会社の帰りしな、酔っ払った自分の目の前にけんじゃのいしが現れた。
俺は賢者の石を拾ってコンビニに立ち寄り、ミネラルウォーターにひたしてみることにした。
爽やかな空気があたりを包み、愛飲のエビアンは炭酸水風の口当たり良い水になった。
それを飲んだ俺の酔は冷め、みるみるうちに仕事の疲れが回復することを知った。
友人はいかづちのつえを手にしてエネルギーを電力会社に売りながら生活しているらしい。
俺は幸運に浴したことよりも友人の杖のほうが気になって仕方がなかった。
更に他の友人はいのりのゆびわを手にしたのだという。取引先にいくらでもメダパニがかけられると喜んでいた。
それに引き換えおれの石っころはなんだと思った。
たかだか酔い覚まし程度にしかならない。よしんば疲れを取り除くとしても、他の補助系のほうが役に立つのではないか。
こんな石を持っていたらいくらでも仕事が押し付けられるだろう。
サビ残は増える一方だし、俺にとってはむしろ発見されるだけ厄介というものだ。
かと言って投げ捨てられるほど俺の貧乏性は聞き分けが良いとはいえなかった。
俺はアパートに石を持ち帰ると石にマヒャドをかけてロックを楽しみ、次にメラをかけて熱燗にした。
なるほど酒の用途であれば悪酔い防止になるし、気持ちのよいまどろみを提供してくれそうだ。
実際に俺はこんな用途ならさほど悪くはないと思った。
その日から俺の絶倫ぶりは有名になり、二日会社に泊まり込んでも一切堪えない姿を見てHP1000の異名を持つに至った。
ホイミを習得できない体であることも異名のもととなったかもしれない。
勇者体質の同僚などは、何も突き詰められない器用貧乏な自分を攻めることしきりで、
俺はうらやましがるふりをしながら内心調子に乗ってゆく自分の気持ちを隠し通せなくなっていた。
その頃より状況は変化し、調子づいた俺の前に女性社員が群がることもしばしばだった。
接触回数の多い異性ほど恋に落ちる速さもいや増しに増す。その上絶倫のイメージが有る俺はモテにモテた。
ある日の朝、女を連れ込んでいた俺は不運な朝を迎える。
ベッドの下に隠してあったけんじゃのいしは粉々に砕け散っていたのである。
俺は女の仕業だと感じて怒鳴りながら追い返したが、よくよく思い起こして石の破片を見た。
それは内側から破裂したように見え、外から打ち付けた様子もなかった。
俺は友人に電話したが、その一人のうち所持していたいかづちのつえは音もなく崩れ去ったという。
俺はこれで合点がいった。この杖やけんじゃのいしはDQM仕様だったのだと。
そうとは気づかず乱用した俺の浅はかさが悔やまれた。
俺はやがて崩れるであろういのりのゆびわを持つ友人へ電話をかけ、パルプンテを振る舞ってくれることを望んでいた。
俺は遠く離れた、金貨を集める病弱で偏屈なじじいの島にルーラされることになった。
時々営業に来る奴らはメダルを持ってくるが、じじいは彼らのメダルを回収して追い返すだけだ。
いくつその行為が繰り返されただろうか。俺はいつしか無為に島の周りをうろつき、Lvはすっかり上がりきっていた。
スキルもない高Lv社員など誰が欲するというのだ。そんな無力感に苛まれ続けた。
ある時じじいはいった。お前は全くの無能だが、低級魔術を使う無能であるからこそ使えるものがあると。
やつはカジノを指し示したのだった。
幾多の試練あって、俺はついにムチ使いになった。
できれば無能であることを知られたくはなかったが、このムチがあれば俺は最強だ。
移転先の国でホームレス同然の俺を拾ってくれた民間警備会社のお偉いさんにも頭が上がらない。
俺は剣と魔法がひしめく戦場で唯一ギャンブルの王者かつムチ使いの元会社員、というおかしな立場を手に入れるに至った。
しかしそんな戦闘多発地域で生き残るにはやや才覚が足りなかった。
俺の攻撃をかいくぐった反政府ゲリラがどくばりで急所をつき、俺は不甲斐ない台詞を半額の貯金とともに訊くことになった。
民間警備会社もだめなら俺は一体どうすればよいのかと当方にくれてしまった。
俺は一度元の国に帰ると体にチェーンを巻き付け、肉体改造をした上でスラムに潜伏した。
顔には頭巾をかぶって街のあらくれとして偽装していたので、怪しむものは誰もいなかった。
思えばなんでそんな怪しげなやつを訝しがらないのかとこの国の風習には呆れ返ったが、そんな時代なのだから仕方がない。
俺はあらくれのまま何日もスラムに身を沈めていたものの、あるとき悪夢の再現は起こった。
俺愛用のムチが何者かに持ち去られていたのである。俺は焦りを禁じ得ず思わず叫んでいた。
俺の、俺のグリンガムが!
走り出した俺の前に見慣れた姿があった。それは小馬鹿にし見下していたあの勇者タイプの同僚ではないか。
やつは鼻くそをほじくりながら俺の姿を見て苦笑いし、デカチチの女とともにスラムへ入っていった。
あのダサいターバンのどこが良いのだろう。業績も低かったくせに。
俺は心のなかで憤慨したが、俺の今の姿は街の荒くれでしかなく、メラ・ヒャドしか唱えられないLv.99なのだ。
ターン毎にザオリクでもかけられれば、いかに一撃必殺でも勝てる見込みはない。
それに恐らくやつはただ単に会社の命令で視察に来ただけなのだ。
それから俺はじじいの島で経験を得たことや、民間警備会社での地獄の日々、様々な経験を思い出して涙した。
あんな奴より俺のほうが苦労しているのだという思いがとめどなく溢れ出た。
結局ムチは見つからず、場末のカジノで小さな勝ちを得て適当な増強用のアイテムを身に着けた。
思えばけんじゃのいしとはなんだったのだろう。あれがなくてもおれは今まで十分にやってきたではないか。
あれがなくてもギャンブルに勝ったし、治安の悪い国で多くの敵兵を葬ったではないか。
俺はスラムで酔いつぶれながらそう感じ、まどろみの中で再起が可能な道ではないのかと心を新たにした。