マンガなどのサブカルと世間との間に生じる軋轢は、理屈よりも感覚的なものだろうと考えている。
この場合の「自分」は身体的精神的なものだけでなく、人間関係、生活圏、文化、社会といった身体を取りまく周辺空間も含んでいる。
友人の家に行って知らないポスターとか置物に囲まれたときに感じる落ちつかなさを想像してほしい。
萌え絵に噛みつく人というのは、これが攻撃的になってしまったものだ。-- という解釈だ。
今まで「自分」だった風景 — そこに突如異物が侵食してきた。
快くないだろう。
可能なら異物を取り除きたいと思いもするだろう。
そしてここがミソなのだが、排除のための理由は後づけで、異物であることこそが排除の理由なんだ。
「気色悪い」「気持ち悪い」といった感覚的な悪罵がもっとも本心を現わしていると言える。
存在が許容される条件、しきい値も万別だ。それは理由が問題の本質ではないからだ。
パワー(マネー)バランスによっても変動する。芸術や賞などの権威というのもある。
その程度の理由だ。
アニメキャラが春日部名誉市民になったり、首相がコスプレするくらいだからな。
排除される側にすると、理不尽な理由で「自分」を攻撃されたと感じる展開である。
自分(の文化)を攻撃されたとなれば強い警戒心をもって対応したくもなるだろう。
一方で排除しようという側も、異物の侵食から守りたいという発露なので、双方が自分が攻撃を受けているような思いになっている。お互いに相手が悪いと思っている。
それで揉める。
というふうに解釈している。