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レ・ミゼラブルを読み直す(8)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月25日(火)02時39分21秒
編集済
  p.312

七    パリーにてフォーシェルバン庭番となる

フォーシェルバンは荷馬車から落ちる時に膝蓋骨をはずしたのだった。マドレーヌさんは彼を病院に運ばせた。その病院は工場と同じ建物のうちに労働者らのために彼が設けたもので、慈恵院看護婦の二人の修道女がいっさいの用をしていた。翌朝老人は寝台わきの小卓の上に千フランの手形を見出した。手形とともに、「小生は貴下の荷車と馬とを買い受け候」というマドレーヌさんの書いた紙片があった。荷馬車は壊れ馬は死んでいたのである。フォーシェルバンは全快した、しかし膝の関節は不随になったままだった。マドレーヌ氏は修道女たちと司祭との推薦を得て、パリーのサン・タントアーヌ街区の女修道院の庭番にその老人を世話してやった。

その後しばらくしてマドレーヌ氏は市長に任ぜられたのである。全市に対して全権を有せしむる市長の飾り帯をマドレーヌ氏が付けているところを初めて見た時、ジヤベールは主人の衣の下に狼のにおいをかいだ犬のような一種の戦慄を感じた。

その時以来、彼はできるだけマドレーヌを避けた。ただ職務上止むを得ず他に方法がなくて市長と顔を合わせなければならないような時には、深い敬意を表しながら口をきいていた。
(以下略)

七   終了
 

なぜ、大御本尊なのか

 投稿者:蘭夢  投稿日:2016年10月25日(火)00時44分57秒
  戸田先生も、池田先生も「大御本尊」とおっしゃっている。

大御本尊が後世のものではないか、そんな話がある。
その話に右往左往して、本尊に迷う人達がいる。
さらに酷い者になると、日寛教学が云々、問題ありなどと言う者まで出てきている。

さて、大御本尊が後世とか、そんな話。最近でてきたものではない。
昔からある。

その昔、草創期。巷の噂があり、戸田先生が、畑の猊下を訪ねて、御宝蔵に入り確認している。

つまり、戸田先生は、少なくとも、全て真実を御存じと、僕は思う。

その上で、戸田先生は「大御本尊」とおっしゃり。
そして、草創期、日蓮宗等、他の本尊を功徳なしとして、「大御本尊」を宣揚している。

ここに、弟子ならば、どういう意味があるのか、深く深く、思索すべきだ。

師敵対の忘恩の輩は、師匠を侮り、枝葉の事実のみで軽んじて、師匠の深い想いを知ろうともしない。

その挙句、師匠の言葉を好き勝手に捻じ曲げている。

なぜ、大御本尊と言われたのか。深い深い、意味がある。

その意味を知らねば、全ては瓦解した暗黒世界、終末の未来しか見えないだろう。

大御本尊といわれたその意味するところ、それは、全ては法華経の通りであるということだ。

今、法華経に書かれてあることが現在進行形であることを理解するならば、全ては仏の慈悲。

全民衆救済、人類の大きな変革であることがわかるだろう。

仏の願いは、我々が考えるような小さな幸福を衆生に得させることではない。全ての民衆を成仏の境涯へと導くことにある。

どうすれば、仏の境涯を開くことができるのか。

明白である。

「悪王の正法を破るに、邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は、師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし。例せば日蓮が如し。」

この御書をよくよく見ていただきたい。「必ず仏になるべし」とあるではないか。

仏の願うところの全衆生の成仏。その為には、何が必要なのか。

三類の強敵が、必要なのだ。その三類の強敵と不惜身命で師弟不二の一念で闘う時、仏の境涯を開くことができる。

今、創価に起きている現象とは、仏の慈悲に他ならない。今こそ、胸中に御本尊があることを覚知する功徳を得て欲しい。

さて、三類の強敵とあるが、我らは、法華経の行者たりえるのか。

大聖人は、法華経を身読することで証明された。

我々、創価は、どうなのか。

ここで、初めて、「大御本尊」が意味をもってくるのである。

「大御本尊」が定まることにより、日顕宗に破門された我々は「数数見擯出 遠離於塔寺」という法華経の難を受けることとなった。
つまり、法華経の行者としての証明を果たしたことになる。

日顕宗に破門されることで、今、正に法華経のドラマが顕現され、地涌の菩薩、即ち、人類が人間革命する時が到来したと言えよう。
日顕宗による破門は、先生陣頭指揮の元での三類の強敵との闘いの予行演習みたいなもの。

本番は、今。主役は一人一人、さぁ、御書の通り、闘おう。そして「必ず仏になるべし」の通り、皆、仏の境涯を得るのだ。

そして、三類の強敵とは、何奴か、板の閲覧者なら御存じだろう。

さて、大聖人が「大御本尊」をどう思われていたか。
推測するしかないが、弟子への御遺命として、最勝の地に本堂を構えてと、本門の戒壇ということを弟子に残されている。
この事を考えた時、本来、自身の胸中に御本尊があることを覚知させるのが大切なことを考えれば、おかしな話である。
本堂とか、中心地みたいな場所は、本来必要ない。我が生命にこそ、大御本尊はあり、その生命の深奥こそ戒壇であるからだ。

ならば、答えは、弟子達の成仏のために本堂といい、本門の戒壇というものが必要だったということだ。
そのことを考えれば、史実が残っていなかったとしても、大聖人が「大御本尊」を考えられたことは間違いないと推測される。

成仏の為には、三類の強敵が必須。そうなのだ、全ては弟子の成仏の為に、「三類の強敵」を呼び起こす必要があったのだ。

そして、創価の誕生と共に、戸田先生は、「大御本尊」を宣揚した。
草創期の大先輩達の功徳。「大御本尊」が「大御本尊」として力用を発揮した。ここに意味がある。
日寛上人も、戸田先生も、大聖人の意図すること、仏の意図することを理解した、だから「大御本尊」と宣揚したのだと推測される。
戸田先生は牧口先生から、発迹顕本しなさいと、まるで悪いことしているように責められたと言われている。
そして、戸田先生は、三類の強敵が顕れるのをずっと願っていた。
また、池田先生も、我々、会員に目の醒めるような発迹顕本を、と言われている。

大聖人の発迹顕本とは何だったのか。

牧口先生は言われた。我々は法華経の信者ではない。法華経の行者だと。

全ては、今、この時のため。さぁ、闘おうではないか、素晴らしい黄金の時だ。信心の総仕上げだ。法華経の通り、目覚めよ民衆よ。
そして、この世界を人間革命の波で覆いつくし、人類の今までの不幸な歴史にピリオドを打とう。
 

ありがとうございました。

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月24日(月)23時51分3秒
  今日も同盟題目に参加させていただきました。
ありがとうございます。


ひかり(正義の師子同盟)様


くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲さま


レスをありがとうございます。
とても嬉しかったです。
 

同盟題目23時開始

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月24日(月)22時59分8秒
編集済
  よろしくお願い致します。

22日、池田先生は中央区に視察に行かれたようです。
訪問先は、築地、豊洲の間にある中央文化会館だったそうてす。

池田先生のご健康を祈ります。

鳥取県にもお題目を送ります。
 

人間の深淵!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年10月24日(月)22時17分21秒
   ロマンさん、素晴らしい。「法華経の智慧」と同じ視点ですね。

 さて、人間の深淵を探るという点で、どうしても手放せないのは、先に挙げさせて頂いた「信じる心」とともに、その対極にある「不信」です。「元品の無明」という表現もあります。「疑惑」です。
 次の仰せは、何度も紹介させて頂きました。
 「一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり其の故は信は無疑曰信とて疑惑を断破する利剣なり解とは智慧の異名なり信は価の如く解は宝の如し三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり」(御義口伝725㌻)

 「此の信の字元品の無明を切る利剣なり」からあとの箇所です。
 つまり「信」は「元品の無明」を切る利剣であり、「疑惑」を断破する利剣であることを示すとともに、「元品の無明」が「疑惑」であることも指し示しておられます。

 思い起こされるのはまた、次の一節です。
 「法華宗の心は一念三千・性悪性善・妙覚の位に猶備われり元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり、善神は悪人をあだむ悪鬼は善人をあだむ」(治病大小権実違目997㌻)。
 性悪性善は仏とほぼ同等の妙覚の位になお備わっている、「元品の法性」は梵天・帝釈等(の善神)と顕われ、「元品の無明」は第六天の魔王(の悪鬼)と顕われる、と拝することができます。梵天、帝釈と顕れるか、第六天の魔王と顕れるかは、ひとえに「元品の法性」(つまり仏性)か、「元品の無明」(つまり疑惑)かが、その分かれ目だということになります。

 人法一箇の「南無妙法蓮華経」の「南無」は「帰命」です。御義口伝にあります。「帰す」ことと「命(もとづ)く」ことは一体です。「命(もとづ)く」ものとは、御書と池田先生の指導しかないというのが私の立脚点です。だから、「御文」と「指導」をあげさせて頂いています。

 そうした前提に立って、「意見の食い違い」ということを見ていくと、「他者」の意見もまた、違った捉え方ができることになるのではないでしょうか。「妙法」はどこまでいっても、「己心の法」です。誰かが何かをしてくれる法ではありません。「一念即三千」の原理から見ても、さまざまな「三千」を持つ「衆生」が、別の「衆生」と同じ「一念」に立つことは難しいのが当たり前です。十人十色です。ただひとつ、同じ中心軸を持った時、「同心円」になった時のみに同じ方向になります。

 池田先生とトインビー博士との対談の「21世紀への対話」の対話は、もはや「古書」(=辞書)です。そのように海外の識者は語っています。「21世紀への対話」からその人類の素性を探ってみました。

 まず、集団力への「崇拝」という視点です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 トインビー 「二度にわたる世界大戦をはじめ、アメリカ独立戦争やフランス革命以後に起こったほとんどの戦争において、世界中のあまりにも多くの青年たちを悲劇と破滅に追いやった、あの種の愛国心というものは、私のみるところでは、一種の古代宗教なのです。西欧諸民族がこの古代宗教へと再転落したのは、彼らが近代に至って先祖伝来の宗教たるキリスト教への信仰を失い、その結果生じた宗教的空白に自分たちがいることに気づいたときのことでした。この新たに蘇生したキリスト教以前の宗教は、地域共同体の集団力をその崇拝の対象とするものです。元来それは、古代シュメールやギリシャの都市国家における、市民たちの宗教だったのです。
 ギリシャ・ローマの歴史では、こうした各地域の集団力への崇拝が、やがてローマ帝国全体の集団力に対する崇拝へと変容していきました。=中略=
 しかし、地域的なものであれ、世界的なものであれ、人間の集団力が崇拝の対象として適当でないことは確かです。国家というものは、地方国家であれ世界国家であれ、公共施設にとどまるべきものです」

 池田 「国家意識ないし国家対国家の敵対意識は、地域的集団力が基盤となって成立してきたものだという、博士のご意見には私も賛成です。そして、その人間の集団力を崇拝することがまったく誤りであることも、ご指摘の通りです」(21世紀への対話<下>66~67㌻)
 =中略=

 トインビー 「いまや人類の居住地全体が技術面で統合されているわけですから、心情面でも、これを統合することが必要です。これまで人類の居住地のうち、局地のみに、そしてその住民と政府のみに捧げられてきた政治的献身は、いまや全人類と全世界、否むしろ全宇宙へと向けられなければなりません。

 ギリシャ哲学のストア学派では、人間は宇宙の一市民であると唱えました。中国新儒学派の哲学者程顥(※ていこう)は『“仁”の人は天地万物をすべて一体と見る。彼には、彼自身にあらざるものはない』また『自然と人間には何の分けへだてもない』と述べました。また、王陽明の世界観によれば『偉大なる人は、天地万物を皆一体とみなす。この人は世界を一家と考える』とのことです。

 私は、人間にとっての正しい崇拝の対象とは、“宇宙の中に、その向こうに、またその背後にある究極の精神的実在”であると信じています。私の考えではまた、この究極の実在とは愛のことです。その意味で、私は『志向なる目的とは、人格の顕現、諸人への愛を第一義とすることである』という王陽明の格言に賛同しています。人間は、たとえそれが自己犠牲へ導くものであろうとも、あくまでも愛に従わなければならないと考えるのです。愛とは、奪う代わりに与えるという、精神的衝動です。愛はまた、自我を全宇宙との調和へと引き戻す衝動です。自我が宇宙から疎外されているのは、その本然的な、しかし克服不可能ではない、自己中心性のゆえなのです」(同68~69㌻)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 人間の持つ「自己中心性」に焦点を当てなければならないというのがここでの視点です。さらに「対立」ということについて、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 池田 「=略=
 こうした二大陣営の対立(※筆者註=米・ソ)は、いわゆる開発途上国に対する武器援助競争などにみられるように、依然として国際情勢を大きく左右しており、世界平和に与える脅威は少なくありません。このアメリカとソ連の対立は、これまでいわゆる資本主義と共産主義のイデオロギーをめぐる対立としてとらえられてきましたが、この点について、博士はどのようにお考えになりますか」
 トインビー 「資本主義と共産主義の対立といっても、それは私のみるところでは、ほとんどが見せかけにすぎず、ずっと古くから繰り返されてきた類いの、競い合う地方国家間の国益と野心をめぐる抗争を覆い隠す、一種の仮面なのです。

 この種の抗争にあっては、双方の好戦派が、恐怖と敵意をかきたてるイデオロギー上の形容辞をもって敵対国家に極印を押し、それによって自国民の熱狂を煽ろうとするものです。旧世界の西端部には、こうした宣伝工作の先例がいくつもあります。キリスト教徒対イスラム教徒、イスラム教のスンニー派対シーア派、キリスト教でもプロテスタント対カトリックなどの間で争われた、いわゆる宗教戦争も、実は競い合う地方国家間の敵対が、仮面をつけたものにほかなりません。

