建築学生は忙しいです。
みんな毎晩遅くまで製図室に残って作業をしています。
ある夜。
その日も何人かで製図室に残っていて、お腹すいたなーという話になりました。
その時に僕が「今からコンビニ行くからみんなの分買ってくるわ」と立候補し、
みんなの分の弁当を買ってくることになりました。
季節は冬。
住宅から漏れる灯りを見ると普通の人はきっとあったかい家の中で一家団らんでテレビでも見てるんだろうなー。
毎日遅くまで製図室に残って俺、何やってるんだろうなーと悲しい気持ちになってきます。
なんとなく、マッチ売りの少女の気持ちが分かったような気がしました。
しばらく歩いてコンビニの前に到着しました。
しかし、僕は見つけてしまったのです。
道路の向かい側にあるファミレスを。
コンビニの無機質な白い光とは対照的に赤みを帯びた照明の店内は
僕の心を強く惹きつけました。
僕はふらふらとファミレスの方に歩き出しました。
店の前に来ると、ハンバーグの文字が目に飛び込んできました。
店に入って席に着く前にハンバーグを頼みました。
このとき、僕の帰りを学校で待っている友人のことなど一切頭に浮かびませんでした。
ハンバーグを待っている間、女性の店員さんが僕に話しかけてくれました。
その店員さんは中学校の同級生でした。
「前田くん、なんでひとりでファミレスに?」
『分からない。どうしてもここでハンバーグが食べたくなったんだ。』
そんな他愛もない会話をしているうちにハンバーグが出来上がったようです。
ジューという音を立てながらハンバーグが目の前に運ばれて来ました。
ハンバーグの上にはバターが乗っています。
そのバターの上からハンバーグにナイフを入れると、中からジュワーと肉汁が溢れ出してきました。
立ち上った蒸気がバターの香りを鼻まで運んできました。
たっぷりとソースをつけて口に入れると肉肉しい旨味が口の中を支配し、
その瞬間に感じた幸福感は脳細胞をいくつか破壊するほどでした。
僕はライスやパンは頼まず、ハンバーグのみを注文しました。
ハンバーグの味に集中するためです。
そうして半分ほど食べたところで、電話が鳴りました。
友人からでした。
「ねえ、ちょっと遅くない?」
『ああ、実は今、ファミレスでハンバーグ食べているんだ』
電話口の向かうから
「おいみんな!あいつファミレスでハンバーグ食べてるぞ!」と聞こえてきました。
僕に対してなんと言っていいのか分からなくなった友人に
『食い終わったらなんか買って来る』と告げて電話を切りました。
ハンバーグに破壊された脳細胞はどうやら「罪悪感」を司る部分だったようです。
電話の後もハンバーグをゆっくりと幸せを噛み締めながら食べ続けました。
そして、最後の一口。
僕はこの瞬間に「今なら死んでもいい」と思いました。
人生でこんなことを思ったのは初めてかもしれません。
同級生の店員さんに「今日はありがとう」とお礼を言い、ファミレスを後にし、友達の弁当を買うために向かいのコンビニに入りました。
僕は迷うことなく、一つの商品を手に取りレジに並びました。
どうやらハンバーグが壊した脳細胞は「罪悪感」を司る部分だけでは無かったようです。
レジに並ぶ僕の手には「タラタラしてんじゃねーよ」が握られていました
【今日の俳句】
餅は急いで食べると危ない