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特集

2016年10月13日(木)

娘の帰りを待つ母の思い

 
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田中
「一昨年(2014年)4月、韓国南部の沖合で旅客船セウォル号が沈没した事故。
修学旅行中だった高校生ら295人が亡くなり、今も9人が行方不明となったままです。」

児林
「この事故では、操船ミスや過積載、乗組員が乗客の避難誘導を十分せずに船を離れるなど、企業の無責任な体質や監督すべき政府のずさんな実態が次々と明らかになりました。
一方で、行方不明者の捜索や事故原因の究明につながる船体の引き揚げは、たび重なる延期で今も実現していません。」

田中
「事故からどんな教訓を学び取るべきなのか。
今も娘の帰りを待ち続ける1人の女性を追いました。」

セウォル号沈没事故 娘を待ち続ける母

今月(10月)10日、事故現場近くの港に家族たちが集まっていました。
イ・グミさん。

事故当時、高校2年生だった長女、チョ・ウナさんが今も見つかっていません。

この日はウナさんの19回目の誕生日。
娘が好きなものを持ってきました。
イさんは、今も船が沈む現場に向かいました。


イ・グミさん
「ウナ、家に帰ろう。
あなたをこんなに長くここにいさせて本当にごめんね。」



イ・グミさん
「引き揚げられないんじゃないか、見つけられないんじゃないかと思うと怖くなります。
私はどう生きていけばいいのか…。」

海底に沈んだ船の本格的な引き揚げに向けた作業は、今年(2016年)6月に始まりました。
行方不明者がいることから、引き揚げは全長146メートルの船体を切断せずに行われます。


船の下に金属板を差し込み、クレーンで吊り上げ、台に載せます。
そして台ごと海上に引き揚げ、港までえい航する計画です。



しかし、現場は潮の流れが速く、海底には岩が多いため、作業は難航しています。




事故現場近くに政府が用意した仮設住宅。
ここでイさんは夫と共に娘の帰りを待ち続けてきました。
韓国政府は、今月末には引き揚げを完了するとしていましたが、先日“さらに遅れる恐れもある”と告げられました。
なぜ、こんな目に遭わなければならないのか。
いらだちは、安全に対して十分な対応をしてこなかった韓国社会にも向かっています。

イ・グミさん
「事故当時、誰か責任を持って指揮を執っていれば、こんなことにはならなかったでしょう。
『私たちの責任です。私たちが解決すべきです』と言う人が一人でもいてくれれば…。」


事故を受け、安全を最優先にする社会を築いていくと誓った韓国政府。

韓国 パク・クネ(朴槿恵)大統領
「皆が立ち上がり、安全な国をつくるために力を合わせなければならない。」




しかし、その姿勢が疑われるような事態が発生しました。
セウォル号の中に、韓国軍の施設に使うはずだった鉄筋が、当初の発表より多い400トン以上積まれていたことがわかったのです。
政府は“指摘があるまでわからなかった”と弁明。
遺族の間に不信感が高まっています。

遺族の強い求めで、去年(2015年)、「特別調査委員会」が設置されましたが、韓国政府は、「法的な調査期間が過ぎた」と宣言。
最終的な報告書をまとめることなく、先月(9月)、事実上の解散に追い込まれました。
遺族たちは、繁華街で断食などをして抗議の意志を示しましたが、事故から2年半が経って市民の関心は急速に薄れ、世論の大きな後押しは得られていません。

娘を今も待ち続けるイさん。
ダイバーによる行方不明者の捜索が打ち切られたことをきっかけに、船の引き揚げを訴え、事故の風化を防ぐ活動を始めました。

この日、訪れたのは南東部の都市・テグです。
13年前、192人が犠牲となった地下鉄火災が起きました。
駅に停車中の車両が放火され、火災が発生。
しかし、運転手は避難誘導をせずドアを閉めたまま逃げました。
さらに指令センターが列車の運行を止めなかったため、反対側のホームに入ってきた車両にも火が燃え移り、被害を拡大させました。

イさんを迎えたのは、地下鉄火災で高校生だった長女を失ったファン・ミョンエさんです。

ファン・ミョンエさん
「これは火災が発生した列車です。
でも、死者が多かったのは対向列車でした。」

イさんはファンさんとともに、事故で娘を失った母の悲しみを語り合う会に参加します。
会場で、セウォル号の事故の映像が流されました。
イさんは、当時の映像を見ることができません。
ファンさんが話し始めました。

ファン・ミョンエさん
「もし地下鉄火災事故の教訓が生かされていたら、セウォル号の惨事は起きなかったはずです。
私たちは、セウォル号の遺族のみなさんに心からお詫びを申し上げます。」


ファンさんの言葉に、イさんも応えました。

イ・グミさん
「(私のような)平凡な母親が平凡に暮らせる国。
私たちのように大きな苦しみを受ける人がいない国になって欲しいと思います。」


参加者
「韓国社会は変わるべきなのに、かえって隠そうとします。
安全意識の低下は明らかで、事故が後を絶たないのは残念です。」

参加者
「最後まで責任を持つ組織がないことが問題です。」

セウォル号の悲しい事故から、韓国社会は貴重な教訓を得られているのか。
2年半がたった今も、家族の切実な訴えが続いています。

原因究明は

田中
「ここからは、ソウル支局の安永記者に聞きます。
行方不明者の娘を待つ母親のつらさが痛いほど伝わってきました。
それにしても、これだけの事故の原因究明が進んでいないように見えたんですが、実際のところはどうなんでしょうか?」

安永和史記者(ソウル支局)
「これまでの裁判の過程で、事故の原因に過積載などがあることはわかってきていますが、何がどんな状態で積まれていたのかはまでは、詳細になっていないのが実情です。
セウォル号に積まれていた大量の鉄筋についても、政府がすべてを発表していなかったことが明らかになっていて、家族たちは原因は調べ尽くされていないと政府に不信感を持っているのです。」

薄れる事故への関心

児林
「事故のあと、私も韓国で取材したんですが、当時、韓国の世論が非常に過熱していたことが印象に残っています。
それにも関わらず、しっかり原因が究明されない状況に、国民からの批判はないんでしょうか?」

安永記者
「当時に比べると、全くと言っていいほど関心が薄れているのが現状です。
事故直後、世論は初動が遅れた政府や乗客の避難誘導を十分にせずに船から逃げた船長などに対し、激しく非難の声を上げていました。
しかし、裁判が進む中である程度の原因が明らかになり、関係者の処分が進むと、さらなる事故の原因究明を求める声は小さくなっていきました。」

韓国政府 今後の対応

田中
「韓国政府は、今後どう対応を進めるつもりなんでしょうか?」

安永記者
「特別調査委員会は事実上、解散しましたが、韓国政府は船体を引き揚げて行方不明者の捜索を行うとともに、事故原因を検証するとしています。
ただ、家族らは都合の悪い情報を隠すのではないかとして、船体を調べる作業を政府だけには任せられないと反発しています。
事故のあと、パク・クネ大統領は“国民の安全と生命を守ることができるよう、国のあらゆる政策とシステムを根本的に変える”と宣言しました。
その宣言通りに、多くの人の命を奪う事故を2度と起こさない社会を実現できるのか。
セウォル号の事故は重大な課題を韓国に突きつけていると言えます。」

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