 いわゆるイデオロギー上の対立、宗教上の対立がいかにうわべだけの、偽りのものであるかの証左は、一枚岩と称される両陣営のそれぞれ内部にも、両陣営間のそれと負けず劣らずの抗争がみられることからも明らかです。今日、共産主義陣営では、ソ連と中国の対立が、現代世界でも比類がないくらい、もっとも深刻な対立(※対談当時)の一つとなっています」(21世紀への対話<下>190~191㌻)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 対立といっても、ほとんどが見せかけにすぎず、「ずっと古くから繰り返されてきた類いの、競い合う地方国家間の国益と野心をめぐる抗争を覆い隠す、一種の仮面なのです」という視点です。そして、「一枚岩と称される両陣営のそれぞれ内部にも、両陣営間のそれと負けず劣らずの抗争がみられることからも明らかです」としている箇所です。

 国家だけでなく、社会、あるいは組織生命体でも、同じことがいえるのではないでしょうか。


 

Bri-exit(英国のEU離脱)

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月24日(月)22時04分29秒
  を論じても、英国の核戦力がNATOに緊密に組み込まれていることを論じない聖教新聞日曜版。英国は政治経済的に欧州大陸と距離を置きつつも、軍事的には依然として一体なのだ。  

レ・ミゼラブルを読み直す(7) 補足

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月24日(月)21時51分31秒
  映画のシーン、フォーシェルバン老人を荷馬車から救い出すところです。ジヤベールがマドレーヌ氏の怪力を見つめながら、『こいつは.ジャン・バルジャンだ』と深く認識する。

山本伸一少年は、この部分をワクワクしながら読んでいたと思います。特に、
「人々は突き進んだ。一人の人の献身がすべての者に力と勇気を与えた。荷馬車は多数の腕で引き上げられた。フォーシェルバン老人は救われた。」
しかし、ジヤベールは、全く異なっていた。冷徹にマドレーヌ氏を疑い、人助けなど眼中にない非情な人間。若き日の読書でしたか?ジヤベールを憎らしく思った点は、ここにも有ったと思います。

それから、フォーシェルバン老人がマドレーヌ氏に「嫉妬」していたところ。私も読み直して気づいた点ですが、創価村の貴族社会の面々は、「嫉妬の塊」です。これを内々に持ち続けた者がどのようになるか?先生は常々、様々なスピーチで戒めています。でも、若い時から怠惰な生活をしてきた者は、取り返しのつかない生き方と人間関係の渦に巻かれて、死ぬまで「嫉妬の塊」で終わります。カラ題目唱えてもダメですよ!性根が年取るごとに益々曲がってますから(-_-)

22歳から28歳までの山本伸一青年の年譜を何方か作って下さい。次いでながら、反逆者の22歳から28歳までの比較が出来れば幸いです。
 

受け継ぐ師の思想・哲学

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年10月24日(月)20時57分34秒
  創価ルネサンスー
宗教改革として、宗教(日連仏法)の本来のあるべき姿へ、即ち「民衆のための宗教へ」と変わりゆく、新しい時代の幕開けを当時子供ながらに感じていた。
本部幹部会には活き活きと集い合う顔があった。
この時代に少年期を過ごした私を含めた、現在30代前半から未来部までの世代は、創価ルネサンス時代の日蓮正宗(日顕宗)との教学・思想闘争にあたり、様々な地域、場所で研鑽した模様を知らない世代である。

魂の独立とは何か。
人間復興とは何か。
日蓮を「末法の御本仏」と仰ぐ創価学会と日顕宗では何が異なるのか。
日蓮をなぜ御本仏と仰ぐのか。


1994/5/24にドイツのフランクフルト近郊で行われた「第3回ドイツ最高会議」での池田先生のスピーチに重要な点に触れられています。

ー中略ー
『偉大なる仏教が、インドで、どうして滅んだのだろうか。この点について興味深い観点がある。
 ネルー首相は、仏教滅亡の理由が、ずっと疑問であり、考え続けてきたという。
 アンドレ・マルロー氏に会ったとき、ネルー首相は、思索の結論を氏に語った。
 マルロー氏とは私も二度、対談したが、仏教に深い関心を寄せておられた。ヨーロッパに将来、仏教を基盤とする文明が生まれる可能性を否定できないとも語っておられた。
 ネルー首相の考察は次のようであった。
「仏陀の天才は、あくまでも仏陀が人間であるという事実にもとづいていた。人類の生んだもっとも深遠なる思想のひとつ、剛毅な精神、このうえなく崇高な惻隠(そくいん=慈愛)の情。さらには、神々にたいしてまっこうからこれと向きあった告訴者の態度」
「しかし仏陀の神格化が行なわれたとたん、仏陀その人はこの神々と同列にくわえられ、姿を没してしまった」(アンドレ・マルロー著『反回想録』、竹本忠雄訳、新潮社刊)

 釈尊は、あくまで「人間」として生き、神々にも強く訴えた。
 日蓮大聖人も、諸天善神である八幡大菩薩を「諫暁」なされている。神にすがるのではなく、“妙なる法”を持(たも)つ「人間」として、神を動かされたのである。
 本来、仏教は「人間の生き方」を説いたものであった。
「このように生きよ」「人生をこう生きよ」と、我が身で教えた。
 そこには師弟の道があった。
 しかし、いつしか「人間・釈尊」は権威化され、人間を超えた神になっていった。
 今でもインドの多くの人々は、釈尊を尊敬してはいるものの、ヒンズー教の神々のひとりのように、あがめているようである。
「仏」とは、ありがたく礼拝する対象であっても、「その生き方に続く」存在ではなくなった。
師弟の道も見えなくなった。
 仏教が「人間の生き方」でなくなったとき、インドでは、仏教は死んでしまった。
 ――これがネルー首相の結論であった。
 今、宗門にも、「人間の生き方」としての仏教は、まったくない。彼らは、大聖人の仏法を、「人間はこのように生きよ」という教えではなく、自分たちを権威づけるための飾りにしてしまった。
 自分たちの堕落を正当化するための手段にした。
 仏法の滅亡の姿である。
 そもそも日蓮大聖人の戦いも、ある面から言えば、「仏教を人間化する」戦いであられたと拝される。人間の実生活から遊離していた仏教を、人間の手に取り戻し、現実の生活法として教えられた。
「仏とは、人間(凡夫)である」
「人間(凡夫)こそ、仏である」
 こう叫ばれた。
 当時、日本でも、阿弥陀仏とか、大日如来とか、「仏」を遠い、超越的なものとして説く仏教が流行していた。
 また法華経での仏も、一般には、人間とはかけ離れた存在としてとらえられていた。
 それらを大聖人は逆転された。
“日蓮本仏論”の思想的な意義も、ひとつには「仏教の人間化」にあったと拝される。
 諸法実相抄には、「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用(ゆう)の三身にして迹仏なり」(1358頁)――凡夫は本体としての三身であり、本仏である。仏は、(本体の)働きとしての三身であり、迹仏である――と仰せである。
 詳しくは論じないが、大聖人の重要な法門である「観心の本尊」も、「名字究竟(みょうじくきょう)」も、「等覚一転名字妙覚」も、「凡夫即極」も、「仏教の人間化」という観点から見るとき、その深義に、より迫れるかもしれない。
 妙法を信じ、行じる「人間」こそが「仏」だということである。妙法の「信心」にこそ「仏界」はあるということである。
 それでは、どのような「人間」が「仏」なのか。どういう生き方が「仏」としての生き方なのか。
 日蓮大聖人が教えられたのは、「社会の中で三障四魔と戦い、打ち勝っていく」人生である。
 妙法のため、人間のために、広宣流布に生き抜く人生である。
 そして大聖人自ら、その模範を示されたのである。
 その道に続いているのがSGIである。皆さまである。皆さまこそ「仏」と輝く方々なのである。
 創価学会は、大聖人の御精神通り、仏法を「生活の中で」「人間の生き方」として実践してきた。
 大聖人が仏教の原点に返られたように、創価学会が大聖人の仏法の信心の原点に返ったのである。
「人間」に帰ったのである。
 あるとき、戸田先生は、ひとこと、我々の信心は「人間宗」と言われた。徹底した「人間主義」こそが、大聖人の仏法なのである。』
 

警鐘さま、良い感しています!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月24日(月)18時48分25秒
  私も、同じように診ています。お誕生会兼ねた本部幹部会、創価村の絶対権限者ですから、やっちまうでしょう。

某女からも、観えないところで花束もらう(-_-)
これが、創価村貴族社会の真骨頂ですから。

やりたい放題、気にくわない学会員をバンバン粛清して、昔の日本共産党並みに独善主義で組織内を闊歩する!!自分の周りだけ豊かであれば良いというスターリンの世界です。
その後ろには、宦官(姦臣)が行列を成して歩いている。ケモノ道ですね。若い頃から、今も未来も、そして来世も、三世変わらぬケモノ道を行く畜生の世界です。便1も便2も便3も便所虫も共に眷属(眷族)となって内向きな創価村貴族社会が破綻するまで突き進む事になります(-_-)
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月24日(月)18時31分52秒
  全集未収録の特別文化講座『創立者 ダンテを語る』を掲示します。

2008-4-23 創価学園 特別文化講座 創立者 ダンテを語る②

 ● 「知力」「体力」「人間性」を磨け
 一、学園の草創期、私は指導者になるための六つの指針を贈りました。
 1.まず人よりも、よけいに勉強し、努力しなければならない。
 2.民衆の味方になっていくこと。大衆のために戦っていく。弱い立場の人の味方となっていく。
 3.どんなことがあってもくじけない信念を持っていること。
 4.人間性のある、また、ユーモアのある、そのままの姿で語っていける人でなければならない。
 5.常に常識豊かで、納得させながら、人をリードする人。信望があり、信頼が厚く、尊敬されながら、大勢の人を指導できる人でなければならない。
 6.強靭な体力がなければならない。体力と英知を持った人でなければならない。
 以上ですが、今なら、さらに、1.に「将来、2カ国語以上の語学をマスターする」を加えたい。                          ※算用数字は原文では丸数字です。

金星よ輝け友情で光れ
ダンテも寮生 寮・下宿生活が人格を育てる

 学んだ人は、自分が強くなる。人生が豊かになる。
 皆さんは、苦しんでいる人々の心が分かる指導者になってもらいたい。不幸な人を救っていける力のあるリーダーになってもらいたい。
 そのために、今は、学ぶのです。
 世界平和の大指導者を育てるのが、創価学園の使命なのです。

 晴れ晴れと 今日も努力の 勉学に  君も挑戦 指導者なるため

 ● 兄弟姉妹の麗しい関係を
 一、さて、ダンテは、ボローニャ大学の学生時代、初めて故郷を離れて生活を送りました。
 そして大学のそばにある簡素な施設で、十数人の学生と一緒に「寮生活」をしていたともいわれています。
 ダンテは大きな志を胸に抱いて、見知らぬ土地、新しい環境に飛び込んでいった。
 ヨーロッパの各地から集い来た、優れた学者や学友と出会い、若きダンテは人間的にも大きく成長していったようです。

 一、ちょうど40年前(1968年)の4月、私は、東京校の栄光寮を訪れ、1期生に根本の精神を語り伝えました。
 「先輩は後輩を、弟のように可愛がり、後輩は先輩を、兄のように尊敬していくという、麗しい気風で進んでほしい」
 「日本一、世界一の寮にしていこう!」と。
 青春時代の労苦は、無上の栄光です。
 とくに、良き学友と切磋琢磨し合う「寮生活」「下宿生活」の意義は大きい。
 それは日々の学問とともに、かけがえのない人格錬磨の道場です。
 この点については、トインビー博士とも語り合いました。
 私も訪問しましたが、博士夫妻の母校であるオックスフォードやケンブリッジなど、「世界の指導者」を育成する名門校は、いずれも「学寮」を重視していました。

 一、私も青春時代、下宿生活をしました。
 それは、お仕えする師匠・戸田先生の事業が最も大変な時代でもありました。
 親元を離れた皆さん方の苦労は、痛いほど、よくわかります。
 わが学園には、日本全国から、さらに海外からも英才が学びに来てくれている。
 お腹をすかせてはいないか、風邪をひいていないか、何か困っていることはないか......。
 いつでも、どこにいても、私と妻の心から、皆さん方のことは離れません。
 この創立者の心を心として、寮生、下宿生の皆さん方を支え、護り、励ましてくださっている、すべての方々に、この場をお借りして、厚く厚く感謝申し上げたい。


 ● 真心に「謝謝!!」
 一、関西校の男子同窓生の集いである「金星会」は、今春で約5000人の「正義」と「友情」の連帯となりました。
 13年前(1995年)には、関西校の金星寮を訪れました。
 真っ先に寮の管理者をされていたご夫妻にあいさつをしました。「寮生は私の宝ですから、くれぐれもよろしくお願いします」と。ご夫妻は懸命に寮生のために尽くしてくださいました。
 真新しい畳が敷かれた「金誓の間」。
 そこに入ると、寮生たちが待っていてくれた。
 「どんな時代、どんな立場になろうとも、君よ、金星の如く光り輝き、社会を照らし、友を照らす存在であれ!」
 皆、私の呼びかけに元気いっぱいの返事で応えてくれました。どの瞳も、すがすがしい決意に燃えていたことが忘れられません。
 実は、ダンテも『神曲』の中で、金星について記しています。彼にとって星は「希望」の象徴でした。ダンテは、天高く金星を仰ぎつつ、困難な旅路を勇敢に進んでいったのです。

