公演「MARGINAL GONGS」の世界観を探るべく、
本公演の演出を手掛けるサウンド・デザイナー、ディレクター、森永泰弘と
各界のクリエイターとの対話をお届けしてきた対談シリーズ。
最終回は、銀座のGINZA MUSIC BARで不定期開催されている
DJイヴェント「The Last Speakers〜最後の話し手たち」で
森永と共演している音楽家、灰野敬二を迎える。
灰野は本公演に出演こそしないが、
「MARGINAL GONGS」の世界観に多大な影響を与えたと森永は語る。
話は灰野のDJプレイに関するものから、
「音と響き」についての独自の思考まで多岐に渡った。
GINZA MUSIC BARでDJイヴェントを始めるにあたって、森永さんは灰野さんにぜひ参加していただいきたいと考えていたそうですね。
森永泰弘(以下 森永)そうですね。これまでぼくはいろいろな場所を旅しながら音を採集してきました。そのなかで、音楽家の演奏やそこで鳴っている環境音、あらゆる音がすべて一つの“束”となって宇宙を形成している瞬間を楽しみに記録活動を行ってきました。灰野さんのミックスCD(2013年の『IN THE WORLD』)を聴かせていただいたとき、ぼくがそれまでに外地で体験してきた音の宇宙=音の束みたいなものが存在していたんです。そこにすごく驚いたんです。しかも、その宇宙は灰野さんというひとりの人間が操作している。そこに感動を覚えてしまって。
灰野敬二(以下 灰野)…簡単だよ。森永くん、いくつだっけ?
森永36歳です。
灰野ということは、ぼくよりもほぼ30歳若いわけだ。ぼくは30年間長く生きてる分、多少は音楽を聴いていて、最近では音楽を聴く勢いが加速している。だから、どうせだったら重ねることでまとめて聴いてしまおうということなんだよ。それがぼくにとってのDJミックス。森永くんも30年経つとぼくみたいになってるよ(笑)。
森永本当ですか?(笑)
灰野頭のなかにいろんな音楽が同時になっていて、こんがらがってくる。それを受け入れられるか、ギヴアップするか。ぼくはそれぐらい音楽を好きだってことだよ。
以前、灰野さんはインタヴューで「ぼくにとってDJの定義というものがあって、まずは〈人よりも2倍以上音楽を好きなこと〉」ということをおっしゃってましたよね。灰野さんの目からみて、森永さんはDJの定義をクリアしていると思われますか?
灰野そうだな……1.6倍ぐらいかな(笑)。
森永惜しいですね(笑)。
ぼくは「音楽の秘密」を知っているんだ
GINZA MUSIC BARでの灰野さんのDJはいかがでした?
森永言葉にしにくい感覚が湧き上がってきましたね。たしかトータルで4時間ぐらいやってらっしゃったと思うんですけど、すべての音がすっと入ってくるんです。
灰野「音を聴かせよう」というよりも、「音がここにありますよ」というものなんですよ、ぼくのやり方は。DJは基本的に聴く者を踊らせるためのものかもしれないし、なかには音楽鑑賞としてのDJというのもあるかもしれないけど、それでも「聴いてもらう」という主張があるじゃない。ぼくは「音がここにありますよ」という感覚。持ってきたレコードしかかけられないけど、(レコードを)コスれば音が出るし、マイクを持ってきて何かをやってもいい。制限がないし、ある意味では無防備なわけ。
「音楽」ではなく、「音と響き」という感覚なんでしょうか。
森永「音」のなかには響きも音楽も含まれるわけですけど、灰野さんのDJは演奏者の自意識なども取り払われて、ただ「音」がある。その凄みを感じましたね。
灰野ぼくはね、歩いていて転がっている石に気づく人間なんだ。それはある意味で「配慮」という言葉になるかもしれないし、細心の注意を払っているともいえる。たとえばクラフトワークをかけているとき、「ちょっとロウ(低音)が出すぎてるな」と思ったらピッチの高い音をミックスさせる。自分の独断以外の何物でもないけど、そういうことが瞬間でわかるんだよ。20年ぐらい前からいろんな場所で言ってるんだけど、ぼくはそういった「音楽の秘密」を知っているということなんだ。
