ノーベル賞大隅氏が説く、「役に立つ」の弊害「面白いから研究する」という人が減っている|マネブ
――これまで数多くの受賞があるが、2013年にトムソン・ロイター(現クラリベイト・アナリティクス)の引用栄誉賞受賞以降、慶應医学賞(2015年)や国際ポール・ヤンセン生物医学研究賞(2016年)など医学・医薬系の受賞もあった。
医学医薬関係の賞をいただくことは想像していなかった。私自身は基礎生物学者なので、自分で薬を作り出すわけではない。が、オートファジーが大切な生命機能だということは理解されていて、その原点となる研究を認めていただいた、ということで自分では納得している。
そもそも研究というものは、最初から何かはっきりした目的があって始めるものではない。私自身も、医学領域に必ず役立てようなどと考えて始めたわけではない。いろいろな人がそれぞれの関心に従って研究を続けていくことで、いろいろな領域が開かれていく。私の場合は、その原点のような仕事として評価しもらえた、ということだろう。
――オートファジーの研究はどのように始めたのか。
オートファジー自体は、1960年代に米国ロックフェラー研究所でクリスチャン・ド・デューブのグループが観察している。だが、それから30年近くも、なぜそうことが起こるのか、どういう遺伝子やタンパク質が働いているのかまったくわからない時代が続いていた。
<オートファジーとは>生物の体内では、タンパク質の合成と分解のバランスが保たれている。ヒトの体の中では毎日300~400gのタンパク質が必要とされるが、食事から摂取するタンパク質は70~80g程度。残りは体内でタンパク質を合成して補っている。遭難などによって絶食状態となっても、水だけあれば10日程度生きていられるのは、体内で重要なタンパク質を作り続けるしくみがあるからだ。このしくみのなかで、分解を受け持つのがオートファジーだと考えられている。細胞の内部を構成しているミトコンドリアや小胞体などの細胞小器官、細胞質(細胞の中に詰まっているタンパク質)は一定期間がたつと入れ替わる。この入れ替わりに大きな役割を果たしている。細胞の中にある小器官や細胞質が古くなったり傷がついたりすると、どこからか現れた膜に包まれる(オートファゴソーム)。これがタンパク質分解酵素を内包する液胞と融合して、膜の内部のタンパク質がアミノ酸に分解される。アミノ酸は膜の排出システム(トランスポーター)によって膜から出され、膜の中には分解酵素が残る。膜の外に出たアミノ酸は、細胞内で新しいタンパク質を合成するための栄養として使われる。大隅栄誉教授の研究の中核は、出芽酵母という植物性単細胞生物であり、動物の研究は水島昇東京大学教授らが中心となっている。大隅良典(おおすみ よしのり)/1945年福岡県生まれ。1967年東京大学教養学部卒、1972年同大学院理学系研究科博士課程修了。1972年同農学部農芸化学科研究生、博士(理学)取得。1974年ロックフェラー大学研究員、1977年東京大学理学部助手、1988年同教養学部助教授、1996年岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所教授、2004年自然科学研究機構基礎生物学研究所教授、2009年東京工業大学統合研究院特任教授。2014年同大学栄誉教授。2016年より現職 2016年ノーベル生理学・医学賞受賞私自身はそういう流れとは関係なく、人と違う研究をやりたいと思い、酵母で液胞の膜輸送の研究を始めた。
1988年、東京大学教養学部助教授として独立したときに液胞の研究を持っていき、2カ月くらいで、液胞の観察をしていたときに、酵母が飢餓に陥ったときに自分自身のタンパクを分解し始めるという現象を光学顕微鏡で観察した。
液胞は植物の細胞の中にある小器官と呼ばれるもののひとつ。液胞の中にはタンパク質の分解酵素があって危険なため、丈夫な膜に包まれていて、外から入り込むのが難しい。いったいどのようにして液胞の中にタンパク質が送り込まれて分解されるのか。それをきちんと示したいと考えた。
液胞に分解酵素のない株を使ったら分解されないものが見えるかもしれない。酵母の中にアミノ酸などの栄養源が何もない状態(飢餓状態)にして電子顕微鏡で観察してみた。すると、酵母の細胞質の一部を膜が取り囲み(オートファゴソーム)、激しく動き回って30分ほどで液胞のなかにたまり始めた。液胞の中には(分解酵素がない株なので)3時間ほどでびっしりたまった。
