つながないDJは果たしてDJなのか?論争が起こる
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2016.10.28
Written by Jun Fukunaga
果たして何をして「DJ」と定義するのか?
一般的にダンスミュージックのDJは、DJプレイ中に曲と曲を「つなぐ=MIX」ことが普通と考えられており、現在はその技術の肝である曲同士のビートマッチングはDJソフトウエアや、CDJのシンク機能などを使うことによって、これまで特別にDJの経験がない人でも所謂「DJプレイ」が可能となっている。
それ故に、かつてのようにアナログレコード同士を自らのターンテーブル操作なしでビートマッチングさせることなく、俗にいう機材のボタンを押すだけの「押すだけDJ」と揶揄される存在はしばしば批判の対象となることは少なくない。
そんな現代の風潮もあってか、先週末(10/23)に放送された人気ストリーミングメディアBoiler Roomの放送はある論争を巻き起こすことになった。
その放送では、現在、ヨーロッパを中心に注目を集め、その音楽センスから人気DJとなっている若手DJのDonna LeakeがDJプレイ中に曲と曲同士をほとんどつなぐことなく、プレイし続けたことに対し、放送を視聴したBoiler Roomファンから「踊りながら再生ボタン押してるだけ」、「彼女、Mixしていない」などといった批判が殺到。しかし、それらのヘイトコメントに対し、サポートコメントも数多く寄せられ、「つながないDJは果たしてDJなのか?」というネット上の論争を巻き起こすこととなった。
これについて、Donna Leakeの兄貴分であるロンドン在住の日本人DJ/プロデューサーのKei Suzuki氏は、音楽メディア「Wax Poetics Japan」blogで、彼女のプレイ内容がDJ MIXをしていなくても「DJ」として評価されるべきだと意見を述べている。
10/27に公開された氏の投稿によれば、この放送は”Boiler Room史上、最も最短時間で閲覧回数が爆発し、3日経った現在、facebook上では18万回(!)以上再生。ちなみに計3,800件以上のいいね!、2,000コメント、更に460シェアBoiler Room史上、最も最短時間で閲覧回数が爆発した放送回”となり、Donna Leakeは、これにより賛否両論のインターネットセンセーションを巻き越したことになったと言える。
そういった状況からか、この大炎上に対して、Boiler RoomはInstagramで以下のような異例のコメントを発表。
”昨日のDonna Leakeのセットでのコメントを見て、私達は真髄を簡単にでも伝えるべきだと思いました。
素晴らしいDJの何たるかは全ての曲同士を繋げてビートマッチングする事ではありません。何よりも先に”ミュージックラバー”である私達の目的は良い音楽をチョイスする人達をプロモートする事で、Donnaはそういった意味で沢山の素晴らしい音楽を紹介してくれました。
繋ぎ目の無いようなミックスを欲しいリスナーの皆さん、私達にはそういうったものが既に沢山あるのはご存知のはずです。
それでもフェラ・クティとロニー・リストン・スミスでビートマッチングを試みれば、私達が何故この才能溢れるセレクターを同じように応援するのか、分かってもらえるはずです。”
と、Donna Leakeのプレイを支持する考えを示した。
Kei Suzuki氏は、”ハウスやテクノのように元々楽曲自体がDJ用に作ってあるものであればDJがスムースに繋げる事で更に長い時間軸でのアレンジを作るというDJのアートフォームの”一つ”である事は間違いないんですが、それがどの音楽形態にも当てはまる訳ではなく、まして彼女がハマっているジャズやワールドミュージック等のような卓越したミュージシャン達がイントロからアウトロまでの楽曲を制作したものをわざわざ途中で繋ぐ事で、その楽曲自体をぶち壊す事も多々ある訳です。更に彼女の選ぶレコードのどれもが最初から最後まで楽しめるような素晴らしいものばかりで、ビートマッチングをしなくてもその空気間を繋ぐ事でまた一つのフロウを作っているのです。”という意見を述べ、彼女を擁護。彼女のプレイした曲の性質などを理解せず、ただ一般的なDJのイメージで「MIX」をしなかったことに対して批判することはナンセンスだとしている。
