン電池に欠かせない鉱物であるコバルトだ。いまや誰もが持っているアップルやサムスンのスマートフォンやノートパソコン、主要自動車メーカーが製造する電気自動車もこのリチウムイオン電池で動いている。

とはいえ、マヤンバ本人は巨大なグローバルサプライチェーンの枠組みのなかで、自分がどんな役割を果たしているのかがよくわかっていないようだ。

彼は、妻と一人息子と暮らしている。
いつも通り部屋の片隅から、シャベルと先端が壊れたハンマーを取り出し、埃で汚れたジャケットを着た。マヤンバはプライドが高く、採掘の仕事に出かけるときも、必ずドレスシャツを着るような男だ。

マヤンバはこれから翌朝まで、坑道内で仮眠をとりながら鉱物を手掘りする。機械はいっさい使わず、ヘルメットもかぶらない。トンネルが崩れることがあれば、命を落とすかもしれないというのに。

鉱山にでかける準備をするマヤンバPHOTO: MICHAEL ROBINSON CHAVEZ / THE WASHINGTON POST

コバルトの鉱山で採掘の仕事をしているマヤンバ(左)。彼が仕事に出かけるのを妻と息子が見送る
PHOTO: MICHAEL ROBINSON CHAVEZ / THE WASHINGTON POST


「残っている金で、小麦粉を買えそうか?」と、マヤンバは妻に尋ねる。

どうやら金はなんとか足りるようだ。だが、そこに借金取りがやってきた。この間、塩を買うために金を借りていたからだ。結局、今日は小麦粉をあきらめざるを得ないようだ。

マヤンバは、妻に心配するなと声をかけると、息子に出がけの挨拶をしてシャベルを肩にかついだ。出発の時間だ。

近年、コバルトの需要は世界的に急騰している。増え続ける需要を満たすため、ここコンゴでは幼い子供を含む労働者たちが、過酷で危険な鉱山で働いているのだ。

我々「ワシントン・ポスト」紙の取材によると、コンゴでコバルトの採掘に従事する人は10万人に達するという。彼らは監督者も安全対策もない状態で、手掘りで数十メートルもの深さの穴を掘る。

過酷な環境で採掘されているコバルトは、どのようにして一般消費者が買うスマホの一部になるのだろうか。

この国の鉱山で採掘されたコバルトは、「剛果東方国際鉱業」という中国企業が買い上げる。同社は、コバルト生産の世界的な大手「浙江華友鈷業」の傘下にある。

世界の主な電池メーカーは、コバルトをこの中国企業から調達している。これらのメーカーが製造するバッテリーが、アップルのiPhoneなどの製品に組み込まれているのである。

アップルは我々の取材に対し、コンゴで採掘されているコバルトが同社製品のバッテリーに入っていることを認めた。同社が使用したコバルトの20%ほどが浙江華友鈷業から仕入れたものだという。

使用するコバルトの産出地がどこなのか、定期的に確認している企業は少ない。しかも、鉱山で採掘されたコバルトは、最終的な製品の形になるまで数社の手に渡り、その移動距離たるや数千キロメートルに達する。

それゆえ、これまでコンゴ産のコバルトの変遷を追求することはほぼ不可能だと考えられていた。だが我々はこの謎に包まれた「コバルト・パイプライン」を溯り、取材によってその実情を初めて明らかにすることに成功したのだ。

あなたのスマホのなかにも、コンゴ産コバルトが…

世界に出回っているコバルトの、じつに60%はコンゴ産だ。政情が不安定で汚職が蔓延しているコンゴの歴史は、他国による略奪の歴史でもある。19世紀には、ゴムノキの樹液や象牙が帝国主義列強によって収奪された。そして独立から50年が過ぎたいま、驚くほど豊かな鉱物資源に目をつけた外国企業がコンゴに再び押し寄せている。

コンゴ産コバルトの取引の実態は、約10年前から複数の人権団体によって問題提起されてきた。

米国の業界団体も、この問題の存在を知っていた。アップルも加盟している「電子業界CSRアライアンス」は2010年、コバルトなどの鉱物資源の採掘過程で人権侵害が起きている可能性を指摘。また米国の労働省は、コンゴ産コバルトを「児童労働によって生産された品目」のリストに入れている。

ガイ・ダービーは、ロンドンを拠点とするコバルト専門のサプライヤー「ダートン・コモディティーズ」で長年アナリストを務めてきた。彼はコンゴのコバルト採掘の実態を次のように説明する。

「問題を指摘する声が大きくなると、『こんなことがあってはならない』と一時的に盛り上がるのですが、しばらくすると何の対策も講じられることなく人々の頭から消え去っていく──そんなサイクルが長年繰り返されてきたのです」

鉱山労働者たちPHOTO: MICHAEL ROBINSON CHAVEZ / THE WASHINGTON POST

仕事が始まるのを待つコバルトの採掘人たち
PHOTO: MICHAEL ROBINSON CHAVEZ / THE WASHINGTON POST


最近、アムネスティ・インターナショナルは、剛果東方国際鉱業が児童労働で採掘した鉱物を購入していると指摘した報告書を発表。これが公表された当時、多くの関連会社がコバルトの調達先を見直すと約束した。

だが、2016年6月に我々がコンゴの採掘現場を取材した際には、この問題はまだまったく改善されていなかった。警鐘が何度も鳴らされていたにもかかわらず、なぜこのような深刻な問題が長期間、黙認されているのだろうか?

昨今のサプライチェーンは極めて複雑だ。価格の安さが重要視される先進国の市場では、遠く離れた脆弱国家の問題など取るに足らない出来事なのだろうか。

だが、多くの人がこの問題に無関係ではない。あなたがいまスマートフォンでこの記事を読んでいるとすれば、その内部にコルウェジで採掘されたコバルトが含まれている可能性は大いにあるからだ。

シリコンバレーの「富」を支えるリチウムイオン電池

リチウムイオン電池は、「環境汚染の原因となってきた過去の有害なテクノロジーとは一線を画すものだ」と謳われてきた。

従来の鉛蓄電池より軽く、電池一個のエネルギーの量も多い。そのため、リチウムイオン電池は「クリーンなテクノロジー」だと言われ続けてきた。いつの日かリチウムイオン電池が、排気ガスを吐き出すガソリンエンジンに取って代わる──そんな期待も高まった。

それゆえにリチウムイオン電池は、トレンドの最先端にあるIT製品に欠かせない存在となった。

リチウムイオン電池がなければ、私たちがスマートフォンをポケットに入れて持ち歩く日は来なかったし、ノートパソコンを膝にのせて使うこともできなかった。流行の電気自動車は、リチウムイオン電池がなければ実用性ゼロだ。

モバイル機器から自動運転車まで、いまシリコンバレーに富をもたらしている技術は、すべてリチウムイオン電池ありきといっても過言ではない。

しかし、この富は見るに耐えない犠牲のもとに成り立っていた。

鉱山の劣悪な環境で働いているのが、「職人仕事」で採掘をする採掘人たちだ。「職人仕事」という言葉から、伝統的に受け継がれてきた何か特別な技術を連想するかもしれない。だがここでは、ドリルも掘削機も持たずに、素手で鉱物を掘り出すきつい労働のことを指す。

コンゴには、このような貧しい「採掘職人」が大勢いるのだ。

コンゴから産出されるコバルトの17~45%が、こうした職人たちの採掘によるものだ。そしてそれは、世界のコバルトの生産量の10~25%を占めている。

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