次に、こういうことが起こらない変異株だけをとっていった。そうして最初のスクリーニングでオートファジーに関わる14の遺伝子を特定した。現在はもう少し増えて18の遺伝子が見つかっている。
がんや神経変性疾患などの治療に道を開く――オートファジーの働きの解明によって、将来どのようなことができるか。
いろいろ応用できると思うが、病気治療に使えるようになると思う。オートファジーに関わる遺伝子がわかったことで、いろいろな事象の謎が解ける。ネズミの実験では、飢餓状態にするとオートファジーが全身で起こるが、オートファジーに関するある遺伝子をノックアウト(働かなく)すると、脳内に変なタンパク質がたまってアルツハイマーになるとか、肝臓が肥大していずれはがんになるとか、感染菌がぱっと増殖することなどが、わかっている。
とくに神経疾患で、オートファジーの機能低下が原因ではないかと考えられているものがある。たとえばパーキンソン病には、脳の内部にゴミがたまるとなりやすいと考えられている。神経細胞はほとんど分裂しないので、オートファジーの影響が最も顕著に表れる部分。老化が進むとオートファジーの活性が低下することはわかっているから、これを亢進させてやると治療の可能性が見えてくる。
もうひとつはがん。がん細胞のオートファジー機能をブロックすることでがん細胞の増殖を止めることができる。また、ある種のがんでは、直接の原因かどうかは別として、オートファジーの機能が欠損しているケースもある。こういった研究はすでに欧米の製薬会社などで始まっている。
基本的な生命機能、高齢化にも重要な関わりまた、生命の発生初期に受精卵でオートファジーが働かないと、分裂が進まず成長できない。このようにオートファジーは生命機能のいろいろなところに関わっている。
生物学的には生殖が終われば生物は死んでいくもの。だが、現在、人間社会では高齢化が進み、老人特有の病気が増えている。QOL(クオリティオブライフ、生活の質)を高めるためにも、オートファジーの働きは重要になる。タンパク質の合成と分解のバランスが崩れてしまうということは、生物としてダメになるということだから。
――今後の研究は。
不要になったタンパク質などを包む膜がどうやってできるか、などまだ謎も多い。最近ではオートファジーの始動装置を構築するメカニズムを解明し、今年6月に論文を発表している。こうして少しずつ謎が解けてきている。オートファジーの全容解明を進め、始動機構を完全に理解することで、オートファジーを特異的に制御する薬剤開発に寄与できると考えている。
<オートファジーをベースとした医薬品開発>NIH(アメリカ国立衛生研究所)の臨床試験情報ページによると、オートファジーの医療応用の研究は、米国、欧州を中心に世界中で47件の臨床試験(ヒトに対する試験)が進行中である。研究テーマはがんに関するものがほとんどで、対象とする疾患は、前立腺がんや骨髄・白血球のがん、非小細胞肺がんなどが多い。また、乳がんなどのバイオマーカーや、ALSなど神経性疾患、肝炎などウイルス性疾患、高齢者の新血管疾患やメタボリックなど、非常に幅広い。アメリカでの研究が30件超と最も多く、欧州でもフランスとオランダを中心に10数件、アジアでは台湾で3件あるだけ。お膝元の国内では、臨床試験に至っている研究はまだないようだ。――最近ではサイエンスが世の中にどう役立つか、という観点が重視されています。
そのことは非常に危惧しています。「役に立つ」というキーワードの蔓延は、人間社会の劣化の表れだと思う。「社会の役に立ちたい」という学生が増えているが、ほんとうに役に立つとはどういうことか答えられない。企業なら数年で製品化できることが求められるだろうが、科学研究には100年後に検証されるようなものがたくさんある。安易に「役に立つ」ということを考えるのはよくない。
戦後は貧しい時代だったが、理学系の研究では役に立つかどうかを考えなくても、やりたい研究ができる環境があった。国立大学の研究者であれば、年間100万円などそれなりの研究費用の配分があり、その中で好きな研究に打ち込めた。主流からはぐれた人でも許容される社会のほうが健全だ。
