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こんな面白い内幕、見たことない!『住友銀行秘史』私はこう読んだ
10万部突破!日本中の銀行員が熟読

カリスマと呼ばれた経営者が右往左往したり、保身に走る専務や常務が人事抗争に明け暮れたり……。巨大銀行の役員のリアルを描いた衝撃作からは、すべての組織人が学べる教訓がいくつも見つかる。

「最大の謎」が解けた

「まさかあの内部告発文書を國重氏が書いたとは、本当に驚きました」

まず、評論家の佐高信氏が言う。

「イトマン事件当時、あの内部告発文書は事件の内情を最も詳しく明かしている資料として、記者やマスコミの人間にとって必読書のようになっていたものです。私もどうにか手に入れようと方々に当たって、コピーにコピーを重ねたものを入手したのを思い出します。

当然、その告発者については様々に噂が出回りましたが、当時まだ40代だった國重氏だという話は聞こえてこなかった。それが今回明かされてびっくりしたし、その当事者が事件のすべてを明かしたのだから、強烈なインパクトがあります」

戦後最大の経済事件・イトマン事件の裏でなにが起きていたのか。その内幕を赤裸々に明かした問題作『住友銀行秘史』(講談社)がいま、日本全国でバカ売れしている。

著者は、イトマン事件の舞台となった住友銀行でかつて取締役を務めた國重惇史氏。

暴力団、地上げ屋などの闇の勢力によって巨大銀行が喰いものにされるという前代未聞の事件の最中、國重氏はうろたえる当時の住銀幹部たちがなにを話し、どう立ち振る舞ったのかを手帳に記録。本書ではその手帳の記述をもとに、イトマン事件の真実が明かされると同時に、國重氏が事件の「内部告発者」であったことが告白されている。

そんな衝撃作だけに、たちまち10万部を突破する大ベストセラーになったわけだが、ノンフィクション作家の森功氏は、國重氏の内部告発文書が果たした「役割」について次のように指摘する。

「当時、住銀会長だった磯田一郎氏はイトマンを事件化することだけは避けようと、イトマンに常務として入り込んでいた伊藤寿永光氏を、カネを払ってでも退陣させて事を収めようとしていました。

しかし、イトマンを喰いつくそうとする伊藤氏を簡単に解任することはできず、てこずった。その間に内部告発書などで内部情報が流出していき、住銀内では問題を先送りする磯田氏への反発の流れができ、磯田氏は身動きが取りづらくなっていくのです。

そんな反磯田の動きが決定的になったのは、イトマンと磯田氏の娘婿の会社の不明朗取引問題などを暴いた内部告発書が出て、メディアで報じられたことにあった。本書では、まさにその核心的な告発文を書いたのが國重氏だったことが明かされている」

 

「天皇・磯田」の実像

森氏の言う通り、本書の主役の一人は、住銀会長を務めていた磯田一郎氏である。

磯田氏は京都大学卒の1935年入行。「住銀の天皇」と呼ばれる実力者で、財界で一目置かれるカリスマバンカーだが、本書ではその「ありのままの姿」が描かれていることで、関係者たちに驚きを与えている。

〈 磯田会長の機嫌がめちゃくちゃ悪い。明日まで大阪の予定が、急に夜の予定をキャンセルして帰京。午前中の経営会議も欠席。月曜の午前、佐藤正忠氏と会うことになった。伊東秘書室長の話では、めっきりやつれた、と 〉

〈 今朝、磯田会長は佐藤正忠氏に会った。9時00分~9時15分。その後、アサヒビールの樋口廣太郎社長と一日5回も電話で長話。きっと、もみ消し工作をしているのだろう 〉

たとえばこれは、日本経済新聞がイトマン事件のスクープ記事を報じた直後の磯田氏の様子を記したもの。佐藤正忠氏は雑誌『経済界』の主幹で、のちにイトマンの河村良彦社長から2億円もらってちょうちん記事を書いたことを明かした人物。磯田氏がそんな人物に「もみ消し工作」を依頼していたとは、まさに知られざる「苦悩」がうかがえる一幕ともいえる。

元日本経済新聞経済部次長で、現在は『ニュースソクラ』編集長の土屋直也氏は言う。

「私は日経時代、都内にあった磯田氏の頭取公邸に取材に行ったことがありますが、駆け出しだった私にも丁寧に対応してくれました。人心掌握に長けた好々爺という風情でしたが、そんな磯田氏がイトマン事件の渦中にあってはここまで右往左往していたとは知りませんでした。

本書では、磯田氏がイトマン問題について知った当初、『自分がやるしかない』と語っているシーンが出てきます。しかし、その威勢の良さはだんだんと消えていき、その後は右へ左へとブレていく様がよくわかる。

磯田氏は副頭取時代に、中堅商社・安宅産業の処理で手腕を発揮したことで一気に頭取候補に浮上し、そこから剛腕と称される経営者になります。そんなカリスマであっても闇の勢力につけこまれるとかくも判断が鈍っていくものなのかと思うと、考えさせられるものがある」

前出の佐高氏も言う。

「当時の磯田氏の権勢は絶対的で、私が磯田批判の記事を書こうとした際には連日のように広報担当の役員が止めに入ろうと必死になっていた。『そんなに磯田が怖いのか』と思ったものです。当時の磯田氏は住銀の年上のOBを『君付け』で呼ぶなど、絶対権力者として振る舞うようになり、それを苦々しく見るOBも少なくなかった。

しかし、本書を読んでわかるのは、そんな磯田氏も所詮は張子の虎だったということです。結局は磯田氏を恐れていたのは住銀内部の人間たちだけであり、その権勢は周りの『社畜』によって作られていたに過ぎなかった。だからこそ、本当の危機に直面した時、この巨大組織はなにも対処できなかった」