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 比較は大事ですが、比較をするときには対象を吟味しなければなりません。

今回もハイビームとロービームを例に挙げましょう。車のライトをより遠くまで照らせるハイビームが交通事故を減らせるかどうかを検証するにはどうすればいいでしょうか。

 

 「死亡事故のうち、96%の車のライトがロービームだった」ということだけでは、ロービームが交通事故を起こす要因とは言えません。何かと比較しなければなりません。そこで、死亡事故が起きた地点を通る車のロービームの割合を調べてみて、80%がロービームだったとしましょう。96%対80%で、死亡事故中のロービームの割合のほうが対照より高いので、ロービームが交通事故を引き起こす原因の一つであることが示唆されます。

 

 断言ではなく、「示唆」です。というのも、ロービームが交通事故の原因でなくても、このような差が生じることがあるからです。たとえば、安全運転を心掛けている人がハイビームにする傾向がある場合などです。すると、安全運転を心掛けていることが事故が少ない真の原因で、ハイビームかロービームかは交通事故と無関係であっても、交通事故中にロービームの割合が多くなります。

 本当にハイビームが交通事故を減らすかどうかは、実験をしてみればよりはっきりします。車の運転をする人をランダムに介入群と対照群の二群に分けます。介入群にはハイビームで運転してもらい、対照群にはこれまで通りの運転をしてもらいます。

 ランダムに分ける、というのがポイントです。車の運転をする人の中には安全運転を心掛けている人もいますし、そうでない人もいますが、ランダムに分けることで、介入群と対照群のそれぞれの安全運転を心掛けている人の割合が等しくなります。

 

 具体的には、運転免許の更新に来た人に協力してもらうのはどうでしょう。ランダムに、ある日はハイビームを推奨する講習を行い(介入群)、別の日はこれまで通りの講習を行います(対照群)。「月水金はハイビーム推奨の講習、火木土はこれまで通りの講習」とか「午前中はハイビーム推奨、午後はこれまで通り」とかではダメです。偏りが生じるかもしれないからです。

 そして、何か月後かに、介入群と対照群で、交通事故が生じる率に差があるかどうかを検証します。もしハイビームが交通事故を減らせるならば、対照群と比較して介入群において交通事故が少なくなるはずです(正確には、ハイビームの効果ではなく、「ハイビームを推奨する講習」の効果を測っています)。医学の世界では「ランダム化比較試験」と呼ばれる方法です。治療法の効果を検証するには、ランダム化比較試験を行うことが望ましいとされています。

 

 余談ですが、運転免許の更新に行くたびに、「この講習は効果があるのかなあ」と思います。退屈だと感じているのは私だけではないでしょう。ハイビームに限らず、講習の内容についてランダム化比較試験を行ってはどうでしょう。講習のときに見るビデオだけでもいいです。作品を広く公募してランダム化比較試験を行うのです。交通事故や違反を一番減らしたビデオには賞金を出します。要するにコンテストです。これを毎年行います。

 次の年からは、前の年の優勝作品に挑戦ということになります。応募する人たちは、優勝作品を研究した上でビデオを製作します。ノウハウが蓄積され、洗練されていき、交通事故や違反をより減らす作品が出来上がるようになるかもしれません。

 

<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)

アピタル・酒井健司

アピタル・酒井健司(さかい・けんじ) 内科医

1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。