 一、寮生たちとの語らいを終え、私は寮の様子を視察しました。
 ある部屋の前を通ると、「池田先生ありがとうございます!!」と筆字で書かれた、手づくりの横断幕が掲げられていました。大学ノートをつないだものだったから、時間のない中、寮生が真心込めて作ってくれたのでしょう。
 私は、その心がうれしくて、横断幕の余白の部分に、「謝謝!!」(中国語で「ありがとうございました」)と赤ペンで返礼の言葉を綴りました。
 その晩に行われた懇親会では、寮生・下宿生の皆さんと夕食をともにしました。私は、皆の健康と成長を祈りつつ、関西ゆかりの師弟の曲"大楠公"や「荒城の月」「熱原の三烈士」をピアノで弾き、贈りました。

 ● 尊敬でつくられた友情は永続的
 一、ダンテは、同世代の友と寝食をともにし、夢を語り合い、深き友情を結び広げていった。
 友人が大切です。どんなに社会で偉くなっても、心から分かり合える友のいない人は不幸だ。
 また友人といっても、遊びだけのつき合いの人もいるだろうし、さまざまです。その中で、最高の友人とは、最高の主義主張で結ばれた人です。別の言葉で言えば、高い志を同じくする友人です。
 中国に「患難見真知(フアンナンジエンツエンツ)(困難な時こそ、真の友が分かる)」との言葉があります。

ダンテを雄弁にしたものは何か
「真理への愛」と「虚偽への怒り」

 困った時に助けるのが友情です。順調な時はいいが、状況が悪くなると離れていくのは友情ではない。
 皆さんは、どんな時も、一生涯、離れない、真の友情を結んでいってもらいたい。
 私の人生の誇りは、ただ誠実の一点を貫いて、嵐に揺るがぬ友情を築いてきたことです。
 「尊敬によってつくられた友情が真実で完全で永続的である」(中山訳『ダンテ全集第5巻』同)
 これは、ダンテの友情観です。
 尊敬できる、よき友を持つこと。そして、自分自身も尊敬に値する、よき友となっていくこと。
 ここに、誇り高き青春の名曲が奏でられていくのです。

 ● 暴力は許さない
 一、私と妻が出会いを重ねた、アメリカの「人権の母」ローザ・パークスさんは、お母さんからの教えを一生涯の指針とされていました。
 それは、「自尊心を持ちなさい。人から尊敬される人間になり、また、人を尊敬していきなさい」ということです。
 パークスさんは、「人間の尊厳」を守るために命を懸けて戦いました。
 人を見下したり、いじめたり、侮辱して、相手を苦しめることは、暴力にも等しい。
 軽い気持ちでやったことが、取り返しのつかない深い傷を与えることだってある。
 わが創価学園は、絶対に暴力否定です。いじめも断じて許さない。
 互いの尊敬と信頼と励まし合いで結ばれた、世界一、美しい友情の城です。
 この尊い伝統を確固と受け継ぎながら、さらに賢く朗らかに前進していってください。

 一、ダンテは、数学の「ピタゴラスの定理」で有名な、古代ギリシャの哲学者ピタゴラスの言葉を大切にしていました。
 それは、「友情において、多くのものが一つにせられる」(中山訳『ダンテ全集第6巻』同)という一言です。
 このピタゴラスが活躍したシチリアの天地に立つ、イタリアの名門パレルモ大学とも、私は深い交流を結び、「名誉コミュニケーション学博士号」を拝受しました。
 私が世界に開いた「友情の道」を受け継ぐのは学園生の君たちです。
 そのためにも、今は、語学にも大いに挑戦し、平和と正義の「友情の大連帯」を世界中に広げていってください。

 学園は  一生涯の  宝の連帯
 ● 言論の勇者に
 一、ともあれ、青春時代の読書、そしてボローニャ大学での2年におよぶ研鑽は、ダンテの人格形成と文学の大きな土台となりました。
 それは真理と真実の探究の日々でありました。
 真実を見つめ求める青年は、虚偽を許さない。
 「悪魔は嘘つき、嘘の父親」とは、ダンテの『神曲』の一節です(中川祐弘訳、河出書房新社)。
 卑劣な嘘は悪魔の所業であるとの洞察です。
 「真理に対する愛と、および虚偽に対する憎悪とにおいて、反駁しよう」(中山訳『ダンテ全集第7巻』同)──ダンテの胸には、この烈々たる情熱が燃え盛っていたのです。
 ゆえに、ダンテは、だれにも負けない「言論の力」を鍛え上げていきました。
 "ダンテは並外れて雄弁であった"と讃嘆されている。その弁論には、悪人の気力さえも削ぎ取る説得力があったとも伝えられています。
 この研ぎ澄まされた英知と雄弁の力で、ダンテは信頼を勝ち取り、30代で、大都市フィレンツェの最高指導者となっていきました。
 この点、東京校の「創価雄弁会」、関西校の「ディベート部」をはじめ、学園生の「英知の力」「雄弁の力」「文筆の力」は、日本随一です。
 今、世界でも、若い雄弁の指導者が台頭しています。
 青年の時代です。そして学園生の世紀です。
 「自分の信条を堂々と述べ、正義のためには、勇気をもって実行する」
 これが、わが学園の誉れの校訓の一つです。
 「学園生よ、ダンテの妬く大雄弁の指導者と育て!」と、私は強く申し上げておきたい。

 弁論は 世界に平和を  打ち立てる  最も正しき 法理なるかな

使命の山を登りゆけ 負けじ魂ここにあり!
平和の人材光る学園城を
『ダンテ』 正義か強ければ世界は善くなる

  一、万葉の里・交野の天地に広がる、わが関西創価学園は、「蛍」が飛び交うロマンの城です。
 私の提案に応えて、関西学園の友が情熱を傾けて育ててきた蛍が、最初に夜空に舞ったのは、29年前(1979年)の5月のことでした。
 この蛍をはじめ、東西の学園では、桜、蓮、鯉、白鳥など、さまざまな自然の命が大切に保護されています。
 関係者の皆様の尽力に心から感謝申し上げます。

 ● 奇跡の連帯・蛍会
 一、私は、関西学園の女子同窓生の集いを「蛍会」と命名しました。現在、「蛍会」の友は約6000人。
 美しき「誓い」と「励まし」で結ばれた「奇跡の連帯」となりました。
 私は本当にうれしい。

 蛍会  一人ももれなく  幸(さち)光れ

 実はダンテの『神曲』にも、夕暮れ時、農夫が蛍を見つめる光景が詩情豊かに描かれています。
 きっとダンテも少年時代、フィレンツェの森に舞う蛍を見つめ、詩心を膨らませたのでしょう。
 蛍は、平和と共生の象徴でもあります。

 一、「世界は、そのうちに正義が最も有力であるときに、最も善く傾向づけられてある」(中山昌樹訳『ダンテ全集第8巻』日本国書センター)
 ダンテの獅子吼です。
 この世界を、平和の方向へ、幸福の方向へ、繁栄の方向へ、調和の方向へと前進させていくためには、正義が厳然たる力を持たねばならない。
 これがダンテの一つの結論であった。
 では、正義が力を持つためには、どうすればよいのか。
 それは、一人でも多く、力ある正義の人を育てることです。
 その使命を厳として担い立つ「教育の大城」こそ、わが創価学園なのです。

 幸福と  平和の土台の  学園城

 ● ケランジェロもダンテに共感
 一、ダンテが心から愛した故郷フィレンツェは、ルネサンスの文化が花開いた「芸術の都」として世界的に有名です。
 光栄なことに、このフィレンツェ市から私は、意義深き「フィオリーノ金貨」と、最高栄誉の「平和の印章」をお受けしています。
 ともに授章式は、フィレンツェ市の由緒あるヴェッキオ宮殿(市庁舎)で行われました(1992年6月、2007年3月)。
 同宮殿内の「五百人広間」には、ルネサンスの大芸術家ミケランジェロが創作した凛々しき青年の彫像「勝利」が設置されています。
 ミケランジェロも、200年前の先哲ダンテの文学に啓発された一人です。
 熱血の彼は、横暴な権力悪を許さぬダンテの強き魂に共感を抱き、よく論じていたという。
 ミケランジェロの傑作である「最後の審判」の壁画は、ダンテの『神曲』から影響を受けています。
 ダンテの文学は、ルネサンスの文化を発展させゆく大いなる原動力ともなりました。

哲人政治家ダンテの信念
 政治は誰のために?すべては人民のために!!

 ● 二つ目の苦難
 一、ダンテが生きた当時のフィレンツェは、ヨーロッパで最も人口の多い都市の一つでした。
 「フィオリーノ金貨」が鋳造され、経済の中心としても、堂々たる興隆を誇っていた。
 そのフィレンツェの哲人政治家としてダンテが登場したのは、30歳の年です。
 そして、その5年後には、最高指導者の一人に選出されています。
 ダンテの胸には「正しき政治」「正義の社会」の理想が明確に思い描かれていました。
 「市民は執政官(政治家)達のためにでなしに、また人民の王のためでなくて、逆に、執政官達は市民のために、王は人民のために存在する」(中山訳『ダンテ全集第8巻』同)と。
 為政者のために人民がいるのではない。
 人民のために為政者がいるのだ。
 この「何のため」という一切の原点を見定めていたのが、ダンテです。
 だから強かった。
 一、ダンテは、古代ギリシャの大哲学者アリストテレスの英知を学びました。
 その言葉を通して厳然と主張しています。
 「邪曲(じゃきょく)な政治の下にあっては善人は悪しき市民である」(同)と。
 悪い権力、悪い政治のもとでは、善人こそが悪人にされてしまうというのです。
 この狂った悲劇が、残念ながら、人間社会では際限なく繰り返されてきました。
 そして、まったく同じ事態が、ダンテにも襲いかかったのです。
 ダンテが最愛の人々との死別に続いて直面した、二つ目の苦難が、ここにありました。
 その過程を簡潔に見ておきましょう。

正しいからこそ迫害される 卑劣な陰謀が悪の手口

 ● 事実無根の罪
 一、絶大な権力を持っていた、時のローマ教皇ボニファティウス8世らは、美しき都市フィレンツェを自らの勢力下に収めようと狙っていました。
 この宗教権力者の一党は、自分に従うフィレンツェの勢力と結託し、謀略をもって、フィレンツェを乗っ取ろうとしたのです。
 そして、彼らの攻撃の標的にされた一人が、ダンテであった。
 ダンテは、「わが故郷のために!」「愛する祖国の自治と独立のために!」と断固たる闘志を燃え上がらせて、故郷を支配しようとする勢力の動きに、頑強に反対し、抵抗したからです。
 そこで、ダンテが公務でフィレンツェを離れている間に、権力を掌握した政敵たちは「欠席裁判」を行った。
 そして事実無根の罪をでっち上げた。
 彼らは、「ダンテは公金を横領した」「教皇庁に対する陰謀を企てた」などという罪状を並べ立てたといわれている。
 しかし、すべてが濡れ衣であった。
 ダンテを陥れようとする「冤罪」であった。
 「陰謀を企てた」のは、ダンテを無き者にしようとする敵のほうだったのです。
 これが正義の人を陥れる手口です。
 仏典では、陰謀の悪人に対して、「確かな証人を出せ! もし証拠がないというならば、自分が犯した罪をなすりつけようとしているのだ。糾明すれば分かることだ」と呵責されています。

 一、ダンテは「国外追放」されました。
 戻れば「火あぶり」にされるという。
 だれよりも、フィレンツェを愛し、フィレンツェのために戦い続けてきたダンテは、いわれなき罪人の汚名を着せられて、フィレンツェを追い出されました。
 そして56歳の死まで、二度と故郷の土を踏むことなく、受難の生涯を送ったのです。

 ● 正義とは?
 一、ダンテは、苦難の嵐の中で、人間の根本問題を真正面から見つめました。
 「なぜ、この世界では悪人がもてはやされ、わがもの顔で、のさばっているのか?」
 「一体、人の世に『正義』はあるのか?」
 「人道──人として歩む道は、どこにあるのか?」
 自分自身が迫害に遭ったからこそ、その思索は計り知れないほど深まったのです。

 一、正義とは、何でしょうか。
 人間にとって、正しい道、正しい生き方とは、どのような生き方なのでしょうか。
 これは、本当に重要な問題です。また難しい問題です。
 例えば、第2次世界大戦中、日本では、戦争に反対すれば、「犯罪者」とされました。
 しかし、敗戦後には、戦争に反対した人が、「正義」と賞讃される時代が来た。
 何が正しいのか。何が間違っているのか。真実は、どこにあるのか。
 表面的な世評などに流されては、あまりに愚かであり、不幸です。
 物事の奥底を見抜いていく「英知の眼」を磨いていかなければならないのです。


 ● 民衆の側に立て
 一、かつて私は、東京校2期生の卒業のはなむけとして、次のように語りました。
 "皆さんには、正義の人になってもらいたい。具体的に言えば、悩める人、苦しんでいる人、不幸な人の味方となってほしいのです"
 "将来、どのような地位につこうとも、庶民の側に立ち、人間生命の尊厳を守りゆく人であっていただきたい"と。
 ダンテもまた、「権力の側」ではなく、「民衆の側」につきました。
 「人が苦しもうが、どうでもいい」「事を荒立てたくない」と思って静かにしていれば、弾圧などされなかったでしょう。