ギターを使った演奏行為とそうしたDJプレイは灰野さんのなかで同じものなんですか。
灰野慣れてくると同じだね。EQ(イコライザー)にしたってレヴェルを上げるにしても、どっちにせよエフェクターみたいなものだから。きっと指が覚えている何かがあるんだよ。ただ、DJをやるにしてもライヴにしても毎回会場は違うし、当然鳴りも違う。だから、最初の30分はつらい。1時間ぐらいすると、自分の部屋でやってるような感覚になれるし、そうなるとしめたものだね。
指や身体の反応を重要視していたりと、灰野さんにとってのDJとはすごく身体的な表現でもあるわけですね。
灰野ある意味ね。人に聴いてほしい、踊らせたいというものじゃないからね、ぼくにとっては。
戦争とゴングと虎
森永さんにとってDJとはどのような表現なんでしょうか。
森永いままで各地で録ってきたもののなかには(作品として)リリースしているものもあればリリースしていないものもあって、何かしら聴いてもらう環境をつくりたいと思っているんですね。ぼくにとってのDJとはそのためのアウトプットなんです。
灰野こないだもインドネシアにフィールドレコーディングしてきたんでしょ? 森の奥にまで行ってきた?
森永いや、今回は奥地にまでは行ってないですね。来年、大きな森の祭りがあって、それには行こうと思ってます。灰野さんもご一緒にどうですか?(笑)
灰野ぼくだって行きたいよ(笑)。森永くんについていって、非西欧圏の人たちと演奏したい。学者は世界中の音楽を録音してきて陳列するだけじゃない? そういうものじゃなくて、学理をやってない演奏家の人たちと一緒に演奏したいんだ。気合いだったら負ける気はしないんだよ。いや、虎だったら負けるかもしれないけど(笑)。
森永そりゃそうですよ(笑)。
灰野虎ともセッションをしてみたいんだ。虎の声って間近で聞くとすごいんだよ。低音が出るとかそういうレヴェルじゃないんだ。本当に地響きみたいな声で、これは勝てないと思った(笑)。
森永インドネシアに「タイガー・ゴング」っていうお話があるんですよ。戦争のときにみんなの戦意を高めるためにゴングを鳴らすんですね。その音が虎の声に似ていると、その戦争は絶対勝つと言われてるんです。
灰野おもしろい話だね。虎、格好いいよ!(笑)。許可が下りるかどうかわからないけど、動物園で虎とセッションしたいんだ。
虎の鳴き声にしてもゴングの音にしても、意味性やメロディーを超えた「音」ということではありますよね。森永さんは世界中でそういった「音」を録音されてきましたよね。
森永マレーシアの北部で森の音を録っていたら、不自然なぐらい木が揺れるんですよ。「何でだろう?」と思っていたら、猿が威嚇していたんですね。さっきの灰野さんがおっしゃったように、ぼくも気合いだと思って、ちょっとずつ近づいていったんです。そうしたらものすごい勢いで木を揺らしはじめたんで、マイクを置いてダッシュで逃げたんです(笑)。
灰野威嚇されてるんだもんな(笑)。
森永あとから聴いてみたら、何も録れてなくて。やっぱりそっとしておくということが大切なんだなと思いました。
灰野虎の鳴き声にしても猿が威嚇するために出してる音にしても、もはや響きというより「悲鳴」だよな。まだまだ発見されていない音は世界中に存在するわけだけど、その音を傷つけずにそっと録音してくるというのが大事なんだと思うよ。削り取ってくるなんてことは言語道断で。
森永そうなんですよ。
灰野新種の猿をなんとか自分だけのものにしようという執着がよくないんだ。
森永本当にそう思いますね。「どこの街に行ってこういう音を録ってきました」という言い方はあまり好きじゃなくて、音は音のままでいいと思ってるんです。そこに何かの意味をもたせてしまうと、音から悲鳴が聞こえてくるような気がしていて。
舞台に立つ葛藤
ところで、灰野さんは今回の公演の概要はお聞きになってますか?
