私は正真正銘のおじさんです。
そんな私が「働かないおじさん」と言うタイトルで批判的な記事を書くのは、天に唾する行為だと重々、承知してるのですが・・・、とあるおじさんの仕事っぷりを見て「ホンマに、ええ加減にせえよ」と思う事がありました。
詳細は控えますが、おじさんである私が見ても呆れ返るくらいの所業だったのです。
バリバリと仕事をこなしている中堅社員や、将来に向けて張り切っている若手社員から見れば、怒りや憤りを感じて当たり前。
「働かないおじさん」は、サッサといなくなって欲しいと思われても仕方のないことだと思いました。
このように、存在自体が「悪」と思われる「働かないおじさん」、そこそこの人数の組織であれば、一人や二人は必ずいるでしょう。
この人たちは初めっから働かなかったのかというと、決してそうではないと思うのです。
何らかの理由があって働かなくなったはず、本エントリーでは、そのあたりを考えてみたいと思います。
「働かないおじさん」とは
一言で「働かないおじさん」と括っていますが、いろいろなタイプが上げられると思います。
ここでは、ざっくり2つのタイプに分け、1つをさらに細分化してみました。
仕事をしないタイプ
文字通り、やればできるのにやらないタイプ。
「働かないおじさん」の典型ではありますが、ある程度の役職に就いていて、本人がやらなくても、部下がカバーしてくれる立場の人に見られると思います。
一日中、お茶をすすりながら、新聞を読んだり、ネットサーフィンをしたり。
自分から指示することは少なく、部下からの報告や相談も、軽~く受け流すような人たちです。
この手のタイプが上司だったら、とても御しやすいので、個人的には大歓迎ですけどね。
仕事ができないタイプ
これには、2種類あると思います。
知力的に職務にキャッチアップできていない人
よくある例が、PCの使い方が分からず、モタモタしているか、あるいは、自分で調べもせずに人に聞くなど、努力を怠っている人たちですね。
「資料を作る」のはいいけれど、使えないパワポで作ろうとするものだから、わからないことだらけで、作業は一向に進みません。
おまけに、「使い方が分からないから教えて」と近くで仕事をしている若手に平気で聞いてきます。それも、何をしたいのか、何がどうわからないのかすら分からずに質問するのです。
聞かれたほうは、たまったもんじゃないですよね。
体力がついていかない人
すぐにバテてしまうので、作業的な戦力としてはカウントできません。
それでも、殊勝な態度であれば、まだ許せますが、意地になってやろうとして出来ず、結果、足をひっぱったり、弱音を吐いて皆のやる気をなくしたりするのです。
知力や体力が仕事において十分でない人は、自分がやりたくないからと反対意見だけを言って潰しにかかったりすることが多いと思います。
最適ではないやり方にこだわる人
これは「働かないおじさん」というよりも、「働けていない」もしくは「働いたつもりになっている」人と呼べばよいのでしょう。
自分の中で凝り固まった仕事のやり方があって、それ以外は認めないと言うタイプ。
自分だけで完結する仕事をやっているのであればまだ良いのですが、
(ま、自分だけで完結する仕事自体めったにありませんし、あったとしても、非生産的な仕事の仕方ではありますが)
その考えややり方を他の人にも強制する人がいます。
私見ですが、管理部門の古参社員によくあるタイプで、お願いや相談にいっても、即座に「できません」「無理です」と断ってきます。
また、面倒くさい仕事を「やって当たり前」とろくな説明もせずに、一方的にやらせようとし、やり方が自分の思い通りでなければ、文句を言うのです。
この手のタイプが上司になったら、鬱陶しいことはなはだしいですね。
これら以外にも、まだまだたくさんの「働かないおじさん」はいると思いますが、書き出しているときりがないので・・・。
なぜ「働かないおじさん」になったのか?
上司・部下・同僚・他部署の人などなど、社内で「働かないおじさん」をこれまで何百人と見てきましたが、そうなったのには、やはり、それなりの理由があると思います。
サラリーマン人生の先が見えた
これが一番の理由だと思いますが、相当上の役職にまで上がっている人でも、定年の何年か前になると、「働かないおじさん」になるケースが多いですね。
どんな人でも、入社してからその時々やそれぞれの立場で、サラリーマン的な将来の夢は持っているものです。
が、年を重ねるごとに現実が夢を潰していきます。そして、ある日、会社生活の残りの日々を最後までリアルな絵図として描いてしまった、ということかと。
こうなると、「やってもやらなくても同じ」という発想になり、それが「やるだけ損」に変わっていくのだと思います。
心が折れた
上述の「先が見えた」に近いのですが、こちらはもっとネガティブな状況になったということ。
自分の成果や努力が認められず冷遇されたり、あるいは、便利使いされたあげくポイ棄てされて、初めのうちは憤りを感じるものの、ある日、頑張ることに対して心が折れてしまった人たちです。
比較的、若いうちにこのような経験をしてしまうと、「会社なんて、しょせん、こんなもの」と達観し、「やるだけ損」という考えになってしまいます。
こうなると、自己成長はストップする一方、保身のための仕事の囲い込みを始め、他の人にタッチさせないようにしてしまうのです。
これは、自己評価が他者評価よりも高すぎる人に起きやすいと考えられますが、会社という組織の理不尽さを消化しきれなかった結果ともいえるでしょうね。
勘違いしたまま年を取った
「自分は仕事ができるし、しっかりやっている、努力もしてきた」つもりだけれど、実際はできていないケース。
これは、考えようによっては最も幸福であり、また、最も不幸なケースだと思うのです。
最も幸福だと考えるのは、当の本人には、過去、挫折もなければ、現在、仕事ができないという意識もないわけで、ある面、サラリーマン的に真っ当に過ごしてきたといえるからです。
逆に最も不幸なのは、自分がどういう状態なのか自覚がないこと、そして、周囲に大迷惑をかけていること。
おそらく、周囲とは相当の軋轢が発生していると思われますが、自分は出来ているとおもっているだけに、その原因がわからず、悶々としている可能性があるからです。
「働かないおじさん」になった理由は、これら以外にも、まだまだたくさんあるでしょうけれど、思いついた3つを上げました。
「働かないおじさん」への対処法はない?
「働かないおじさん」のタイプとその理由を思いつくまま上げてみました。
本来であれば、このような人たちにどう対処すべきかまで、踏み込んで書くべきなのでしょうけど、私自身、受け流すこと以外に良い方法を思いつきません。
また、「働かないおじさん」を何とか働かせるようにするのは、ほぼ不可能に近いと思っているのです。
ここに至るまでの経緯と時間、そして、残された時間などを考えると、とても難しいでしょうから、割り切った対応、つまり、「これだけやってくれれば良し」とするハードルを下げるのが現実的な対応ではないかと考えています。
「こうすると良い」という対処法があれば、是非、教えていただきたいと思います。
終わりに
「働かないおじさん」になってしまう理由から考えると、すでにおじさんになっている人はもちろん、今、若手・中堅でバリバリやっている人でも、いつそうなってもおかしくないとも言えるますよね。
私自身、このように客観的に書いておりますが、読み返してみると、自分にも当てはまる点がいくつもありました。
まさに、他人事じゃないなと薄ら寒くなったので、反省するところは反省して、直すべきは直さないといけないなと思いましたね。
で、この話のさわりを友人にしたところ、「前向きにいきましょ~」と言われました(笑)。
では、また。
よろしければ、こちらもどうぞ