『ローマの哲学者』
悪人がどんなに暴れても 賢者の月桂冠は光り輝く

 しかし、ダンテは、「人民のため」との信念を曲げなかった。わが正義に生きた。
 正義であるがゆえに、迫害される──。
 これが歴史です。これが現実です。
 ゆえに、重ねて申し上げたい。「正しい眼」を磨き、「強い心」をつくっていかなければならないのです。

 一、私は、創価大学で、「迫害と人生」と題して講演を行ったことがあります。〈1981年(昭和56年)10月31日〉
 そこで私は、さまざまな中傷、迫害と戦った人物──菅原道真、屈原(くつげん)、ユゴーら東西の詩人、思想家ルソー、画家セザンヌらの生涯に言及しました。
 とくに、悪い政治権力と悪い宗教権力は、結託して、正義の人を弾圧する。
 創価教育の創始者である、牧口常三郎先生と戸田城聖先生を苦しめた迫害の構図も同じでした。
 お二人の不二の弟子であるがゆえに、私も同じ難を受けてきました。しかし私は、「戸田大学」に学んだ師子です。ゆえに何があっても絶対に負けない。
 また私には、愛する青年たちがいます。学園生がいます。ゆえに何があろうとも必ず勝たねばならないのです。

 ● 「学園生はどうするのですか?」
 一、私は、創価の友に贈った詩の中で次のように綴りました。

 ある日 ある時 ふと  私は妻に漏らした
 「嫉妬うず巻く  日本を去ろう
 世界が  待っているから」

 その時 妻は  微笑んで言った
 「あなたには  学園生がいます
 学園生は  どうするのですか?
 きっと  寂しがりますよ」

 そうだ!
 そうだ 学園がある!
 未来の生命たる 学園生がいる!
 君たちのためなら 私は
 いかなる迫害も いかなる中傷も
 いかなる試練も まったく眼中にない

 このように詩に詠んだ私の思いは、今も何ら変わることはありません。

③に続く
 

若狭議員が、、

 投稿者:フラフラ  投稿日:2016年10月24日(月)18時22分25秒
  当選のインタビューを受けてた時に、顕正新聞持ってたね~。
その辺で手渡されただけなのか、、それとも?
宮崎の公明党市議会議員がビデオ放映会に毎回参加してるって。
大丈夫か?宮崎の男子部の皆さん?ほっといていいの?
 

【定期案内:おすすめ】教学部レポートをお読みください

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月24日(月)16時24分44秒
  ■注目!
【教義変更の経緯・今の執行部の狂いの元を知る為に】

★☆詳しくはこちらから☆★
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56053

【参考】「教学部レポートとは」(英訳あり)
(こちらもお読みください。)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/53571
 

2010年5月以前のわが友に贈る

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月24日(月)14時19分16秒
編集済
  【わが友に贈る】

追撃の手を緩めるな! 火を吐く言論で邪悪への総攻撃を!

正義は徹して叫び続けよ! 邪悪が根絶し滅び去るまで!

悪に怒る心を燃やせ。 魔との戦いは圧倒的な唱題から!

金銭や異性問題で学会に迷惑をかけた幹部は解任だ。 清浄な同志の世界を断じて守れ!

悪を糾弾せよ! 徹して暴くのだ! 滅び去るまで叫び続けよ!

傲慢で威張る幹部は絶対に許すな! 恩知らずは叩き出せ!

悪には容赦するな! 相手がひるむまで徹底して強く攻め抜け!

悪を滅してこそ善が栄える。 ゆえに極悪と戦え! 青年が先陣を切れ!

「瞋恚(怒り)は善悪に通ずる者なり」 邪悪は断じて許すな! 魂の炎を燃やせ!

 

11月の本幹

 投稿者:警鐘  投稿日:2016年10月24日(月)14時09分12秒
編集済
  11月の本幹同中が11日だとどなたかの投稿にあった

まさか、本番(職員等は撮影日とよんでいる)
は11.5ではないだろうね?
11.5原田会長様の生誕日
75歳になられるそうである
師匠の秋谷会長様は75歳で会長を更迭された
そんな師匠を越えた「原田会長様」などと言うことは勘弁して貰いたい

今年、池田先生88歳
永遠の師匠、池田先生のお祝いをしない創価学会が
原田会長様の生誕日に創価学会創立記念本幹を開催したりしないで貰いたい
そうなったら、北朝鮮と同じだからー

最近、青年部時代の後輩から相談を受ける事が多い
皆、組織が会員をマシン化、ロボット化されていることを嘆いていた

今の組織に疑問を感じない、そんな無慈悲な人間を育てて来なかったことを改めて嬉しくなった

彼等は、幹部批判は怨嫉と苦しんでいた
自分は、こんな状況をなんとも思わない、そんな非人間的な人でないことが嬉しい「正しい怨嫉」である
しかし、正しい怨嫉だけど、幹部もベクトルが違っているだけだから、お題目送って上げよう
最高幹部がおかしいから、現場の幹部もおかしくなっていると話した

自分と先生は勿論境涯は全く違う
しかし、ふと思った

師匠の精神がふみにじられ、会員が集票マシン、新聞拡張員にされていることを怒り、悩み奮闘している弟子がいることを先生は喜んでくださっているに違いないと

今の組織に何の不満不信も持たずに進んでいく人は逆に「?」ではないか?
創価学会の上意下達、北朝鮮的なおかしな所は池田先生発ではなく、秋谷会長様や原田会長様発である事が明らかになってきている

外部は池田先生が「洗脳している」と言う
しかし、先生は「洗脳」ではなく、寧ろ「開放」してくださっている
会員を「洗脳」しているのは、名誉会長ではなく、歴代の会長職等の輩達

力不足、慈悲不足、祈り不足、勉強不足を
「先生の為」と魔法の言葉で会員を洗脳してきたのではないか?

創価学会にある「おかしな事」が秋谷会長様、原田会長様、発である事がよく分かる昨今
創価学会にある「素晴らしい事」「感動的な事」が全て先生発である事を改めて痛感する昨今である

同中で先生は度度教えてくださった
「私に直結しなさい!
他の人ではダメなんだ、無慈悲なんだ」

後輩達には、無慈悲な会長様に直結して無慈悲な幹部にだけはならないで欲しいと願う
そして、そんな後輩が1人もいない事は自分の喜びだ

元職員の本が楽しみである
今の創価学会がいかに先生を蔑ろにし、先生の精神に違背しているか?
最高幹部の皆さんが厳しい師匠の目が無くなり、どれほど勝手三昧しているか?
結果、口で、先生の名前を叫びながら、どれ程違背し、先生の軌道から外れているか?
いかに「変貌」しているのか?
実態を知るいい機会だと思う




 

54年の繰り返し

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年10月24日(月)13時01分53秒
  2010年5月先生ご出席の最後の本部幹部会。
先生の時代と大きく変わった。
当初「先生がいなくても私達で上手くやっていける」と思っていたに違いない。これは、昭和54年当時と同じ命を感じる。
「創価学会の組織を守る」との美名のもと大恩ある師匠を守らず辞任に追い込む。勇退と言えば聞こえがいいが、実際は「時流には逆らえない」と辞めさせた。「先生は厳しすぎる。私達は宗門や社会とも上手くやっていける」と。

当時の事は、随筆 新・人間革命 嵐の4.24にある通りである。

創価学会の側近の宿命‥

一大事の時に師匠を守れない。いや守らない。

今、本当なら池田先生の広宣流布の御構想の総仕上げの時。これで、いいのかと思う。


 

「今週のことば」「わが友へ贈る」

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年10月24日(月)12時52分20秒
  「今週のことば」「わが友へ贈る」を残されているとは凄い!
同じ頃にあった、牙城会会合の聖教記事。その面に

「職員は官僚になるな」

という意味の「今週のことば」「わが友へ贈る」にあり、それがずっと牙城会警備室に貼られていて、任務のたびに見て、「やっぱり奴らはヤバイのか」と思っていました。
他にも同内容の「今週のことば」「わが友へ贈る」が日を空けずに出ていたので、「こら、アイツら、相当ヤバイところまで来てんのやな」と、印象強く記憶に残っています。
まさか、それも残されてはいませんよね?
 

大いなる希望

 投稿者:誰か私を呼んだ?メール  投稿日:2016年10月24日(月)12時40分39秒
  「大いなる希望  師の心
胸は高鳴る  明日の日に
決意あふれる  ・・・」
と歌っていたでしょうか?
あの日の決意、思い出さないと(^-^;

「雛鳥もやがておおとりとなる
ああ  その羽ばたきが大空をおおうとき
なべての継続の辛労は昇華され
ものみな人間勝利の歓喜に包まれて
高らかに凱歌を歌うに違いない」
(少年・ただしうろ覚えです。)

先生  ありがとうございました。
こんな境涯になりました。
 

仰る通り。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年10月24日(月)12時13分52秒
  虹と創価家族さんはじめ様々な方々も仰っている様に、2010/5以降と以前では全く変貌し時が経て

ば経つほど劣化が激しいのは内外共に周知の事実です。殆どの学会員さんは信心で我慢しているだ

けかと思われます。

添付の2001年代前半の「今週のことば」「わが友へ贈る」を見ても一目瞭然です。


「少なくとも、2010年5月以前の聖教新聞と比較すれば、記事の内容が変わったと言わざるを得ない。自分は2010年5月以前の聖教新聞と比較して、最近の聖教新聞は破邪顕正の「破邪」の熱が無くなったと感じます。」

この「今週のことば」や「わが友へ贈る」の通り戦っていれば現在の様な状況にはならなかったの

では?と思います。
 

何言ってんだか(笑)

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年10月24日(月)11時57分52秒
  今週は何だか騒々しくなりそうですね(笑)

ですので↓↓↓みたいな「、」とか出てきます。
 

返信

 投稿者:  投稿日:2016年10月24日(月)11時38分41秒
  直談判して除名されたら、それが学会の意志なのです。
日蓮大聖人の生命哲学、先生の御指導は変わりません。
変貌したのは学会の方です。
聖教本社に直接苦情を伝えれば良い話で有って、皮肉を書いている必要はありません。
柳チャンのコラム等いりません。
 

レ・ミゼラブルを読み直す(7)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月24日(月)11時38分8秒
  p.306

六     フォーシェルバンじいさん

ある朝、マドレーヌ氏は、モントルイュ・シュール・メールの敷石のない小さな通りを通っていた。その時、彼は騒ぎを聞きつけ、少し向こうに一群の人々を認めた。彼はそこに行ってみた。フォーシェルバンじいさんと呼ばれている老人が、馬の倒れたため馬車の下に落ちたのだった。

このフォーシェルバンは、当時マドレーヌ氏がまだ持っている少数の敵の一人だった。マドレーヌがこの地にやってきた当時、以前は公証人をしていて田舎者としてはかなり教育のあるフォーシェルバンは、商売をしていたが、それがしだいにうまくゆかないようになりはじめていた。
彼はその一職人がしだいに富裕になっていくのを見、また人から先生と言われている自分がしだいに零落してゆくのを見た。それは彼に嫉妬の念を燃やさした。そして彼はマドレーヌを害うために機会あるごとにできるだけのことをした。そのうちに彼は破産してしまった。そして年は取っており、もはや自分のものとしては荷車と馬とだけであり、その上家族もなく子供もなかったので、食べるために荷馬車屋になったのだった。

さて馬は両脚を折ったので、もう立つことができなかった。老人は車輪の間にはさまれていた。車からの落ち方が非常に悪かったので、車全体が胸の上に押しかかるようになっていた。車にはかなり重く荷が積まれていた。フォーシェルバンじいさんは、悲しそうな呻き声を立てていた。人々は彼を引き出そうとしてみたがだめだった。無茶なことをしたり、まずい手出しをしたり、下手に動かしたりしようものなら、ただ彼を殺すばかりだった。下から車を持ち上げるのでなければ、彼を引き出すことは不可能だった。ちょうどその出来事の起こった時にき合わしたジヤベールは、起重機を取りにやっていた。

マドレーヌ氏がそこにやってきた。人々は敬意を表して道を開いた。
「助けてくれ!」とフォーシェルバン老人は叫んだ。
「この年寄りを助けてくれる者はいないか。」マドレーヌ氏はそこにいる人々の方へ振り向いた。
「起重機はありませんか。」
「取りに行っています。」と一人の農夫が答えた。
「どれくらいかかったらここにきますか。」
「一番近い所へ行っています、フラショーで。そこに鉄工所があります。しかしそれでも15分くらいはじゅうぶんかかりましょう。」
「15分!」とマドレーヌは叫んだ。
前の日雨が降って地面は湿って柔らかくなっていた。車は刻一刻と地面に食い込んで、しだいに老荷馬車屋の胸を押しつけていった。五分と経たないうちに、彼は肋骨の砕かれることは、わかりきっていた。
「15分も待てはしない!」とマドレーヌ氏はそこにながめている農夫らに言った。
「仕方がありません!」
「しかしそれではもう間に合うまい。車はだんだんめいり込んでゆくじゃないか。」
「だと言って!」
「いいか、」とマドレーヌは言った、「まだ車の下に入り込んで背中でそれを持ち上げるだけの余地はじゅうぶんある。ちょっとの間だ。そしたらこのあわれな老人を引き出せるんだ。だれか腰のしっかりした勇気のある者はいないか?ルイ金貨を五枚あげる。」
一群の中で動く者は誰もなかった。
「十ルイ出す。」とマドレーヌは言った。
そこにいる者は皆目を伏せた。そのうちの一人はつぶやいた。「滅法に強くなくちゃだめだ。その上自分でつぶされてしまうかも知れないんだ。」
「さあ!」マドレーヌはまた言った、「二十ルイだ!」
やはり、誰も黙っていた。

