去年4月に転職→約1ヶ月で退職→以降ほぼニート
のような生活を経て、今年4月に再び働くようになったんですが、
社会復帰してしみじみと思ったのは
コミュニケーション能力っつーのは、使わないと退化するんだなー
ってことでした。
いやもうびっくりしたんですよ。
こんなにも退化するものなのかと。
しょうもないところから挙げると、単純に、
やたら噛む。
甘噛みレベルじゃねーの。
まじで「あえいうえおあお」の練習をするべきなんじゃないかと思うほどに噛み倒し。
っていうしょうもない退化もあれば、全く笑えない退化もありましてね。
それはですね、気遣いとか、もてなしとか、優しさとか、ひとことで言って「親切心」の退化なんですよ。
今年5月の日記にも書きましたけど、年明けからの数ヶ月は、なにしろ「誰かに会いたい」という気になれなくて、ほっとんど人に会ってなかったんですね。
人に対する優しさとか気の遣い方とか好意のあらわし方って、基本、「自分がされて嬉しかったこと」の模倣だったり、ちょっとした応用だと思うんです。
人に会わないってことは、「自分がされて嬉しかったこと」に遭遇する機会が激減するわけで
そうなると、「自分がされて嬉しかった例」が更新されず、自分の持ってる「親切の処方箋」が古くなっていく一方なんですよ。
それまで全く意識してなかったんですけど、社会の中で人と関わっていくということは、仮説を立てることの連続なのだと思いました。
それが「親切心」であれば「この人にこうやったらこの人は助かるんじゃないかな」という仮説だし、
それが「怒られたくない」というものであれば「この人はこういうことをやると怒るだろうな」という仮説で、
その仮説を導き出すのに必要な過去問(傾向)を、いろんな人と付き合うことで蓄えたり更新したりしながら、
日々練習問題を解いているのだなと。
あまりにも日常的すぎて、1年くらい大胆にサボってみないと「今まで常に練習してた」なんて実感がないんですが、「仮説を立てる」という習慣を大胆にサボったあとで社会に戻ったら
人と接する上で必要な想像力や勘がど鈍りしてまして
折に触れて「ああ、そうだった。こういうときってこうするものだった」ってハッとする、という連続でした。
人と関わることって、正直、良いことばかりではないじゃないですか。
億劫だったり、煩わしかったり、時には大きな痛みを伴うこともあったりで。
前も書いたんですけど、私は今も、「どこかに所属することや何時間も拘束されることは面倒だし億劫だしソレをやらなくても生きていけるならそうしていきたい」と思ってますし
実際にそうやってなんの問題もなく生きていけてる人には、その道を突き進んでほしいなあって思うんですよ。
「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉が私はあまり好きではなくて、しなくて済む苦労だったら、そりゃあしないに越したことないと思うんです。
ただ、私が思っていた「人と関わることで生じる煩わしさ」というのは、果たして「苦労」と呼ぶものだったのかなというところで。
私は面倒くさがりなので、どこにも所属をせずに、寝て起きて仕事に行く、というルーティーンが課せられていないと、誰とも話さず一歩も外に出ず、っていう状況が何日続いても平気なんですね。
でも、どこにも所属してない本当のフリーランスの人ってめちゃくちゃアクティブで、積極的に人に会いにいくし、拘束されてないからこそ自分でしっかりスケジュールを組んでるんですよ。
で、私のようなめんどくさがりな人間には、ある程度のしがらみや煩わしさや面倒なルーティーンも必要なんだなあと。
このしがらみや煩わしさは「苦労」ではなくて、
基礎代謝を維持するのに必要な「運動」みたいなもんで、
勘が鈍らない程度には必要な、毎日の習慣であり練習なのだなと思いました。
苦労を回避することと、必要なエクササイズをサボるのとではまた違う話だよなと。
4月の1日から再び働きはじめ、もうそろそろ7ヶ月が経つのですが、ようやくですかね、「あ、なんか勘が戻ってきた」と感じられるようになったのは。
使ってないと退化するけど、使ってるとまた徐々に元に戻る、というのも、この7ヶ月を通して感じたことでした。
仕事に限らず、友達でも恋人でも夫婦でも親や兄弟でも、人と関わっていく上で必要な筋肉みたいなもんがあって、これを退化させないためにはそれなりの練習が必要で
それを「努力」って言うと堅いし重いけど、人に対する礼儀であったり、人を思いやる想像力は、「使ってないと衰える」のだなということはよく分かりました。
失っていく時よりも、
取り戻そうとする時、または新たに得ようとする時に、
失っていたことや持っていなかったことを自覚するのかもしれません。
だから、今年5月の日記の最後、「ただいま!」なんて書いてたけど、あの時はまだ全然戻って来れてなかったなあと今は思いますね。
むしろ今もなお道草食いまくっている感じです。あはは。