本を読む楽しみを届けたい その一心で町を走り回った
◆『移動図書館ひまわり号』前川恒雄・著(夏葉社/税抜き2000円)
市民のための、貸出し中心の図書館を作ろう。1965年、日野市でバスを改造した一台から始まった革命が、いまの公立図書館のスタンダードとなった。『移動図書館ひまわり号』はその奮闘記。88年刊だが、長らく絶版に。それをこの度、一人出版社・夏葉社が復刊した。
「復刊の話を聞いた時は驚きました。まさか、と思うようなことです。夏葉社の島田さんに会うと、まだ若い青年でしょう。いや、こんなうれしいことはない。これまで、読みたいけど読めないと言われてきましたから」
前川恒雄さんは、図書館協会職員時代、事務局長の有山たかし(山へんに松)から、有山の地元・日野市で図書館を立ち上げることを依頼された。当時、日野市は東京郊外の新興都市。図書館はなかった。
「日野へ行く前、63年に、イギリスに半年間の研修に行きました。そこでショックを受けたんです。まず蔵書が新しくて豊富なこと。主婦が図書館を熱心に利用して、司書が『サンキュー』とお礼を言う。何もかも、日本の図書館と違いました」
60年代の公立図書館は、現在の約5分の1。暗く厳格なイメージで、主婦が気軽に立ち寄れる場所ではなかった。入館と貸出しに手間がかかり、席は朝から受験生が占拠していた。
「バスを改造した『ひまわり号』では、まず予算を取って、新しい本、とくに児童書や絵本をたくさん積み込みました。それで団地を巡回したのです」
誰でも簡単な手続きで本が借りられる。欲しい本がなければ、次までに用意する。「ありがとう」「ご苦労様」と利用者と声を掛け合う。一冊だけでなく、四冊まで借りられる。今では当たり前のことが「ひまわり号」から始まったのだ。人口1人当たりの貸出し数が全国で一位となるのに時間はかからなかった。
「我々もがんばりましたが、利用者が育ててくれたのです。図書館は本と人が出会う場所です。こんな本が欲しいと言われ、それが勉強になった。有山さんはその後日野市長になりました。しかし、ひと言も口を出さず、何かあったら私が責任を取ると言ったのです」
さまざまな苦難や試練、心なき嫉妬や非難を乗りこえ、「ひまわり号」は元気に市内を走り、本と人を結んでいった。そして73年、ついに悲願の日野市中央図書館が竣工、開館するくだりは、読んでいて涙が出る。
「私は図書館を引退しましたが、気になるのは、たとえば出版社が、本が売れないのは図書館のせいなどと発言すること。本来、出版社と書店と図書館は、心を一つにする同志のはずです。足を引っ張り合っている場合ではないと思うのです」
さらに、2003年の指定管理者制度導入以降、図書館運営を民間に委託する地方自治体が増えたことも前川さんは憂う。
「佐賀県の武雄市立図書館は、民間企業に委託され、図書館機能以外に書店やカフェなどが入り、話題になりました。しかし、本質が違うと私は思う」
図書館は利用者のために何をすべきか、子どもを本好きにするにはどうするか。前川さんは今でも考えている。「ひまわり号」を走らせた熱意はまだ消えることはない。
(構成・竹坂岸夫)
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前川恒雄(まえかわ・つねお)
1930年、石川県生まれ。図書館学者。65年東京都日野市立図書館長に就任、日野市助役を務めたのち、滋賀県立図書館長、甲南大学文学部教授を務める。著書に『われらの図書館』ほか
<サンデー毎日 2016年11月6日号より>