「やる意志が皆にないのではない。」と誰かが言った。
マドレーヌ氏は振り返った、そしてジヤベールがそこにいるのを知った。彼はきた時にジヤベールのいるのに気がつかなかったのである。ジヤベールは続けて言った。
「皆にないのは力だ。そんな車を背中で持ち上げるようなことをやるのは、恐ろしい奴でなくてはだめだ。」
それから彼は、マドレーヌ氏をじっと見つめながら、一語一語に力を入れて言った。
「マドレーヌさん、あなたがおっしゃるようなことのできる人間は、私はただ一人きりまだ知りません。」
マドレーヌは慄然とした。
ジヤベールは無頓着なようなふうで、しかしやはりマドレーヌから目を離さずにつけ加えた。「その男は囚人だったのです。」
「えっ!」とマドレーヌは言った。
「トゥーロンの徒刑場の。」
マドレーヌは青くなった。
そのうちにも荷車はやはり徐々にめいり込んでいった。フォーシェルバンは息をあえぎ叫んだ。
「息が切れる!胸の骨が折れそうだ!起重機を!何かを!ああ!」
マドレーヌはあたりを見回した。
「二十ルイもらってこの老人の生命を助けようと思う者は誰もいないのか?」
だれも身を動かさなかった。ジヤベールはまた言った。
「起重機の代わりをつとめる者はただ一人きり私は知りません。あの囚人です。」
「ああ、もう私はつぶれる!」と老人は叫んだ。

マドレーヌは頭を上げ、見つめているジヤベールの鷹のような目付きに出会い、じっとして動かない農夫らを見、それから淋しげにほほえんだ。そして一言も発しないで、膝を屈め、人々があっと叫ぶ間もなく車の下にはいってしまった。
期待と沈黙との恐ろしい一瞬間が続いた。
マドレーヌがその恐ろしい重荷の下にほとんど腹這いになって、二度両肘と両膝とを一つ所に持ってこようとしてだめだったのが、見て取られた。人々は叫んだ。
「マドレーヌさん!出ておいでなさい!」フォーシェルバン老人自身も言った。「マドレーヌさん、およしなさい!私はどうせ死ぬ身です。この通り!私のことはかまわないで下さい!あなたまでつぶれます!」
しかし、マドレーヌは答えなかった。

そこにいる人々は息をはずました。車輪はやはり続いてめいり込んでいた。そしてもうマドレーヌが車の下から出ることはほとんど出来ないまでになった。

突然、人々の目に、その車の大きい奴が動き出し、だんだん上がってき、車輪は半ば轍から出てきた。息を切らした叫び声が聞こえた。「早く!手伝って!」マドレーヌが最後の努力をなしたのだった。

人々は突き進んだ。一人の人の献身がすべての者に力と勇気を与えた。荷馬車は多数の腕で引き上げられた。フォーシェルバン老人は救われた。

マドレーヌは立ち上がった。汗が流れていたが青い顔をしていた。服は破れ泥にまみれていた。

一同は涙を流した。その老人は彼の膝に脣をつけ、神様と呼んだ。彼は幸福な聖い苦難の言い難い表情を顔に浮かべていた、そしてジヤベールの上に静かな目付きを向けた。
ジヤベールはなお彼を見つめていた。

六    終了
 

河合師範の指導の全文を出しました

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年10月24日(月)11時11分17秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/58089
河合師範の指導  平成10年6月2日寝屋川文化会館(全文)   投稿者:太ちゃん@まとめコメント   投稿日:2016年10月14日(金)12時01分45秒

長文のため、いきなり出さず過去ログになるのを待ってましたが、過去ログになったので、予定通り全文を出しました。

よろしくお願い致します。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

、さま、その昔にも同じような琴を投稿していた方が居ます(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月24日(月)11時07分29秒
  ↓↓↓

直談判は良いのでは ?投稿者:琴の弦
?投稿日:2016年 2月 7日(日)22時18分49秒
会長はじめ最高幹部への直談判は良いと思いますが、


↑↑↑

聖教新聞社に直談判ですね(-_-)
 

寝たきりオジサン様、ありがとうございます(^○^)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年10月24日(月)11時02分23秒
  大いなる希望

未来部の時に暗唱して部員会で発表いたしました。

懐かしいです。ヽ(^○^)ノ
 

ツイッターから拾っています。庶民弾圧の魔女狩り、問答無用の処分は大聖人の仏法では御本仏への反逆。なるほど、原田会長と谷川主任副会長は大聖人仏法の反逆者

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月24日(月)10時26分52秒
編集済
  ◆宗教的権威による庶民狩り、信徒狩りがあったならば、それはもはや仏法ではない。仏法破壊であり大謗法である

◆見逃してはならないことは、この魔女狩りと言う殺人システムは、支配階級内部の権力争いや矛盾から、人々の目をそらす働きをしたということである。

◆無力な信徒を問答無用に処分するような考え方や行為は、絶対に仏教ではない。いわんや、日蓮大聖人の仏法の世界では、大慈大悲の御本仏への反逆となろう
 

ツイッターから拾っています。言葉の裏にある心根にその人の主観が入る、なるほど。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年10月24日(月)10時13分58秒
  一つのツイートでも、多角的な捉え方があるんだなとよく思います…

それは読んだその人の心根が何を主観としてるかによるんだなと

利用されることは防げないですよね

ただ、染まらず愚直に謙虚に御書と指導を学び、縁する人の仏性を信じて学会を護っていきます^_^
 

返信

 投稿者:  投稿日:2016年10月24日(月)10時10分25秒
  新聞購読者として苦情を聖教本社に直接伝えれば良い話です。
無冠様の先生の御指導。私はその類を読みたいのです。柳チャンのコラム等、どうでもよい。
 

柳チャ~ン、煽るだけの駄文は自分の地位を落とすだけだと知ろうね~

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月24日(月)09時42分9秒
  おはよう柳チャン、久しぶりに出て来たら、事実の検証ではなく、感情的に煽るだけの文章では人の心も打てないし、三流週刊誌にも劣るよ~(笑)

柳チャンは「宿坊」板を叩けば叩くほど調子がいいのは何故だろうってつぶやいているじゃな~い(笑)

なのに最近話題が違う方向なので、どうしたのかな~? って思ってたんだよ。(笑)

もしかして、調子が悪くなったから「やっぱり宿坊板を叩こう」なんて決意しちゃったのかな~(笑)

それでね柳チャン、
>「宿坊」掲示板における常軌を逸した状態<
>自身の個人的事情から問題を起こし、好き勝手に飛び跳ねる連中<

なんら具体的事実無く、ただ煽るだけの駄文はもう止めたら~(笑)


おまけにね柳チャン、
>「波田地」「田口」という過去の脱会者や除名者から見ればかなりの小物に見られる人物<

この表現もどうかな~って思うんだよ。だって柳チャンはこの二人を取材してないじゃな~い。

「取材」も「調査」もせず、何を基準に小物扱いしてんの?

まあ、万が一柳チャンが個人的に思っているだけなら、なんでその小物を執拗に取り上げてるの?

かっこよく「城者、城を破る」「獅子身中の虫」とか言ってるけどさ~。(笑)

そこに、裏のクライアントの存在が浮き出ることを知らなきゃダメだよ~(笑)


柳チャン、小物ばかり取り上げずにさ~、「一流のジャーナリスト」なんだから、例えばアンギリーアをめぐる富士美術館問題とか

某社の自販機問題とか、もっと大物を扱えば「一流」の証明になるんじゃないかな~(笑)

ガンバレ、柳チャン、(笑)

(> <部分は10月24日コラム日記より引用)
 

皮肉に聞こえる心。

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月24日(月)09時17分6秒
編集済
  カンピース様の指摘は、聖教新聞社員や体制側の方にとって痛いところを突いている。
だから皮肉に聞こえ、イライラする人もいるのでしょう。

少なくとも、2010年5月以前の聖教新聞と比較すれば、記事の内容が変わったと言わざるを得ない。
自分は2010年5月以前の聖教新聞と比較して、最近の聖教新聞は破邪顕正の「破邪」の熱が無くなったと感じます。

添付記事は一例です。
このような記事があるから、当時は安心して公明党の支援をできたのです。

今では公明党に意見すれば、査問となり処分です。
あきらかに、聖教新聞も創価学会も変わってしまいました。

あらゆる権力は必ず腐敗します。
権力の魔性と戦う破邪の一念を忘れた記事は、会員の心を動かす事はありません。

議員は必ず慢心すると、原田氏・秋谷氏が発言しているのです。
山口代表に意見して何が悪い!公明党を諫めて何が悪い!!
はっきりと、断言しておきます。

 

、さまは、聖教新聞社愛読者相談室のお方ですか?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月24日(月)08時05分29秒
編集済
  であれば、先般の後付けメッセージに関する解説を宜しくお願いします。違和感一杯でした(-_-)

今後も、このような本幹再放では、全く説明のなかった話が、聖教新聞紙面で展開されると、現場会員は混乱します。
『後から何でも有り?』と新聞報道の歪みを感じてしまいマス(-_-)
 

カンピース様

 投稿者:  投稿日:2016年10月24日(月)07時25分56秒
  皮肉しか投稿出来ないでしょうか?
改善は聖教本社に直接して下さい。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、どうして先生のメッセージを全文掲載しないのですか~?

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年10月24日(月)07時07分25秒
  おはようございます。原田怪鳥様、南開大学での池田思想国際学術シンポジウムの開催、誠におめでとうございま~す。

それにつけても、「名誉会長がメッセージ寄せる」とのことデスが、そのメッセージが掲載されないのは不思議ですね~(笑)

何はともあれ全文掲載しましょう。ヨロシクお願いしま~す。(笑)それともナニか都合が悪いことでも書いてあったんですか~?

原田怪鳥様は地域部首都圏大会に御参加されたそうですが、「原田怪鳥と共に」はいただけません。「出席」ぐらいにしておいてくださ~い(笑)

「使命の本舞台で友情の花を爛漫と咲かせよう」ってのは、年明け解散をにらんで、F取りの下準備ですか~?

ともあれ、師匠を宣揚するようでしていない、何ともおかしな政教珍聞でした~。(笑)
 

寝たきりオジサン様

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年10月24日(月)07時02分12秒
  おはようございます!


「大いなる希望」

原点です。


ありがとうございます!

きょうも自身の挑戦の一日。

師匠のお姿を脳裏に思い描いて!





 

今週のことば 2016年10月24日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年10月24日(月)06時33分12秒
  任用試験に挑む宝友へ
皆で真心のエールを!
仏法への入門は
幸福博士の大直道なり。
生命の最高峰へ共々に!
 

大いなる希望

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月24日(月)03時23分4秒
  大いなる希望
高らかな暁鐘
ニ十一世紀まであと三十年―――
その時 君たちは
人生の最も充実した年代になっている
僕はニ十一世紀を
すべて君たちに託したい
いや それは
人類 みなの心でもあろう
未来は
すべてが君たちのもの
―――それを決して忘れてはならない
広布の堂々たる歩みを思う時
昭和五十四年に
第七の鐘は ひとたび鳴り終わる
その時 君たちは
はつらつたる青年と育っていよう
次に新しい 七つの鐘を鳴らすのは
君たちしかない
そのために 勉強しよう
そのために 体を鍛えておこう
失敗もよし
苦しみも 悩みも 喜びも 希望も
すべて未来のための財産だ
どんなことがあっても
くじけてはならない
退いてはならない
蓮華は泥中より出でて花開く
栴檀も大地から生じていく
ほんとうの人材は
名もない庶民の
辛苦の青春のなかに
はぐくまれていくものだ
ああ
新しい かがやく鐘の音が聞こえてくる
君たちの
紅潮した顔 澄んだ瞳
自由奔放にふるまう姿
―――僕の胸には
ニ十一世紀の歌声がひびいてくる

大いなる希望
深き生命の絆
君たちのことを思えば
僕も さらに力強く
全生命をかけて道を拓き
舞台をつくっていかなくてはならない
君たちが
その大道を晴れがましく
胸をはって闊歩する日を
心から待っている
僕の心は
ただそれだけしかない
空には 鳥の飛ぶ道がある
海にも 魚の通る道がある
目には見えないが
重力の波は
大宇宙を貫いている
生命それ自体にも
目に見えず しかも
厳然と実在する法則があるのだ
諸君が進む大道は
たとえ誰人が見ずとも
未曾有の栄光の花道であることを
僕は確信したい
君たちよ
大木となれ
力と福運の葉を茂らせよ
勝利の花を爛漫と咲かせ
実を結べ
僕は 根っこになる
根は見えない
見えなくてもよいのだ
君たちよ
壮大な大殿堂をつくりゆけ
人類のために
未来のために
僕は喜んで その礎石となろう
君たちよ
新しい世紀の建設は
僕と君たちの共同事業だ
君たちは
必ず
僕の望みをかなえてくれるだろう
信頼のきずなをさらに深く
強く結んでいこうよ

大いなる希望
光り燦たる平和
いまなお
この地上には戦火が絶えない
民族と民族
国家と国家
思想と思想の対立は
深刻さを加えている
誰の責任でもない
みな 過去の
大人たちがもたらしたものだ
これからも いやまして
平和ヘの道はけわしいかもしれぬ
だが ひとたび
君たちが立った時には
時代の相は一変してしまう
君たちは
平和の旗手だ
逞しい担い手なのだ
世界の友だちと心を一つに
手を取りあって
どこまでも「平和」のニ字を
貫いていってくれたまえ
人間が 他の天体にまで
行ける時が来ているのに
ちっぽけな地球で
いがみ合う必要はないはずだ
人類は
みな友だちであり
兄弟でなくてはならない
全世界は
君たちが乱舞する庭なのだ
花園なのだ
大地も 大海も
ことごとく生命に満ちみち
一切をはぐくんでいく
慈愛にあふれている
そこに いったい
なんの境界線が必要か
この地球は
みんなのものだ
みんなで協力し 開発し
さらに栄えさせていかなくてはいけない
過去の悪夢を断ち切ろう
そして 心を開いて
燦たる平和の光を迎え入れよう
この時 この一瞬
刻々と
平和の殿堂が
富士のすそ野にそびえゆく
君たちの育つ姿にほほえみながら―――
そして 君たちの
その前途を祝福し たたえながら―――

