淡路島の銅鐸 島根県の銅鐸と同じ鋳型使用と判明

去年、兵庫県の淡路島で見つかった弥生時代の7つの銅鐸のうちの2つが、島根県で出土したものとそれぞれ同じ鋳型を使って作られていたことがわかり、当時、淡路と出雲を含む銅鐸の交流圏があったことを示す重要な資料として注目されています。
銅鐸は去年4月、兵庫県南あわじ市の砂置き場で7つが一緒に見つかり、「松帆銅鐸」と呼ばれています。弥生時代のもので、内部からは、音を鳴らすための「舌(ぜつ)」と呼ばれる棒やそれをつるしたと見られるひもなどが全国で初めて見つかり、大きな注目を集めました。

奈良文化財研究所などのグループがさらに詳しく調べたところ、このうちの1つが島根県雲南市の加茂岩倉遺跡で見つかった銅鐸と表面の文様などが一致し、同じ鋳型を使って作られていたことがわかりました。また、別の1つも島根県出雲市の荒神谷遺跡で見つかった銅鐸と鋳型が同じことがわかり、傷の状態などから松帆銅鐸のほうが先に作られたと見られるということです。
これで松帆銅鐸は、7つのうち2つが島根県で出土した銅鐸と「きょうだい」の関係にあることになり、兵庫県と島根県の教育委員会などは、今後、共同で製作地や流通経路の研究を進めていくことにしています。

奈良文化財研究所の難波洋三客員研究員は「弥生時代に、淡路と出雲を含む銅鐸の交流圏があったと考えられる。当時の社会や流通を研究するうえで非常に重要な発見だ」と話しています。