また、今回のような論争が起こったことに対しても”今や世界中から視聴者が押し寄せ、現代のMTVと化したBoiler Room。どのアートフォームやメディアでも言える事だとは思うんですが、それを楽しむ分母が増えていく一方で、その本質のルーツや思惑とは違った角度で捉えていく人も増えていくもの。”という考えを示しており、”音楽のセレクションとその音響自体を楽しむという境地に達するという経験がないまま、ハイプ(メディア)とテクニカルな要素ばかりが先行している現代のDJ/クラブシーンにどっぷり没頭してしまうとそういう形にこだわってしまうのも無理は無い”ともしている。
この論争についての意見はそれぞれあると思われるが、そもそもDJの本質は曲を選んでプレイし、その場の雰囲気を作りあげるということだと筆者は考える。氏が述べているように「つなぐ=MIX」することはDJのアートフォームのひとつであり、今回のDonna LeakeのDJプレイを実際に聴けば、大型クラブや、フェスでDJの経験がないセレブがボタンを押すだけで一晩で高い出演料を得ることに対して批判が殺到することとはまた別問題だろう。
確かにダンスミュージックで考えれば、曲同士をつなぐことでストーリーを展開し、その場に集まったクラバーを踊らせることはDJとして基本かもしれないが、ワールドミュージック、ラウンジミュージックといったジャンルの曲をあえてつながずに曲の最初から最後までを楽しむことを提案するというDJスタイルが完全に批判される対象かと言われればそうではないはず。
例えば、イーブンビートの曲を全くつながないDJプレイは場合によっては批判されるが(実際体験してみたら考えようによっては、新しい形かもしれないので一概にNoとは言えないが)、この手の類の音楽をつながなかったことがそこまで批判されることではないと個人的には考える。
それぞれ意見はあると思うが、今回のDonna LeakeのDJプレイは型にはまった見方をすれば、その良さに気づくことがないといった類のものであり、是か非かの線引きは各々で決めるものではあるが、プレイを聴いてみて、彼女は決して「押すだけDJ」ではないと思ったというのが率直な意見だ。
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一般的にダンスミュージックのDJは、DJプレイ中に曲と曲を「つなぐ=MIX」ことが普通と考えられており、現在はその技術の肝である曲同士のビートマッチングはDJソフトウエアや、CDJのシンク機能などを使うことによって、これまで特別にDJの経験がない人でも所謂「DJプレイ」が可能となっている。
それ故に、かつてのようにアナログレコード同士を自らのターンテーブル操作なしでビートマッチングさせることなく、俗にいう機材のボタンを押すだけの「押すだけDJ」と揶揄される存在はしばしば批判の対象となることは少なくない。
そんな現代の風潮もあってか、先週末(10/23)に放送された人気ストリーミングメディアBoiler Roomの放送はある論争を巻き起こすことになった。
その放送では、現在、ヨーロッパを中心に注目を集め、その音楽センスから人気DJとなっている若手DJのDonna LeakeがDJプレイ中に曲と曲同士をほとんどつなぐことなく、プレイし続けたことに対し、放送を視聴したBoiler Roomファンから「踊りながら再生ボタン押してるだけ」、「彼女、Mixしていない」などといった批判が殺到。しかし、それらのヘイトコメントに対し、サポートコメントも数多く寄せられ、「つながないDJは果たしてDJなのか?」というネット上の論争を巻き起こすこととなった。
これについて、Donna Leakeの兄貴分であるロンドン在住の日本人DJ/プロデューサーのKei Suzuki氏は、音楽メディア「Wax Poetics Japan」blogで、彼女のプレイ内容がDJ MIXをしていなくても「DJ」として評価されるべきだと意見を述べている。
10/27に公開された氏の投稿によれば、この放送は”Boiler Room史上、最も最短時間で閲覧回数が爆発し、3日経った現在、facebook上では18万回(!)以上再生。ちなみに計3,800件以上のいいね!、2,000コメント、更に460シェアBoiler Room史上、最も最短時間で閲覧回数が爆発した放送回”となり、Donna Leakeは、これにより賛否両論のインターネットセンセーションを巻き越したことになったと言える。