(一九七〇・一・一)

池田大作全集Vol.39 p383~393

 

【保存用文証】「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月24日(月)03時17分1秒
  「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助

創価学会は、牧口初代会長、戸田第2代会長、池田第3代会長が「永遠の指導者」である。
なかんずく、今や190カ国・地域に広がる世界広宣流布の偉業は、第三代池田先生の死身弘法、不惜身命の大闘争によって打ち立てられた。
「一閻浮提広宣流布」との日蓮大聖人の仏勅は、池田先生の御出現なくしては虚妄に帰したはずである。
仏法史上、どれほどの聖業か。
それだけに、今もって本当に申しわけなく、また情けなく、悔しくてならないのは、あの昭和54年4月24日の第三代会長御勇退である。
嫉妬に狂った坊主どもの暴圧があった。
それと結託した裏切り者どもの謀略があった。
だが、その虜と成り果て、魔に食い破られ、悔やんでも悔やみきれない事態を招いてしまったのは、すべて私ども執行部の罪である。
あの時の、全国、全世界の同志の叱責! 池田先生を求める悲痛な叫び!
いったい最高幹部たちは、何をしていたのか。
戸田先生の「第三代会長を守れば、広宣流布はできる」との遺言を忘れたのか!
私は、一言もなかった。
池田先生は泰然としておられた。
「いよいよ『世界』だ。本格的に世界広布の道を開こう」
私は、あまりにも大きく、深い先生の御境涯に、ただ頭を垂れるほかなかった。
すべて池田先生に拾っていただいた私である。
戸田先生の時代以来、一から十まで、池田先生に教えていただいた。
男子部長、青年部長にもさせていただいた。会長にまでさせていただいた。
全部、池田先生のご慈悲である。
先生だけが、御書の通りの大難を受けられ、学会を守ってくださった。
先生だけが、言語に絶する迫害の矢面に立ってくださった。
池田門下として会長職を25年もやらせていただきながら、果たして自分は、何ほどのことができたのか。
まことに、ふがいなく、申しわけない限りである。
いま「5・3」を前に、改めて誓う。二度と再び、あの敗北の弟子の姿であってはならない。
畜生のごとき忘恩の輩と断じて戦う。断固、打ち倒す。
それが池田先生に限りない御恩を受けた私の報恩の道である。

(2006年(平成18年)4月11日付 聖教新聞3面)

 

【保存用文証】聖教新聞から抜粋した54年問題の真実

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年10月24日(月)03時13分17秒
編集済
  新・人間革命に残すべき真実がここにある。
以下は、昭和54年4月当時の聖教新聞から抜粋した文証です。

辞任決議に賛成した原田稔氏・秋谷栄之助氏の名前がある事実。
この事実に対し、何も言い訳はできません。

更に秋谷氏は辞任決議に対し、平成18年4月11日の聖教新聞で、信心を「魔に食い破られた」と自身と当時の執行部の罪を認め謝罪しています。

たとえ会長であろうと、信心を魔に食い破られてしまう事実がここにある。
池田先生が指導されているように、会長であろうと特別な存在ではないからです。

この事実を後世に伝えなければならない。

創価学会は池田先生が永遠の基準です。
それが出来てこそ、三代の師匠を永遠の師匠と定める事ができます。

会長を始め最高幹部が、池田先生の指導通りに指揮をとるなら問題はありません。
しかし、池田先生の指導と違う発言やふるまいをするなら、それは会員が見抜き、厳しく諫めなければいけません。
信心を魔に食い破られた会長を信用したために、会員が弟子の道を誤り、信心を狂わせ、正しい人生を歩めなくなるからです。
三代の正しい軌道に戻すのは、目覚めた弟子の使命です。

~~~~~~~~~~~~

【池田先生(第三代会長)を辞任させた事実】

①全総務の総意で名誉会長になっていただきました。
②北条会長は、池田前会長に名誉会長就任を要請したい旨提案し、全員一致で賛成。
③会則の定めるところに従って、秋谷 栄之助、和泉覚、辻武寿、青木亨、山崎尚見、上田雅一、柳原延行、和田栄一、原田稔を副会長として任命
④参詣したのは会長のほか、森田一哉理事長、和泉覚総務会議長、秋谷栄之助中央会議議長、辻武寿師範会議議長、小泉隆参事会議長、青木亨監正審査委員、中西治雄中央審査員長、それに山﨑尚見本部事務総長の各メンバー。


【54年問題(第一次宗門問題)の文証】

■聖教新聞1979-04-26掲載(昭和54年4月26日1面)「北条新会長の話」より
「また池田先生には、昨日の総務会で、全総務の総意で名誉会長になっていただきました。(拍手)」

■聖教新聞1979-04-25掲載(昭和54年4月25日)「総務会」より
さらに北条新会長は、会則の定めるところに従って、秋谷 栄之助、和泉覚、辻武寿、青木亨、山崎尚見、上田雅一、柳原延行、和田栄一、原田稔を副会長として任命した。
また、会務の執行に関する決定機関である中央会議の議長として秋谷副会長、教義研さんの機関である師範会議の議長として辻副会長、さらに中央会議員五十二人、常任中央会議員十五人の任命が発表され総務会としてもこれを了承した。
最後に北条会長は、池田前会長に名誉会長就任を要請したい旨提案し、全員一致で賛成。
これによって、創価学会は、盤石の体制と重厚な人事、そして新生の息吹をもって、二十一世紀への新たな前進を開始することとなり、記念すべき第一回臨時総務会は、午後四時、閉会した。

■聖教新聞1979-04-29掲載(昭和54年4月29日)「日達上人猊下にお目通り」より
北条浩新会長をはじめとする新体制なった学会の最高幹部は、二十八日、総本山大石寺に参詣した。
就任後初の登山となるこの日、参詣したのは会長のほか、森田一哉理事長、和泉覚総務会議長、秋谷栄之助中央会議議長、辻武寿師範会議議長、小泉隆参事会議長、青木亨監正審査委員、中西治雄中央審査員長、それに山﨑尚見本部事務総長の各メンバー。

【秋谷氏が自ら、辞任決議を謝罪した文証】

■聖教新聞2006-4-11日掲載(平成18年4月11日3面)
「五月三日へ私の誓い」会長 秋谷栄之助

今もって本当に申しわけなく、また情けなく、悔しくてならないのは、あの昭和54年4月24日の第三代会長御勇退である。
嫉妬に狂った坊主どもの暴圧があった。
それと結託した裏切り者どもの謀略があった。
だが、その虜と成り果て、魔に食い破られ、悔やんでも悔やみきれない事態を招いてしまったのは、すべて私ども執行部の罪である。
(全文)http://6027.teacup.com/situation/bbs/58665

~~~~~~~~~~~~

■【54年問題の事実】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15185
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15186
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15187
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15188

■4・24を前に【正義の揮毫】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/43124

■4・24を前に【共戦の揮毫】
http://6027.teacup.com/situation/bbs/42675

■【2006年11月22日全国合同協議会】
(全文)http://6027.teacup.com/situation/bbs/29864

・もしも将来、原理原則を踏み外すような幹部が現れたならば、断じて許してはいけない。
異体同心の革命児の弟子たちが、猛然と戦い抜いて、三代の正しい軌道へと戻していくのだ。

・幹部が役職を笠に着て、威張る。大変なことは人にやらせて、自分は楽をする。そんな権威主義の学会になってしまったら、大変だ。一生懸命に戦ってくださる学会員に申し訳がない。
たとえ、会長であっても、特別な存在ではないのだ。
民衆の真っただ中で広布に戦う人が一番偉い。
広布のため、同志のため、だれよりも真剣に祈り、戦う人が会長なのである。
その意味で、全員が会長の自覚で進んでいけばいい。

・そして、広宣流布の敵とは、外だけにいるのではない。
いかなる組織も、大きくなり、根幹の精神を忘れると、いつしか、冷たい官僚主義、事なかれ主義がはびこっていく。要領よく、戦っている格好だけ見せる。派閥をつくって気に入らない人間をいじめる。陰でこそこそ悪事を働く ―― そういう人間が、のさばりだすものである。
少しでもこうした兆候があれば、それは、広布を破壊する魔の働きであると、鋭く見破っていかなければならない。幹部になるほど、十分に戒めていくべきである。


 

輪転機貸して

 投稿者:窮状辞任させられた元?長  投稿日:2016年10月24日(月)01時52分30秒
  信濃町の人々様から
我が家のコピー機が悲鳴をあびています。
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年10月23日(日)23時39分50秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年10月23日(日)22時54分56秒
  開始となります。参加は自由です。よろしくお願い致します。
 

台湾(2025年に原発ゼロ)再生エネで代替 閣議決定

 投稿者:桃太郎  投稿日:2016年10月23日(日)22時31分51秒
  与党公明党はこの報道をどのような気持ちで見ているのでしょう?

http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1061927148.html

 

天然水さんへ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年10月23日(日)22時25分47秒
  「ただ心こそ大切なれ」(1192p)
ゾーン幹部にダメ出しされたとしても、みんなで作る部活の場でゴミ拾いの案が
出たということが大切なのです。皆で共有したその心こそが天然水さんの一生の
宝となって今も輝いているのです。

幹部の横暴も、公明党の変節も、おかしなことはおかしいと疑問を持ち続けたから
長いものに巻かれずに自立した信心を今日ここまで貫いてこれたじゃないですか。
こんな素晴らしいことはありません。
ルネサンスの精神が今も天然水さんに息づいているんです。
 

英国、EU離脱に関する連載

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月23日(日)22時20分32秒
  聖教日曜版に連載が続いていますが、世法の日刊紙ならいざ知らず、なぜ創価学会の機関紙たる聖教新聞が紙幅をわざわざ割かなければいけないのかが疑問ですね。内容も、世法の日刊紙の方が断然に濃い。  

本日の創価大学スクーリング写真の高齢者が多いことに残念!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)21時45分46秒
編集済
  お金有って、時間も有る高齢者ばかりが集う創価大学通信教育部であったなら、未来は絶望的ですよ。どうなってるの?

私の長男は、新聞奨学生やコンビニバイト、様々な苦労をして自活して通信教育部を卒業しています。その通教の実態もよく聞いています。青年部(大学を目指す者)が集う通信教育部に方向転換して下さい。そうしないと、余裕有る高齢者ばかりが集う創価大学通信教育部になってしまいます。うちの女房殿も通信教育部を出ているので、時代隔世の感があると言ってました。大学に行きたくても行けなかった者とか、高校出ていないけれども大学に行きたいと言う者のために通信教育部を創立者の池田先生が作って下さったと聞いていましたが(-_-)

既に大学も短大も出ているのに、再び通信教育部に在籍して勉強することに異議は有りません。しかし、この方々の中には、悪質な方も居り組織活動(特に現場家庭訪問などの地味な)を放り出す理由にしている方もいます(-_-)
 

現場組織は、会う事が基本です!!電話・メールしてどうするの?

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)21時20分34秒
編集済
  ???一回でどうするの?何度でも、何回でもやるんですよ。そんな簡単に友情・信頼・安心・希望など築けません。何度でも何十回も無駄足踏みながら、やっと会えるんでしょ。
選挙じゃないんだから、地元組織は題目唱えて会って、青年セミナーのパンフレット持ってお誘いするのが基本でしょう。時間あれば『勤行してみましょうか?』とか信心の基本を踏襲するのが当たり前ではないですか?

一人で勤行できないとか題目唱えられないなどの悩みが結構現場では有ります。時間有るのであれば、家庭訪問して雑談でも題目唱えられないとか、話しを聞き出す事が基本ではないですかね。

活動家が、電話かけまくっても、顔も見えない状態で、あまり良い結果は出ないと思います。

今般のところは、何処の指導集から引用されましたでしょうか?

↓↓↓
 

わが友に贈る 2016年10月23日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年10月23日(日)21時17分33秒
  一本の電話。一回の対話。
その励ましの一言が
友情と信頼を深め
安心と希望を広げる。
勇気と声で心を結べ!
 