「役に立つ」と言わされ続けることの「害」ところが、最近では、地方の国立大学の研究室では研究費が年間7万円などということもある。これでは何もできない。企業もポンとおカネを出す時代ではなくなっているし、公的な研究費は競争的資金で、獲得するには「どのように社会に役立つか」を説明しなければならない。研究費を確保するために、研究者同士が潰し合いになっている。
研究費の出どころは公費なので、成果も問われる。成果を2年後に出すことを求められると、2年でできることしかやらなくなる。達成できないとおとがめを受けるからだ。おとがめとは、次の研究費をもらえなくなる、あるいは減らされるということ。そうなると研究は続けられなくなる。一度失敗するとネガティブスパイラルに陥ってしまう。そのせいで大きなチャレンジができなくなっている。基礎研究には失敗はつきものだから、敗者復活ができる社会でないといけない。
研究者の仕事が、若い人から見て魅力的であることも必要だろう。金持ちになるとかノーベル賞を取るとかいうことではなく(笑)、やりたい研究ができ、主流でなくてもそこそこ生きていけるレベルの収入があればいい。そうでないと、優秀な人でも(収入が約束されている)安全な道に行ってしまう。研究費を取るために「役に立つ」と言わされ続けることが、研究の世界を害している。
――オートファジーの機構解明も、酵母の研究という地道なところから始まっています。
私も液胞の研究を始めたときには、周囲から変なものをやっていると思われていた。科学研究にはそういう人がいていい。ノーベル賞も、ここ数年は取れる人もいるかもしれないが、10年後には取れる人がいなくなるのではないか。
「サイエンスの危機といってもよい状況だ」面白いから研究をやる、リスキーなことでも取り組む、という人が減って、いかに早く一流誌に論文が載るかが問われ、そうでないと学振(学術振興費、優秀な大学院生に研究費と生活費を支給する仕組み)などのサポートを得られない。こういう仕組みのもとでは小器用な人ばかりが成功者になる。目立たない分野だと科研費(文科省が配分する研究費、新規の採択率は2015年度26.5%)に応募してもなかなか取れない。これはサイエンスの危機と言ってもいい状況だ。
民間企業でも、自社で開発するより欧米の会社を買うことが増えている。カネで解決する方法では研究者が育たず、レベルが下がっていく一方になってしまう。とても危険な状態だ。基礎研究には20年くらいの時間が必要で、せめて10年かけてもかまわないという余裕のある企業トップがいてくれれば、と思うが、難しい。このままでは日本の科学研究が空洞化してしまうのではないかと大変心配している。
<科学技術研究費>総務省の科学技術研究費統計によると、1985年の学術と民間をあわせた研究費は8兆円超。95年13兆円、2005年18兆、14年18兆9700億円と順調に伸びている。だが、伸びているのは主に企業など民間セクターで、大学や公的研究機関は1995年に3兆円を超えたものの2014年になっても3兆6000億円をわずかに超えたに過ぎない。一方、企業研究者数は60万人超から58万人に減少しているが、大学では1997年に始まったポスドク(博士研究員)1万人計画もあり、研究員数が増加、2000年には33万人、14年には38.8万人になった。また、学術振興会(文科省)から配分される科研費は2011年ごろから2300億円程度にとどまっている。しかも科研費は競争的資金で、応募しても採択率は2015年度で26.5%程度と厳しい状況にある。内容によって5000万円規模の資金が配分される分野もあれば数百万円止まりのこともある。メリハリがついているという見方もできるが、採択されない場合、研究ができない状況に陥る可能性もある。大隅栄誉教授のノーベル賞受賞の報を受けた鶴保庸介科学技術担当相が「どのような研究や環境が最もノーベル賞に結びついているか過去の論文の引用本数を踏まえて検証したい」と述べたが、これは大隅栄誉教授の意見とはまったく逆の発想である。ことに基礎研究の場合、有望な研究かどうかを研究初期段階に見極めることは困難だ。有望な分野への重点投資も必要だが、有望かどうかわからない研究に対しても、それなりの配分をして研究の裾野を広げ、層を厚くすることも重要だろう。
引用元:東洋経済オンライン
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