渡辺修(俳優・演出:けさらんぱさらん商会)
流山児事務所のOKINAWA1972@Space早稲田初日へ。
沖縄返還の年1972年。沖縄返還をめぐる佐藤栄作と若泉敬による秘密交渉と、返還に伴い沖縄進出を狙う本土のやくざ組織に対抗するために70年に結成された沖縄連合旭琉会の内部分裂の物語を往還させながら、芝居は進行する。
沖縄のやくざの話というと、僕などは深作欣二監督の『博徒外人部隊』中島貞夫監督の『沖縄やくざ戦争』を思い出す。特に、『沖縄やくざ戦争』はこの芝居で描かれていることと同じ事実に基づいている。
芝居でも『ミンタミー』や『スター』と呼ばれた新城喜史・又吉世喜 も主要人物として登場しているし、旭琉会から離脱した上原組の組員が内ゲバのリンチで性器を潰されたエピソードも出てきて、返還に伴う利権に群がって進出してくる本土の勢力に対抗するべく結成された沖縄やくざ結束が、色々な思惑から四部五裂していく様を通して、「沖縄」が、本土(ヤマトンチュー)の政治的、経済的侵略によってバラバラに分断され犯されていくさまを描いている。
狭いSPACE早稲田の劇場スペースをフル活用して、ある時は佐藤と特使(若泉)との密談の場であったり、争いの元となるクラブになったりと目まぐるしい場面転換もスピーディーに処理し、熱い魂のこもった芝居が展開する。出演者すべてが水を得た魚のように、疾走し暴れまわる。それぞれの役者たちが、与えられたキャラクターを丁寧に、生き生きと自信をもって演じて、1時間50分があっという間。男芝居だが、女性たちの物語も夫々印象深く話に深みを与えている。
因みに、脚本家の笠原和夫さんも、その昔旭琉会理事の新城喜史の生涯をモデルにした『沖縄進撃作戦』を執筆したが、彼は新城の敵役として宜保俊夫をモデルにした任侠右翼を登場させている。
宜保俊夫は、2005年に死去するが、東声会町井久之と関係が深く、琉球映画貿易の社長を長くやり、沖縄における東映系の映画の配給元だった。『博徒外人部隊』は返還前の沖縄に長期ロケを敢行していて、琉球映画貿易も撮影協力している。返還前の沖縄に自分たちが伸し上がっていった終戦直後の混沌を求めて進出を目論む負け組やくざの話が『博徒外人部隊』だった。
またベトナム戦争の出撃基地化していた当時の沖縄では、反米・反基地闘争が激化しており、宜保はこうした動きに対抗するため、児玉誉士夫の指示で町井と縁組を行い、東声会沖縄支部を設立した。町井が66年9月に、東声会を解散させ、東亜友愛事業組合を結成すると、宜保も同組合の沖縄支部長となった。離脱した上原組組長は東亜友愛事業組合を通じて、本土の組織と結びつこうと画策するなどしている。
笠原さんはその著書で、宜保の背後に、沖縄の反共基地化を目指す、元首相の岸信介や韓国大統領の朴正熙らの存在があったと語っている。『沖縄進撃作戦』は、東映会長の岡田茂と宜保の反対とによって映画化は見送られた。
76年、笠原さんのシナリオを改編して『沖縄やくざ戦争』が制作された。いろんな事を、思い起こさせられた久しぶりのワクワク芝居だった。