全集未収録スピーチ

 投稿者:無冠  投稿日:2016年10月23日(日)20時01分32秒
  全集未収録の特別文化講座『創立者 ダンテを語る』を掲示します。

2008-4-23 創価学園 特別文化講座『創立者 ダンテを語る』①

徹してこそ才能は花開く
難解な書物にも挑戦した若きダンテ
良書との出会いが人生を変える

  一、若き日、私は、「四月」と題して、青春の躍動しゆく心を歌いました。

 四月 花は 咲き乱れぬ そして 風と共に 散りゆきぬ
  四月 若人の 心の花よ 咲き香れ 若人の 前進の歌も 舞いゆかん
 四月 青春の月 若人の月
 四月 青年の月 人生謳歌の月
 四月 ホイットマンも ゲーテも ミルトンも ダンテも
 みな 心より歌い 戦い 悩み 進みしは この四月
 ボンジョルノ!(イタリア語で、「こんにちは!」)
 新しい出発の月、4月に寄せて、創立者の私から皆さん方に真心からの贈り物があります。
 それは、皆さん方と語り合いたいと思って準備を進めてきた、第1回の創価学園「特別文化講座」の原稿です。
 本当は、ゆっくりと時間をとって、学園で講座を進めたいと願ってきたのですが、世界からの来客等が続いており、なかなか日程がとれません。
 そこで、新入生の皆さん方への歓迎の意義も込めて、発表させていただきます。
 第1回の「特別文化講座」のテーマに選んだのは、私が、皆さん方と同じ10代のころから愛読してきた、イタリアの大詩人ダンテ・アリギエリです。

 ● 真の幸福とは?
 一、わが創価学園は、昨秋で創立40周年──。
 これまで、私が妻とともに、来る日も来る日も、祈り続けてきたことがあります。
 それは、「わが学園生よ、一人ももれなく、幸福の人生を!」「正義の人生を!」、そして「勝利の人生を!」ということです。
 それでは、真の「幸福」とは、何か?
 真の「正義」とは、何か?
 そして、真の「勝利」とは、何か?
 ダンテの生涯と文学は、このことを問いかけている。人間にとって、一番大事なことを教えてくれています。
 その意味で、私は、ダンテを通して、皆さんに語りたい。
 また卒業した同窓生の方々はもちろん、ともに未来を生きゆく、すべての中学生、高校生の皆さん、さらに後継の使命も深き、すべての男女青年の皆さん方のために語り残しておきたいのです。
 さあ、新緑光るフィレンツェの公園のベンチに座って、滔々と流れるアルノ川を見つめながら、ゆったりと懇談するような気持ちで、この講座を進めていきましょう!
ダンテは自分に襲いかかった過酷な「運命」を人類のための「価値創造」に変えた人なのです

 ● トインビー博士が敬愛した作家
 一、かつて私は、20世紀を代表するイギリスの大歴史学者トインビー博士と、さまざまなことを語り合いました。
 2年越し、40時間にわたる対話です。
 「教育論」についても語り合いましたが、博士は、創価教育に対して、大きな期待を寄せてくださいました。
 そして、「文学論」がテーマになった折に、私が「好きな作家は誰ですか?」と尋ねると、トインビー博士が即座に名前を挙げられた人物がいます。
 その人こそ、ダンテでありました。
 それは、なぜでしょうか?
 ダンテが、自らの大きな苦難や不幸に断じて負けなかったからです。
 そして、その苦しみや悲しみを、世界の多くの人々の喜びや幸せへと転換していったからです。
 そうです。ダンテは、自分に襲いかかった過酷な「運命」を、人類のための「価値創造」、すなわち「創価」の「使命」へと変えた人なのです。

 ● 不屈の人の顔
 一、ダンテは、1265年の5月から6月ころ、イタリアの"花の都"フィレンツェの貧しい貴族の子弟として生まれました。
 家が貧しいということは、少しも恥ずかしいことではない。むしろ、恵まれない環境の中から、偉大な力ある人間が育っていくものです。
 ダンテが誕生した家は、復元されて、今に伝えられております。
 私も、27年前(1981年)の陽光まばゆい6月、その生家を青年たちと一緒に訪れました。
 石造りで、繁華街の一角にひっそりと立っていました。外壁には、厳しい表情を浮かべたダンテの胸像が埋め込まれております。
 ダンテの顔は、「終生不屈の闘争をなせる人の顔」(カーライル著老田三郎訳『英雄崇拝諭』岩波文庫)と言われます。
 人生は、すべて戦いです。なかんずく、正しい人生であればあるほど、激しい戦いの連続である。その使命の闘争を、最後の最後まで貫けるかどうか。ここに、人間としての勝負がある。
 わが創価学園の「学園魂」とは、不屈の「負けじ魂」です。
 皆さん方の先輩も、この負けじ魂で、戦い、勝ち抜いています。
 私は、ダンテも歩んだであろう、フィレンツェの細い路地の石畳を踏みしめながら、イタリアの青年たちとともに、大詩人の激闘の導き生涯に思いをはせました。

 学園の 負けじ魂 一生涯  無数の花びら 君の生命に

 ● 伊(イタリー)で『神曲』の朗読会に喝采
 一、フィレンツェには、創価の友が喜々として集い合う、歴史と文化薫る「イタリア文化会館」があります。私も訪れました。国の重要文化財にも指定されている良緒ある建物です。
 ここには、1865年の"ダンテ生誕600年祭"に、フィレンツェ市庁舎に掲げられた「各都市の紋章」の記録をはじめ、600年祭に関する貴重な費料が保管されています。

 一、フィレンツェのあるレストランで、友人たちと語り合った時のことです。その建物の壁を指さして、「ここにもダンテの『神曲』の一節が刻まれています」と友が教えてくれました。
 ダンテが残した希望の言葉、鋭い警世の言々句々は、時代を超えて、今でも人々を照らしています。
 とりわけ、最近、「ダンテ・ブーム」ともいえる現象が、イタリアで起きているようです。有名な俳優が連続して開催した『神曲』の朗読会には、毎回、5000人もの聴衆が集まりました。
 この模様は国営テレビでも放映され、イタリアの総人口約5900万人のうち、実に1000万人以上が見たといいますから、すごいことです。
 さらに『神曲』の朗読を収めたDVDも、新たに制作されたそうです。
 約750年前の人物の作品に、21世紀を生きる人々が喝采を送る。
 ダンテの作品には、現代が渇望する深い精神性とメッセージが込められているのです。

一筋のこの道を進もう
正しし人生を!!負けない青春を!
 愛する人を失いダンテは悩んだ

 ● 皆さんの勝利が父母の勝利に
 一、それでは、ダンテが直面した苦難について、具体的に考えていきたいと思います。
 ダンテは、少年時代に、最愛の存在を相次いで失うという深い悲しみを経験しています。
 ダンテがまだ5歳のころに、母が亡くなりました。さらに、母親の代わりに自分を育ててくれた祖母も、そして父まで失ったのです。
 また、理想の女性として慕っていた、ベアトリーチェも20代の若さで世を去りました。
 若き日から試練多き人生を生き抜いたダンテら偉人の姿を通して、文豪ヴィクトル・ユゴーは明言しております。
 「大きな樅は、唯だ嵐の強い場所にばかり成長する」(榎本秋村訳『ユウゴオ論説集』春秋社書店)
 その通りです。嵐を勝ち越えてこそ、大樹と育つことができる。これが万物を貫く法則です。

 一、わが学園生にも、最愛の父や母を亡くした人がいます。
 私も、そうした学園生に出会うたび、全力で励まし、ご両親に代わって見守り続けています。
 8年前、卒業を間近に控えた関西創価学園の友と兵庫でお会いしました。
 私は、「お父さんがいない人?」、そして、「お母さんが亡くなった人?」と尋ねました。
 手を挙げた人に、妻が用意した“お菓子のレイ(首飾り)”を差し上げました。
 その時、2度とも手を挙げた高校3年の女子生徒がいました。彼女は、中学2年の時に、お父さんもお母さんも交通事故で失っていたのです。私もよく知っている、素晴らしいご両親でした。
 二つのレイを首に掛けて、美しい笑顔の乙女。ともに卒業していく同級生たちから、大きな大きな拍手が沸きました。すべてを分かり合っている同級生たちは皆、彼女の“心の応援団”です。
 彼女は、ポケットに両親の写真を入れて、学園生活を頑張りました。おばあちゃんが懸命に面倒をみてくれました。
 彼女のお姉さんと妹さんも、関西創価学園生です。3姉妹とも、立派な後継の人材として、後撃たちの希望の太陽となって、使命の道を歩んでいます。
 私は本当にうれしい。
 「最も深い悲しみ」を乗り越えた人は、若くして「最も深い哲学」をつかんだ人です。
 生命の尊さを知り、人生の意義を思索し、人の心を思いやれる、優しく、深く、そして強い人間に成長できる。
 目には見えなくとも、生命は、生死を超えて結ばれております。亡きお父さんや、お母さんは、わが生命に生きている。一体不二である。
 それを自覚すれば、何倍も大きく豊かな力を出して、この人生を生き抜いていくことができる。
 そして皆さん方が勝つことが、お父さん、お母さんの勝利です。
 皆さん方が幸福になることが、父母の幸福であり、栄光なのです。
 ダンテも、悲観や感傷などに決して負けませんでした。
 すべてをバネにして、雄々しく勉学に挑戦し、何ものにも揺るがぬ自分自身を築き上げていったのです。

 学園は  意義ある青春  親孝行

 ● 朝、早く起きるのも戦いだ
 一、ちょうど30年前の昭和53年(1978年)4月、私は、関西創価学園の友に、「この道」の詩を贈りました。
 関西創価学園に向かう「一本の道」。
 四季折々に美しく、田園が広がり、葡萄や梨が実る、豊かな自然の中の通学路。
 そこを、はつらつと登校してくる学園生の姿を見て綴った詩でした。



 この道よ この一筋の この道 ああ 交野の路よ

 君よ 昇りゆく 朝日につつまれて
 いついつも あゆみし この道を 忘れまじ

 青春の あの日 この日を
 乙女の語らいし ああ 交野の路

 この時、私は、6期生として入学したばかりの学園生に語りました。
 「今なすべきことは、一生懸命学園生として勉強することです」
 「一番大事な人生の総仕上げの時に勝てる基盤を、今、作っているのです」と。
 そして午後には、自転車に乗って、この一本道を皆で散策しました。
 春光の降り注ぐ中、帰宅途中の学園生と楽しく語り合ったことは忘れ得ぬ思い出です。
 多くの卒業生が、この「一筋の道」を立派に歩み通し、「正しい人生」を、「負けない青春」を朗らかに生き抜いています。
 皆さんも堂々と続いていっていただきたい。
 もちろん、楽しい時ばかりではないでしょう。学校に行くのがつらい時も、あるかもしれない。苦しくて、泣きたくて、道を行く足が、鉛のように感じられる時だって、あるかもしれない。
 また、毎日1時間、2時間と、長い道のりを通学している人もいる。本当に大変だ。
 しかし、朝、早く起きるのも戦いです。雨や雪の中、学校に通うのも戦いです。
 一つ一つが、価値ある人生、勝利の人生を築くための挑戦なのです。
 自ら誓った「使命の道」「勉学の道」。友と励まし進む「友情の道」。この道を歩み抜いていく人は幸福です。
 〈「この道」の詩は、創立者が2000年に、2番、3番を詠み贈った。この折、1番の「乙女の語らいし」が「わが友と語らいし」に改められた〉

 ● 古典は人類の宝
 一、ダンテは振り返っています。
 「私は幼少時代よりして真理に対する愛に絶えず養われた」(中山昌樹訳『ダンテ全集第7巻』日本図書センター。現代表記に改めた)
 真理を求めて、学びに学び抜いてきた誇りが伝わってきます。
 その向学と探究の精神は、学園の校訓の第1項目、すなわち「真理を求め、価値を創造する、英知と情熱の人たれ」にも通じます。
 では、ダンテの青春と学問は、どのようなものであったのでしょうか。
 当時は、今のような印刷機がなかったため、書物は極めて貴重なものでした。一冊一冊、人間が手で書き写したのです。紙も非常に高価なものであった。
 本一冊を買うために、葡萄畑を売ったという話さえあります。
 本は、「宝」です。古典の名作は、人類が力を合わせて護り伝えてきた「財宝」なのです。
 皆さんは、低俗な悪書など断じて退けて、優れた古典を読んでもらいたい。
 本を読み抜くことが、すべての学問の土台です。若きダンテは、徹して「良書」に挑戦します。
 何ごとであれ、「徹する」ということが、人間として一番強い。勉強でも、スポーツでも、芸術でも、徹し抜いてこそ、才能は花開くのです。

 ● 初めは難解でも
 一、とりわけ、ダンテは「死」という人生の根本問題に直面した青年時代、哲学書を読むことに没頭しました。
 なぜ、人は苦しみ、悩み、そして死ぬのか。
 何のために、人は生きるのか。
 この人生を、どう生きれはよいのか──。
 人間の根幹となる問いかけを持ち、その答えを、人類の「精神の遺産」である哲学や文学に求めていったのです。
 ダンテ青年は、“古代ローマの光り輝く英知”である、大詩人ウェルギリウス、雄弁家として名高い哲学者キケロ、政治指導者で哲学者のボエティウスなどの名作を、次々と読破していったといわれています。
 なかでも、ウェルギリウスの詩集について、ダンテは後に『神曲』で、感謝を込めて綴っています。
 「長い間ひたすら深い愛情をかたむけて/あなたの詩集をひもといた」「私がほまれとする美しい文体は/余人ならぬあなたから学ばせていただきました」(平川弘訳、河出書房新社)
 一冊の良書との出あいは、人生を大きく開く力があるのです。
 とはいえ、秀才ダンテといえども、最初から、すべてを簡単に理解できたわけではなかった。
 ダンテは、キケロやボエティウスの著作を読んだ時、初めは意味を理解することが難しかったと正直に述べています。
 真剣に学んでいる人は、知ったかぶりはしない。謙虚です。誠実です。そして、知らないこと、分からないことを、貪欲なまでに探究し、理解し、吸収して、自分の心の世界を広げていこうとするのです。
 私が対談してきた知性の方々も、皆、そうでした。
 一、思えば、私も10代のころに、ダンテの傑作『神曲』を読んだが、本当に難しかった。とくに当時は、翻訳の文体も難解でした。
 しかし、何としても理解したいと、何度も何度も読み返した。そうやって、最高峰の文学を自分の血肉としてきました。
 あの残酷な太平洋戦争が終わった翌月、私は向学心に燃えて、夜間の学校(東洋商業)に通い、学び始めました。
 たしか、そのころの教材にも、ダンテの『神曲』が綴られていました。

