解説アーカイブス これまでの解説記事

くらし☆解説

twitterにURLを送る facebookにURLを送る ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

「ノーベル文学賞 沈黙の背景は?」(くらし☆解説)

名越 章浩  解説委員

ことしのノーベル文学賞に選ばれたものの、これまで何も語らないアメリカのシンガー・ソングライター、ボブ・ディランさんの真意をめぐって関心が高まっています。
「ノーベル文学賞 沈黙の背景は?」というテーマで名越章浩解説委員が解説します。

k161025_02.jpg

【ノーベル文学賞受賞とボブ・ディランさん】
ノーベル文学賞は、115年の歴史がありますが、受賞発表後に受賞者がここまで何も語らないのは異例と言えます。

k161025_03.jpg

ボブ・ディランさんは、1962年にデビューして、「風に吹かれて」や「ライク・ア・ローリング・ストーン」などのメッセージ性の強い曲で人気となり、これまでに600曲以上を作っています。
ノーベル文学賞の選考にあたったスウェーデンの国立の学術団体「スウェーデン・アカデミー」は「新たな詩の表現を創造した」と評価しました。
しかし、その発表の後にアメリカでコンサートがありましたが、そこでも何も語りませんでした。

【受賞したことは知っているの?】
ディランさんの事務所には連絡がついていますが、本人とは直接の連絡がついていません。
ノーベル文学賞は、文学者や学者など18人で構成されるスウェーデン・アカデミーが、1年かけて選考を行いますが、受賞者が決まった段階で、発表の前後1時間ほどの間に、本人に直接、選考結果を伝えるのが、いつものやり方です。

ところが、ことしは発表から4日間、アカデミーが連絡を試みたものの、本人と連絡がとれなかったということで、「これ以上は連絡をとることはしない」として、今はディランさん側からの連絡を待っている状態です。

k161025_05.jpg

こうした中、今月22日、ノーベル文学賞の選考にあたったメンバーの1人が、「彼の対応は無礼で傲慢だ」とメディアの前で批判し、逆にネット上ではノーベル賞側が傲慢では無いかという意見が出るなど、波紋が広がっています。

また欧米のメディアによりますと、ボブ・ディランさんの公式ウェブサイトにある書籍を紹介するページには、受賞発表のあと、「ノーベル文学賞受賞者」と記されていましたが、この表記が今月21日までに削除されたということです。

k161025_06.jpg

削除の意図は、明らかになっていませんが、スウェーデンの一部のメディアは関係者の話として、「削除はディランさんの指示によるものだ」と伝えています。
ディランさんの真意はどうなのか、関心がますます高まっています。

【そもそも、なぜノーベル文学賞を受賞したの?】
沈黙の背景を考える前に、ここで、そもそも、なぜ歌手であるボブ・ディランさんがノーベル文学賞を受賞したのかを、おさえておきましょう。

k161025_08.jpg

ディランさんの作品は、人間や愛、宗教、政治など社会性のあるテーマが多く、それらをアメリカの伝統音楽にのせて表現した創造力が、受賞に値するとされました。
そのうえで、「現代音楽に与えた影響は大きい」と評価されています。
これまで、歌手がノーベル文学賞を受賞したことはありませんから、これは画期的なことです。

【共感を呼んだ歌詞】
ディランさんの歌詞のどこが凄いのでしょうか?
最も有名なのが、「風に吹かれて」です。
この曲は、1960年代の若者たちの心をとらえました。
当時、アメリカは黒人差別の解消を目指す公民権運動や、ベトナム戦争への反対運動が高まりを見せていました。
また、学生運動が盛んな当時の日本にもこの曲は届き、若者の思いを代弁する歌として大きな支持を集めました。

k161025_10.jpg

和訳ではこんな歌詞です。
「どれだけ大砲の弾が撃たれれば  もう二度と撃たれないよう 禁止されることになるのだろう?」
    (中略)
「どれだけ人が死んだら あまりにも多くの人たちが死んでしまっていることに気付くのだろう?」(対訳:中川五郎)
などの問いかけのあと、「その答えは風に吹かれている」と締めくくられます。

しかし、「ベトナム戦争」など、単刀直入な表現はありません。
聴く人によって自由な解釈が可能なため、社会に不満を持つ人々に幅広く受け入れられることになったのです。

【“世代の代弁者”の評価に苦しむディランさん】
しかし、本人は?というと、こういう受け止め方に、迷惑な思いも持っていたのです。
本人が何も語らない背景が、ここにあるのではないかと思います。

k161025_11.jpg

2004年に出された自伝「ボブ・ディラン自伝」(ボブ・ディラン 著、 菅野ヘッケル 訳、 ソフトバンク パブリッシング発行)に、当時の複雑な思いが赤裸々に綴られています。
ディランさんは自由や平等という価値観と理想は常に大切にしていたと書いています。
しかしその一方で、社会の中の不公平や不正に対して抗議する「世代の代弁者」などと評されることについては、嫌悪感を示しています。
「わたしは自分の歌が何かに抗議しているとは思わない」とも書いています。

k161025_12.jpg

また、当時、世間からのそういう受け取られ方がどんどんエスカレートしていったことへの苛立ちも記されています。
マスコミだけで無く、見ず知らずの人が家にやってくるようになり、あるときはデモ隊が、「大きな声を上げて家の前を往復し、出てきてわれわれを導け、世代の良心としての義務を果たせ」と要求してきたこともあったそうです。
ディランさんは、妻と子どもとの静かな生活を夢見ていました。
しかし引っ越しを繰り返しても、すぐに突き止められ、近所の人たちからも嫌われていたと言います。

こんな思いを記しています。

k161025_13.jpg

「おかしいではないか。わたしはただ、率直に新しい現実を歌にして表現しただけなのに。わたしが代弁するといわれる世代について、わたしはよく知らないし共感もあまりない」

k161025_14.jpg

「わたしの歌詞に対して勝手な推測がおこなわれ、その意味が論争の対象となるのにうんざりしていた」

【今は何を思うのか】
自伝を読む限り、発言が一人歩きする事の恐ろしさを知っているディランさんにとって、無言を貫くのは自分を守ることでもあるようです。
一方で、ディランさんは自分の大好きな音楽活動を通して、新たな表現方法を見出すことには情熱を注ぎ続けています。
今は、ノーベル文学賞の受賞で再び騒がしくなった周囲の様子や反応をじっくり見ているのではないでしょうか。

【授賞式には来るの?】
授賞式は12月10日に開かれます。
授賞式の数日前には、受賞者による恒例の記念講演も予定されていますから、そこにディランさんが登壇するのかどうかにも、注目が集まりそうです。
本人の真意は依然として謎ですが、ディランさんが音楽における言葉のもつ力を大きく変えた功績は、極めて大きいと私は思います。
本人が沈黙を続けても、ことしのノーベル文学賞の受賞者であることには変わりはないので、いまは、ディランさんがかつて苦しんだ思いを私たちが理解した上で、そっと見守るときではないかと思います。

twitterにURLを送る facebookにURLを送る ソーシャルブックマークについて
※NHKサイトを離れます。

キーワードで検索する

例)テーマ、ジャンル、解説委員名など

日付から探す

2016年10月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
RSS