そういった状況からか、この大炎上に対して、Boiler RoomはInstagramで以下のような異例のコメントを発表。
”昨日のDonna Leakeのセットでのコメントを見て、私達は真髄を簡単にでも伝えるべきだと思いました。
素晴らしいDJの何たるかは全ての曲同士を繋げてビートマッチングする事ではありません。何よりも先に”ミュージックラバー”である私達の目的は良い音楽をチョイスする人達をプロモートする事で、Donnaはそういった意味で沢山の素晴らしい音楽を紹介してくれました。
繋ぎ目の無いようなミックスを欲しいリスナーの皆さん、私達にはそういうったものが既に沢山あるのはご存知のはずです。
それでもフェラ・クティとロニー・リストン・スミスでビートマッチングを試みれば、私達が何故この才能溢れるセレクターを同じように応援するのか、分かってもらえるはずです。”
と、Donna Leakeのプレイを支持する考えを示した。
Kei Suzuki氏は、”ハウスやテクノのように元々楽曲自体がDJ用に作ってあるものであればDJがスムースに繋げる事で更に長い時間軸でのアレンジを作るというDJのアートフォームの”一つ”である事は間違いないんですが、それがどの音楽形態にも当てはまる訳ではなく、まして彼女がハマっているジャズやワールドミュージック等のような卓越したミュージシャン達がイントロからアウトロまでの楽曲を制作したものをわざわざ途中で繋ぐ事で、その楽曲自体をぶち壊す事も多々ある訳です。更に彼女の選ぶレコードのどれもが最初から最後まで楽しめるような素晴らしいものばかりで、ビートマッチングをしなくてもその空気間を繋ぐ事でまた一つのフロウを作っているのです。”という意見を述べ、彼女を擁護。彼女のプレイした曲の性質などを理解せず、ただ一般的なDJのイメージで「MIX」をしなかったことに対して批判することはナンセンスだとしている。
また、今回のような論争が起こったことに対しても”今や世界中から視聴者が押し寄せ、現代のMTVと化したBoiler Room。どのアートフォームやメディアでも言える事だとは思うんですが、それを楽しむ分母が増えていく一方で、その本質のルーツや思惑とは違った角度で捉えていく人も増えていくもの。”という考えを示しており、”音楽のセレクションとその音響自体を楽しむという境地に達するという経験がないまま、ハイプ(メディア)とテクニカルな要素ばかりが先行している現代のDJ/クラブシーンにどっぷり没頭してしまうとそういう形にこだわってしまうのも無理は無い”ともしている。
この論争についての意見はそれぞれあると思われるが、そもそもDJの本質は曲を選んでプレイし、その場の雰囲気を作りあげるということだと筆者は考える。氏が述べているように「つなぐ=MIX」することはDJのアートフォームのひとつであり、今回のDonna LeakeのDJプレイを実際に聴けば、大型クラブや、フェスでDJの経験がないセレブがボタンを押すだけで一晩で高い出演料を得ることに対して批判が殺到することとはまた別問題だろう。
確かにダンスミュージックで考えれば、曲同士をつなぐことでストーリーを展開し、その場に集まったクラバーを踊らせることはDJとして基本かもしれないが、ワールドミュージック、ラウンジミュージックといったジャンルの曲をあえてつながずに曲の最初から最後までを楽しむことを提案するというDJスタイルが完全に批判される対象かと言われればそうではないはず。
例えば、イーブンビートの曲を全くつながないDJプレイは場合によっては批判されるが(実際体験してみたら考えようによっては、新しい形かもしれないので一概にNoとは言えないが)、この手の類の音楽をつながなかったことがそこまで批判されることではないと個人的には考える。
それぞれ意見はあると思うが、今回のDonna LeakeのDJプレイは型にはまった見方をすれば、その良さに気づくことがないといった類のものであり、是か非かの線引きは各々で決めるものではあるが、プレイを聴いてみて、彼女は決して「押すだけDJ」ではないと思ったというのが率直な意見だ。
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