 若き日に 難解の神曲  あこがれて 読みたる努力が 桂冠詩人に

 どうか、わが学園生は、人類の英知が結晶した「良書」に挑んで、壮大な心の旅を繰り広げながら、旭日のごとく冴えわたる頭脳を磨き上げていってください。


最先端のボローニャ大学で学んだダンテ
わが頭脳は宇宙大
「努力! 努力!!」で限界を破れ

 学園生  世界に雄飛を  君と僕

  一、トインビー博士は歴史の現場に立つことを心がけ、世界中を旅されました。私は、その博士に「最も理想的な都市」を尋ねてみました。
 博士の答えは、イタリアの学都「ボローニャ」でした。
 ボローニャ市は、中世の面影を残す、落ち着いた学園都市です。
 現在も、人口約40万人のうち、10万人が学生といいます。ここが、ダンテの向学の青春の舞台となりました。


 ● 「あと5分」「あと10分」の挑戦を
 一、ダンテは、労苦を惜しまず、学びました。
 「われ若し片足を墓に入れをるとも、われは学ばんことを欲するだろう」(中山昌樹訳『ダンテ全集第9巻』日本図書センター。現代表記に改めた)
 この古代ローマの哲人の言葉を、ダンテは著作に書き留めています。
 大事なことは、どこまでも粘り強く、「努力! 努力!」で、自身の限界を一つ一つ打ち破っていくことです。
 「疲れた! もうやめよう」──そう思ってから、「あと5分」「あと10分」勉強を頑張れるか。「あと1ページ」教科書に挑めるか。
 こうした毎日の挑戦の繰り返しが、大きな力となっていくのです。

 一、「学ばずは卑し」
 「学は光、無学は闇」
 「英知をみがくは 何のため」
 これが、「創価教育の父」牧口常三郎先生から一貫して流れ通う、創価の探究の精神です。
 ダンテは勇んで学ぼうと、20歳のころから約2年間、ボローニャ大学で勉学に励みました。
 ボローニャ大学の創立は、1088年と伝えられている。実に、920年の伝統です。誉れ高き世界最古の総合大学であり、「母なる大学」と讃えられております。
 ダンテが活躍した13世紀には、すでに最先端の学問が脈動する「英知の城」として発展を遂げていたのです。

 ● ここにも友が!
 一、1994年の6月、私は、皆さん方の創立者として、このボローニャ大学から、名誉博士号をお受けしました。
 そして、400年の歴史を湛えた大講堂で「レオナルドの眼と人類の議会──国連の未来についての考察」と題して、記念の講演を行いました。
 〈創立者が、これまでに受章した世界の大学・研究機開からの名誉学術称号は「234」。海外の大学・学術機関での講演は32回を数える〉
 ここイタリアの天地でも、学園1期の先輩をはじめ、懐かしい創価同窓生が頑張ってくれていました。
 当時、ボローニャ大学には、東京校15期の友が留学していました。
 彼は創価大学時代に、イタリア政府の国費留学を勝ち取り、私の大学講演にも駆けつけてくれました。
 わが学園生とともに、私は「世界一」の大学で講演に臨んだのです。
 東京創価小学校出身で創価女子短期大学6期の友は、ミラノ大学法学部に入学。苦闘を経て、見事に大学を卒業。修士号も取得しました。
 芸術家を志していた関西校3期の友は、現在、新進気鋭の画家としてイタリアで活躍しています。
 しかし、順調に進んだ人なんて、一人もいません。皆、人知れぬ苦労を乗り越えて、自らの夢を実現してきたのです。
 お金もない中、アルバイトをしながら、勉強をやり抜いてきたのです。
 学園時代の「誓い」を果たすために!
 後に続く、後輩たちの道を開くために!
 今、全世界で、わが学園出身者が活躍する時代に入りました。創立者にとって、これほど、うれしいことはありません。
 ボローニャ大学の講演を、私はダンテの『神曲』の一節で結びました。
 「恐れるな」
 「安心するがよい。/私たちはだいぶ先まできたのだ、ひるまずに、/あらゆる勇気をふるい起こすのだ」(野上素一訳『筑摩世界文学大系11ダンテ』筑摩書房)

 ● この言葉を、すべての同窓の友に捧げたい。
 一、世界に開かれた創価大学は、ボローニャ大学とも教育交流を行っています。
 毎年、創大生がボローニャ大学に留学しています。ボローニャ大学から創大へお迎えした留学生も、創価学園を訪問し、友情を結んできました。
 ボローニャ大学には」ダンテの胸像が置かれていました。そこには、彼が学んだ「1287」という年が刻まれていたことも思い出されます。
 ダンテは、ここで、弁論術や哲学をはじめ、天文学や医学などの高度な科学知識を学んだとされます。
 その成果は、『神曲』にも存分に反映されています。
 『神曲』には、古代ギリシャ、古代ローマの名著、さらにアラビアから伝わった最新の自然科学などから学んだ、膨大で多様な知識が網羅されており、当時における「百科全書」とさえ言われているのです。

 ● 「慣性の法則」が『神曲』の中に
 一、わが東京校、わが関西校をともに訪問した、ブラジルを代表する天文学者モウラン博士と私との対談でも、二人に共通する若き日からの愛読書であった『神曲』が話題となりました。
 モウラン博士は語っておられました。
 「ダンテの『神曲』については、私自身、今も研究を続けています。
 『神曲』は、13世紀から14世紀のイタリアに豊富な天文学の知識があったことを示しています」
 幅の広い、そして奥の深いダンテの学識は、今なお多くの研究者から感嘆されております。
 3年ほど前にも、イタリアの研究者が、ダンテの先見性について、イギリスの科学誌「ネイチャー」に発表し、世界的に話題を呼びました。
 近代科学の父ガリレオ・ガリレイの約300年も前に、ダンテが力学の「慣性の法則」の基本原理を理解し、『神曲』に綴っていたというのです。
 それは『神曲』で、ダンテとその師匠が、怪物の背中に乗って空を飛ぶ場面です。
 そこでは、こう表現されています。

語学の翼で世界に羽ばたけ

 「彼(=怪物)はゆっくり泳ぎながら進み/廻転しながら降りて行ったが、下から私の顔に/吹きつける風によらねばそれを感じなかった」(前掲野上訳)
 怪物が一走の速度で飛んでいたために、顔に風が当たらなければ、自分が動いているのが分からなかった。ダンテは、そう記しているのだ──研究者は、こうとらえて、目を見張りました。
 「慣性の法則」によれば、動いている物体には、同じ速度で動き続けようとする性質があります。
 例えば、高速で飛ぶ飛行機の中で人間がジャンプしても、また同じ所に着地します。飛行機の中にいるとあまり感じませんが、人間も、飛行機と同じ猛スピードで動き続けているからです。
 この「慣性の法則」を、ガリレオが17世紀前半に発表する前に、ダンテが鋭い直観で把握し、描き出していたと指摘されているのです。

 一、ともあれ、若き皆さんは「学ぶことは青春の特権なり」と心を定めて、進取の気性で知識を吸収し、時代の最先端を進んでいぶてください。今は、あまり身近に感じられない勉強も、真剣に学んでおけば、絶対に無駄にはなりません。
 学んだ分だけ、皆さん方の脳という"宇宙"に、新しい"星"が誕生するようなものです。その積み重ねによって、頭脳は、壮麗な銀河の如く光を放ち始めるのです。
 わが学園生は、日本を代表して「国際化学オリンピック」「国際哲学オリンピアード」などにも出場し、世界最高峰の水準で探究を広げている。
 歴史を振り返ると、多くの独創的な発見が、若い、みずみずしい頭脳によって、成し遂げられてきました。
 皆さん方の頭脳こそ、未来の希望です。どうか、胸を張って、世界と対話しながら、人類の新しい知性と創造の道を切り開いていっていただきたいのです。
 名作『赤毛のアン』で知られるカナダの作家モンゴメリは、学び求める青春の息吹を、こう歌い上げております。
 「私の前には、これから出会い、学びゆく広大な世界が広がっているのだ。
 そう気づいた時、私は歓喜に震えた。未来は私のものだ」

②に続く
 

11月18日創価学会創立記念日本部幹部会開催!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年10月23日(日)19時23分48秒
  11月10日から本幹再放と言う事で、本日昼間の座談会で発表がありました。めでたし、めでたし\(^o^)/

と言う事は、11月初旬には何処かで開催ですね。シン・ご本尊様発表は、やっぱし、その後の11・17クーデター記念日辺りに、コッソリやるのでしようかね?

来月は、落胆するようなヘンテコな式次第ではなく、また後付け弁解するような聖教掲載にならないよう、創価村貴族社会面々の方々、宜しくご配慮方々、謹んでお願い申し上げ奉ります。

こんな感じで、当板の品位ある言論の場を汚すことの無いよう、私も反板様方々にご配慮申し上げて、憶測・妄想の類いも大いに盛り上げながら、便所の落書きと便所虫様の認定に基づき、どんどんと投稿させて頂きます。

なんと言っても、これはネット社会の掲示板ですね。ご理解・ご協力、そしてすぐに本気になって、怒り狂ったような投稿を多重ハンドルネームで投稿抗議は、されませんようお願い致します。

学会活動の主戦場は、現場組織です。私は、無冠様のスピーチ投稿のみを現場組織にて役立たせて頂いております。後は参照程度です。
 

歴代会長の御指導を歴史的に相対化する...

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年10月23日(日)18時31分41秒
  日寛教学を基礎に置くべし、とした戸田城聖2代会長、それを継承した3代会長、池田大作先生の教えを歴史的な制約下にある産物として相対化する試みが聖教関係で進められていると聞きます。文底秘沈の三重秘伝も"去年の暦"として葬り去られるのかもしれません。ことほど左様に教学は過渡期、転換期にあるようです。われわれは風見鶏の信心、長いモノに巻かれる信心で、賢明に対処をしていきましょう。
 

折伏のエピソード

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年10月23日(日)15時55分57秒
  平成14年3月1日

香里園常勝圏の副圏長・宮武さんは、枚方市の
工業団地の理事長をしておられます。
この度、同じ工業団地で社長をしている
向井さんを2月3日、折伏されました。

向井さんは、北大阪商工会議所の常任議員や
枚方市工業会の会長を歴任された名士です。
向井さんとは、同じ工業団地で30年来の付き合い。

今まで仏法対話をしても「学会は大嫌い」と
まったく話にならず。カチカチの自民
党の支援者でした。数年前、本人が病気をされ、
専務の横領も分かり、会社が傾いてき
たのです。

75歳で跡取りもいず、会社を再建しようと
思っても、気力が衰えておられた。
宮武さんは、何度も何度も、会社を訪れては、
聖教の切り抜きなどを渡して対話。座談会にも
出席してもらったが、入会するとなると二の足を
踏む状態が続いていた。

本年に入って、何としても折伏をと思い、1月の
本部幹部会同中に誘ったところ、素直に参加された。
そのなかで、池田先生の話に大感激。
「池田先生は、本当にすごい人や」

「元気がなくてはいけない。気力、忍耐がないと
いけない」と言う話に、「本当に元気さが大切や
と気づかされた」と。また、池田先生の一言一言を
真剣に聞き入る若い人達。

「先生が、男子部頼むよ」と言われると、間髪入れずに、
青年が返事をし、手を挙げる。「世間では、あのように
通じない。青年の顔が輝いている。規律がいい」と
感想を語り、入会を決意された。

また、寝屋川文化会館に参加していた学会員の姿にも感動。
「子供や若い人からお年寄りまで、みんなが一体となって
いる。すごいことだ」「会合の途中で、前へ詰めて
くださいと役員から言われて、皆さんがいやな顔一つせず、
前へ詰められる。

今まで、色んな集まりをやり、見てきたが、こんな世界は
ない」などなど、一つ一つが新鮮な驚きだったようです。
1月19日のセミナーには、「俺が信心するから、お前も
信心しろ」と友人を誘って参加されました。

さらに、1月31日の新会員の集いにも、友人を連れて参加。
そして、2月3日の御本尊授与の前に、謗法払いをすること
になり、宮武さんが「私がお手伝いしましょうか」と言うと、
「いいや、大丈夫」と向井さんは自信たっぷり。

向井さんは枚方市の古くからの地域の名士で、浄土宗でした。
謗法払いをどうするかと聞くと、坊主を呼んで“性根抜き”
をやってもらうという。

坊主に来てもらったら元に戻ってしまうのでは、と宮武
さんは気が気でなかったが、向井さんが大丈夫と太鼓判
を押すので、任せるしかなかった。

当日、午後3時の授与に向井さんが来るのか心配だったが、
向井さんは喜び勇んで参加。本部幹部会の同中を聞いて、
さらに池田先生への思いを深くされた。

謗法払いの話を聞くと、坊主に本尊の“性根抜き”を
やってもらい、仏壇は業者を呼んで持って帰ってもらった
とのこと。御本尊授与式では、向井さんが突然立って、
自分がどうして入会にいたったか、そしてこれから勇気を
もって頑張っていくことを5分間に渡って決意発表され、

参加していた地区の人もびっくり。導師も「こんな人は
はじめて」と驚いていた。
そして、数多くの地区の人が「向井さん、おめでとう」と
声を掛けてくれる。向井さんは、「はじめてあった人に
こうして温かい声を掛けてくれる学会はすごい。

自分が苦境にあったとき、世間は声もかけてくれず冷た
かった。学会は本当に温かいところだ」と感激されていた。
 

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