- スッポリ抜けているもの
日本経済は低成長が続いている。筆者達はこの原因を需要不足と分析している。この主な要因は、日本で30才台、40才台の「消費年齢世代」の人口が減少していることである(需要不足なのだから「生産年齢世代」の人口の減少は主な問題ではない)。また所得(可処分所得)が伸びないこともこの一つの要因になっている。さらに他にも需要不足の要因は色々と考えられるが、ここではこれ以上の言及は省略する。
これに対して、低成長の原因は需要サイドではなく、日本の供給サイドに問題があるからと主張する者が実に多い。この考えから導き出される対策は日本の構造改革ということになる。先週号で述べたように、この構造改革派によとって、筆者達が主張する財政支出による需要創出政策は、むしろ日本の構造改革にとって邪魔であり障害になるらしい。
構造改革派の発想は古典派経済学理論(新古典派経済学を含む)に根ざしている。いわゆる「セイの法則」、つまり作ったものは全て売れるという法則が成立つ世界である。したがってもし売れ残りや失業が生じるなら供給サイドに問題があるということになる。具体的には生産設備が陳腐化していて製品が時代に合わないとか、労働者の質に問題があるということになる。
構造改革派の対策は、まず規制緩和などによる競争政策の強化ということになる。これによって劣化した生産設備やゾンビ企業の退出を促すことになる。また技術的に劣る労働者には教育・訓練を施すということになる。これらの話は、構造改革派に染まっている日経新聞などのメディアでもよく見かける。
構造改革派の経済成長理論の支柱となっている定式がある。それについて08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」や14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」などで説明した。これは経済学の教科書に載っているg(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)である(これに技術進歩を加味するとg(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)+t(技術進歩)になる)。したがってs(貯蓄率)が一定なら、経済成長率を大きくするには合理化などによって資本係数を小さくし、労働者に教育・訓練を施し労働投入量を増やせば経済は成長することになる。
上記の経済成長理論の定式は、一見正しく当たり前のように感じる。ところがこれには「スッポリ抜けているもの」がある。それは「需要」である。もし需要不足が常態化しているなら、上記の定式は何の意味もない。つまり構造改革派は、需要サイドを全く見ていないのである。まさに「作ったものは全て売れる」という「セイの法則」の世界にいる。このように構造改革派の経済理論は著しく現実離れしている。
ところが安倍政権の登場で状況は一変した。安倍政権は第一の政策をデフレ経済からの脱却とした。つまりデフレギャップの存在を公式に認め、この解消を第一の政策目標に置いたのである。政府機関も渋々とデフレギャップの存在を認めるようになった。
ところが政府機関の公表するデフレギャップはいつも1〜2%と異常に小さい。これは16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」で述べたように、デフレギャップの算出に「可変NAIRUアプローチ」という浮き世離れした手法を採っているからである。またデフレギャップ異常が小さいため、潜在成長率も異常に小さく算出されている。
筆者達は、ヘリコプター・マネーによる需要創出政策を唱えている。しかし構造改革派に染まった日本の経済の論客は、デフレギャップが小さいのだからたちまち日本経済にインフレが起り物価が高騰すると脅かすのである。これもヘリコプター・マネー政策への一つの雑音である。
- 有り得ないデフレギャップの1〜2%
日本経済の成長率を高めるには、生産性の向上しかないという話をよく聞く。この根拠は潜在成長率がこれだけ小さくなっているのだから、生産性を上げる他はないというのである。具体的には規制緩和によって競争を活発にすることや生産工程への新機軸の導入、そして労働者の教育・訓練などである。ちなみに本誌では過去に01/9/10(第221号)「「生産性」と「セイサンセイ」の話」で、この話を取上げたことがある。
しかしこれらの全てが前段で紹介した構造改革派のセリフと一致する。つまり生産性を上げるということは構造改革を実施することと同じ意味である。言い方を変えると構造改革を行うことによって生産性が上がるという話である。
たしかに国全体ではなく一つの企業で考えると、注文が殺到し生産が間に合わない場合は生産工程の改善(新機軸の導入などを含め)や従業員の教育・訓練が必要になってくる。つまりこの生産性の向上によって注文増に対応するということは有りうる。しかし反対に注文が少なくなるケースが有りうる。この時にはリストラによる生産性の向上という方法が考えられる。また場合によっては不採算部門の整理といういうことが必要になる。
しかし一国の経済を考える場合と一企業を対象にする場合では事情が異なることがある。たしかに国全体の需要が伸びている時代なら、国も企業もやるべきことは似ている。言っているように生産性の向上ということになる。企業はこれによって限られた生産資源(生産設備と労働者)をより効率的に使って最大限の生産を行うのである。国はこの動きを税制などで支援することになる。
ところが今日のようなデフレ経済で需要不足が常態化している現状では、国と企業では利害が異なるといった事態が起る。例えば企業は売上が落ちれば、当然、前述のような生産性の向上のためリストラを考える。しかし国にとって企業のリストラによる失業者の増加は由々しき問題となる。
このように構造改革派の論客は、経済の高度成長期のように需要がどんどん増える時に適合したかもしれない稚拙な経済理論(供給サイドの重視)を、慢性的な需要不足が続く今日の日本にも適用しようとしているのである。筆者はこのことを間違っているとずっと言って来た。
精一杯優しく言えば、構造改革派の面々は現実の経済に疎い「おバカ」の集りということになる。少しでも現実の経済を知っているなら、1〜2%のデフレギャップとかほとんどゼロの潜在成長率といった現実離れしたことは決して言わない。本当にデフレギャップが1〜2%なら、景気は超過熱状態であることを意味する。そのような状況ならほとんどの生産設備の稼働率は100%であり、商店やデパートの店先には買い物客が殺到し長い行列を作っているはずである(終戦直後の日本や旧ソ連時代の店頭と同じように)。
また本当にデフレギャップが1〜2%なら、どの企業や商店ではこれ以上売ることのできる製品や商品の在庫がなくなっていて、営業担当者のほとんどの仕事は注文を断ることになっているはずである。したがって販売促進のための広告・宣伝なんてとんでもないことである。このように「可変NAIRUアプローチ」によって導き出されるデフレギャップの数字はばかばかしく有り得ないものである。
さすがに構造改革派の中にも、段々と問題は供給サイドだけでなく、需要サイドにもあるのではないかと考える者が現れるようになった(日本の供給サイドは特に大きな問題がないと筆者は見ている)。明らかに構造改革派は落日を迎えている。しかしいきなり財政支出による需要創出というわけには行かない。筆者の記憶では、最初に需要サイドに着目した構造改革派は「霞ヶ関埋蔵金」を問題にした人々である(埋蔵金を使っての需要創出をしろと主張)。
その次は外国人観光客の誘致を唱える人々である。これは外国人観光客の買い物による需要増を狙っている。そして最近ではTPP締結が注目されている。ところでアベノミクスの第三の矢である「成長戦略」の柱は規制緩和などによる構造改革だったはずである。ところが奇妙なことに最近になって「成長戦略」の第一はTPPという話が出るようになっている。これはTPPによる輸出増が狙いである。
このように外国人観光客の誘致やTPPの目的は需要増といっても外需の増加ということになる。たしかに構造改革よる供給サイドの強化といった現実離れした考えからは、これらはいくらか進歩していると言える。しかしこれに対して筆者達は、これ以上外需依存を高めるのではなく(外需依存はいずれ円高で苦しむことになる)、財政政策(ヘリコプター・マネーなどによる)による内需拡大政策を主張しているのである。
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