灰野まだざっくりとしか聞いてない。ゴングをモチーフにしてるんでしょ?
森永そうですね。ゴングにはそれぞれの地域に根付いたいろんな話があって、地域の人たちが営んできた歴史があるわけですけど、それを各地の方々とひとつの舞台上で発表しようと思ってるんです。作品の演出や表現については灰野さんのミックスからはとても影響を受けていて、音や映像、煙などを用いてひとつの儀式的な空間をつくり出そうと。
灰野なるほど、観てみたいね。
森永それぞれの地域にいろんなスタイルの音楽やお話があるわけですけど、結局のところ、みんな一緒なんですよ。それを学者や研究者が分析して分類している。そういうものじゃなくて、舞台の上でみんながそのままでいれる、そういうものをつくろうと思ったんです。ただし、「みんな同じでみんなつながってるよね」というものだと意味合いが強すぎるので、ただそこにいるだけで何かを感じ取ってもらえるものにしたいんです。
灰野なるほどね。ぼくはこの人たち(出演者)のことは残念ながら知らないけど、自分たちの国とは違う国の舞台に立つことに関してはきっと葛藤もあるだろうし、その意識がどういうかたちで出るか。ぼくはそこが楽しみだね。
そこでおっしゃる「葛藤」とは?
灰野例えばぼくにしても海外で演奏活動を始めたころ、うるさいギターを弾くノイズ・ミュージックの人間だと言われた。本当にイヤだったし、ある素振りを見せるとすぐに「日本的だ」と言われたわけよ。うんざりしたけど、一方では「あんたはどこで生まれたの?」というどうにもならないものがあって、無意識のうちに出てきてしまうものがある。そういう葛藤は自分のなかにもあったし、今回の公演に出演する彼らもあるんだと思う。森永くんに意識してほしいのは、音楽をやるひとりのミュージシャンとして、みんなと対等であるということ。アジアの表現者に対して天狗になったら終わりだからね。
森永そこは本当に気をつけてます。そうなってしまったらやる意味がないですもんね。もともと自分はトップダウンのものづくりに対しては違和感があって、今回の公演も出演者と長い時間を一緒に過ごして、いろんな話をしてきたんですね。そのうえでみんなでどういうウネリを作り出すことができるか。そういうことを大事にしていきたいんです。
灰野なるほどね。そういえば、聴かせてくれた音源の。あの人、すごいよね。絡んでみたいんだよ。
森永スラマット・グンドノですね、亡くなっちゃったんですよ。
灰野えっ、そうなの? 残念だね…ものすごい声だよね。
灰野さんとスラマット・グンドノの共演、ぜひ聞いてみたかったですね。
灰野アジアだけじゃなくて、いろんな国の人とやってみたいね。普通のフェスだと今日はモロッコの日、今日はバロックの日みたいに分かれているけど、どこかに共通点をもっている音楽家同士だったら音を混ぜることができる。ひとりが触媒になれば、混ぜることができるわけ。DJも一緒だよ。ぼくは触媒になってるわけ。
森永灰野さんが海外でそこに関わる場合、触媒であると同時に「外国人」として関わるわけですよね。
灰野もちろん。海外でやるときに大事なのは「相手がいやなことをしない」「失礼なことをしない」。そのうえで冒険をしないと意味がないんだ。思いつきで「あれとあれを混ぜました」とやるんじゃなくて、どうやっても合わなそうなものを混ぜる。森永くん、企画してよ(笑)。
森永がんばります(笑)。